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短編集

 青い鳥が幸せを呼んでくるなんて、最初にいったのはだれだろう。
 この前キャンプにいったときに、偶然、青い体を持った鳥を見つけたけれど、いいことなんてなにもなかった。突然の大雨には見舞われるし、借りたテントには穴もあいていた。おかげで虫は入ってくるし、夜は寝不足になった。
 これほど嫌なことが立て続くのだから、青い鳥は、逆に不幸を呼んでくるんじゃないかとさえ思った。それからしばらくして、彼氏にも見離されるし、本当に不幸続きだ。
 青い鳥は確かに、小さくて、可憐で、愛らしかった。けれど、そんな要素をひとつも持っていないわたしにとって、申し訳ないけれど、ただ憎たらしいだけの鳥になった。ちなみに彼氏は、そんな青い鳥みたいな可愛らしい子に取られた。
 それでも、わたしは泣かなかった。わたしは挫けなかった。
 きっと、すべてがバカバカしくなって、どうでもよくなっていた。
 けれど、それでもよかった。
「──危なッ!」
 よく晴れた平日。夏の暑さも弱まってきた朝。わたしは仕事へいくのに車を走らせていた。
 その途中で、なにかを引きそうになった。真っ黒で大きなカラスだ。
「どうした、カラス」
 スピードを緩めて、道路でその黒を羽ばたかせるカラスは、どこか痛々しい。うまく飛べないのか、いくら羽を動かしても、道路を滑るだけだった。
 少し早めの通勤ラッシュで、対向車はスピードを抑えつつカラスを避けていた。それでも、狭い道では、カラスにとっても人にとっても危険だ。
 わたしは遅刻を覚悟で、車を道路の片隅にとめた。
「このカラス、どうしたんですか?」
 わたしのような物好きが佇む反対車線に、わたしは大きく投げかけた。薄い緑色の作業着を着た、中年くらいの白髪交じりのおじさんだ。
「羽にケガをしているみたいだ。お嬢さん、土木事務所に電話をしてくれませんか?」
「わかりました、いいですよ」
 わたしは、おじさんにいわれるとケータイでインターネットに繋いで、土木事務所へ連絡をとった。幸い、10分ほどできてくれるらしい。バサバサ羽ばたくカラス越しに、わたしはおじさんにそれを伝えた。
 おじさんは「連絡してくれてありがとう。仕事に遅れるとよくないから、お嬢さんは、もういくといいですよ」といってくれた。けれどわたしは「それなら、そちらも同じですよ。心配なので残ります」と返していた。
 10分とはいっても、きっかり10分ではないだろうし、早まる可能性も低いだろう。けれど今にも引かれそうなカラスを見て、わたしはなにをすることもできない。それが、どこか悲しかった。苦しそうな鳴き声をきいて、余計に切なくなる。
 土木事務所の人は、十五分ほどしてから到着した。小さめのトラックにふたり。ロープとかネットとか、見知った道具を積んでいる。
「連絡ありがとうございます。あとはこちらで対処しますので」
「はい、お願いします」
 わたしとおじさんは、そのあとを土木事務所の人に託して──わたしは後ろ髪引かれながら──職場へ向かった。
 羽ばたく元気をなくしながら威嚇するカラスと、道具を装備した土木事務所の人が対面するのが、バックミラーから見えた。


  *  *


 それで、わたしは非常に驚いた。
 仕事には見事に遅刻したので、あのムダに厳しい上司に怒鳴り散らされるかと思っていた。そのはずが、機械が壊れたとかで、それどころでないと、少しの説教ですんだ。
 もしかして、あのカラスのお陰だろうか。わたしは首を振った。きっと、たまたまだ。
 それから、機械は使えるようになって、仕事をはじめて、仕事を終えて。どちらにしろ、わたしはその日を、不思議な気持ちで過ごした。
 暗くなりはじめた帰路。同じ道路を反対側から通ると、当たり前だけど、朝の面影はどこにもなかった。羽の一枚も落ちていないらしい。どこか安心した反面、あの後どうなったのか心配にもなった。最近では、増えてきて困っている鳥のひとつで、嫌われてもいるようだし、手厚く保護されることはまずないだろう。もしかしたら──、ということもあり得る。
「……この話はここまで!」
 わたしは自分にいいきかせるように、車の音楽プレイヤーの音量をあげた。
 家につくと、家の前に人影を見つけた。あれは、親友だ。
「おかえり!」
「……どうしたの、こんなところで?」
 妙にウキウキした様子で、親友はわたしを迎えた。わたしの解せない表情を見て、彼女は余計に鼻息を荒くさせている。
「きょうは金曜日だよ。遊びにいこうぜ!」
「え」
 県外で働く彼女がこんなところにいるなんて、きょうはなにかあっただろうか。わたしは彼女のなにかを忘れていたのだろうか。誕生日?いや、それは春だ。
「そんな顔しないで!ほら、あんたのママには『可愛い娘をお借りします』って許可取ってあるから!」
「え」
 親友は母親にそんなことまでしたらしい。気合いの入りっぷりに不気味さを感じつつ、わたしは彼女に背中を押されて近くの駅へ続く道を歩きはじめた。
 せっかく帰ってきたところで悪いけれど、あしたは休みだし、金曜日くらいゆっくりさせてほしい。遊ぶなら、あしたのほうが悠々できるだろうに。というのが本音だった。
「ちょいと、お嬢さん。どうしたのさ?」
 一瞬、朝のおじさんの顔がよぎって、首を振る。けれど彼女は気づく様子もなく、わたしにいった。
「きょうはあんたの誕生日でしょ!きょうが平日だったせいで時間ないんだから、早くいくよ!」
「あ……」
 そうか。すっかり忘れてた。きょうはわたしの誕生日だったんだ。いろいろあって、忘れてた。
 思い出したわたしに、満足げに笑う親友を見て、わたしも笑顔になる。疲れが吹っ飛んだ気さえする。
 わたしは歩きながら、オレンジと紺で描かれた空を見上げた。
 きっと、あのカラスのお陰だ。あのカラスが、わたしに幸運を運んできてくれたんだ。なかなか会えない彼女に会わせてくれた。誕生日をいっしょにいさせてくれた。あのカラスのお陰だ。そう思った。勝手だけど、そう思った。
 そうだ。きっと、きょうは最高の誕生日になる。わたしは、そう強く思った。
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