白竜は可惜夜に誓う
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「なぁナマエ嬢、英雄の部屋ってどこだっけ?俺ここ来たの久々だから忘れちまった」
その後。英雄さまからゼクロム様を客室に案内してほしいと命じられ、私はゼクロムさまと二人でお城の長い廊下をずっと歩いていた。その際、暇潰しがてら取り留めのない雑談に興じていると、脈絡も主語もなく不意にそんな事を質問される。つい先程まで呑気に紅茶の話ばかりしていた筈なのに、一体何故急にそんな事を聞いてきたのだろうか。
今現在、こちら側――英雄さまが治める土地――と、ゼクロムさま側のは敵対していると聞く。ならば、広義的に言えば私とゼクロムさまも敵同士のようなもの。安易に此方の情報を教えても大丈夫なのだろうか。年端も行かぬ私の脳みそでは分からないので、取り敢えず有耶無耶にすることにした。ゼクロム様には悪いけれど。
「…私もまだ、このお城の事を全て把握している訳ではないんです。お力になれなくてすみません」
「へ、まあ良いぜ。後でレシラム辺りに直接聞いとくから」
「お二人はいつでも仕事に追われていますし、そうそう聞けないと思いますけど…」
そこまで話して、私は一度口を閉じた。先程応接間を出る際、英雄さまからこっそりと「あまり此方側の情報を渡さないように」と釘を刺されていたのを思い出したからだ。さっきまでの雑談では殆ど私が聞き役に回っていたし、内容も殆ど紅茶の話だったので、私の記憶が正しければ何も此方の情報は渡していない筈だ。ならばこれ以上話を続け、変に情が移って口を滑らせてしまうより先に、早く客室へゼクロム様を案内してしまった方が合理的だろう。そう考えた私は、今までよりもほんの少しだけ足早に廊下を進むのであった。
***
「どうしたレシラム、不服そうな顔して」
「そのような顔などしていないが」
そう言ってぷいと顔を私から逸らした我が相棒。レシラムがその様に顔を逸らす時は、大体隠し事をしているか嘘をついているか、そのどちらかである事を私はよく知っている。もう十何年と一緒に過ごしてきたのだから、今更レシラムの癖などお見通しだ。私とて伊達に長年英雄としての責務を果たしてきた訳では無い。
そして、その苛立ちの原因も私はとっくにお見通しである。
「感情がせめぎ合っているのだろう?己が片割れに対し、敵として接するべきなのか、身内として接するべきなのか。その境界が曖昧だからこそ、お前は今苛立ちを募らせている。違うか?」
そう問いかけてみても、レシラムの薄い唇は開かれない。その様子を見て、まるで厳重な警備が施された関所の門みたいだなと、私の脳内で誰かが馬鹿にするようにそう呟いた。
部屋には重苦しい沈黙が流れ、時計の秒針だけがカチカチと音を響かせている。やがて数分ほど経った頃だろうか。壁に掛けていた古時計が「ボーン」と音を鳴らし、時刻が次に進んだ事を私達に知らせた。だがしかし、レシラムはまだ口を開かない。
だんだん返答を待つのにも疲れてきたので「...すまない。意地悪だったな」とだけ短く告げて私は席を立ち、最後に一度だけまたレシラムの方を見た。だがしかし、私がこれだけ待っても尚、その青い瞳はまだ此方を視界に入れる気はないらしい。けれども、流石にもう臍を曲げては居ないようだ。その証拠に、レシラムの纏う雰囲気が先程より柔らかいものに変わっている。その様子を見て私が安堵してから数秒経って、ようやくゆっくりとレシラムの薄い唇が開かれた。
「…その通りだ。すまない英雄、感情の整理が出来ていなかった」
「それはお前が身内に甘いからだ。片割れとはいえど、お前はまだゼクロムへの情を捨てきれていない」
「そんな事は…!
「無いと、本当に自信を持ってそう言い切れるのか?言い切れるならばあの場ですぐにゼクロムの宿泊を許可しない筈だ。その分ナマエの方がゼクロムへの情がまだ薄い分、お前より合理的な判断が出来ると思うがな」
その証拠に、一日だけとはいえゼクロムをこの城―私達の陣地―に受け入れてしまったレシラムとは違い、ナマエはあの場ですぐさまゼクロムからの誘いを断ることが出来ていた。いくら元々同じ存在だったとはいえ、今は使命が同じだけの全く違う存在。戦いの中で敵に情けをかけるなんて事は、決してあってはならないことだ。それを分かっているにしろ分かっていないにしろ、英雄に力を貸すための伝説のポケモンがこの様に敵への情を捨てきれないままでは、我が陣地はあちら側―理想側―の思い通りになってしまう日もそれほど遠くないだろう。嫌味に感じられる様な言い方かもしれないが、戦いの中で一番恐れるべきなのは敵ではなく、「考えなしに動く味方」なのだから。
「…一見平和そうに見えるが、今は戦時中である事に変わりない。身内であれど敵に慈悲の心を持つな。民の求める私達の像は、真実だけをただひたすらに求め続ける真摯な国王なのだ」
冷酷になれ。ゼクロムへの情は捨てろ。それが今の私に言える、最大限の忠告だ。上に立つ者というのは、いつだって民の求める偶像としての姿を演じなければならないのだから。いっそ残酷なほどに。
レシラムは私の言葉を聞いてから、すっかり項垂れて下を向き、何かを深く考え込んでいる様子だった。その頭の動きに合わせて、美しい白髪がその顔を覆うように、カーテンよろしくテーブルに垂れ下がる。普段ならばマナーが悪いぞと冗談めかして注意している所だが、今日のところは何も言わず見守っていてやる事にした。
***
「ナマエ嬢、あそこに飾ってある彫刻っていくらすると思う?」
「そ、そうですね…きっと、わたしが一生をかけても稼げないくらいは値の張るものなのではないでしょうか」
足早に客室まで向かうと決めて早数分。精一杯急ぎはすれど、私の幼い身体に生えた短い足ではどうしても時間が掛かってしまう。その中で何も喋らないとなるとやはり沈黙から気まずさが発生してしまうもので、結局私達はまた雑談に興じていた。といっても、此方がわの情報を口を滑らせてしまわないよう、極力注意はしている。先程あの場で英雄様が殆ど何も話さなかったのは、執務の疲れだけではなく、敵であるゼクロム様に対する警戒もあるだろうから。外の世界で一人、守ってくれる存在もおらず常に警戒しながら生きてきた私にとって、同じ様に警戒心を研ぎ澄ましている人を見分けるくらい造作もない事なのだ。学も教養も無い私の、数少ない特技である。
「相変わらず美術品ばっかり飾ってあるな、この城は」
「ゼクロムさまのお城にも、こういった物は沢山あるのではないのですか?美術品だけでなくとも、工芸品や代々伝わる宝玉とか...」
「ん〜…それは秘密な」
人差し指を口元にそっと当てながら、ゼクロム様はゆっくりと目線を私の方に向けた。その赤い圧に射抜かれて、思わず喉奥の機能が危険信号を出し、呼吸がヒュッと数秒止まる。今ここにレシラムさまか英雄さまが居てくれたら、私の異変にすぐさま気づいたお二人がゼクロム様から私のことを守ってくれただろう。だが、今ここに私の敬愛するそのお二人はいない。布地の下に隠されている自分の薄い皮膚が、鳥肌を立ててまた危険信号を出した。だがしかし私の身体は動かない。
私がそうこうしている内に、ゼクロム様は別のことに興味を移してしまったようで、ぱっと赤い圧が消えて体の震えが収まった。今では先程私に圧を掛けた事など忘れてしまったかのように、取り留めのない質問を私に次々投げかけている。しかし私は、先程のゼクロム様からの目線と、それを通した威圧の意味を考える為、すっかりその質問どころではなくなっていた。
今日一日、何事もなく過ごすことが出来るだろうか。城に住まう3人にとって、それはどんな仕事や責任よりも重苦しい、一番重要な課題であった。
その後。英雄さまからゼクロム様を客室に案内してほしいと命じられ、私はゼクロムさまと二人でお城の長い廊下をずっと歩いていた。その際、暇潰しがてら取り留めのない雑談に興じていると、脈絡も主語もなく不意にそんな事を質問される。つい先程まで呑気に紅茶の話ばかりしていた筈なのに、一体何故急にそんな事を聞いてきたのだろうか。
今現在、こちら側――英雄さまが治める土地――と、ゼクロムさま側のは敵対していると聞く。ならば、広義的に言えば私とゼクロムさまも敵同士のようなもの。安易に此方の情報を教えても大丈夫なのだろうか。年端も行かぬ私の脳みそでは分からないので、取り敢えず有耶無耶にすることにした。ゼクロム様には悪いけれど。
「…私もまだ、このお城の事を全て把握している訳ではないんです。お力になれなくてすみません」
「へ、まあ良いぜ。後でレシラム辺りに直接聞いとくから」
「お二人はいつでも仕事に追われていますし、そうそう聞けないと思いますけど…」
そこまで話して、私は一度口を閉じた。先程応接間を出る際、英雄さまからこっそりと「あまり此方側の情報を渡さないように」と釘を刺されていたのを思い出したからだ。さっきまでの雑談では殆ど私が聞き役に回っていたし、内容も殆ど紅茶の話だったので、私の記憶が正しければ何も此方の情報は渡していない筈だ。ならばこれ以上話を続け、変に情が移って口を滑らせてしまうより先に、早く客室へゼクロム様を案内してしまった方が合理的だろう。そう考えた私は、今までよりもほんの少しだけ足早に廊下を進むのであった。
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「どうしたレシラム、不服そうな顔して」
「そのような顔などしていないが」
そう言ってぷいと顔を私から逸らした我が相棒。レシラムがその様に顔を逸らす時は、大体隠し事をしているか嘘をついているか、そのどちらかである事を私はよく知っている。もう十何年と一緒に過ごしてきたのだから、今更レシラムの癖などお見通しだ。私とて伊達に長年英雄としての責務を果たしてきた訳では無い。
そして、その苛立ちの原因も私はとっくにお見通しである。
「感情がせめぎ合っているのだろう?己が片割れに対し、敵として接するべきなのか、身内として接するべきなのか。その境界が曖昧だからこそ、お前は今苛立ちを募らせている。違うか?」
そう問いかけてみても、レシラムの薄い唇は開かれない。その様子を見て、まるで厳重な警備が施された関所の門みたいだなと、私の脳内で誰かが馬鹿にするようにそう呟いた。
部屋には重苦しい沈黙が流れ、時計の秒針だけがカチカチと音を響かせている。やがて数分ほど経った頃だろうか。壁に掛けていた古時計が「ボーン」と音を鳴らし、時刻が次に進んだ事を私達に知らせた。だがしかし、レシラムはまだ口を開かない。
だんだん返答を待つのにも疲れてきたので「...すまない。意地悪だったな」とだけ短く告げて私は席を立ち、最後に一度だけまたレシラムの方を見た。だがしかし、私がこれだけ待っても尚、その青い瞳はまだ此方を視界に入れる気はないらしい。けれども、流石にもう臍を曲げては居ないようだ。その証拠に、レシラムの纏う雰囲気が先程より柔らかいものに変わっている。その様子を見て私が安堵してから数秒経って、ようやくゆっくりとレシラムの薄い唇が開かれた。
「…その通りだ。すまない英雄、感情の整理が出来ていなかった」
「それはお前が身内に甘いからだ。片割れとはいえど、お前はまだゼクロムへの情を捨てきれていない」
「そんな事は…!
「無いと、本当に自信を持ってそう言い切れるのか?言い切れるならばあの場ですぐにゼクロムの宿泊を許可しない筈だ。その分ナマエの方がゼクロムへの情がまだ薄い分、お前より合理的な判断が出来ると思うがな」
その証拠に、一日だけとはいえゼクロムをこの城―私達の陣地―に受け入れてしまったレシラムとは違い、ナマエはあの場ですぐさまゼクロムからの誘いを断ることが出来ていた。いくら元々同じ存在だったとはいえ、今は使命が同じだけの全く違う存在。戦いの中で敵に情けをかけるなんて事は、決してあってはならないことだ。それを分かっているにしろ分かっていないにしろ、英雄に力を貸すための伝説のポケモンがこの様に敵への情を捨てきれないままでは、我が陣地はあちら側―理想側―の思い通りになってしまう日もそれほど遠くないだろう。嫌味に感じられる様な言い方かもしれないが、戦いの中で一番恐れるべきなのは敵ではなく、「考えなしに動く味方」なのだから。
「…一見平和そうに見えるが、今は戦時中である事に変わりない。身内であれど敵に慈悲の心を持つな。民の求める私達の像は、真実だけをただひたすらに求め続ける真摯な国王なのだ」
冷酷になれ。ゼクロムへの情は捨てろ。それが今の私に言える、最大限の忠告だ。上に立つ者というのは、いつだって民の求める偶像としての姿を演じなければならないのだから。いっそ残酷なほどに。
レシラムは私の言葉を聞いてから、すっかり項垂れて下を向き、何かを深く考え込んでいる様子だった。その頭の動きに合わせて、美しい白髪がその顔を覆うように、カーテンよろしくテーブルに垂れ下がる。普段ならばマナーが悪いぞと冗談めかして注意している所だが、今日のところは何も言わず見守っていてやる事にした。
***
「ナマエ嬢、あそこに飾ってある彫刻っていくらすると思う?」
「そ、そうですね…きっと、わたしが一生をかけても稼げないくらいは値の張るものなのではないでしょうか」
足早に客室まで向かうと決めて早数分。精一杯急ぎはすれど、私の幼い身体に生えた短い足ではどうしても時間が掛かってしまう。その中で何も喋らないとなるとやはり沈黙から気まずさが発生してしまうもので、結局私達はまた雑談に興じていた。といっても、此方がわの情報を口を滑らせてしまわないよう、極力注意はしている。先程あの場で英雄様が殆ど何も話さなかったのは、執務の疲れだけではなく、敵であるゼクロム様に対する警戒もあるだろうから。外の世界で一人、守ってくれる存在もおらず常に警戒しながら生きてきた私にとって、同じ様に警戒心を研ぎ澄ましている人を見分けるくらい造作もない事なのだ。学も教養も無い私の、数少ない特技である。
「相変わらず美術品ばっかり飾ってあるな、この城は」
「ゼクロムさまのお城にも、こういった物は沢山あるのではないのですか?美術品だけでなくとも、工芸品や代々伝わる宝玉とか...」
「ん〜…それは秘密な」
人差し指を口元にそっと当てながら、ゼクロム様はゆっくりと目線を私の方に向けた。その赤い圧に射抜かれて、思わず喉奥の機能が危険信号を出し、呼吸がヒュッと数秒止まる。今ここにレシラムさまか英雄さまが居てくれたら、私の異変にすぐさま気づいたお二人がゼクロム様から私のことを守ってくれただろう。だが、今ここに私の敬愛するそのお二人はいない。布地の下に隠されている自分の薄い皮膚が、鳥肌を立ててまた危険信号を出した。だがしかし私の身体は動かない。
私がそうこうしている内に、ゼクロム様は別のことに興味を移してしまったようで、ぱっと赤い圧が消えて体の震えが収まった。今では先程私に圧を掛けた事など忘れてしまったかのように、取り留めのない質問を私に次々投げかけている。しかし私は、先程のゼクロム様からの目線と、それを通した威圧の意味を考える為、すっかりその質問どころではなくなっていた。
今日一日、何事もなく過ごすことが出来るだろうか。城に住まう3人にとって、それはどんな仕事や責任よりも重苦しい、一番重要な課題であった。
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