第五話 相対する能力者達

 街中の雑居ビルにある一室。
 緑色の髪と瞳の青年が、険しい顔をしてパソコンに向かい合っている。
「メル。」
 声をかけられ、緑色の青年が顔を上げると、黒い短髪で同じ年頃の青年が傍にいた。
「…アトラス。」
 緑色の青年がわずかに表情を緩めると、アトラスと呼ばれた青年は伝えた。
「うちの奴三人が、ボストークの連中と接触したらしい。」
 メルと呼ばれた青年の顔が、一気に緊張を帯びた。
「…そうか。」
「逃がしたらしいけどな。」
 アトラスが苦笑する。メルはわずか思うと、アトラスに問うた。
「ボストークの連中に出会った奴らは…?」
「何とか無事に逃げてきた。」
 アトラスが報告すると、メルは少しホッとした表情になった。
「…そうか。…後で、そいつらに話を聞きたい。」
「解った、呼んでくる。…メル。」
「何だ。」
 メルがパソコンの画面を見ながら返すと、アトラスから冷静な声が来た。
「…しんどいんじゃないのか?」
「何がだ。」
 メルが突っ返すと、アトラスは小さく笑んだ。
「…いいや。それがお前の答えなら、オレはそれでいいさ。」

「敵対組織、ですか…?」
 朔が疑問符を浮かべると、虎徹は嘆息してみせた。
「ていうか、こっちが一方的に敵対されてる感じなんだけどな。」
「いつからだったか…こっちを見つけると、追いかけて来る奴ら。」
 瑠璃が虎徹の言葉に頷いた。
 朔は少し思い返すように考えてから、口を開いた。
「オレが鼎の能力を初めて見た時の…?」
「…そうだよ。」
 返した鼎は、眉間にしわを寄せていた。
「…そういう訳だから、敵対組織と言っても、オレ達は向こうのことをほとんど知らない。向こうもオレ達のことをあまり知らないのかもしれない。」
 悠里はゆっくりと話を始めた。
「解っているのは…そうだな。向こうも赤い稲妻の能力者で構成された組織らしいということ。向こうは能力者を片っ端から組織に引っ張り込んでいるらしいこと。戦闘に一般人を巻き込むことも厭わない強硬派であること。そして…オレ達ボストークの人間を見つけると、執拗に襲って来ること。…本当にこれ位だな。」
 悠里は困惑気味に小さく息をつく。虎徹が付け加えた。
「補足すると、あいつらがオレ達を襲って来るのは、多分金目当てとかそういうんじゃない…でも連中の目的は本当に解らない。…こっちからすりゃあ、迷惑以外の何もんでもない。」
「…こっちには敵対する理由が全然ないけど、向こうが敵対して来るって感じですか…?」
 朔が考えながら確認すると、悠里は頷いた。
「まあ、そうだな。…君はアポロの連中と三回も顔を合わせてしまった。彼らに存在を認識されてしまっているだろう。能力者の中にいる能力を持たない人間…どういう扱いをされるか解らない。」
 朔の表情が、わずかに緊張を帯びた。
「…逃げるなら、今の内だけど。」
 不意に言葉を発したのは鼎だった。
「これから先は、多分能力者同士の戦いに、否応なく巻き込まれる。命の保証もないかもね。だったら、離れるのは今だよ。」
 悠里、虎徹、瑠璃は少し強張った顔で鼎の言葉を聞き、それから朔を見た。
 朔は少し考え、柔らかな声で返した。
「だったら、命の保証がないかもしれないのは、鼎も同じだよな。ヴェテロクさんもチェルナさんも、ユーリィさんもそれは変わらないかもしれない。」
「でも! お前は本当に抵抗力ない、普通の…!」
 鼎が言い募ろうとすると、朔は苦笑した。
「そうかもな。…でも、今ここにいるのを止めるのは、何か違う気がするんだ。確かに能力者との戦いでは、オレ全然役立たずだ。足手まといにしかならない。」
「解ってるんだったら…!」
「…それでも、オレは友達の鼎と、鼎の友達のヴェテロクさんとチェルナさん、ユーリィさんに出会えたこと、大事にしたいんだ。」
「……っ。」
 朔の言葉を聞き、鼎は瞳を潤ませて朔を見た。
「お前はっ…本当にそれだけなんだから…。いっそ嘘ついてくれた方が、僕は…。」
「ごめんな。嘘の方がよかったか?」
 また苦く笑んだ朔に、瑠璃と虎徹が笑った。
「嬉しいんだよ、ベルカは。」
「そいつ何だか知らないけど、たまに天邪鬼なんだよな。」
 瑠璃と虎徹の言葉に、朔が首を傾げた時だった。
 不意に悠里の手から、カップが鼎めがけて飛んだ。
「!」
 一瞬で朔の手が伸び、鼎に当たる直前のカップを掴んだ。
「ユーリィさん!」
 虎徹が思わず声を上げる。
 朔は驚いている鼎を尻目にカップを持ち直すと、カウンターにそっと置いた。
「…オレが言うのも変ですけど…。こういう試し方って、よくないです。」
 朔の言葉に皆目を丸くすると、悠里は静かに笑んだ。
「…全くその通りだ。悪かったなベルカ。朔君。」
 虎徹と瑠璃がホッと息を吐いた。
「…ユーリィさん?」
 鼎が驚いた顔のまま問うと、悠里は苦笑した。
「朔君、確かそれなりの心得があっただろうなと思ってな。後、ベルカに対する思いが本当なのか、ベルカの能力を介してじゃない、オレ自身で見てみたかった。」
「心得? …あ、はい…。」
 自身が祖父に稽古をつけてもらっていることを思い、朔は頷いた。
 悠里は朔を見、はっきりと口にした。
「だが君は能力を持たない人間だ。またアポロの彼らに遭遇するようなことがあったら、自分の身の安全を真っ先に確保してくれ。ベルカの友から、頼む。」
 朔は悠里を見てから、虎徹、瑠璃を見た。三人は朔を真っ直ぐ見返す。
「えっと…朔…?」
 鼎がぎこちなく朔を呼ぶ。朔は鼎に、目を細めてニッと笑ってみせた。その笑顔に鼎が驚いていると、朔は発言した。
「はい。オレは出来るだけ、自分の身の安全を考えます。ここにいる誰かといる時は、出来るだけその誰かの指示に従います。」
「そうしてもらえると、助かる。」
 悠里は苦笑してから、改めて居住まいを正した。
「…君に会わせたい奴がいる。ベルカと一緒にこちらに来てくれ。」
 虎徹と瑠璃がハッとして悠里を見る。
 鼎は大きく深呼吸してから、朔の手を引いた。
「…行くよ。」
「う、うん。」
 朔は戸惑いながら、鼎と悠里に連れられ、カフェスペースを出た。
 カフェに残された虎徹と瑠璃は、顔を見合わせた。
「…ついに会わせるのか…。」
「そうみたいだね。」

 朔達三人はカフェスペースの裏に入り、更に階段を下に降りて行く。
 着いたのは小さな部屋だった。悠里が鍵を開ける。
 中に入ると、そこには一台のパソコンがあった。
 悠里がパソコンをスリープモードから復帰させる。パソコンの操作を進めて行くと、画面に映し出されたのはチャットルームだった。
「何だ? これ…。」
「チャットルーム。知らない?」
「知らない。」
「…ざっくり言うと、ネットで話をするための部屋。」
「そ、そうか…。」
 朔と鼎が会話を交わしていると、悠里が口を開いた。
「オレ達はボストークチャットと呼んでいる…オレ達ボストークのメンバーが話をするためのチャットだ。」
「そうなんですか…。」
 朔が感心した声を出す。
「チャットの管理者に君を紹介しようと思う。パソコンは操作できるか?」
「自信は無いですけど、学校でやった位なら…。」
「なら、やってみるといい。挨拶の言葉をまず伝えてみるといいだろう。」
 悠里に促され、朔は戸惑いながらキーボードに向かう。「こんにちは」と文章を打つ。
「そこのキーを押せば、チャットに送られる。」
 悠里の指示通りに朔はぎこちなくキーを押す。文章は間も無く画面上に映し出された。

「ゲスト『こんにちは』」

「おお。」
 朔が感嘆の声を上げると、すぐに映し出されたのは。

「ライカ『君がベルカの友達だね?』」

「! うわ、勝手に文章出てきた。」
「ここの管理者だ。」
 朔の反応に悠里が笑う。
 チャット管理者…ライカは続けて文章を送ってきた。

「ライカ『初めまして。僕の名前はライカ。君の名前は?』」
「ゲスト『片桐朔です』」
「ライカ『いい名前だね、よろしくね』」
「ゲスト『はい。よろしくお願いします』」

「様になってきたな、朔君。」
 悠里が笑う。鼎は黙って朔とパソコンを交互に見ていた。
 今度は悠里が文章を打つ。

「ゲスト『ライカ。彼にハンドルネームを渡したい。決めてくれ』」

「ハンドルネーム?」
「ここで話すための偽名。僕達はお互い呼ぶ時にも使ってるけどね。」
「お前の『ベルカ』って、ここで話すための名前なのか?」
「そう。」
 鼎が説明しているとライカから文章が返ってきた。

「ライカ『そうだね…じゃあ「ストレルカ」でどうかな』」

「スト、レ…?」
「ストレルカ。」
 戸惑う朔に、鼎は改めて聞かせた。
「それが、オレがここにいる時の名前?」
「そういうことだ。くれぐれも忘れないでくれ。このチャットに入るためにも必要だから。」
 悠里が注意すると、朔はもう一度、自身に与えられた偽名を復唱した。
「ストレルカ…。はい。」
 朔は緊張を帯びた返事をしながらも、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。

「ライカ『ストレルカ。これからは遠慮しないで、僕のところにも遊びに来てね。待っているから』」
「ゲスト『はい。ありがとうございます』」

 悠里は紙にさらさらと書くと、朔に手渡した。
「ここの電話番号と、チャットのURLだ。何か連絡したいことがあれば使うといい。」
「はい。」
「それと、この紙は番号とURLを記録したら、返してほしい。」
「! はい。」
 朔は自身の携帯電話に、ボストークの番号とチャットのURLを記録し、紙を悠里に返した。
「じゃあ、二人は先にカフェに戻っていてくれ。オレはチャットから退室して戻るから。」
「はい。行こう、朔。」
「うん。」
 朔と鼎はパソコンの部屋を出た。朔が一瞬振り返ると、悠里はパソコンを愛しげに一回撫でていた。

 街中の雑居ビル。
「という訳で…その能力ない奴が邪魔したせいで、何の収穫も得られなかった。」
 昨日、朔と瑠璃を襲った三人の能力者達が報告すると、メルは短く返した。
「…そうか。」
「…悪かった。メルクリウス。」
 能力者達が済まなそうな顔をすると、メル…メルクリウスは、気遣うように小さく笑んだ。
「いいや。無事で何よりだった。くれぐれも無理はしないでくれ。」
 三人は一瞬目を丸くすると、強く頷いた。
「ああ、解った。」
「ありがとう、メルクリウス。」
「今度は必ず、何かしらの情報得て来るからな!」
 メルクリウスは小さな笑みのまま、頷いた。
「ありがとう。今日は身体を休めてくれ。」

 三人の能力者達が出て行った後、メルクリウスの傍に控えていたアトラスが口を開いた。
「能力を持たない、ボストークの関係者か…。どんな考えなんだろうな。」
「さあな…。いずれにせよ、少し厄介なことになっているのかもしれない。」
 メルクリウスはパソコンを睨みながら、わずか考えた。
 顔を上げ、アトラスに指示を出す。
Vファイブ1Bワンビーに連絡を取ってくれ。」
「あいつらも駆り出すのか?」
「ああ、街を回ってもらう。」
「解った。」
 アトラスがスマートフォンを手に取り、話を始めるとメルクリウスはパソコンに向き直った。
 パソコンの画面には、たくさんのメッセージが並んでいた。

「まだ見つからないの?」
「使えないなあ、君。」
「早く探して連れて来てよ。」
「オレは早く会いたいんだよ。」
 
 それを見ながら、メルクリウスは掠れた声で口にする。
「ボストークから助け出さなければ…ジェミニの姉を…。」

 朔と鼎は家路についていた。
 朔が考えながら話し出す。
「ライカさん? って不思議な人だな。」
「不思議って?」
「何となくそう思った。」
「ふうん。」
 鼎がそれだけ返すと、朔は先程の出会いを思い出しつつ、
「男の人だけどさ、なんかふわっとしてるっていうか…。」
「ライカは女の人。」
「え!?」
 朔が驚きをあらわにすると、鼎は呆れ顔をした。
「そんなに驚くこと?」
「いや、一人称僕だったから、男の人かと…。」
「僕っ娘なんじゃないの?」
「ぼくっこ?」
 そこで二人の会話は少し途切れる。
 二人はしばらく黙って歩いていたが、今度は鼎が話し出した。
「…ライカはネット上でしか会話できないんだよ。」
「カフェに来るとか、ないのか?」
「うん。…でも、僕には彼女の姿、見えるみたい。」
 鼎の言葉に、朔は少し考えて問う。
「…能力でか?」
「多分ね。チャットしてると、時々見えるんだ。背中に作り物の羽根を背負った、何だか中性的な女性の姿…。」
「ライカさんはそんな人なんだな。やっぱり不思議な人だと思う。」
 鼎は思うように黙ってから、小さな声で言った。
「本当は僕なんかより、ユーリィさんに見えたらいいんだろうに。」
「何でだ?」
「ユーリィさんはライカのこと好きだから。」
「…やっぱり、そうなのか。」
 朔の言葉に鼎は少し驚きを見せてから、小さく頷いた。
「うん、そう。」
 二人はそれからは大して会話せずに、歩いて行った。

 深夜のカフェボストーク。
 悠里は地下の部屋で、ボストークチャットに参加していた。

「ライカ『いい子みたいだね、ストレルカ』」
「ユーリィ『そうだな。…彼のような人間を、巻き込んでしまったことは悔やまれるが…』」
「ライカ『ユーリィは優しいね。本当だったら、誰とも敵対したくないんだものね』」
「ユーリィ『出来ることならな。アポロの彼らとも…どこかで解り合えないかと思っている』」
「ライカ『……そう。…もう、今日は休みなよ、ユーリィ』」
「ユーリィ『そうする。じゃあな、ライカ。愛してる』」
「ライカ『うん、僕も愛してる。おやすみなさい』」
「ユーリィが退室しました」
「ライカ『…ずっと、このままでいられたら…』」

 悠里がチャットルームから退室した後のライカの発言は、しばらく時間が経った後、記録から消された。

To be continued
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