第七話 小さなSOS

 その日、朔と鼎、虎徹と瑠璃は悠里に頼まれた買い物をする為に、街を歩いていた。
「この先を右に曲がった店からだよ。」
「ユーリィさん、結構色んなもの頼んできましたね。」
「外出るのが苦手なところあるからな、ユーリィさんは。たまにこうして頼まれる。」
 瑠璃、朔、虎徹がそんな会話を交わしながら歩いていた時、先頭を歩いていた虎徹に、小さな影がぶつかってきた。
「わ、何だ!?」
 ぶつかってきたのは、小学校高学年位の少年だった。少年は強張った顔で虎徹を見上げた。
「あ…! ごめんなさ…!」
「! くそっ!」
 その次には何者かが走ってきたが、虎徹達の姿を見ると逃げて行った。
 少年は青ざめた顔で立っていた。朔が気遣い、声をかける。
「大丈夫か。」
 一部始終を見ていた鼎は、少し思うように黙ってから口を開いた。
「…君、能力者だね。」
 鼎の言葉に、少年は泣きそうに怯えた顔をした。
「違うよ。別に危害を加えたいとかじゃ無い。君を助けたいだけなんだ。何があったのか、言える?」
 瑠璃が優しく声をかけると、少年は少し落ち着いたようだった。少年が口を開きかけた時。
「歩!!」
 あゆむと呼ばれ、少年はハッと後ろを振り返る。皆が見ると、少年…歩そっくりの顔に眼鏡をかけた、もう一人の少年が息を切らせてそこにいた。
「恵!」
 歩は走っていくと、めぐむと呼んだ少年の元に走っていき、抱きついた。
「歩! だから不用意に外に出るなってあれほど…!」
「ご、ごめん、オレ…。」
 歩を受け止めていた恵はふと顔を上げ、朔達を睨んだ。
「…あなた達は…?」
「あ、オレのこと、助けてくれた…。」
「助けた…?」
 訝しげに見てくる恵に朔、鼎、瑠璃が戸惑っていると、虎徹が前に出た。
「オレは池澤虎徹。ヴェテロクって呼ばれてる。赤い稲妻に打たれた能力者だ。」
「ヴェテロク…。」
 瑠璃が気後れ気味に虎徹を呼ぶ。
「赤い稲妻…能力…。」
 歩は目を丸くして虎徹を見る。虎徹は歩を見て話し出す。
「お前も能力者で、何かのせいで嫌な目にあっているなら、オレ達が力になれることがあるかもしれない。」
 虎徹の言葉に、歩は目を大きく開いた。
「いりません。」
 冷めた声が皆の耳を刺す。声を発した恵は冷たい眼差しで皆を見上げていた。
「お気持ちはありがたいですが、いりません。僕達はあなた達の助けは必要ありません。」
 恵は歩の手をぐいと引いて歩き出した。
「あ。……。」
 歩は戸惑う声を出しながら、恵に引っ張られて歩いて行った。
 二人を見送りながら、朔達は重く黙った。虎徹は振り返り、朔達に苦笑した。
「なかなか、上手くは行かないもんだろ。」
「ヴェテロクさん…。」
「ほら行くぞ、買い出し。」
 虎徹が歩き出す。皆は慌ててついて行った。

「そんなことがあったのか。」
 買い出しから帰った朔達に、悠里がコーヒーを淹れている。
「ベルカが見たから、能力者であることは確かですけどね。」
「怯えてたね。何かひどい目にあっていないといいけど…。」
 虎徹と瑠璃の言葉を聞き、悠里はしばし考えてから、朔と鼎を見た。
「二人はどう思った? ストレルカ、ベルカ。」
 朔と鼎は考えながら、自分の感想を述べた。
「何ていうか…能力者だって子は怯えてて、一緒にいた子も頑なな感じでした。」
「一緒にいた子は能力者じゃなかったけど…見たら兄弟だった。双子の兄弟の弟…。こっちの申し出をいらないって断って…もうばっさりと。」
「能力者と普通の人間の兄弟、か…。」
 悠里は思うように黙ってから、皆にコーヒーを出した。
「今は彼らに、何事もないことを祈るしかないが…。」
「でもあの二人を追ってたのが、アポロの奴らだったら…やっかいだな。」
「アポロの奴ら…手当たり次第に能力者を引っ張り込んでるみたいだからね。」
 悠里、虎徹、瑠璃が話すのを、朔は考えるように黙って聞いていた。

 時間は経ち、宵闇がカフェボストークの周囲を包んでいた。
「じゃあ、オレ達これで帰ります。」
 朔と鼎が席を立ち上がると、悠里が穏やかに声をかけた。
「気をつけてな、二人とも。」
「はい。また明日。行こう、朔。」
「うん。」
 鼎がカフェの扉を開ける。
「!」
「え。…君、昼間の…。」
 扉の向こうに朔達が昼間会った少年、歩が立っていた。朔と鼎が驚いていると、歩はもごもごと声を出した。
「あ、え、と…。」
「…とりあえず、中に入って温まるといい。」
 悠里が招き入れると、歩はゆっくりと歩を進め、ボストークの中に入った。

 カフェオレを出された歩はそれを一口飲むと、朔達に話し出した。
「えっと…オレ、笄堂こうがいどうあゆむっていいます…。」
「笄堂…あのでかい屋敷の?」
「街の議員とか代々やってるとこだよね?」
 地元の名士の名を出され、皆が感嘆の声を上げると歩は黙って頷いた。悠里が穏やかな声で問いかける。
「どうして、オレ達がここにいると解ったんだ?」
「…生命を、追ってきたから…。そこの…こてつさん、の…。」
「生命?」
 皆が疑問符を浮かべると、歩はぎこちなく話した。
「…生命を、操る能力、だから…。」
「生命…それを感知して、操ることが出来る…ということかな。」
 悠里の確認に、歩はまた頷いた。悠里もまた問いかける。
「それで、君はなぜ、ここに来ようと思ったんだ?」
 歩はしばし、重く黙った。皆は辛抱強く、歩の言葉を待った。
「…助けてくれるって、言ってくれたから…。」
「え?」
「その…こてつさん…。」
 歩の言葉を聞き、皆が虎徹に注目する。虎徹は真っ直ぐに歩に返した。
「ああ、言った。」
「…びっくりした。…能力者はみんな悪い奴だって、恵は言ってたから…今まで、そんなこと言ってくれる人、誰もいなかったから…。」
「能力者はみんな悪い奴って…。」
 朔が戸惑いを口にすると、鼎は冷静に話した。
「やっぱり、頑なだ。」
「で、お前は何から助けて欲しいんだ?」
 虎徹が歩に問うた。
「助けるって言葉に反応したってことは、そういうことだろ。助けて欲しくて、来たんだよな。」
 虎徹の言葉は、優しい響きを持って歩に届いた。歩は瞳を潤ませて、唇を結んだ。
 皆はまた、歩の言葉を待った。歩が口を開こうとした時。
「アユ!!」
 突然カフェの扉が開けられ、恵が入って来た。歩は驚き、声を上げる。
「メグ! どうして…。」
「お前にGPS付けといて良かった! 何やってるんだよ帰るよ!!」
 恵は歩の手を力一杯引いた。歩はわずかに抵抗を試みる。
「こ、この人達、オレ達を…!」
「信じちゃダメだ! 行くよ!!」
「ち、ちょっと待って! そんな乱暴に…!」
 慌てて諌めようとした朔を、恵は睨んだ。
「うるさい化け物共!!」
 恵の叫びに皆一瞬表情を硬くした。恵はそれ見たことかとばかりに睨みを深くし、歩に言った。
「アユは僕が守ってやるから。もう二人で静かに暮らそう。」
 恵が歩の手を引き、ボストークを出る。歩は半ば引きずられるように出て行った。
 二人を見送った四人は、重く息を吐いた。
「こりゃ、ホントに頑なだね…。」
「下手に刺激すると、歩君はともかく弟さんの方が…。」
「でも、心配だ。」
 虎徹の短い、はっきりとした言葉に、瑠璃と鼎は驚きを見せた。
「ヴェテロク?」
 悠里は少し考え、皆を見回した。
「もう外は暗い。何があってもおかしくないな。…お前達、可能なら彼らを家までこっそり守ってやれ。」
「解りました。」
 虎徹は頷き、カフェを出る。朔、鼎、瑠璃は顔を見合わせると、虎徹を追ってカフェを出た。

「ま、待ってメグ! あの人達は悪い人じゃ…!」
 路地でグイグイと力任せに引っ張られながら、歩が懸命に声を上げる。歩を引っ張っていた恵は弾かれたように振り返り、怒鳴った。
「あいつらは化け物だ!! 自分でそう名乗ってただろ!! あいつらは悪い奴らなんだ!! 信じるな!!」
「で、でも…!」
「…アユは弟の僕より、あの化け物を信じるのか!? ずっとアユを守って来た僕より、あの化け物共を!?」
 恵の剣幕に、歩が言葉を出せなくなった時。
「所詮は子供か。」
 背筋が凍る声だった。
 兄弟がハッとして振り返ると、闇の中で冷たい瞳が二人を見下ろしていた。
「追われる身だというのに、そんな大声を出して…。」
 兄弟の顔は青ざめ、体は震えている。
「さて、ようやく仕事ができる。…死んでもらおうか。」
 闇の中から歩に向かい、手が伸ばされる。
 恵は体を硬直させ、目を見開いて震えている。歩はあらん限りの大声を上げた。
「助けて、誰か…!!」
「チェルナ!」
「うん!」
 応える声と共に、兄弟のそばの壁が爆散した。
「!?」
 土ぼこりが上がり、闇の中にいる人物が混乱する。
 埃に巻かれた歩と恵の手がグイと引かれた。
「逃げるぞ!!」
 歩の手を引いた虎徹が走り出す。歩が目を丸くする。
「こてつ、さん!」
「あんた達は…!」
 瑠璃に手を引かれた恵が睨もうとした時。
「くそっ! おい!!」
 闇の中の人物が叫ぶと、横から何かが飛んで来た。すんでのところで虎徹がかわすと、ボウガンの矢だった。
「仲間がいたか!!」
 続けざまに矢が飛んでくる。
「うわあっ!」
 虎徹と歩、朔と鼎と瑠璃と恵は攻撃を避けて走り出した。

 虎徹と歩はボウガンの攻撃から逃げおおせたが、朔達と分断された。
「…大丈夫か。」
 虎徹が息を切らせながら声をかけると、歩は懸命に頷いた。
「は、はいっ…。」
「あいつらは一体…アポロの連中か?」
 虎徹が問うと、歩は小首を傾げた。
「アポロ…?」
「赤い稲妻の能力者達を、片っ端から引っ張り込んでる組織だ。オレはお前が最初、そいつらに狙われてるのかと…。」
「…違います。」
 虎徹の予想を否定した歩の声は、消え入りそうに響いた。
「…あの人達は…オレを殺したいだけだから…。」
「殺したいって…どういうことだ!?」
 虎徹が思わず声を上げると、歩は震える声で発した。
「…オレが…こんな能力持ったから…こんな能力、見せびらかしたから…。」
 虎徹はひゅ、と息を呑んだ。歩は目に涙をためて続けた。
「オレが、あんなことしたから…先生が、殺されて…。」
 不意に、二人の背中を寒気が襲った。

「離せ化け物共!! アユの所に行かなきゃ!!」
「落ち着いて! 一人になったら危ないよ!!」
 恵が喚き散らしながら、瑠璃の手を解こうと手を振り回す。瑠璃は懸命に手を握った。
「僕はいいんだ!! 狙われてるのはアユだ!!」
「歩君が狙われてるって…やっぱりアポロの奴が…?」
 朔が戸惑いがちに口にすると、鼎が冷静に口にした。
「違うと思う。あの子を襲ったあいつら、普通の人間だったし。」
「え?」
 瑠璃が目を丸くする。鼎はさらに続ける。
「それに、アポロの奴らは能力者を殺そうとまではしないし。さっきの奴らは、明らかにあの子を殺そうとしてた。」
「あの子を殺す…どうして…?」
 朔が疑問符を浮かべると、恵が叫んだ。
「もういいだろ!! お前ら化け物には関係ないんだ!!」
「さっきから、化け物化け物うるさい。」
 低い声が響き、恵が思わず身を強張らせると、鼎が恵を見下ろしていた。
「ヴェテロクさんは『赤い稲妻の能力者』とは言ったけど、化け物だって名乗った覚えはないよ。」
 鼎は冷めた声でさらに続ける。
「『赤い稲妻の能力者』がみんな化け物なら、お前の兄貴だって化け物だってことになるけど?」
 恵は唇を噛み、鼎を睨もうとするが、鼎の威圧する眼差しに押され、最後には下を向いた。
 朔が鼎に声をかけた。
「今ここで、この子に怒っても何にもならない。ヴェテロクさんと歩君を探しに行かないと…。」
 鼎はしばらく黙っていたが、自身を落ち着けるように大きく息を吐くと、朔を見た。
「…そうだね。でも今どこにいるのか…。」
「…恵君、歩君にGPS付けてたって、さっき言ってただろ? それ、まだ使えるか?」
 朔が優しく声をかけると、恵は逡巡した後、黙って頷いた。
 朔、鼎、瑠璃は頷き合う。
「行こう。」
「恵君、案内をお願い。」
 瑠璃に声をかけられ、歩き出そうとした恵に、朔が聞かせた。
「化け物なんて言葉は、誰に対しても、あんまり使わない方がいいんじゃないかな。」
 穏やかだがはっきりと通る声に、恵はわずかに目を見開いた。
「恵君。」
 瑠璃に再び言葉をかけられ、恵はハッとした。
「…こっち、です。」

 虎徹と歩がバッと振り返ると、そこには先程の人物がいた。
 虎徹は歩をかばうように後ろに下げ、前を睨む。
「…お前ら、何モンだ。何でこいつのことを…!」
「何者か…言ってしまえばただの殺し屋だ。金で雇われただけだ。」
「殺し屋…?」
「そう。依頼主は復讐のためにということらしいが。」
「復讐…?」
 虎徹は訝しげに人物を見る。歩は虎徹の服の裾を握って震えている。
「こちらは仕事をするだけだ。」
 闇の中から男達数人が向かってくる。
「オレの後ろにいろ!」
 虎徹は歩に叫ぶと、手を前で振った。
 男の一人がボウガンを放つが、虎徹の眼前で矢は弾かれて落ちた。
 その様を見た歩が目を丸くする。
「壁…?」
 虎徹は歩の手を引いて再び走り出す。
「ちっ。」
 別の男がエアガンを取り出し、発砲する。虎徹の能力で作られた壁が攻撃を弾く。
 狭い路地を二人はひた走る。
「大通りに出れば、あいつらも追っては…!」
「そうはさせない。」
 走っていた虎徹に何かがぶつかると同時に、虎徹の腹に熱い痛みが生まれた。
「!?」
 虎徹の眼前には殺し屋の仲間がいた。虎徹の腹に刺さったナイフを、容赦なく引き抜いた。
「あ…っ。」
 虎徹の体が崩れ落ちる。
「こてつさん!!」
 歩が叫び、虎徹の体にしがみつく。
「ここまで、か…。」
 腹を抑えながら、虎徹は苦しげに声を出した。
「悪かった…守って、やれなくて…。」
「…う、う…。」
 歩は震え、涙を流しながら虎徹の言葉を聞いた。
 不意に、歩は虎徹の腹の傷に手を伸ばす。虎徹は腹に暖かさを感じた。その次には。
「…傷が、治っていく…?」
 虎徹の腹から出血が止まり、傷が塞がっていった。
 歩は立ち上がり、殺し屋達に向き直る。
 歩の目は見開かれ、空っぽの瞳が殺し屋達を見る。その眼差しに殺し屋達は怯んだ。

「あいつらは普通の人間の殺し屋…!?」
 朔が思わず驚きを見せると、話をした恵は頷いた。
「…アユが、あいつらの依頼主にしたことのせいで…。」
 口をつぐんだ恵を見、朔、鼎、瑠璃は顔を見合わせる。
 瑠璃は不安げに言葉を紡いだ。
「ヴェテロク…無茶してないかな…。」

「うわああ…うあああ…!」
 泣き声が路地裏に響いていた。
 絶命した殺し屋達が地面に転がっている中、虎徹は痛む顔で歩の泣き声を聞いていた。
「こんな…こんな能力あるから…! 先生、死んじゃったんだ…! みんな、オレが殺しちゃうんだ…! うあああ…!」
 遠くからかすかに声が響いて来た。
「…ヴェテロクー!…」
「…アユー!…」
 虎徹はハッとして歩の手を引いた。
「来い、この状態見られたらやばい。」
「…め、メグには、言わないで…。」
 虎徹に手を引かれながら、歩はしゃくりあげる。
 歩の手を引いて歩きながら、虎徹は遠く思っていた。

 小さな虎徹にボールが投げられる。
 虎徹は壁の能力を使い、それを弾く。
「おお、すげー虎徹!」
 ボールを投げた子供達が笑うと、虎徹も得意げに笑った。

 それ以来、虎徹には度々ボールやら鉛筆やらが投げられるようになった。虎徹は笑いながらそれを弾き、周りもそれを笑って見る。
 ある時、虎徹に思い切り投げつけられたものがあった。
「!」
 それを弾いた虎徹の顔は青ざめていた。投げてきた子供たちは、残酷に笑った。
「すげーな! 何投げてもオッケーだなお前!」
 虎徹に投げつけられたのは、包丁だった。

 こいつはいくら攻撃しても構わないという認識。
 自分はそう思われていたことに愕然としたと同時に、能力を持った自分が、この世界でいかに異端かを知った。

 翌朝。
 恵はカフェボストークで、朔達を前に話をしていた。
「…歩から聞いた話です…。僕達が七歳くらいの時、僕達は家の付き合いで、僕達の家よりもすごく大きな屋敷に行きました。」

 その家には珍しい植物がいっぱいありました。世界的にも有名なコレクターの家だったそうです。歩が物珍しそうにしているのを見たその家の人は、中々芽が出ない珍しい植物の鉢を歩に見せたそうです。歩は生命活動を操る能力を、その鉢に使ったんだそうです。
 すると、いとも簡単に芽が出て…その家の人はこう言ったそうです。
「もっともっと、成長させることは出来るのかい? もっと成長させられたら、おもちゃを買ってあげよう。」
 歩はその言葉につられて、植物達の成長をさらに促して…みんな巨大に成長して、花が咲いて…。得意になった歩がなおも能力を使ったら、能力のコントロールが効かなくなって…その家中の植物みんな、枯れてしまったんです。

「歩が能力を持っていることは、家のみんな解っていましたが、こんな恐ろしい力だったなんて…。」
 震える恵の言葉を、皆表情を硬くして聞いていた。

 壮年期の落ち着いた印象の男性が、泣く歩と痛む顔をしている恵を前に聞かせた。
「歩、恵。」
「…はいっ…。」
「先生…。」
「歩の能力は、一歩間違えば全てを傷つけて、壊してしまう能力だ。むやみやたらと使ってはいけないし、見せびらかしてもいけない。…私はこれから、あの家に許してもらえるように掛け合いに行ってくる。」
 兄弟が顔を上げると、兄弟が先生と呼んだ男性は、覚悟を決めている眼差しで兄弟を見下ろしていた。
「…もし、私に万が一のことがあったら…その時は恵、歩を頼んだぞ。」
 …そう言って、コレクターの屋敷へ向かった僕達の恩師は、一週間後…水死体で発見されました。

 恵の声は、ボストークの中に重く響いた。
「それ以降、歩の能力は隠され、家にもいないという設定になっています。…いないという設定…歩には辛いことだとは解っていたけど、こうするしかなくて…。歩は家にいたくないのか、最近家を不意に飛び出すようになって、その度に殺し屋に狙われて、命からがら逃げ帰るの連続で…。」
 恵は朔達に改めて向き直り、深く頭を下げた。
「この度は、家の事情で皆さんにご迷惑を…。笄堂家の人間として、深くお詫び申し上げます。」
「顔を上げてくれ。歩君始め、皆無事で済んだ。オレ達はそれでいい。」
 悠里が穏やかに恵に話すと、瑠璃が口を開いた。
「植物を枯らされた家の人が、殺し屋まで雇って、歩君を殺そうとしたって…。」
「コレクターとしてのメンツを丸潰れにされたんだから…人間の恨みは怖いよ。」
 言いながら鼎は眉間にしわを寄せる。
「それに、殺し屋達が死んでも、能力者絡みの事件は警察じゃ『無かったこと』扱い…本当に怖いよ、化け物じゃない『人間』は。」
 鼎は言うと、苛立たしげにため息を吐いた。
 鼎の言葉を聞き、恵はわずかの間唇を結んでから、再び口を開いた。
「…でも、大丈夫です。僕達はこの街から出ますから。どこか静かなところに行きます。」
 皆が注目すると、恵は話した。
「あんな経験を繰り返している歩にとって能力は、能力者は最も恐ろしい存在のはずなんです。だから…もう歩には、能力者とは無縁の生活をさせてやりたいと思います。」
「つまり、オレ達と関わらせたくないってことか。」
 横からした声に皆が振り向くと、ずっと黙って話を聞いていた虎徹が話し出した。
「オレ達…能力者と関わるか、関わらないか…。それは、あいつ自身が決めることなんじゃないのか?」
 恵が虎徹をぎっと睨んだ時、続けて朔が発言した。
「横から失礼だけど…オレもそう思う。」
 恵がわずか目を見開く。朔は恵を見て続けた。
「歩君がヴェテロクさんに助けを求めたこと、すごく勇気がいることだったと思う。それを無かったことにするのは、よくないことのような気がする。」

 歩はカフェの裏スペースで、皆の話を聞きながら、昨夜に虎徹が言ったことを思っていた。

「オレは昔、能力を見せびらかしちまったせいで、嫌な連中のサンドバッグ状態だった。」
 虎徹と手を繋ぐ歩は泣き続けている。
「オレ達は普通と違う。怖いことだよな。すげえ怖いことだ。…歩。お前、誰かを傷つけたくないと思うか。」
「うんっ…。」
 歩は泣きながら頷いた。それを確認し、虎徹ははっきりと口にした。
「だったら、その能力を飼いならせ。完全に自分のモノにしろ。」
 歩は俯いたまま、声を絞り出す。
「…そんな、こと…。」
「出来るだろ。オレを信じて、助けてくれたお前なら。」
 歩は顔を上げ、大きく目を開く。掠れた声を出した。
「…出来る…?」
「ああ、出来る。でもそれには時間がいる。…その時間をオレが稼いでやる。」
 歩が小首を傾げる。虎徹は歩の手をしっかりと握り、歩を進めていた。
「お前が能力をちゃんと自分のものにするまで、オレがお前のストッパーになってやる。お前がまた殺しそうになったら、何としてでも止めてやる。」

 歩は立ち上がり、カフェへ続くドアを開けた。
「! アユ。」
「歩君、大丈夫なの?」
 皆が心配そうに見る中、歩は顔を上げ、頷いた。
「ありがとうございます、大丈夫です!」
 歩は虎徹を見た。虎徹と一瞬、視線を合わせてから悠里に向き直り、問うた。
「また、ここに来たいです。皆さんと話したいです。いいですか?」
 恵は歩の言葉に驚き、目を見開いた。
「アユ…。」
「ああ、いつでも来るといい。歓迎しよう。」
 悠里が穏やかに返すと、歩は満面の笑みで頷いた。
「はい!」
「…歩君はこうしたいみたいだけど。」
 瑠璃が恵を見ると、恵は言い辛そうに口にした。
「…アユが…そう望むなら…。」
 恵の言葉に朔は苦笑し、兄弟二人を見た。
「これからよろしく。歩君、恵君。」
 悠里が声をかけると、歩は大きく頷いた。
「はい!」

 To be continued
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