教師のいない授業
「ずっと思ってたけど、『暮羽』って呼んでよ」
そういわれてうれしかったのは、いうまでもなかった。
けれどどうして、今までそう呼べなかったのか。そのときは考えても、答えはわからなかった。
思い出したことがある。
小学校のときの記憶だ。
よく一緒に遊んでいた子がいた。
一番最初に遊んだ日の帰り道。
「呼び捨てで呼びあおうよ!」彼女がいった。
それまで呼び捨てで呼ぶ相手は、妹しかいなかったわたしは、喜んでその提案を受け入れた。
それから数ヶ月経つと、彼女──莉代から新たな申し出があった。
「莉代を呼び捨てにして、いやがる友達がいるから、やっぱり『ちゃん』付けて呼んで」
「わかった。莉代ちゃんって呼ぶね」
「うん」
思考回路の幼いわたしは、「そういうものか」と受け入れた。
少しの悲しい思いを生んだ、出来事だった。
それからまた、月日が経った。
わたしと莉代は、交換日記をするようになった。その日にあった出来事、いやなこと、いいこと、なんでも書いて、楽しい気分を味わう。
わたしはひとつ、そこに書いてみた。
「交換日記でなら、呼び捨てで呼んでもいいでしょ?」
仲がいいはずと思っていたわたしは、彼女の友達を気にして、ずっといわれた通りに呼んでいた。
けれど、付き合いが長くなってくると、敬称が邪魔にも感じてくる。友達付き合いならば余計に。
それでわたしは、「他人の目を気にしなくていい交換日記なら、呼び捨てでも問題ないだろう」と、幼いながらに結論したのだった。
返事が返ってきた。
「考えとく!」
わたしはそこではじめて、名前も分からない悪魔の顔を、見たような気がした。
それから中学生になって、莉代とは自然と疎遠になり、別の中学校出身の、暮羽と仲良くなった。
部活動では、同学年の子とも仲良くなった。そこには莉代もいた。わたしは彼女を呼び捨てて呼ぶ子に混じって、律儀に『莉代ちゃん』と呼び続けていた。
それをひっくるめても、中学校生活は、小学校のときより楽しい感じがした。
またときは流れた。
わたしは高校生になった。
一番仲がよかった暮羽も一緒だった。
そのときもわたしは、悪魔に気を使って『暮羽ちゃん』と呼んでいた。彼女はもうとっくに、わたしを呼び捨てていた。
入学から数ヶ月。
学校が終わって、ふたりでお茶をしているときだった。
「ずっと思ってたけど、『暮羽』って呼んでよ」彼女がいった。
わたしは、悪魔に気を使ってためらった。「いいの?」妙な恐怖を隠して、ひょうきんに返す。
「あたりまえじゃん! っていうか、なんで今まで呼んでくれなかったの」
そういって、暮羽は笑った。
わたしも笑って、暮羽と呼び捨てた。
そういわれてうれしかったのは、いうまでもなかった。
けれどどうして、今までそう呼べなかったのか。そのときは考えても、答えはわからなかった。
思い出したことがある。
小学校のときの記憶だ。
よく一緒に遊んでいた子がいた。
一番最初に遊んだ日の帰り道。
「呼び捨てで呼びあおうよ!」彼女がいった。
それまで呼び捨てで呼ぶ相手は、妹しかいなかったわたしは、喜んでその提案を受け入れた。
それから数ヶ月経つと、彼女──莉代から新たな申し出があった。
「莉代を呼び捨てにして、いやがる友達がいるから、やっぱり『ちゃん』付けて呼んで」
「わかった。莉代ちゃんって呼ぶね」
「うん」
思考回路の幼いわたしは、「そういうものか」と受け入れた。
少しの悲しい思いを生んだ、出来事だった。
それからまた、月日が経った。
わたしと莉代は、交換日記をするようになった。その日にあった出来事、いやなこと、いいこと、なんでも書いて、楽しい気分を味わう。
わたしはひとつ、そこに書いてみた。
「交換日記でなら、呼び捨てで呼んでもいいでしょ?」
仲がいいはずと思っていたわたしは、彼女の友達を気にして、ずっといわれた通りに呼んでいた。
けれど、付き合いが長くなってくると、敬称が邪魔にも感じてくる。友達付き合いならば余計に。
それでわたしは、「他人の目を気にしなくていい交換日記なら、呼び捨てでも問題ないだろう」と、幼いながらに結論したのだった。
返事が返ってきた。
「考えとく!」
わたしはそこではじめて、名前も分からない悪魔の顔を、見たような気がした。
それから中学生になって、莉代とは自然と疎遠になり、別の中学校出身の、暮羽と仲良くなった。
部活動では、同学年の子とも仲良くなった。そこには莉代もいた。わたしは彼女を呼び捨てて呼ぶ子に混じって、律儀に『莉代ちゃん』と呼び続けていた。
それをひっくるめても、中学校生活は、小学校のときより楽しい感じがした。
またときは流れた。
わたしは高校生になった。
一番仲がよかった暮羽も一緒だった。
そのときもわたしは、悪魔に気を使って『暮羽ちゃん』と呼んでいた。彼女はもうとっくに、わたしを呼び捨てていた。
入学から数ヶ月。
学校が終わって、ふたりでお茶をしているときだった。
「ずっと思ってたけど、『暮羽』って呼んでよ」彼女がいった。
わたしは、悪魔に気を使ってためらった。「いいの?」妙な恐怖を隠して、ひょうきんに返す。
「あたりまえじゃん! っていうか、なんで今まで呼んでくれなかったの」
そういって、暮羽は笑った。
わたしも笑って、暮羽と呼び捨てた。