09
主人公のお名前を。無ければ「沙苗」に。
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・・
緊張しながら部屋の扉の前に立つ。
扉の前には護衛が二人。目だけでこちらを見る。
鋭い目つきもあって少し萎縮しまう。
扉の前にいるが、中からは声が聞こえない。あまり喋るタイプではないのか、養父もいるはずの室内は静かだ。
「沙苗です。中へ入らせて頂いても?」
護衛の二人に声をかけると、彼らは扉に手をかけ私をすんなりと通してくれた。
「遅れてしまい申し訳ございません。陵安の娘、沙苗でございます。」
中へ入り、挨拶とともに頭を下げる。
「ああ。」
「沙苗、こちらに来なさい。…昌平君殿、お待たせいたしました。」
養父の隣に付き、そこでやっと相手の顔を見た。
………これは…
どうりで女性が騒ぐわけだ。
端正な顔立ち。美しいという表現がよく似合う。
とはいえ、今は相手の顔が良いということよりも、もっと考えなければならない事がある。
「まずは座るといい。話はそれからだ。」
「…感謝致します。」
私は昌平君の許しを得て座る。
それからすぐ、何の前置きも何もなく話が始まった。
「…私が何故来たのかは理解しているだろう。」
長く話すつもりもないのだろう。
短くそう言葉を放つ昌平君。
それに対し、養父が言葉を返す。
「…いやはや、理解とは。これまで私が全て断ってきた事を蒸し返すつもりですかな?」
「…!」
…驚いた。養父が、怒っている。
いつも穏やかな養父が、だ。
…そういえば、養母が言っていたような…
怒らせたら怖い人、と。
初めての光景に心底驚く。
今まで築きあげてきた信頼を崩せと言われたようなもの。
だからこその怒りであるのはわかった。
…とはいえ、険悪な雰囲気で話を進める訳にはいかない。
「落ち着いてください、父上。…昌平君様、少しよろしいでしょうか。…私もこの場にいるという事は、私もこの件に関わる権利がある、と受け取らせ頂いてよろしいですね?」
私は養父に一度目をやると改めて昌平君の顔を見て言った。
「ああ、いいだろう。」
「沙苗…」
「感謝致します。」
「…」
目の前では無言の昌平君、私の隣にはどこか不安そうな養父の姿があった。
「率直に申しますと、此度もお断り申し上げます。陵安と話し合った上での決定です。」
「…だろうな。あくまでも中立を保つ為か。」
先程の養父の姿を見て予想はついていたらしく、至って冷静な様子だ。
「…今までは、そうでした。」
「…」
少し、昌平君の表情が動いた気がする。
「陣営としては、まだ私達同様中立を貫く方々がいます。…そんな中、私達だけが即座に答えを出さなければならないのは不公平ではありませんか。」
そう言って昌平君の方へ顔を向けた。
「不服か。」
昌平君がこちらに鋭い目を向ける。
小者が楯突く気か、という意味か。それとも…
しかし、怯えていてはダメだ。
「…完全には否定できません。ただ、こちらの立ち位置については今後も話に上がるでしょう。"どちらに"行くにせよ、考える機会を頂きたいのです。」
「…沙苗…!」
養父が、本当に言うのかとこちらを見ている。
その顔には先程の表情とは打って変わって、額に汗が滲み焦っている。
私は養父にちらりと目を向けたあと、小さく頷いて昌平君に目を移した。
「双方、見極めが必要だと思いませんか…お互い"利"があるかどうかを。中立な立場を捨ててまで私達が得られるものがあるのか。逆に、私達を引き込んで本当にそちらに利があるのかどうか。」
「判断する時間が欲しいのか。」
昌平君が呟く一言に軽く頷く。
「はい。ですが、ただ時間を頂くだけではありません。ただ過ごしているだけでは"見極める"のは難しいので。…そこで、一つご提案が。」
昌平君がこちらを見て無言で続きを促した。
「貴台に、私を雇って頂きたいのです。」
「…!」
一瞬、昌平君が目を見開いたのがわかった。
…たった一瞬でも意表を突くことができたのだ。
「貴台は監視や私達が必要か否かを判断でき、私達は実際に関わることでどうするか再考できます。」
この方法は双方にとって効率が良い。
私達は時間稼ぎができるし、上手く行けば必要ないと判断して貰える可能性もある。
養父への評価は変わらずとも、私が選択肢から消えれば大きい。
「…断ると言えば、どうするつもりだ。」
迷いや焦りなど一切無い目でこちらを見ながら昌平君は問う。
「そうですね…私達の中の選択肢が1つ減って、"もう一つの選択肢を選ぶ事がより明確になる"のですから、その準備を始めます。」
ゆっくりと瞬きをして、相手の目を見つめる。
断れば、私達は秦王の陣営につくと言った。
「…陵安、席を外してもらいたい。これよりは、この者と話を進める。」
「なっ…しかし…!!」
昌平君の指示に、養父が腰を浮かせて前のめりになる。
その表情は焦りと怒りが混じっていた。
「父上、大丈夫です。」
私は養父の顔を見つめて微笑んだ。
きっと昌平君は私がどう出るかを見ている。
だからこそ、私は1対1を選ぶ。
…私の提案に対する答えは、この先にあるのだ。
「……わかった。昌平君殿、娘に何かあれば、容赦はいたしませんぞ。」
「わかっている。」
その答えを貰った養父は頭を下げ、"一度失礼致します"と言って席を立つ。
養父が退室したのを確認すると、前を見て軽く頭を下げて言葉を発する。
「先ほどは失礼いたしました。」
「先程の発言、今さら撤回はできんぞ。」
謝罪はいらないのだろう。
頭を上げて向き合う。
「撤回はいたしませんのでご安心下さい。…とはいえ、礼を欠いたことには変わりないので、その点に関して謝罪を。…では、何をお話いたしましょうか。」
「…お前は今の王宮を見てどう思う。」
「…王宮、ですか。」
この質問の意図は図れないが、判断材料を一つづつ増やしているのかもしれない。
「実権は今や丞相にある。ここまで立場の名言を引き延ばす理由は単純に問題を避けるだけでは無いのだろう。」
当然そこは気になるだろう。
養父は公平な取り引きの継続を目的として名言を避けている。
そして、現在の王宮内での勢力図を考えると当然呂不韋丞相が今後この秦国を統治していく流れになる。
"今この時代を生きる者"にとっては。
しかし、私は今この時代に居ても、本来は未来(別の世界線だが)を生きていた人間。
キングダムの世界を完全に知っている訳ではないが、始皇帝(嬴政)は主役だった。主人公は李信(信)。
となれば、他国視点では無い為確実に秦は勝利、嬴政は亡くなるまで統治を続ける。
…だから呂不韋丞相側には行かない、なんて言えないけれど。
「…勢力で言えば、丞相が上回っているのは確かです。ですが、秦王様は王弟殿下の反乱を鎮圧し生還、山の民とも同盟を結びました。…現在私達同様に陣営を明言していない方々も動向を注視しているのでしょう。つまり、少なからず風向きが変わる可能性を見出したのではないでしょうか。」
正直、私がこの世界で聞く話が史実と異なる部分がいくつかある。王騎将軍が関わったという蛇甘平原の戦いについても知らなかった。王弟である成蟜の人間性も知り、驚いている。
…自分の知識がどこまで通用するかもわからないが、この世界で生きる為にはある程度は使える筈。
「お前もそうだと言いたいのか。」
「…そうですね。考え方は常に変化するものです、"誰でも"。」
「…」
昌平君は眉間に皺を寄せてこちらを見ている。
自分に対し"無節操な人間と言っているのか"と表情が語っている。
私はその表情を見て首をゆるく左右に振った。
「私は、考えが変わる"流れ"が必ず来ると思っています。…この先、秦王嬴政様の立場が揺るぎ無いものとなると。」
「…!」
昌平君の顔をまっすぐ見つめると、一瞬片眉が動いた。
「それならば今すぐ大王に付くと宣言すれば良いだろう。」
「それはとても難しいですね。私達に、呂不韋丞相の今後の行動に対処する力はありませんし、だからこそ、宣言してしまえば弱い私達は余分な芽として摘み取られてしまいますから。…それに、私は貴台…昌平君様が"秦王様の元で"重要な役割を担うと確信しています。」
少し口角を上げて言い放つと、眉間の皺はそのままに、昌平君は考え始めた。
「必ずその時が来ます。だからこそ、私の言う流れというものが実際に来る事を確かめて頂きたいのです。」
続けて放った一言に、昌平君はこちらを真っ直ぐ見つめて問いかけた。
「お前はその言葉に何を賭ける。」
私は唾を飲み込むと、意を決して事を返す。
「…では、この首を。」
決して目は逸らさず、言葉を待つ。
私はもう手の内を明かしているようなもの。
あとは相手次第。
この場で切られることはないが、首を賭けるという言葉はとても重い。
手汗が酷い。
握った手のひらに爪が食い込む。
「…」
相手の目が細められ、見定められているのがわかった。
それにまた心がざわつく。
相手の整った顔すら、圧力を増す要因でしかない。
長い沈黙。
そして遂に、
「…いいだろう。」
「…!!」
やっと出された答えに胸を撫で下ろす。
「…感謝致します。」
「だが、これがただの妄言に終われば、お前の命は無いぞ。」
しっかりと頷くと、表情を引き締めた。
「はい、覚悟の上です。」
拒否される可能性は少なからずあった。私の命を賭けた所でこの世界での私の命の価値は僅かでしかない。
とはいえ、何とか賭けるものが私の命だけで済んだ
目の前にいる昌平君の顔は気付けば最初の無表情に戻っており、何とか乗り切ったのだと実感する。
下を向いてそっと息を吐き、再び顔を上げた。
「…今回の内容…特に条件の部分を書簡にて残したいのですが、今この場で行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
よし、形に残せるなら有り難い。
お互い約束を反故にしない為にも証明する物が必要だ。
一度持ち帰ってとなると、内容の改竄や意見の食い違いが発生する可能性がある。
「今日この場で話した事、それら全てを記す訳にはいきませんので、表向きはこのような内容でいかがでしょうか。それと、追加の内容等ございましたらこちらに。」
簡潔に、そして表向きの関係性をしっかりと明示した内容を見せる。
「問答ない。」
「承知いたしました。では、次はこちらを。」
昌平君の返事を聞いてすぐ、もう一つの用紙を見せる。
こちらが本命だ。
私の言葉が事実となった場合の私の命の保障。逆の場合は私が命を差し出すという宣言。
これは、私が呂不韋丞相の陣営には付かないという事と、昌平君が主君を変える可能性があると言っているようなものだ。
「こちらの内容は決して他者の目に触れさせることはいたしません。」
「不可能だろう。あれ程中立を保ってきた陵安が娘を差し出す訳がない、"関わりのある者"ならそう疑うはずだ。この先監視の目がお前に付くだろう。…どちらが持つにせよ双方にとって都合が悪い。」
「ええ、私達が持っていては危険でしかありません。…なので、私達ではない第三者に預けるつもりです。」
「第三者……まさか、王騎か。」
「はい、そのつもりです。王騎様へ、となると一見私に都合が良いように思えるでしょう。ですが、王騎様の人柄を考えれば私が浅ましい感情を持って今回のお話を持っていこうものなら、すぐに見放す筈です。」
とても優しい人物である事は理解している。
私という人間をその目で見て、力になると宣言してくれた。
私自身が濁り、黒く染まらない事を期待したのだと思う。
浅ましい考えを持つ人間に力を貸す事など王騎将軍はしない。
それに、
「それに、私のこんなに無礼で根拠も無い言葉に賭けて下さった貴台を裏切ることはできませんから。」
「…お前の度胸は評価している。」
「それだけで充分です。」
目の前の昌平君は書簡に目を移したままだ。
ただ、その口元は少し笑っているように見え、私も自然と少し口角が上がったのを感じた。
緊張しながら部屋の扉の前に立つ。
扉の前には護衛が二人。目だけでこちらを見る。
鋭い目つきもあって少し萎縮しまう。
扉の前にいるが、中からは声が聞こえない。あまり喋るタイプではないのか、養父もいるはずの室内は静かだ。
「沙苗です。中へ入らせて頂いても?」
護衛の二人に声をかけると、彼らは扉に手をかけ私をすんなりと通してくれた。
「遅れてしまい申し訳ございません。陵安の娘、沙苗でございます。」
中へ入り、挨拶とともに頭を下げる。
「ああ。」
「沙苗、こちらに来なさい。…昌平君殿、お待たせいたしました。」
養父の隣に付き、そこでやっと相手の顔を見た。
………これは…
どうりで女性が騒ぐわけだ。
端正な顔立ち。美しいという表現がよく似合う。
とはいえ、今は相手の顔が良いということよりも、もっと考えなければならない事がある。
「まずは座るといい。話はそれからだ。」
「…感謝致します。」
私は昌平君の許しを得て座る。
それからすぐ、何の前置きも何もなく話が始まった。
「…私が何故来たのかは理解しているだろう。」
長く話すつもりもないのだろう。
短くそう言葉を放つ昌平君。
それに対し、養父が言葉を返す。
「…いやはや、理解とは。これまで私が全て断ってきた事を蒸し返すつもりですかな?」
「…!」
…驚いた。養父が、怒っている。
いつも穏やかな養父が、だ。
…そういえば、養母が言っていたような…
怒らせたら怖い人、と。
初めての光景に心底驚く。
今まで築きあげてきた信頼を崩せと言われたようなもの。
だからこその怒りであるのはわかった。
…とはいえ、険悪な雰囲気で話を進める訳にはいかない。
「落ち着いてください、父上。…昌平君様、少しよろしいでしょうか。…私もこの場にいるという事は、私もこの件に関わる権利がある、と受け取らせ頂いてよろしいですね?」
私は養父に一度目をやると改めて昌平君の顔を見て言った。
「ああ、いいだろう。」
「沙苗…」
「感謝致します。」
「…」
目の前では無言の昌平君、私の隣にはどこか不安そうな養父の姿があった。
「率直に申しますと、此度もお断り申し上げます。陵安と話し合った上での決定です。」
「…だろうな。あくまでも中立を保つ為か。」
先程の養父の姿を見て予想はついていたらしく、至って冷静な様子だ。
「…今までは、そうでした。」
「…」
少し、昌平君の表情が動いた気がする。
「陣営としては、まだ私達同様中立を貫く方々がいます。…そんな中、私達だけが即座に答えを出さなければならないのは不公平ではありませんか。」
そう言って昌平君の方へ顔を向けた。
「不服か。」
昌平君がこちらに鋭い目を向ける。
小者が楯突く気か、という意味か。それとも…
しかし、怯えていてはダメだ。
「…完全には否定できません。ただ、こちらの立ち位置については今後も話に上がるでしょう。"どちらに"行くにせよ、考える機会を頂きたいのです。」
「…沙苗…!」
養父が、本当に言うのかとこちらを見ている。
その顔には先程の表情とは打って変わって、額に汗が滲み焦っている。
私は養父にちらりと目を向けたあと、小さく頷いて昌平君に目を移した。
「双方、見極めが必要だと思いませんか…お互い"利"があるかどうかを。中立な立場を捨ててまで私達が得られるものがあるのか。逆に、私達を引き込んで本当にそちらに利があるのかどうか。」
「判断する時間が欲しいのか。」
昌平君が呟く一言に軽く頷く。
「はい。ですが、ただ時間を頂くだけではありません。ただ過ごしているだけでは"見極める"のは難しいので。…そこで、一つご提案が。」
昌平君がこちらを見て無言で続きを促した。
「貴台に、私を雇って頂きたいのです。」
「…!」
一瞬、昌平君が目を見開いたのがわかった。
…たった一瞬でも意表を突くことができたのだ。
「貴台は監視や私達が必要か否かを判断でき、私達は実際に関わることでどうするか再考できます。」
この方法は双方にとって効率が良い。
私達は時間稼ぎができるし、上手く行けば必要ないと判断して貰える可能性もある。
養父への評価は変わらずとも、私が選択肢から消えれば大きい。
「…断ると言えば、どうするつもりだ。」
迷いや焦りなど一切無い目でこちらを見ながら昌平君は問う。
「そうですね…私達の中の選択肢が1つ減って、"もう一つの選択肢を選ぶ事がより明確になる"のですから、その準備を始めます。」
ゆっくりと瞬きをして、相手の目を見つめる。
断れば、私達は秦王の陣営につくと言った。
「…陵安、席を外してもらいたい。これよりは、この者と話を進める。」
「なっ…しかし…!!」
昌平君の指示に、養父が腰を浮かせて前のめりになる。
その表情は焦りと怒りが混じっていた。
「父上、大丈夫です。」
私は養父の顔を見つめて微笑んだ。
きっと昌平君は私がどう出るかを見ている。
だからこそ、私は1対1を選ぶ。
…私の提案に対する答えは、この先にあるのだ。
「……わかった。昌平君殿、娘に何かあれば、容赦はいたしませんぞ。」
「わかっている。」
その答えを貰った養父は頭を下げ、"一度失礼致します"と言って席を立つ。
養父が退室したのを確認すると、前を見て軽く頭を下げて言葉を発する。
「先ほどは失礼いたしました。」
「先程の発言、今さら撤回はできんぞ。」
謝罪はいらないのだろう。
頭を上げて向き合う。
「撤回はいたしませんのでご安心下さい。…とはいえ、礼を欠いたことには変わりないので、その点に関して謝罪を。…では、何をお話いたしましょうか。」
「…お前は今の王宮を見てどう思う。」
「…王宮、ですか。」
この質問の意図は図れないが、判断材料を一つづつ増やしているのかもしれない。
「実権は今や丞相にある。ここまで立場の名言を引き延ばす理由は単純に問題を避けるだけでは無いのだろう。」
当然そこは気になるだろう。
養父は公平な取り引きの継続を目的として名言を避けている。
そして、現在の王宮内での勢力図を考えると当然呂不韋丞相が今後この秦国を統治していく流れになる。
"今この時代を生きる者"にとっては。
しかし、私は今この時代に居ても、本来は未来(別の世界線だが)を生きていた人間。
キングダムの世界を完全に知っている訳ではないが、始皇帝(嬴政)は主役だった。主人公は李信(信)。
となれば、他国視点では無い為確実に秦は勝利、嬴政は亡くなるまで統治を続ける。
…だから呂不韋丞相側には行かない、なんて言えないけれど。
「…勢力で言えば、丞相が上回っているのは確かです。ですが、秦王様は王弟殿下の反乱を鎮圧し生還、山の民とも同盟を結びました。…現在私達同様に陣営を明言していない方々も動向を注視しているのでしょう。つまり、少なからず風向きが変わる可能性を見出したのではないでしょうか。」
正直、私がこの世界で聞く話が史実と異なる部分がいくつかある。王騎将軍が関わったという蛇甘平原の戦いについても知らなかった。王弟である成蟜の人間性も知り、驚いている。
…自分の知識がどこまで通用するかもわからないが、この世界で生きる為にはある程度は使える筈。
「お前もそうだと言いたいのか。」
「…そうですね。考え方は常に変化するものです、"誰でも"。」
「…」
昌平君は眉間に皺を寄せてこちらを見ている。
自分に対し"無節操な人間と言っているのか"と表情が語っている。
私はその表情を見て首をゆるく左右に振った。
「私は、考えが変わる"流れ"が必ず来ると思っています。…この先、秦王嬴政様の立場が揺るぎ無いものとなると。」
「…!」
昌平君の顔をまっすぐ見つめると、一瞬片眉が動いた。
「それならば今すぐ大王に付くと宣言すれば良いだろう。」
「それはとても難しいですね。私達に、呂不韋丞相の今後の行動に対処する力はありませんし、だからこそ、宣言してしまえば弱い私達は余分な芽として摘み取られてしまいますから。…それに、私は貴台…昌平君様が"秦王様の元で"重要な役割を担うと確信しています。」
少し口角を上げて言い放つと、眉間の皺はそのままに、昌平君は考え始めた。
「必ずその時が来ます。だからこそ、私の言う流れというものが実際に来る事を確かめて頂きたいのです。」
続けて放った一言に、昌平君はこちらを真っ直ぐ見つめて問いかけた。
「お前はその言葉に何を賭ける。」
私は唾を飲み込むと、意を決して事を返す。
「…では、この首を。」
決して目は逸らさず、言葉を待つ。
私はもう手の内を明かしているようなもの。
あとは相手次第。
この場で切られることはないが、首を賭けるという言葉はとても重い。
手汗が酷い。
握った手のひらに爪が食い込む。
「…」
相手の目が細められ、見定められているのがわかった。
それにまた心がざわつく。
相手の整った顔すら、圧力を増す要因でしかない。
長い沈黙。
そして遂に、
「…いいだろう。」
「…!!」
やっと出された答えに胸を撫で下ろす。
「…感謝致します。」
「だが、これがただの妄言に終われば、お前の命は無いぞ。」
しっかりと頷くと、表情を引き締めた。
「はい、覚悟の上です。」
拒否される可能性は少なからずあった。私の命を賭けた所でこの世界での私の命の価値は僅かでしかない。
とはいえ、何とか賭けるものが私の命だけで済んだ
目の前にいる昌平君の顔は気付けば最初の無表情に戻っており、何とか乗り切ったのだと実感する。
下を向いてそっと息を吐き、再び顔を上げた。
「…今回の内容…特に条件の部分を書簡にて残したいのですが、今この場で行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
よし、形に残せるなら有り難い。
お互い約束を反故にしない為にも証明する物が必要だ。
一度持ち帰ってとなると、内容の改竄や意見の食い違いが発生する可能性がある。
「今日この場で話した事、それら全てを記す訳にはいきませんので、表向きはこのような内容でいかがでしょうか。それと、追加の内容等ございましたらこちらに。」
簡潔に、そして表向きの関係性をしっかりと明示した内容を見せる。
「問答ない。」
「承知いたしました。では、次はこちらを。」
昌平君の返事を聞いてすぐ、もう一つの用紙を見せる。
こちらが本命だ。
私の言葉が事実となった場合の私の命の保障。逆の場合は私が命を差し出すという宣言。
これは、私が呂不韋丞相の陣営には付かないという事と、昌平君が主君を変える可能性があると言っているようなものだ。
「こちらの内容は決して他者の目に触れさせることはいたしません。」
「不可能だろう。あれ程中立を保ってきた陵安が娘を差し出す訳がない、"関わりのある者"ならそう疑うはずだ。この先監視の目がお前に付くだろう。…どちらが持つにせよ双方にとって都合が悪い。」
「ええ、私達が持っていては危険でしかありません。…なので、私達ではない第三者に預けるつもりです。」
「第三者……まさか、王騎か。」
「はい、そのつもりです。王騎様へ、となると一見私に都合が良いように思えるでしょう。ですが、王騎様の人柄を考えれば私が浅ましい感情を持って今回のお話を持っていこうものなら、すぐに見放す筈です。」
とても優しい人物である事は理解している。
私という人間をその目で見て、力になると宣言してくれた。
私自身が濁り、黒く染まらない事を期待したのだと思う。
浅ましい考えを持つ人間に力を貸す事など王騎将軍はしない。
それに、
「それに、私のこんなに無礼で根拠も無い言葉に賭けて下さった貴台を裏切ることはできませんから。」
「…お前の度胸は評価している。」
「それだけで充分です。」
目の前の昌平君は書簡に目を移したままだ。
ただ、その口元は少し笑っているように見え、私も自然と少し口角が上がったのを感じた。