fiction

 今日は部活の朝練はない。ないけれど、いつもと同じ時間に起きて、いつも同じ時間に登校した。

 ただ、いつもと違うところは、向かう場所は体育館ではなく、自分たちの教室ってだけ。

 教室に入ると、オレたちがいちばん乗りだったみたいだ。そりゃそうだろう。他の部活で朝練のある子は参加しているし、バスケ部のクラスメイトは、今日はゆっくり来るだろうから。

 オレはいつも通り、真太郎と向かい合う。まあ、向かい合うっていうか、オレがただ、後ろの真太郎の席に向いて、ダラダラ喋ってるってだけなんだけど。

「真太郎さあ、好きなタイプなんだっけ」

 持ってきたお菓子を口に含みながら、そんなことを聞く。男子中学生の雑談といえば、好きなタイプがどうの、みたいなのは定番だと聞いたから。

 まあ、真太郎がこういう話題に乗っかってくるかは別として。実際、きみは眉を寄せて「いきなりなんなのだよ」なんて言ってるし。

 真太郎はこういう話題はあまり得意じゃないし、オレから聞く以上、先にオレのタイプを教えておいた方がいいかと思って、口を開く。

「オレはね、オレのこと好きな子が好き。逆にオレのこと見てくれないヒトは嫌いかなあ」

 ねえねえ、真太郎は? なんて聞くと、真太郎は読んでいる本から顔を上げて、オレに向けて叫ぶ。

「聞いてもいないのに喋るな、うるさい。気が散る!」
「えー、ひどいなあ。ね、なに読んでるの、占いの本?」
「そうなのだよ」

 占いの本というと、例のおは朝だろうか。テレビで占いをするだけでなく、本まで出版していたのか? これで一発儲ける気ってこと?

 オレはそういうところばかり気になってしまうけれど、真太郎はいたって真剣に本を読んでいる。

 少しばかり、本に視線を落としているおかげで、彼の長いまつ毛が、瞳に影を作っている。それがどうにも、ひどく美しく思えた。

「で? それで? 好きなタイプは?」

 教えてよ、ねえ、と言うと、明らかに呆れてます、と言いたげなため息をつかれた。

「……はあ。強いてあげるなら年上なのだよ」

 そんな態度を取るくせに、しっかりオレに教えてくれるあたり、本当に真太郎はツンデレだなあって思う。

「年上ねえ。ならオレがタイプってこと? 嬉しい」

 わざわざ自分のイスから立ち上がって、きちんと座ったままの真太郎に抱きつく。それから真太郎のことが大好き、と言えば、面白いぐらい真太郎は真っ赤になった。

「いや、おまえは年上じゃないだろう! 自分の歳も数えられなくなったのか、おまえは」

 バカか? と真顔で言われたので、苦笑いで返す。自分の歳なんて、きちんと数えてもいないから、ついわからなくなってしまう。

 今でこれなら、これから先、もっと歳を取ったら、オレはどうなるんだろう。

「俺の幼なじみを何年やっているのだよ、おまえは」
「んー……。千年ぐらい?」
「十年ほどだろうが。すぐに数を盛る癖はいい加減やめるのだよ」

 かちゃり、と彼はメガネに触れて、ズレ落ちたそれを上げる仕草をする。そういう仕草のひとつひとつが、どうにも様になっているのは、真太郎が高身長の美形だからなのかな。

「まあ数字は多い方がいいじゃん? 借金以外は」
「それはそうだが……」

 本当に、オレは真太郎のことが好きだ。

 どこがって聞かれたら、オレよりずっと賢いのに、変にアホなところというか。こうやってすぐ、オレの言葉に丸め込まれるというか、納得しちゃうところ。

 ひとりでそんなことを考えていると、嫌なものが目に入ってしまった。



 ――あ。

 そう思って、彼の肩をぱん、と叩く。

「ッ、いきなりなんだ」

 何をするのだよ、と苦言を呈する彼に、真太郎、とだけ彼の名前を呼ぶ。一瞬だけ、びくっと彼の肩が跳ねたのを見逃さない。

「憑いてたよ」

 まあ、オレが少し触れるだけで、消えるような雑魚だったけれど、と続けると「……そう、か」と真太郎は安心しきった顔をした。

 オレは真太郎と幼なじみで、同じ学校に通っちゃいるけど、オレ自身は別段帝光中に興味があったわけでも、ましてやバスケを好んでいたわけでもない。

 けれど、わざわざ彼と同じ中学に進学し、興味も思い入れもないバスケ部のマネージャーをやっているのには、それなりの理由がある。

 ただ幼なじみと離れるのが嫌だ、という理由だけではない。

 真太郎はなんというか『そういうの』に好かれやすい体質だ。おは朝の占いが、真太郎の生死に関わるレベルで影響しているのも、おそらく無関係ではないとは思う。

 だからオレがなんとかしている。

 オレは神社の関係者だからか、悪霊とかが真太郎に憑いていたって祓えるし、変なモノに関する知識もある。つまりそれは、幼なじみである真太郎を守ることに繋がる。

 オレはそういうのに好かれやすくて、いつ何が起こるかわからない真太郎と、極力一緒にいるために、同じ学校を受験して、同じ部活に入った。

 真太郎が視える側の人間だったら、自分で対処もできたんだろうけど、彼は視えないし、祓えない。

「本当不思議だよね。おは朝の占いに振り回されている件もそうだけど、真太郎はそういうのに好かれやすいのかな」
「……そういうの?」
「なんていうか、神とか、幽霊とか? まあ、悪霊はオレがなんとかしてあげるけど」
「いつも悪いな」

 真太郎は、オレの言葉を否定するでもなく、素直に信じてはそんなことを言う。

 まあ悪霊やら、神やら、幽霊やらが寄ってきても仕方ない。変なモノばかりたらしてる。だってそれぐらい、真太郎は魅力的に見えるんだし。

「でもさあ真太郎。きみは視えない側なのに、よくオレの話、信じてくれたよね」
「俺が幼なじみの発言を無闇に否定するわけにもいかんだろう。それに、俺にとっておは朝の占いがああな以上、悪霊がいてもおかしくはないのだよ」

 真太郎も、おは朝の占いにあのレベルで巻き込まれる異常性を嫌というほどわかっているからか、どうもそういうところに関しては、理解が深い気がしなくもない。

 真太郎にとっておは朝の占いは、生死を左右するほどのものだ。だから、オレの言う『真太郎はそういうのに好かれやすい』も信じる。そこはどうも彼の中で、イコールで繋がっているものらしい。

「それはそうなんだけどさ。……あ、また。祓っちゃおう」
「そんなに学校には悪霊が多いのか」
「ここにはっていうか、真太郎に寄ってきてるっていうか。真太郎、ホイホイだからねえ」

 オレがそう言うと、さすがに思うところがあったのか、真太郎は無言になった。

 元々学校は怪談が流行ったりすることもあって、幽霊とか、そういう人間以外のモノが多い場所ではある。

 でもこの現状はそういうことじゃなくて、単に真太郎がホイホイってだけ。

 真太郎は昔からそうだ。変ないきものばかり、たらし込んでしまっている。

 けど、視えないし祓えない彼にとってラッキーだったのは、そばにオレみたいな、除霊能力持ちの幼なじみがいることだろう。

「心配しないでよ。オレが守ってあげるから!」
「なあ。いつも思うが、俺の自力ではなんとかならないのか。毎回おまえの手を煩わせて、」
「大丈夫だよ。オレがやりたくてやってるんだから。それに、オレが真太郎から離れるって、絶対ないから!」

 離れたいんならとっくに離れてるよ。オレはそう告げた。

 小学生時代、真太郎の変人っぷりに耐えられずに逃げていったヤツも、上っ面だけ仲良くしていたヤツも、全員真太郎から離れて行った。

 オレはあんなヤツらとは違う。

 オレだけは真太郎のことを見捨てるとか、そんなの、絶対ありえない。

 そしてその事実は、口に出したきみ自身がいちばん理解しているのか「……そうか、そうだな」と満足そうにつぶやく。

「オレは真太郎のこと好きだし。ね?」

 だから大丈夫だよ、という意図を含んで告げれば、嬉しそうにああ、と言われた。

 とはいえ、オレにそうされてばかり、というのは真太郎のプライドが許さないのか「だが、たまにはお礼ぐらい」なんて言う。

 お礼だなんて。オレはいつでも、真太郎にお礼をもらってるようなものなのに。

 たとえば、おまえがくれる食べ物やプレゼントとか。

 まあ、これはオレのラッキーアイテムだからどうのとか言って、素直にくれたことは一回もないけどさ。

 でも、彼が好意であれこれとくれることは理解しているから、何をもらっても嬉しいんだけど。

「いいって。真太郎がオレとつるんでくれてる。それだけでじゅうぶん、オレにとってはお礼だよ」
「なっ、そんなの、俺の方が、いつも……」

 本当に。真太郎のことを近くで見られるこの位置が、たぶんこの世界でいちばん幸せな場所だから。

 真太郎は他人からの好意に慣れていないから、幼なじみのオレが口癖のように言うようなことでも、顔を真っ赤にしてくれる。

「あはは、真太郎、デレてるね。かわいいなあ」
「おまえの方が、……かわいい、のだよ」

 真太郎はオレから目を逸らして、それだけをつぶやく。幼なじみのオレですらあまり見られない、貴重なデレだ。

「え、本当に? 嬉しいなあ。オレ、真太郎にかわいいって思ってもらえてるんだ。大輝くんあたりに教えちゃおうかな」
「やめろ!!」
「冗談だよ」

 バカなのかおまえは、なんて言う真太郎がかわいい。ていうか、大輝くん、いや、それ以外のみんなにも、真太郎がかわいいなんてこと、絶対に教えてやらない。

「そんなかわいい真太郎、誰にも見られたくないもん。誰にも見せないで、オレだけにして」
「……ああ。おまえだけなのだよ」

 お願いだからね、と言って、彼の頬に手を伸ばす。手を振り払われることはない。

 真太郎は他人に対するパーソナルスペースが広い方だけど、オレが触れるぶんには、もしくは彼からオレに触れるぶんには、そんなものはなかったかのように、大抵のことでは拒否はしない。

 本当にオレ、真太郎と幼なじみでよかった。

 真太郎がオレの手の上に、自分の手を重ねてくる。彼の手先はきれいにテーピングが施されていて、指先までうつくしい。

 そういうことをするのも、されるのも。ゆるされるのも。……オレだけだ。



 しばらくそうしていると、ところでと真太郎が口を開く。それに合わせて、オレも真太郎の頬から手を離す。

 すると、真太郎がごそごそとカバンの中から、何かを取り出した。

「話は変わるが、ここにチョコレートがあってだな」
「チョコレート? もしかして、」

 オレにくれるの? とつぶやいた。

 このチョコレートは、オレのいちばん好きなチョコレートだ。別にブランド品ってわけでも、特別美味しいものでもない、ただの駄菓子だけれど、オレにとってはいちばんのチョコだ。

 なにせ、これは真太郎との思い出が詰まった、特別なものだから。何度食べたって特別な味がするし、大好きなお菓子だ。

「勘違いするな! おまえのためではない! ただ、今日のおまえのラッキーアイテムが、チョコレートだったというだけだ!」
「そうなの?」

 オレは真太郎みたいに、毎朝おは朝を見る習慣はないから、本当にオレのラッキーアイテムが、チョコレートなのかどうかはわからない。

 でもそれでもいい。たとえ真太郎の嘘だったとしても、オレはそれでもいい。

 だってこのチョコレートは、オレの思い出だから。

「おまえもラッキーアイテムを持っていた方がいい。だから、これをやらんこともないのだよ」

 そう言って、真太郎が差し出してくるチョコレートを、何よりもやさしい手つきで受け取る。

「やった、ありがと。……ねえ真太郎、覚えててくれたんだ? オレがこのチョコレート、好きなの」
「ふん! たまたまなのだよ!」

 たまたま、と真太郎は言い張っているけれど、彼はきっと、きっちり覚えているんだろう。そうじゃないと、このお菓子をピンポイントで用意できるわけがない。だって、チョコレートのお菓子なら、他にいくらでもあるんだから。

 そう思って、あまりに嬉しくて、少しだけ目を伏せる。





 ――頭に浮かぶのは、あのときの記憶。

 オレと真太郎が、はじめて出会った、夏の夜の、縁日のこと。

『――そこで何をしている?』

 あのとき。うずくまっていたオレに、おまえが声をかけてきた。それで、ずっとうつむいていた顔を上げた。

 オレの目の前にいたのは、まだ幼い少年だった。歳の頃は七にはなっていないほどだ。整えられた髪と服装からは、いいところの家の子なのだろうと想像がつく。

 少年は縁日で手に入れたのだろう、小さなクマのぬいぐるみと、なにやらお菓子らしきものを持っていた。

 オレみたいなモノが珍しいのか、オレに近寄ってきては、どこから来たんだ? おれの家はこの近くで、と勝手に話し始める。

 しばらくひとりで喋っていたものの、オレの反応が薄かったことに不満を持ったのか、おまえの家はどこなのだよ、と言う。

 なのだよって何、変な口調だなと思いつつも、オレは少し離れた場所を指さす。

 もう何もない場所だ。あのころとは違う。年月を経るごとに信仰は薄くなり、いつの間にかそこにあったとのは取り壊されて。昔はたしかに存在していたものは、いつからかまっさらになっていた。

『え? たしか、あそこはむかし、祠があったとか……。おれも詳しくは知らないのだよ』

 おれの父さんなら知っているかもしれない、と少年は眉を下げる。その表情がなんだか悲しそうで、どうしてかオレまで泣けてきてしまった。

 すると、オレの様子を見た少年が、ひどく慌てる。

『な、泣くな! ええと、……。このチョコレート、食べるか? さっき射的で当てたのだよ』

 幼いなりに、いろいろと思案していたのだろう少年が、ずいとオレの目の前に、チョコレートを差し出してきた。

 チョコレート。射的。

 オレは射的をやったことがないからわからないけれど、たぶんあれはけっこうなお金がかかるし、さらに商品を手に入れるなら、一度で入手できるとは思えない。

 なのに、それを? 友だちでもなんでもない、初対面のオレにくれるのか?

 そんなことを考えるのと、喉元から声が出て、いいの? と少年に聞くのは同時だった。

『いいか、おまえが泣いているから、仕方がないから渡すだけなのだよ。言っておくが、おまえのためじゃないからな、勘違いするな』

 泣き止まないとだめだろう、と少年は言う。差し出してくる手からチョコレートをそっと受け取り、口に含んでみる。

『どうだ?』

 目を輝かせて聞きに来た彼に、美味しい、とだけ告げると、ずいぶんと満足そうな顔に変わった。

『そうか。それはよかった。ところでおまえ、名前はなんて言うのだ? おれは真太郎だ。おまえは?』

 ……不思議なものだ。

 真面目で、利口そうな子どもが、オレみたいなモノにも怯えずに、近付いて話しかけて、挙句の果てに供物まで持ってくる。

 そして子どもは名前を名乗り、オレに名前を訊いてきた。

 だから、オレはひとつ、ただ短く自分の名前だけを、答えてやった。

『ふむ……。変な響きだな。だが、嫌いではないのだよ』

 にこ、と子どもらしく無邪気に笑って、それから確認するかのように、オレの名前を呼んだおまえの顔を、オレは生涯忘れることはないだろう。






「おい、どうした? ぼーっとして。気分でも悪いのか?」

 彼の声に、意識が引き戻される。

 改めて真太郎を見ると、あのときから比べて、声は低くなったし、背もかなり伸びた。けれどそれでも、出会ったときのかわいらしさはそのままだ。

 そのまま、かわいらしいまま、成長してくれたことが素直に嬉しい。

 あと少し、もう少し待てば。連れて行ってもいいころかなあ、とひとり考える。

「……ううん、大丈夫だよ、心配かけてごめん、真太郎。このチョコ、本当に美味しいよ」

 チョコを手で割って、口に含んで溶かす。安っぽくて、甘ったるい味がする。オレはこれがいっとう好きだ。

「おまえの心配などはしていないから、安心するのだよ」
「ふふ。はい。真太郎、半分あげる」

 オレが食べていないチョコの半分を、きみに差し出すと、きみは眉を寄せた。

「俺が渡したものを、今もらっても意味などないのでは……。いや、いいか。ありがたくいただくのだよ」
「珍しい、素直だね」
「他人からの好意は受け取っておくべき、とおは朝が告げていたからな」

 だから仕方なくなのだよ、というきみの言葉は、ただのデレなのか、それとも本当におは朝で言っていたのか判別がつかない。オレも毎朝見るべきかな。

 けどまあ、おは朝はずいぶんオレに都合がいいことばかり、言ってくれるみたいだ。

 ただ、他人っていうのは微妙だけど。だってオレ、人間じゃないし。でも他『人』と言えば他人か? オレは人間じゃないけれど、ヒトの皮を被って生活してるのは事実だし。

「そっか。ねえ真太郎、オレさ、本当にきみのこと、大好きだなあ」

 いつもオレにやさしくて、気が付いて、こうやって大好きなお菓子くれたりもするし。もちろん見た目も好きだし、バスケに対する真摯な姿勢も好き。そう言葉を続けてやる。

 容姿や成績は良くても、ツンケンしがちな態度から、他人から遠巻きにされがちなきみが、なかなか他には言われないだろうこと。きっとこんなこと、きみにはオレしか言ってない。

「なんなのだよ、急に……。いいか、俺もおまえのことは嫌いではないから、安心しろ」
「よかった。オレたち、両思いってことだよね? 大好きだよ、ずっと一緒にいてね」
「当たり前だろう。それよりも、まだチャイムは鳴らないのか」
「んー……。思ってるより時計、進んでなくない? だってほら、他誰も来てないじゃん」
「そうだな」

 やれやれと言わんばかりの呆れた声で、でもそこには嬉しそうな表情が滲んでいる。

 ――大好き。ずっと一緒にいてね。

 きみはオレの言葉に、当たり前だろう、って返したもんね。

 約束だよ。破らないでね。大好きだよ、真太郎。




緑間とばけもの // 20260320
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