fiction
*年齢操作
時計の針は、朝の六時四十分を指している。そろそろ、彼を起こさないといけない時間だ。
虹ちゃんは、よりにもよって月曜に一限なんか入れているから、オレもそれに合わせて起きなきゃいけない。
オレは一限ないのに、とは言わない。彼のごはんを作るのは、オレの役目だから、特別不満はない。
彼が寝ている部屋まで行って、ベッドに近づく。彼のまぶたはまだ閉じていて、未だに夢の中みたいだ。
眠ったままの彼の肩を触って、軽く揺する。
「虹ちゃん、おはよう」
「はよ……」
しばらくそうしていると、ようやくのことで虹ちゃんのまぶたが開いた。
中学時代は朝練だとか、合宿だとかがあるバスケ部の主将をしていたくせに、案外寝汚いとは思ってもなかった。こんなの、一緒に暮らさないと、知らないことだ。
「ごはんできてるよ」
オレの言葉を聞いてはいるものの、まだきちんと覚醒はしていないのか、どこか眠そうな声で「ん、今日のごはんなんだ……?」とつぶやく。
彼の身体から、上に被っているブランケットを引っぺがして「クロワッサン、目玉焼き、ウインナー、サラダにコーンスープだよ」と今朝のメニューを告げる。
それを聞いて、虹ちゃんは嬉しそうにのろのろと起き上がってくる。きみの好きなチャーハンはないけど、今夜あたり作ってあげようかな。
「いつも悪いな」
「いいよ。オレは料理担当って話だったじゃん。そのかわり、虹ちゃんは、」
「皿洗いする。わかってるから」
彼の言葉に、オレはそうそう、と明るく頷いた。料理をするのは好きなんだけど、後片付けは嫌いなんだよね。できないわけじゃないけど、とにかく面倒くさい。
まあこの話をすると、料理を作る方が面倒だろ、といろんな人に突っ込まれるから、あんまり他人には言わないんだけどさ。
「じゃあ早く、顔洗ってきて」
「ああ」
用意していたタオルを渡すと、虹ちゃんは満足気な顔をして、洗面所まで行った。
顔を洗って、服を着替えた虹ちゃんが、食卓の席に着く。朝のテレビは少々音量を控えめに、ニュースを流している。
横目で見ると、天気予報をキャスターのお姉さんが告げている。今日は午後からくもりで、夜は雨か。今は普通に晴れてるのにな。
「いつものことだけど、美味しそうだな」
「そうだろ? 早く食べちゃってよ」
「いただきます」
きっちり手を合わせて、いただきます、なんか言っちゃって。今どき、こんなことしてる男子大学生、たぶんあんまりいないと思う。
なんて、そう思った一秒後に、緑間ちゃんや赤司ちゃんといった、後輩の顔を思い浮かべた。
あの子たち、オレらなんかより、ずっと育ちがいいんだった。そういうの、たぶん誰よりもちゃんとしてるタイプだよな、間違いなく。
用意した朝食を、少しずつ口に含んでは食べ、含んでは食べ。一通り口にしたところで、虹ちゃんは嬉しそうに「ん、ん……! 美味しい!」なんてオレに告げる。
別に今日のごはんは、正直そこまで手間もかかってない。
クロワッサンはパン屋で買ってきたもので、コーンスープはインスタントだし。ウインナーは炒めるだけ。目玉焼きもさほど手間はかからない。
ただサラダだけは、新鮮なやつの方が虹ちゃんの反応がいいから、便利なカット野菜とかじゃなくて、自分で切ったりはしているけれど、本当にそれぐらいで。
朝から特別手の込んだメニューもできないのに、虹ちゃんはいつも嬉しそうに食べてくれる。
「美味しい? そっか。よかった」
大したことのないメニューでも、目をきらきらと輝かせて、オレの作ったごはんを食べてくれるきみが好きだ、なんて。
「本当、おまえが料理上手くてよかった」
「まあオレ、料理部に所属してたからね」
虹ちゃんとは中学時代、三年間同じクラスで、今こうして一緒に住んでることからもわかる通り、仲は良かった。
でも部活は違った。料理部のオレと違って、虹ちゃんは帝光で有名なバスケ部に入っていた。そのなかでも一軍で、しかも部長なんかやってた。
けど、中学を卒業した虹ちゃんは、家の事情で、こっちの高校に行くことなく、アメリカに行ったものだから。まあ普通に、そこで縁が途切れて。
……それなのに。
そのはずだったのに。
帰国してきた虹ちゃんと同じ大学に通って、今やルームシェアまでしている。
まあルームシェアって言うと、後輩ちゃんたちにはすごい微妙な顔をされるんだけど、一応ルームシェアで合ってるはずだ。
付き合ってるなら同棲なんだろうけど、別にそういう事実はないし。
やけに距離感は近いし、たまにたわむれ程度に額にキスをされたりはするけど、そのへんは虹ちゃんがアメリカ文化に馴染んだからだろうし。
「中学のときも、よく持ってきてくれたもんな、差し入れ」
「そうだね。虹ちゃんも、ひとつ下のあの子たちも、関口ちゃんも久保田ちゃんもみんな美味しい美味しいって言ってくれてたっけ」
オレの料理は、自分で言うのもなんだけど、かなり絶品だと思う。父親の血筋が上手く仕事したらしく、特に洋食であれば、同年代の誰よりも美味しく作れる自信があった。
他人の手作りの料理が好きらしい虹ちゃんと、料理を作ることが好きなオレは、利害が一致したというかなんというかで。
中学時代から続くそんな縁と、示し合わせたように同じ大学に通っていて、お互いにひとり暮らしをする都合上、家賃を少しでも抑えたいという利害が一致して、オレと虹ちゃんは一緒に住んでいた。
オレは料理部だったのに、あのころはバスケ部に、よく通っていたっけ。
よく一軍が使用している体育館に来るオレを、みんな笑顔で迎えてくれたっけな。
「まあ、マネージャー……。特に桃井の料理がアレだったからな」
「あー、桃ちゃんね。あの子、何度料理教えても上手くいかなかったね」
「幼なじみの青峰いわく『壊滅的』らしいからな」
桃ちゃんは、かわいくて面倒見もいい女の子で、マネージャーとしても有能だったらしいけど、どうにも料理だけは、何をやってもダメらしかった。
オレがそばにいて、付きっきりで教えても、なぜかまたたく間に、不思議な料理へと変貌する。
炊飯器でお米を炊けばなぜか黒焦げになり、カレーを作ろうとしては不気味な、身体に悪そうな液体ができる始末。ある意味魔法使いとしか思えない。
そして他のマネージャーたちも、桃井ちゃんほどひどくはなくても、全員厨房に立てば、わちゃわちゃする始末。
そんな有様をどうにかしようと考えた虹ちゃんが、バスケ部に入ってないオレを、部長権限で合宿に呼んで、料理番に任命したのは記憶に濃い。
こうして中学時代を思い返していると、彼らと会いたくなる。
後輩ちゃんたちは虹ちゃんつながりで、なんだかんだ会う機会があるけれど、久保田ちゃんと関口ちゃんとは、中学卒業以来あってない。
「関口ちゃんとか、今頃何してるんだろ。久々に会いたいなあー……」
バスケ部じゃない、言ってしまえば部外者のオレにも、気さくで優しかったんだよね。そう続ける。虹ちゃんもきっと、同意してくれるはずだ。
そう思って虹ちゃんの顔を見ると、どことなく不満げだった。
「オレだけじゃだめかよ」
ムスッとした顔。子どもっぽく拗ねている表情。アヒル口にはよく似合う。
でもなんで? そんな顔してんの? と思ったあと、なるほど、そういうことかと思いつく。
虹ちゃん、けっこうかわいいところ、あるんだよね。
「なに、オレが関口ちゃんに会いたいって思うの、気に入らないの?」
ニヤニヤと変な笑みを浮かべながら、オレは虹ちゃんにたずねる。たぶんこう、有り体にいうと嫉妬的なやつだろう。オレが他人に、構うのがムカつくんだ。
虹ちゃんはそういうところがある。心が広くて、人あたりが良いように見えて、実際は心が狭くて、すぐ拗ねるというか。
後輩だった灰ちゃんにはともかく、オレには暴力的なわけではないし、ただ不満気な顔をするだけだから、かわいいってしか思えない。
「……そう言ったら悪いかよ」
言葉が続くにつれて、語尾はずいぶんと小さくなっていく。虹ちゃんも、あんまりこれは言いたくないんだろうけど。
たぶんきみは、こういうのバレるのが恥ずかしいとかダサいとか、そういうこと考えてるんだろうけど。
正直オレの目には、かわいいなあとしか映らない。
「悪くなんてないよ。虹ちゃんのそういうところ、なんかかわいいなって思っただけ」
本当に。これは嘘偽りのない本心だ。
だって名門校でキャプテンをやってた虹ちゃんは、立場上リーダーシップというか、しっかりしなきゃいけなかっただろうから。
たぶん、自分の感情より、部の調和とか、そういうのを優先しなきゃいけなかったはずで。
ってことはつまり、多感な中学生なんて時期に、自分の感情を優先して生きなかったんじゃないかって、そう思って。
だから、こうして感情豊かなきみを見られるのが、素直に嬉しい。
けど、オレのかわいいという言葉に、どうも虹ちゃんは不満を持ったらしい。かわいいのはおまえだろ、と言われた。
たしかに、客観的に見ると、虹ちゃんはかわいくはない。背丈がじゅうぶんにあって、男らしい容姿だとか。
性格にしたって、かわいいというよりかは、熱血とか、そういう単語の方が似合いそうだ。
でも、それでも、虹ちゃんのことをかわいい! って思ってしまったのだから、もうどうしようもない。
「かわいいのはおまえだろ。昨日だって、」
「は? 聞こえないけど」
「じゃあ大声で言ってやろうか? 昨日うとうとしててオレに――、」
キスしたくせに。寝ぼけてたのかは知らねえけど、なんて虹ちゃんは言う。本当にオレ、そんなことしてたの? って思う。でもたぶん、虹ちゃんのこの感じだと、嘘じゃなくてマジっぽい。
虹ちゃんがオレに、普段そういうことをするから、オレもそういう癖が移ったのかもしれない。最悪だ。
これは虹ちゃんだからいいけど、もし飲み会とかで、うっかり他人にやったら最悪だ。万が一、女の子なんかにやったら事件でしかないし。
「そんなことあるわけないだろ! 虹ちゃんがオレにキスするんならともかく!」
「はは、本当かわいい」
そういうとこ、と言われて、頭をくしゃと撫でられる。髪のセットに命をかける女の子じゃないからいいけど、髪の毛が雑に乱れる。
「頭撫でんなよ……! オレチビじゃねーし!」
「平均ぐらいはあるだろ。ま、オレの知り合いは長身ばっかだから、相対的には小さいが」
「小さい言うな。それ、しつこく言ったら虹ちゃんと口聞かないから」
別にオレの背丈は、小さくはないはずだ。虹ちゃんはバスケをやっていたせいで、人間の平均身長を勘違いしている節がある。いや、本人がオレのこと、平均ぐらいはあるとか、ちゃんと言ってるけどさ。
でも、バスケ部基準で見たら、たぶんオレはかなり背が低い。なにせ、百八十を超える背丈の連中が、うようよしていた場所だし。
それに後輩の、紫ちゃんなんて、二メートルあるらしいから、驚くしかない。まあ中身は、背丈に反して子どもっぽかったけど。よくオレに手作りのスイーツをねだってきたっけ。
いつも料理を褒めてくれるし、なによりそういう姿勢がかわいかったから、後輩ちゃんたちの中だと、いちばんかわいがっていた。
オレの不機嫌さを察したのか、虹ちゃんが悪かった、とオレに告げる。
それから、きみが許してくれ、とぽつりとつぶやいたと思ったら。
虹ちゃんの顔が近付いてきて、少し視線を落とした様子のきみが、オレの髪をかきわけて、額に軽くキスを落とす。
ああもう、本当にこういうとこ! なんでこういうことしちゃうかな。勘違いしちゃうだろ。
いくら男同士でも、ただの仲良しってだけなら、額とはいえ、キスなんかしないって、思いたいのに! だからもしかしたら、もしかするかもなんて、ちょっと期待してしまう自分が愚かだ。
同じ部屋に住んで、同じベッドで眠って、なるべく一緒にごはんを食べて、外国のドラマみたいな軽いキスをして、でも、それでも、オレと虹ちゃんは恋人だとか、そういうラベリングじゃない。
「は、はあ? キスしてごまかすとか、なんでそう……、こう……、アメリカナイズされてるわけ? 向こう行ってたせい?」
「なんだ、ごまかされてくれないのか」
「いや、普通ごまかされないだろ!」
ばか、と小さな声で言えば、そうだな、と笑われた。ああもう、その顔が憎い。そういう顔をされると、全部ゆるしたくなる。
▽
虹村と同居してる // 20260320
時計の針は、朝の六時四十分を指している。そろそろ、彼を起こさないといけない時間だ。
虹ちゃんは、よりにもよって月曜に一限なんか入れているから、オレもそれに合わせて起きなきゃいけない。
オレは一限ないのに、とは言わない。彼のごはんを作るのは、オレの役目だから、特別不満はない。
彼が寝ている部屋まで行って、ベッドに近づく。彼のまぶたはまだ閉じていて、未だに夢の中みたいだ。
眠ったままの彼の肩を触って、軽く揺する。
「虹ちゃん、おはよう」
「はよ……」
しばらくそうしていると、ようやくのことで虹ちゃんのまぶたが開いた。
中学時代は朝練だとか、合宿だとかがあるバスケ部の主将をしていたくせに、案外寝汚いとは思ってもなかった。こんなの、一緒に暮らさないと、知らないことだ。
「ごはんできてるよ」
オレの言葉を聞いてはいるものの、まだきちんと覚醒はしていないのか、どこか眠そうな声で「ん、今日のごはんなんだ……?」とつぶやく。
彼の身体から、上に被っているブランケットを引っぺがして「クロワッサン、目玉焼き、ウインナー、サラダにコーンスープだよ」と今朝のメニューを告げる。
それを聞いて、虹ちゃんは嬉しそうにのろのろと起き上がってくる。きみの好きなチャーハンはないけど、今夜あたり作ってあげようかな。
「いつも悪いな」
「いいよ。オレは料理担当って話だったじゃん。そのかわり、虹ちゃんは、」
「皿洗いする。わかってるから」
彼の言葉に、オレはそうそう、と明るく頷いた。料理をするのは好きなんだけど、後片付けは嫌いなんだよね。できないわけじゃないけど、とにかく面倒くさい。
まあこの話をすると、料理を作る方が面倒だろ、といろんな人に突っ込まれるから、あんまり他人には言わないんだけどさ。
「じゃあ早く、顔洗ってきて」
「ああ」
用意していたタオルを渡すと、虹ちゃんは満足気な顔をして、洗面所まで行った。
顔を洗って、服を着替えた虹ちゃんが、食卓の席に着く。朝のテレビは少々音量を控えめに、ニュースを流している。
横目で見ると、天気予報をキャスターのお姉さんが告げている。今日は午後からくもりで、夜は雨か。今は普通に晴れてるのにな。
「いつものことだけど、美味しそうだな」
「そうだろ? 早く食べちゃってよ」
「いただきます」
きっちり手を合わせて、いただきます、なんか言っちゃって。今どき、こんなことしてる男子大学生、たぶんあんまりいないと思う。
なんて、そう思った一秒後に、緑間ちゃんや赤司ちゃんといった、後輩の顔を思い浮かべた。
あの子たち、オレらなんかより、ずっと育ちがいいんだった。そういうの、たぶん誰よりもちゃんとしてるタイプだよな、間違いなく。
用意した朝食を、少しずつ口に含んでは食べ、含んでは食べ。一通り口にしたところで、虹ちゃんは嬉しそうに「ん、ん……! 美味しい!」なんてオレに告げる。
別に今日のごはんは、正直そこまで手間もかかってない。
クロワッサンはパン屋で買ってきたもので、コーンスープはインスタントだし。ウインナーは炒めるだけ。目玉焼きもさほど手間はかからない。
ただサラダだけは、新鮮なやつの方が虹ちゃんの反応がいいから、便利なカット野菜とかじゃなくて、自分で切ったりはしているけれど、本当にそれぐらいで。
朝から特別手の込んだメニューもできないのに、虹ちゃんはいつも嬉しそうに食べてくれる。
「美味しい? そっか。よかった」
大したことのないメニューでも、目をきらきらと輝かせて、オレの作ったごはんを食べてくれるきみが好きだ、なんて。
「本当、おまえが料理上手くてよかった」
「まあオレ、料理部に所属してたからね」
虹ちゃんとは中学時代、三年間同じクラスで、今こうして一緒に住んでることからもわかる通り、仲は良かった。
でも部活は違った。料理部のオレと違って、虹ちゃんは帝光で有名なバスケ部に入っていた。そのなかでも一軍で、しかも部長なんかやってた。
けど、中学を卒業した虹ちゃんは、家の事情で、こっちの高校に行くことなく、アメリカに行ったものだから。まあ普通に、そこで縁が途切れて。
……それなのに。
そのはずだったのに。
帰国してきた虹ちゃんと同じ大学に通って、今やルームシェアまでしている。
まあルームシェアって言うと、後輩ちゃんたちにはすごい微妙な顔をされるんだけど、一応ルームシェアで合ってるはずだ。
付き合ってるなら同棲なんだろうけど、別にそういう事実はないし。
やけに距離感は近いし、たまにたわむれ程度に額にキスをされたりはするけど、そのへんは虹ちゃんがアメリカ文化に馴染んだからだろうし。
「中学のときも、よく持ってきてくれたもんな、差し入れ」
「そうだね。虹ちゃんも、ひとつ下のあの子たちも、関口ちゃんも久保田ちゃんもみんな美味しい美味しいって言ってくれてたっけ」
オレの料理は、自分で言うのもなんだけど、かなり絶品だと思う。父親の血筋が上手く仕事したらしく、特に洋食であれば、同年代の誰よりも美味しく作れる自信があった。
他人の手作りの料理が好きらしい虹ちゃんと、料理を作ることが好きなオレは、利害が一致したというかなんというかで。
中学時代から続くそんな縁と、示し合わせたように同じ大学に通っていて、お互いにひとり暮らしをする都合上、家賃を少しでも抑えたいという利害が一致して、オレと虹ちゃんは一緒に住んでいた。
オレは料理部だったのに、あのころはバスケ部に、よく通っていたっけ。
よく一軍が使用している体育館に来るオレを、みんな笑顔で迎えてくれたっけな。
「まあ、マネージャー……。特に桃井の料理がアレだったからな」
「あー、桃ちゃんね。あの子、何度料理教えても上手くいかなかったね」
「幼なじみの青峰いわく『壊滅的』らしいからな」
桃ちゃんは、かわいくて面倒見もいい女の子で、マネージャーとしても有能だったらしいけど、どうにも料理だけは、何をやってもダメらしかった。
オレがそばにいて、付きっきりで教えても、なぜかまたたく間に、不思議な料理へと変貌する。
炊飯器でお米を炊けばなぜか黒焦げになり、カレーを作ろうとしては不気味な、身体に悪そうな液体ができる始末。ある意味魔法使いとしか思えない。
そして他のマネージャーたちも、桃井ちゃんほどひどくはなくても、全員厨房に立てば、わちゃわちゃする始末。
そんな有様をどうにかしようと考えた虹ちゃんが、バスケ部に入ってないオレを、部長権限で合宿に呼んで、料理番に任命したのは記憶に濃い。
こうして中学時代を思い返していると、彼らと会いたくなる。
後輩ちゃんたちは虹ちゃんつながりで、なんだかんだ会う機会があるけれど、久保田ちゃんと関口ちゃんとは、中学卒業以来あってない。
「関口ちゃんとか、今頃何してるんだろ。久々に会いたいなあー……」
バスケ部じゃない、言ってしまえば部外者のオレにも、気さくで優しかったんだよね。そう続ける。虹ちゃんもきっと、同意してくれるはずだ。
そう思って虹ちゃんの顔を見ると、どことなく不満げだった。
「オレだけじゃだめかよ」
ムスッとした顔。子どもっぽく拗ねている表情。アヒル口にはよく似合う。
でもなんで? そんな顔してんの? と思ったあと、なるほど、そういうことかと思いつく。
虹ちゃん、けっこうかわいいところ、あるんだよね。
「なに、オレが関口ちゃんに会いたいって思うの、気に入らないの?」
ニヤニヤと変な笑みを浮かべながら、オレは虹ちゃんにたずねる。たぶんこう、有り体にいうと嫉妬的なやつだろう。オレが他人に、構うのがムカつくんだ。
虹ちゃんはそういうところがある。心が広くて、人あたりが良いように見えて、実際は心が狭くて、すぐ拗ねるというか。
後輩だった灰ちゃんにはともかく、オレには暴力的なわけではないし、ただ不満気な顔をするだけだから、かわいいってしか思えない。
「……そう言ったら悪いかよ」
言葉が続くにつれて、語尾はずいぶんと小さくなっていく。虹ちゃんも、あんまりこれは言いたくないんだろうけど。
たぶんきみは、こういうのバレるのが恥ずかしいとかダサいとか、そういうこと考えてるんだろうけど。
正直オレの目には、かわいいなあとしか映らない。
「悪くなんてないよ。虹ちゃんのそういうところ、なんかかわいいなって思っただけ」
本当に。これは嘘偽りのない本心だ。
だって名門校でキャプテンをやってた虹ちゃんは、立場上リーダーシップというか、しっかりしなきゃいけなかっただろうから。
たぶん、自分の感情より、部の調和とか、そういうのを優先しなきゃいけなかったはずで。
ってことはつまり、多感な中学生なんて時期に、自分の感情を優先して生きなかったんじゃないかって、そう思って。
だから、こうして感情豊かなきみを見られるのが、素直に嬉しい。
けど、オレのかわいいという言葉に、どうも虹ちゃんは不満を持ったらしい。かわいいのはおまえだろ、と言われた。
たしかに、客観的に見ると、虹ちゃんはかわいくはない。背丈がじゅうぶんにあって、男らしい容姿だとか。
性格にしたって、かわいいというよりかは、熱血とか、そういう単語の方が似合いそうだ。
でも、それでも、虹ちゃんのことをかわいい! って思ってしまったのだから、もうどうしようもない。
「かわいいのはおまえだろ。昨日だって、」
「は? 聞こえないけど」
「じゃあ大声で言ってやろうか? 昨日うとうとしててオレに――、」
キスしたくせに。寝ぼけてたのかは知らねえけど、なんて虹ちゃんは言う。本当にオレ、そんなことしてたの? って思う。でもたぶん、虹ちゃんのこの感じだと、嘘じゃなくてマジっぽい。
虹ちゃんがオレに、普段そういうことをするから、オレもそういう癖が移ったのかもしれない。最悪だ。
これは虹ちゃんだからいいけど、もし飲み会とかで、うっかり他人にやったら最悪だ。万が一、女の子なんかにやったら事件でしかないし。
「そんなことあるわけないだろ! 虹ちゃんがオレにキスするんならともかく!」
「はは、本当かわいい」
そういうとこ、と言われて、頭をくしゃと撫でられる。髪のセットに命をかける女の子じゃないからいいけど、髪の毛が雑に乱れる。
「頭撫でんなよ……! オレチビじゃねーし!」
「平均ぐらいはあるだろ。ま、オレの知り合いは長身ばっかだから、相対的には小さいが」
「小さい言うな。それ、しつこく言ったら虹ちゃんと口聞かないから」
別にオレの背丈は、小さくはないはずだ。虹ちゃんはバスケをやっていたせいで、人間の平均身長を勘違いしている節がある。いや、本人がオレのこと、平均ぐらいはあるとか、ちゃんと言ってるけどさ。
でも、バスケ部基準で見たら、たぶんオレはかなり背が低い。なにせ、百八十を超える背丈の連中が、うようよしていた場所だし。
それに後輩の、紫ちゃんなんて、二メートルあるらしいから、驚くしかない。まあ中身は、背丈に反して子どもっぽかったけど。よくオレに手作りのスイーツをねだってきたっけ。
いつも料理を褒めてくれるし、なによりそういう姿勢がかわいかったから、後輩ちゃんたちの中だと、いちばんかわいがっていた。
オレの不機嫌さを察したのか、虹ちゃんが悪かった、とオレに告げる。
それから、きみが許してくれ、とぽつりとつぶやいたと思ったら。
虹ちゃんの顔が近付いてきて、少し視線を落とした様子のきみが、オレの髪をかきわけて、額に軽くキスを落とす。
ああもう、本当にこういうとこ! なんでこういうことしちゃうかな。勘違いしちゃうだろ。
いくら男同士でも、ただの仲良しってだけなら、額とはいえ、キスなんかしないって、思いたいのに! だからもしかしたら、もしかするかもなんて、ちょっと期待してしまう自分が愚かだ。
同じ部屋に住んで、同じベッドで眠って、なるべく一緒にごはんを食べて、外国のドラマみたいな軽いキスをして、でも、それでも、オレと虹ちゃんは恋人だとか、そういうラベリングじゃない。
「は、はあ? キスしてごまかすとか、なんでそう……、こう……、アメリカナイズされてるわけ? 向こう行ってたせい?」
「なんだ、ごまかされてくれないのか」
「いや、普通ごまかされないだろ!」
ばか、と小さな声で言えば、そうだな、と笑われた。ああもう、その顔が憎い。そういう顔をされると、全部ゆるしたくなる。
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