白竜は可惜夜に誓う
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この城は来る度に調度品が増えているな。と、俺は宛てがわれた部屋の隅に置かれている変な形の像を見て、ふとそんな事を思った。この城の主人は仮にも国を統べる君主である癖に、城に使用人を一切雇っていない。その為、その使用人らに払われるはずだった端金が、こういった趣味に溶けているのだろう。良い金の使い方だ。日々生きていくのもままならず地を這う人間も居れば、財に恵まれ、娯楽に幾らでも金をつぎ込める人間もいる。世界は決して平等に出来ては居ない。かの片割れの様に現実的に考えるならばそれだけの事だ。理想を司る俺にとっては、あまりに短絡的でつまらない考えだが。
「それにしたって変な顔の像だな…つーか、これなんの生き物なんだ…」
いや勘違いしないでほしいが、俺はこんな像を見にここまで遠路はるばる来た訳ではない。俺の所の英雄に頼まれ、ちゃんと明確な意思と理由があってここまで来ている訳なのだ。なのにいざ来てみれば何か謎の少女は居るし、前来た時より格段に美味い紅茶が出てくるし、レシラムも英雄も執務に追われていた以前よりなんか凄え顔色良くなってるしで。本当はお使いを終えたらすぐ帰るつもりだったのに、ちょっと気になって丸1日滞在することにしたという訳だ。俺の好奇心と洞察力は凄えんだぜ。
あのナマエとかいう少女は一体何者なのか。年端もいかぬ見た目とは明らか不釣り合いな語彙力の豊富さ。加えて元孤児とは思えない品のある礼儀作法。少女本人は英雄に近くの森で拾われたと言っていたが、どう見てもあの少女の立ち振る舞い方はその辺の令嬢と遜色ない様に見えた。あれだけ教養がある様子なのに孤児?それはおかしな話だ。
「…失礼しますゼクロム様。紅茶をお持ち致しました」
「おう、ありがとな」
噂をすればなんとやら、本人のご登場である。まあこの少女の淹れる紅茶が絶品なのもまた事実なので、俺はウキウキと席について早速ティーカップに口をつけた。うん、めちゃくちゃ美味いなこれ。
ナマエは俺が席に着いたタイミングを見計らい、俺より少し遅れて椅子へと座った。子供特有の柔らかそうな髪が座った拍子に微かに揺れ動き、ナマエの小さな手によって耳に掛けられる。その動作ですら子供らしいたどたどしさはどこにも見受けられない。例えるならば妙齢の淑女の様な優雅さを醸し出しており、その動作からはどこか精神的な余裕すら感じられた。
「…レシラム様が1番好きな茶葉で淹れてみたのですが…お口に合いましたか?」
「おう、めっちゃ美味いなこれ」
「それは良かったです」
そして途切れる会話、流れる沈黙。だがしかし全く苦では無かった。手中には絶品の紅茶が入ったティーカップ、目の前には好奇心が十分すぎるくらいそそられる摩訶不思議な少女。好奇心と興味の塊の様な俺にとって、この空間は天国に等しかった。
俺はふと、目の前で呑気に部屋を見渡しているナマエを見やった。顔立ちこそ平凡で、特筆して優れている点は何も無い女のように思える。着ている衣服は上等な物だが、きっとこれはレシラムか英雄が選んで着せている物だろう。…見た目からは何も情報が得られないな。俺は王室に属するポケモンとして、それなりに国のお偉いさんとも関わってきたつもりだ。だがしかし、どれだけ俺の記憶を掘り返してみてもこの少女と同じ顔立ちをしている様な人間は居なかった筈。あるいは、俺がただ単に忘れているだけなのかもしれないが。
この少女は何者なんだ?この完璧なまでの礼儀正しさの背景にはどんな過去がある?そんな疑問が俺の脳内を渦巻きの様にグルグル回り続ける。とにかく目の前にいる少女に対し、俺の好奇心が刺激されて仕方が無かった。自分の興味に対して一直線だと言えば聞こえはいいが、実際これは単なる俺の欲に過ぎない。…だって仕方が無いじゃないか、眼前にこんなに興味の惹かれる存在がいるのだから。深掘りせずに一体どうしろと言うんだ!
「なあナマエ嬢」
「はい、どうしました?」
ナマエは俺の呼び掛けを受けてにこやかに顔を上げ、首を僅かに傾けた。その拍子に先程耳に掛けていた髪の束が垂れ下がったが、ナマエは気にする素振りも見せないままじっと俺の言葉を待っている。幼女特有の大きな瞳が数回瞬き、周りを縁取った長い睫毛が上下に揺れた。
「ナマエ嬢って英雄に拾われる前はどんな暮らしをしてたんだ?」
「えっと……」
そう聞いた途端、ナマエは明らかに表情を曇らせ、バツの悪そうな顔で俺から目を逸らした。逸らされた目線が行くあての無い様子で右往左往を繰り返し、やがてテーブルの隅の一点を見つめたまま停止する。愛嬌のある丸いその目は伏せられ、木漏れ日の様に柔らかかった表情筋は一転して硬直しているようだ。これは何か裏があるな。とナマエのその様子を見て踏んだ俺は、意地が悪いと自覚していながらも更にこう畳み掛けた。
「お前、孤児とか言ってるけど嘘だろ。孤児がそんな礼儀作法覚えててたまるかよ」
畳み掛けて数分待ってみても尚、固く閉ざされたナマエの唇からは全く返答が無い。よっぽど自分の出自を答えたくないのだろうか、それとも誰かから口止めでもされているのか。まあ、この少女が何か訳ありの様子なのは一目瞭然だし、知り合って数時間の俺に易々と自分の背景を教えてくれる訳もないか。と言うよりも、こんな素性も分からない子供をレシラム達はよく家族として迎えられるものだ。うちの英雄ならこんな馬鹿げた慈善活動なんて絶対に行わない。ここの英雄は昔から人が良すぎる。そんな性格だから弟と対立してしまうのだ。
とはいえ、俺も知り合って数時間しか経っていないというのに少々相手に対して踏み込みすぎたとは思う。好奇心が暴走して〜なんてただの言い訳に過ぎない。その点は俺も反省しよう。まずは不躾だったとナマエに謝罪だな。
俺は未だに何かを考え込んでいる様子で俯いて微動だにしないナマエに謝罪しようと、腕を伸ばしてナマエの肩を優しくポンと叩いた。ビクリと華奢な肩が跳ね、伏せられていた瞳が恐怖心を顕にしながらもこちらを映す。それから少し経って、ナマエは緩慢な動作で頭を持ち上げると、少々困った様子で眉を下げながら口を開いた。
「ごめんなさい…誰にも言ってはいけないと、言いつけられているんです」
弱々しく震えた声でそんな意味深な発言を残し、ナマエはそれっきり何も言う事は無かった。部屋には重々しくどんより濁った空気感と張り詰めた雰囲気が漂い、先程まで俺が絶品だと絶賛していた紅茶もすっかり冷め切ってしまっている。部屋の外からは英雄とレシラムが何やら話している声が聞こえており、俺達のいる部屋だけが世界から隔絶されてしまったかの様な、そんな違和感を覚えた。
"誰にも言ってはいけないと言いつけられている"。ナマエは確かに今そう言った。"言いつけられている"という言葉から察するに、誰かから自分の出自に関する情報を口止めされているのだろう。口止めされる程にこの少女は訳アリな過去を背負っているのか?こんなに小さな、まだ何も知らないであろう無垢な少女が?俺はそんなギャップと摩訶不思議さに頭が痛くなるのを感じた。明らかにこの少女の生い立ちは普通ではない。潤沢な教養、先程の意味深すぎる発言、幼児らしくない丁寧な立ち振る舞いとその他諸々が、この少女の異質さを際立たせている。
「怪しませてしまっているのは分かっています…ですが私も、自分の事情を全て知っている訳ではないのです」
「…は?自分の事なのに?」
「…何も言えずごめんなさい、ですが信じてください。私が自身の事を話せないのは、貴方達に危害をもたらすからだとか…そういう理由からではないのです。ただ単に、私が話すなと言われているから…だから話せないだけなんです」
いや真面目か。今ナマエが話した必死の弁明を聞いて、初めに思ったのはこの言葉だった。さてはお前、理由とか何も深く考えず相手に従うタイプだろ。一件真面目そうに見えて実は頭すっからかんな性質だな。俺はその話せない理由含めて全部知りてえっつってんだよ。
…そんな俺の率直な感想はさておき。今ここで愚痴を並べようとも、この気まずい状況が一変する訳では無い。むしろ知り合って僅か数時間というほぼ初対面の怪しい男に対し、ここまで言葉を絞り出してくれたナマエの意思を尊重するべきだ。これ以上に根掘り葉掘り問い質したとて、俺の好感度が一方的に下がり続けるだけだろう。そうすればレシラムやここの英雄とも折り合いが悪くなる。不利になるのは俺達の方だ。つまり俺は、ここで好奇心との折り合いをつけて潔く身を引くべきなのだろう。
「そうかよ。まったく仕方ねえな」
「…意外に、あっさりと諦めて下さるのですね」
「ここで問い質しても俺の印象が悪くなるだけだろ」
意外そうに丸い瞳を数度ぱちぱち瞬かせているナマエの頭をワシワシと撫でくり回し、俺はふぅ、と肺に溜まっていた空気を吐き出した。緊迫した空気の中に長時間居ると、人の体というものはどうも息の仕方さえも忘れてしまうらしい。
この少女がどのような過去を背負っているのか、今の俺には未だ知る由もない。然し、誰かから口止めされている事や、幼児らしくも無い背伸びした振る舞いと言葉遣いを見るに、その背景が何となく仄暗いものであるという事は想像にかたくない。後者の点はまだ大人びているという言葉で片付けられるだろうが、前者の点がどうにも俺の心に引っかかって仕方が無かった。誰かに口止めされる様な背景があるのか、こんな小さな少女に。その事実は俺を驚かせるに十分な情報だった。
俺の創る理想の世界の中では、子供は子供らしく無邪気に駆け回っているものだった。親から溢れんばかりの愛情を受け取り、膨大な体力を惜しまず消費して外で元気よく遊ぶ。子供とは、そんなステレオタイプに当てはめたような健やかな子供時代を送るものだと、俺は今まで思っていた。
だのにこの少女は何だ。無邪気さを削ぎ落とした様に大人びた仕草と言葉遣い、森で拾われたという過去、人に言えないという謎の背景。それは子供に対する俺の今までのイメージを粉々にするに十分値するものだった。「何だこいつ子供らしくねえな気持ちわりぃ」とさえ正直思ってしまった。あまりに率直すぎる表現なので口に出す事は控えたが。
「…お前、全然子供らしくねえな」
これが今の俺に言える、精一杯目の前の少女への呆れと困惑を表現した言葉だ。ナマエはこの言葉を受けて呆けた様子で首を傾げていたが、すぐに持ち直した様子で「そうですか?」と、食えない笑みを浮かべて一口紅茶を飲み始めた。いや、それもう冷めてるだろ。そういう所が子供らしくねえって言ってるんだよ。という俺の呆れは、新しく淹れ直された紅茶の湯気と共にどこかへと消えていった。部屋の外からは未だに英雄とレシラムの話し声が聞こえてくるが、どうやらこちらの部屋へ来る様子は無いようだった。
「それにしたって変な顔の像だな…つーか、これなんの生き物なんだ…」
いや勘違いしないでほしいが、俺はこんな像を見にここまで遠路はるばる来た訳ではない。俺の所の英雄に頼まれ、ちゃんと明確な意思と理由があってここまで来ている訳なのだ。なのにいざ来てみれば何か謎の少女は居るし、前来た時より格段に美味い紅茶が出てくるし、レシラムも英雄も執務に追われていた以前よりなんか凄え顔色良くなってるしで。本当はお使いを終えたらすぐ帰るつもりだったのに、ちょっと気になって丸1日滞在することにしたという訳だ。俺の好奇心と洞察力は凄えんだぜ。
あのナマエとかいう少女は一体何者なのか。年端もいかぬ見た目とは明らか不釣り合いな語彙力の豊富さ。加えて元孤児とは思えない品のある礼儀作法。少女本人は英雄に近くの森で拾われたと言っていたが、どう見てもあの少女の立ち振る舞い方はその辺の令嬢と遜色ない様に見えた。あれだけ教養がある様子なのに孤児?それはおかしな話だ。
「…失礼しますゼクロム様。紅茶をお持ち致しました」
「おう、ありがとな」
噂をすればなんとやら、本人のご登場である。まあこの少女の淹れる紅茶が絶品なのもまた事実なので、俺はウキウキと席について早速ティーカップに口をつけた。うん、めちゃくちゃ美味いなこれ。
ナマエは俺が席に着いたタイミングを見計らい、俺より少し遅れて椅子へと座った。子供特有の柔らかそうな髪が座った拍子に微かに揺れ動き、ナマエの小さな手によって耳に掛けられる。その動作ですら子供らしいたどたどしさはどこにも見受けられない。例えるならば妙齢の淑女の様な優雅さを醸し出しており、その動作からはどこか精神的な余裕すら感じられた。
「…レシラム様が1番好きな茶葉で淹れてみたのですが…お口に合いましたか?」
「おう、めっちゃ美味いなこれ」
「それは良かったです」
そして途切れる会話、流れる沈黙。だがしかし全く苦では無かった。手中には絶品の紅茶が入ったティーカップ、目の前には好奇心が十分すぎるくらいそそられる摩訶不思議な少女。好奇心と興味の塊の様な俺にとって、この空間は天国に等しかった。
俺はふと、目の前で呑気に部屋を見渡しているナマエを見やった。顔立ちこそ平凡で、特筆して優れている点は何も無い女のように思える。着ている衣服は上等な物だが、きっとこれはレシラムか英雄が選んで着せている物だろう。…見た目からは何も情報が得られないな。俺は王室に属するポケモンとして、それなりに国のお偉いさんとも関わってきたつもりだ。だがしかし、どれだけ俺の記憶を掘り返してみてもこの少女と同じ顔立ちをしている様な人間は居なかった筈。あるいは、俺がただ単に忘れているだけなのかもしれないが。
この少女は何者なんだ?この完璧なまでの礼儀正しさの背景にはどんな過去がある?そんな疑問が俺の脳内を渦巻きの様にグルグル回り続ける。とにかく目の前にいる少女に対し、俺の好奇心が刺激されて仕方が無かった。自分の興味に対して一直線だと言えば聞こえはいいが、実際これは単なる俺の欲に過ぎない。…だって仕方が無いじゃないか、眼前にこんなに興味の惹かれる存在がいるのだから。深掘りせずに一体どうしろと言うんだ!
「なあナマエ嬢」
「はい、どうしました?」
ナマエは俺の呼び掛けを受けてにこやかに顔を上げ、首を僅かに傾けた。その拍子に先程耳に掛けていた髪の束が垂れ下がったが、ナマエは気にする素振りも見せないままじっと俺の言葉を待っている。幼女特有の大きな瞳が数回瞬き、周りを縁取った長い睫毛が上下に揺れた。
「ナマエ嬢って英雄に拾われる前はどんな暮らしをしてたんだ?」
「えっと……」
そう聞いた途端、ナマエは明らかに表情を曇らせ、バツの悪そうな顔で俺から目を逸らした。逸らされた目線が行くあての無い様子で右往左往を繰り返し、やがてテーブルの隅の一点を見つめたまま停止する。愛嬌のある丸いその目は伏せられ、木漏れ日の様に柔らかかった表情筋は一転して硬直しているようだ。これは何か裏があるな。とナマエのその様子を見て踏んだ俺は、意地が悪いと自覚していながらも更にこう畳み掛けた。
「お前、孤児とか言ってるけど嘘だろ。孤児がそんな礼儀作法覚えててたまるかよ」
畳み掛けて数分待ってみても尚、固く閉ざされたナマエの唇からは全く返答が無い。よっぽど自分の出自を答えたくないのだろうか、それとも誰かから口止めでもされているのか。まあ、この少女が何か訳ありの様子なのは一目瞭然だし、知り合って数時間の俺に易々と自分の背景を教えてくれる訳もないか。と言うよりも、こんな素性も分からない子供をレシラム達はよく家族として迎えられるものだ。うちの英雄ならこんな馬鹿げた慈善活動なんて絶対に行わない。ここの英雄は昔から人が良すぎる。そんな性格だから弟と対立してしまうのだ。
とはいえ、俺も知り合って数時間しか経っていないというのに少々相手に対して踏み込みすぎたとは思う。好奇心が暴走して〜なんてただの言い訳に過ぎない。その点は俺も反省しよう。まずは不躾だったとナマエに謝罪だな。
俺は未だに何かを考え込んでいる様子で俯いて微動だにしないナマエに謝罪しようと、腕を伸ばしてナマエの肩を優しくポンと叩いた。ビクリと華奢な肩が跳ね、伏せられていた瞳が恐怖心を顕にしながらもこちらを映す。それから少し経って、ナマエは緩慢な動作で頭を持ち上げると、少々困った様子で眉を下げながら口を開いた。
「ごめんなさい…誰にも言ってはいけないと、言いつけられているんです」
弱々しく震えた声でそんな意味深な発言を残し、ナマエはそれっきり何も言う事は無かった。部屋には重々しくどんより濁った空気感と張り詰めた雰囲気が漂い、先程まで俺が絶品だと絶賛していた紅茶もすっかり冷め切ってしまっている。部屋の外からは英雄とレシラムが何やら話している声が聞こえており、俺達のいる部屋だけが世界から隔絶されてしまったかの様な、そんな違和感を覚えた。
"誰にも言ってはいけないと言いつけられている"。ナマエは確かに今そう言った。"言いつけられている"という言葉から察するに、誰かから自分の出自に関する情報を口止めされているのだろう。口止めされる程にこの少女は訳アリな過去を背負っているのか?こんなに小さな、まだ何も知らないであろう無垢な少女が?俺はそんなギャップと摩訶不思議さに頭が痛くなるのを感じた。明らかにこの少女の生い立ちは普通ではない。潤沢な教養、先程の意味深すぎる発言、幼児らしくない丁寧な立ち振る舞いとその他諸々が、この少女の異質さを際立たせている。
「怪しませてしまっているのは分かっています…ですが私も、自分の事情を全て知っている訳ではないのです」
「…は?自分の事なのに?」
「…何も言えずごめんなさい、ですが信じてください。私が自身の事を話せないのは、貴方達に危害をもたらすからだとか…そういう理由からではないのです。ただ単に、私が話すなと言われているから…だから話せないだけなんです」
いや真面目か。今ナマエが話した必死の弁明を聞いて、初めに思ったのはこの言葉だった。さてはお前、理由とか何も深く考えず相手に従うタイプだろ。一件真面目そうに見えて実は頭すっからかんな性質だな。俺はその話せない理由含めて全部知りてえっつってんだよ。
…そんな俺の率直な感想はさておき。今ここで愚痴を並べようとも、この気まずい状況が一変する訳では無い。むしろ知り合って僅か数時間というほぼ初対面の怪しい男に対し、ここまで言葉を絞り出してくれたナマエの意思を尊重するべきだ。これ以上に根掘り葉掘り問い質したとて、俺の好感度が一方的に下がり続けるだけだろう。そうすればレシラムやここの英雄とも折り合いが悪くなる。不利になるのは俺達の方だ。つまり俺は、ここで好奇心との折り合いをつけて潔く身を引くべきなのだろう。
「そうかよ。まったく仕方ねえな」
「…意外に、あっさりと諦めて下さるのですね」
「ここで問い質しても俺の印象が悪くなるだけだろ」
意外そうに丸い瞳を数度ぱちぱち瞬かせているナマエの頭をワシワシと撫でくり回し、俺はふぅ、と肺に溜まっていた空気を吐き出した。緊迫した空気の中に長時間居ると、人の体というものはどうも息の仕方さえも忘れてしまうらしい。
この少女がどのような過去を背負っているのか、今の俺には未だ知る由もない。然し、誰かから口止めされている事や、幼児らしくも無い背伸びした振る舞いと言葉遣いを見るに、その背景が何となく仄暗いものであるという事は想像にかたくない。後者の点はまだ大人びているという言葉で片付けられるだろうが、前者の点がどうにも俺の心に引っかかって仕方が無かった。誰かに口止めされる様な背景があるのか、こんな小さな少女に。その事実は俺を驚かせるに十分な情報だった。
俺の創る理想の世界の中では、子供は子供らしく無邪気に駆け回っているものだった。親から溢れんばかりの愛情を受け取り、膨大な体力を惜しまず消費して外で元気よく遊ぶ。子供とは、そんなステレオタイプに当てはめたような健やかな子供時代を送るものだと、俺は今まで思っていた。
だのにこの少女は何だ。無邪気さを削ぎ落とした様に大人びた仕草と言葉遣い、森で拾われたという過去、人に言えないという謎の背景。それは子供に対する俺の今までのイメージを粉々にするに十分値するものだった。「何だこいつ子供らしくねえな気持ちわりぃ」とさえ正直思ってしまった。あまりに率直すぎる表現なので口に出す事は控えたが。
「…お前、全然子供らしくねえな」
これが今の俺に言える、精一杯目の前の少女への呆れと困惑を表現した言葉だ。ナマエはこの言葉を受けて呆けた様子で首を傾げていたが、すぐに持ち直した様子で「そうですか?」と、食えない笑みを浮かべて一口紅茶を飲み始めた。いや、それもう冷めてるだろ。そういう所が子供らしくねえって言ってるんだよ。という俺の呆れは、新しく淹れ直された紅茶の湯気と共にどこかへと消えていった。部屋の外からは未だに英雄とレシラムの話し声が聞こえてくるが、どうやらこちらの部屋へ来る様子は無いようだった。
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