07
主人公のお名前を。無ければ「沙苗」に。
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「は。…では、直ちに。」
姜燕将軍は小さく礼をすると、素早くその場をあとにした。
「…」
私は、去っていく背中を目で追いながら、先程の廉頗将軍の言葉を頭に浮かべた。
"斬れ"
「ンフ、斬るのですか。」
周りが黙り込む中、ずっと沈黙を続けていた王騎将軍が一人、廉頗将軍へ向け言葉を発する。
「なんじゃ王騎。先程から黙っておったくせに。」
言葉を受け、廉頗将軍は不服そうに王騎将軍の方へ視線をよこす。
「私は将軍の邪魔をしないよう気を遣って黙っていたんですよォ。」
「ふんっ、何が気を遣ってじゃ。……斬るに決まっておるわ。」
廉頗将軍は盃に酒を注ぐと、それを一気に煽った。
「…」
その光景を無言で見つめていると、盃で一瞬隠れていた廉頗将軍の目と視線が交わる。
「…何じゃ沙苗。何かあるなら申せ。」
「斬ってしまって、よろしいのですか?…太子様に、目をつけられてしまうのでは…」
宴の場の静寂が消え、騒がしさの戻った空間。
しかし、私だけは未だ戻れずにいた。
「目をつけられるなど…ハッ、今更であろう。斬っても変わらぬわ。現王が崩御すれば、あの太子は儂に言いがかりをつけるであろうからのう。…うぬは、間者を斬ることに納得いかぬのだろう?」
呆れた様子の廉頗将軍が放った言葉が刺さる。
違う、とはとても言えなかった。
「…申し訳、ありません。乱世の世である今、己の身を守る為には斬らねばならない時もある事は理解しています。ただ、そう簡単に斬ってしまっていいのかと思ってしまって……私が未熟でした。廉頗様の判断にこれ以上余計な口を挟みません。どうか、お許しを。」
深々と、頭を下げる。
「顔を上げよ。」
「…はい。」
ゆっくりと頭を上げ、廉頗将軍をそっと見つめる。
「未熟者であるのは誰が見ても明らかじゃ。未熟を言い訳にするでない。うぬは、今の世がどうであるか理解した上で、尚間者の命を案じた。立場が立場なら、うぬの斯様な考え一つで国が滅びるであろう。情けのかけどころを誤ってはならんぞ。」
「は、い。」
私の考えとは、思いとは、情けであったのか…
私は…命を奪う行為が、戦場以外の場にある事を"忘れていた"。忘れて、いた。
"斬れ"という言葉を聞いたとき、自分の中に恐怖心が生まれ、途端に止めなければと思ってしまったのだ。
「間者が聞いた内容によっては、うぬや陵安の命も無かったやもしれぬ。」
「っ…!あ…私は……」
"なんて、馬鹿なことを"
そこまで言葉を紡ぐ事ができなかった。
廉頗将軍の発言はもっともで、己の命だけならまだしも、私は、養父の命を危機に晒そうとしたのだ。
太子の寵愛を受ける春平君と会い、さらに、廉頗将軍の前で自分の中の太子像を語った。その罪は決して軽くはない。
常に、喉元に刃を突きつけられているといっても過言ではないほど、この世界では行動も発言も危険なのだ。
つまり、ここも戦場と変わらない。
「…私は、愚か者ですね。武器を手にしない地が必ずしも安全ではないと、気付きもしなかったのです。刃を交えずとも、ここも立派な戦場。…改めて先程の失言をお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。」
再び頭を下げた時、今まで私の中に行き交っていた多くの感情が消え去り、冷静になった。
間者を斬ることを完全に肯定するわけではないけれど、私が愚かだったことに変わりはない。
受け入れなければならないのだ。
「もう良い、何度も頭を下げるでないわ。」
「はいっ。」
頭を上げ、廉頗将軍を見ると、やはり呆れていた。
「その様子を見るに、うぬの中で何か定まったのであろう?」
「いえ、気持ちの整理がついただけでして。…ですがこれから、私に存在する甘さ…そういった中途半端なものは自分なりに決着をつけていこうかと思っています。」
そう言って、苦笑した。
「…ふんっ、そうか。」
私の言葉を受け、廉頗将軍はそう一言残すと酒を煽る。
その口元は、弧を描いていた。
・・
「…ところで陵安よ。」
「は、はい、何でしょう?」
宴の席が再び盛り上がり始めた頃、酒を飲む手を止めた廉頗将軍がふと思い出したかのように養父の方を見て問いかけた。
「うぬの娘、いったいどこで拾った?」
「…!!」
「なに、儂も拾えるかと思っただけじゃ。」
突然の内容に驚いてしまう。隣にいる養父の方を見れば、彼もまた同様に目を丸くして驚いていた。が、しかし、すぐに表情を戻すとと、
「天からの授かりものでしょうな…驚くことに、私の邸の前に倒れていたのです。」
穏やかに笑ってそう返す養父。その答えに廉頗将軍はそうかと言って私の方を。
「天からのォ…ふむ、政治に興味を持つ娘などそうおらぬ…」
「はは、そうでしょうな…」
じーっと見定めるような視線に背筋が伸びる。
「惜しいのォ。ふむ、陵安、儂に沙苗をくれぬか。」
「っ!?げっほげほっ…!」
「玄峰の元にやれば化けるぞ。このまま返すのは惜しい。今はあの太子のせいでつまらんが、うぬの娘が居れば退屈せんじゃろう。」
な、何を言っているのか。驚きで咽てしまった。養父もいきなりの事で慌てている。
「し、将軍、何をおっしゃいますか…!」
「良いではないか。沙苗も退屈であろう?」
「えっ、あ、いや…」
どうすれば…。退屈も何も、廉頗将軍の元に行けばいつか太子に目をつけられる…!!
こんな時に限って、騒いでいた周りの人達も再び静まり返る。助けを求めるように王騎将軍の方へ目を向ける。
「コココ、将軍。そこまでです。あまり彼らを困らせないでください。」
「王騎よ、儂は本気で言っておる。ならばうぬが育てるとでも言うのか?」
助け舟を出してくれた王騎将軍に対し、口をへの字に曲げ、廉頗将軍は問いかけた。
…私はいったいどうなるんだろう。
「ンフ、私が育てずとも、彼女は自分自身で成長しますよ。」
「…!」
単純に助けてもらおうと思っていたのが、思わぬ言葉をもらってしまった。…期待されるほど私に何かがあるとは思えない…
「王騎、うぬがそこまで言うとはな。…では陵安、答えよ。」
「そうですな…将軍、申し訳ありませんが、娘はやれませぬ。」
王騎将軍のお陰か、冷静さを取り戻した養父ははっきりと答える。
「全く揃いも揃ってつまらんのォ!……ふんっ、まあ良い…陵安、明日の朝うぬの娘を少し借りるぞ。」
口を尖らせぷんぷんと怒ったあと、気を取り直すように、廉頗将軍がまたも衝撃的な言葉を放った。
「か、借りるとは…?」
「そのままの意味じゃ。」
「は、はい…………?」
王騎将軍も今度ばかりは自分でどうにかしろといった具合に、ただコココと笑って見ている。
……いやいや、今度はなんなのか。もしかして私は切られてしまう…?
「安心せよ。ただ町を案内(あない)するだけじゃ。そのぐらいはいいであろう。」
「は、はぁ、それならば……?」
全くもって予想外な一言に、養父も気の抜けたような返事をする。
……いや、いやいやいや、それならば、とは!?
「…父上…?」
「…!……す、すまない。」
しまったという顔で、こちらを見て謝る養父。
ギギギと、ロボットのような動きで目の前の廉頗将軍の顔を見れば、
「ふっ、」
ニヤリと口角を上げて笑っていた。
「あは、は…」
…………諦めろ、私。
生きて、帰れるよう…頑張ろう…
私は眉間にそっと手を添えた。
姜燕将軍は小さく礼をすると、素早くその場をあとにした。
「…」
私は、去っていく背中を目で追いながら、先程の廉頗将軍の言葉を頭に浮かべた。
"斬れ"
「ンフ、斬るのですか。」
周りが黙り込む中、ずっと沈黙を続けていた王騎将軍が一人、廉頗将軍へ向け言葉を発する。
「なんじゃ王騎。先程から黙っておったくせに。」
言葉を受け、廉頗将軍は不服そうに王騎将軍の方へ視線をよこす。
「私は将軍の邪魔をしないよう気を遣って黙っていたんですよォ。」
「ふんっ、何が気を遣ってじゃ。……斬るに決まっておるわ。」
廉頗将軍は盃に酒を注ぐと、それを一気に煽った。
「…」
その光景を無言で見つめていると、盃で一瞬隠れていた廉頗将軍の目と視線が交わる。
「…何じゃ沙苗。何かあるなら申せ。」
「斬ってしまって、よろしいのですか?…太子様に、目をつけられてしまうのでは…」
宴の場の静寂が消え、騒がしさの戻った空間。
しかし、私だけは未だ戻れずにいた。
「目をつけられるなど…ハッ、今更であろう。斬っても変わらぬわ。現王が崩御すれば、あの太子は儂に言いがかりをつけるであろうからのう。…うぬは、間者を斬ることに納得いかぬのだろう?」
呆れた様子の廉頗将軍が放った言葉が刺さる。
違う、とはとても言えなかった。
「…申し訳、ありません。乱世の世である今、己の身を守る為には斬らねばならない時もある事は理解しています。ただ、そう簡単に斬ってしまっていいのかと思ってしまって……私が未熟でした。廉頗様の判断にこれ以上余計な口を挟みません。どうか、お許しを。」
深々と、頭を下げる。
「顔を上げよ。」
「…はい。」
ゆっくりと頭を上げ、廉頗将軍をそっと見つめる。
「未熟者であるのは誰が見ても明らかじゃ。未熟を言い訳にするでない。うぬは、今の世がどうであるか理解した上で、尚間者の命を案じた。立場が立場なら、うぬの斯様な考え一つで国が滅びるであろう。情けのかけどころを誤ってはならんぞ。」
「は、い。」
私の考えとは、思いとは、情けであったのか…
私は…命を奪う行為が、戦場以外の場にある事を"忘れていた"。忘れて、いた。
"斬れ"という言葉を聞いたとき、自分の中に恐怖心が生まれ、途端に止めなければと思ってしまったのだ。
「間者が聞いた内容によっては、うぬや陵安の命も無かったやもしれぬ。」
「っ…!あ…私は……」
"なんて、馬鹿なことを"
そこまで言葉を紡ぐ事ができなかった。
廉頗将軍の発言はもっともで、己の命だけならまだしも、私は、養父の命を危機に晒そうとしたのだ。
太子の寵愛を受ける春平君と会い、さらに、廉頗将軍の前で自分の中の太子像を語った。その罪は決して軽くはない。
常に、喉元に刃を突きつけられているといっても過言ではないほど、この世界では行動も発言も危険なのだ。
つまり、ここも戦場と変わらない。
「…私は、愚か者ですね。武器を手にしない地が必ずしも安全ではないと、気付きもしなかったのです。刃を交えずとも、ここも立派な戦場。…改めて先程の失言をお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。」
再び頭を下げた時、今まで私の中に行き交っていた多くの感情が消え去り、冷静になった。
間者を斬ることを完全に肯定するわけではないけれど、私が愚かだったことに変わりはない。
受け入れなければならないのだ。
「もう良い、何度も頭を下げるでないわ。」
「はいっ。」
頭を上げ、廉頗将軍を見ると、やはり呆れていた。
「その様子を見るに、うぬの中で何か定まったのであろう?」
「いえ、気持ちの整理がついただけでして。…ですがこれから、私に存在する甘さ…そういった中途半端なものは自分なりに決着をつけていこうかと思っています。」
そう言って、苦笑した。
「…ふんっ、そうか。」
私の言葉を受け、廉頗将軍はそう一言残すと酒を煽る。
その口元は、弧を描いていた。
・・
「…ところで陵安よ。」
「は、はい、何でしょう?」
宴の席が再び盛り上がり始めた頃、酒を飲む手を止めた廉頗将軍がふと思い出したかのように養父の方を見て問いかけた。
「うぬの娘、いったいどこで拾った?」
「…!!」
「なに、儂も拾えるかと思っただけじゃ。」
突然の内容に驚いてしまう。隣にいる養父の方を見れば、彼もまた同様に目を丸くして驚いていた。が、しかし、すぐに表情を戻すとと、
「天からの授かりものでしょうな…驚くことに、私の邸の前に倒れていたのです。」
穏やかに笑ってそう返す養父。その答えに廉頗将軍はそうかと言って私の方を。
「天からのォ…ふむ、政治に興味を持つ娘などそうおらぬ…」
「はは、そうでしょうな…」
じーっと見定めるような視線に背筋が伸びる。
「惜しいのォ。ふむ、陵安、儂に沙苗をくれぬか。」
「っ!?げっほげほっ…!」
「玄峰の元にやれば化けるぞ。このまま返すのは惜しい。今はあの太子のせいでつまらんが、うぬの娘が居れば退屈せんじゃろう。」
な、何を言っているのか。驚きで咽てしまった。養父もいきなりの事で慌てている。
「し、将軍、何をおっしゃいますか…!」
「良いではないか。沙苗も退屈であろう?」
「えっ、あ、いや…」
どうすれば…。退屈も何も、廉頗将軍の元に行けばいつか太子に目をつけられる…!!
こんな時に限って、騒いでいた周りの人達も再び静まり返る。助けを求めるように王騎将軍の方へ目を向ける。
「コココ、将軍。そこまでです。あまり彼らを困らせないでください。」
「王騎よ、儂は本気で言っておる。ならばうぬが育てるとでも言うのか?」
助け舟を出してくれた王騎将軍に対し、口をへの字に曲げ、廉頗将軍は問いかけた。
…私はいったいどうなるんだろう。
「ンフ、私が育てずとも、彼女は自分自身で成長しますよ。」
「…!」
単純に助けてもらおうと思っていたのが、思わぬ言葉をもらってしまった。…期待されるほど私に何かがあるとは思えない…
「王騎、うぬがそこまで言うとはな。…では陵安、答えよ。」
「そうですな…将軍、申し訳ありませんが、娘はやれませぬ。」
王騎将軍のお陰か、冷静さを取り戻した養父ははっきりと答える。
「全く揃いも揃ってつまらんのォ!……ふんっ、まあ良い…陵安、明日の朝うぬの娘を少し借りるぞ。」
口を尖らせぷんぷんと怒ったあと、気を取り直すように、廉頗将軍がまたも衝撃的な言葉を放った。
「か、借りるとは…?」
「そのままの意味じゃ。」
「は、はい…………?」
王騎将軍も今度ばかりは自分でどうにかしろといった具合に、ただコココと笑って見ている。
……いやいや、今度はなんなのか。もしかして私は切られてしまう…?
「安心せよ。ただ町を案内(あない)するだけじゃ。そのぐらいはいいであろう。」
「は、はぁ、それならば……?」
全くもって予想外な一言に、養父も気の抜けたような返事をする。
……いや、いやいやいや、それならば、とは!?
「…父上…?」
「…!……す、すまない。」
しまったという顔で、こちらを見て謝る養父。
ギギギと、ロボットのような動きで目の前の廉頗将軍の顔を見れば、
「ふっ、」
ニヤリと口角を上げて笑っていた。
「あは、は…」
…………諦めろ、私。
生きて、帰れるよう…頑張ろう…
私は眉間にそっと手を添えた。