第四話 ここにいていい理由 後編
私の能力は、ありとあらゆるものを破壊する能力。
その能力のせいで学校の備品や、クラスメイトの持ち物を壊してしまっては、私はいじめられていた。
ひどくいじめられていたある時、能力が勝手に動いた。周りの全てを破壊した。
私をいじめていた子達は、それから姿を見なくなった。
壊せば、怖いものは何もいなくなる。
だから、怖いものは壊さないといけない。
ずっと、頭の中に聞こえ続けている。
深夜のカフェボストーク。
「そうか…チェルナと玻璃さんが…。」
悠里がコーヒーを淹れながら言葉を返すと、ヴェテロクは悔しそうに吐き出した。
「何だってんだ…こっちは静かに暮らしたいだけだってのに…。」
「それで、今日はチェルナをここに泊めて欲しいと?」
「はい。…あのままいたら、チェルナ暴走しかねないんで。」
ヴェテロクが視線を向けた部屋の中では、チェルナが眠っていた。
「チェルナの破壊衝動、か…。」
悠里が呟きながら、昔玻璃に聞いた事柄を思い出していた。
…チェルナは赤い稲妻に植え付けられた能力のコントロールが効かずにいた。
そしてある時、能力のことで自分をいじめていた人間達を片っ端から爆散させた。
ただでさえ娘の能力のせいで街にいづらくなっていたチェルナの両親は、チェルナと玻璃を連れて夜逃げした後、チェルナを捨てた。玻璃だけが彼女の元に戻ったが、両親は今どうしているか解らない。
…それ以来、チェルナは不安が頂点に達すると、周りの全てを破壊してしまうようになった。
ヴェテロクは問うた。
「何であいつの出入りを許してるんですか。」
「…朔君か?」
悠里がさらりと返すと、ヴェテロクは声を荒げた。
「あいつは能力者じゃ無い! 普通の奴だ! 今は猫かぶってるけど、その内どんなこと仕掛けてくるか…!」
「普通とは、何だ?」
悠里が発した問いに、ヴェテロクは一瞬固まった。
悠里は静かな声で続ける。
「彼がオレに向けて来た問いだ。泣きそうな顔で、苦笑いしながら問われた。」
「…決まってる。能力持ってない奴が普通で、能力持ってるオレ達は…。」
「異常者か?」
悠里は射抜くようにヴェテロクを見た。
「違うだろう。お前の言い分だったら、それは非能力者と能力者という区切りでいいはずなんだ。だがお前は、普通と異常者に分けようとしている。」
言葉が出ない様子のヴェテロクに、悠里は聞かせた。
「オレはライカに言われた。『普通と違うことは辛い。だが、普通が皆同じということはない』と。…朔君を見てオレは思った。オレ達は今一度、それを考えてみなければいけないのかもしれないと。」
「綺麗事並べたって、あいつらにとってオレ達は異常者だ。だったら異常者は異常者なりに、どんな手使っても生きてやるだけだ。」
ヴェテロクは悠里を睨み、吐き出すとチェルナの眠る部屋に入って行った。
悠里は困ったように小さく息を吐いた。
「どんな生き方も、否定する資格はオレには無い。だが…生き方の違う者同士で解り合うことは、出来ないものなのか…。」
翌日。
授業が終わり、朔と鼎は学校から出て歩いていた。
「…今日、ボストークに一緒に来る?」
「うん、行く。」
問いに強く頷いた朔に、鼎は目を丸くした。。
「? 鼎?」
「…あ、ごめん…即答されると思わなかったから…。」
「何でだ?」
不思議そうにしている朔に、鼎は少し逡巡してから話した。
「…昨日、ユーリィさんから色々聞いただろ。」
「うん。色々聞いたな。」
「朔、あれどう考えたかと思って…。もしかしたら、もう行きたく無いとか思ったかもって…。」
「うーん…。」
鼎の重い言葉に、朔は苦笑しながら答えた。
「オレがあそこで歓迎されないだろうなっていうのも解ったし、それがあそこの人達が、オレには考えもつかない辛い経験して来たからっていうのも解った。でも…何て言うのかな。あの人達には、嫌われたままで終わりたく無いなって、思ったんだ。オレは能力者じゃ無いし、あの人達の辛いことを全部解れないけど…悠里さんが言ってた…『普通と違うことは辛いけど、普通がみんな同じ訳じゃ無い』って言葉に、何だか救われたような、そんな気がしたんだ。」
鼎が目を丸くして朔の話を聞いていると、朔はまた苦笑した。
「オレにもよく解らないけど、あの人達はいい人達だと勝手に思ってるから、何か、嫌われたままで終わりたく無いって、思っちまったんだ。」
鼎は朔の話を一通り聞くと、小さな暖かい声で、
「…よかった。」
「え?」
「ほら、行くよ。」
「え、うん!」
前を歩き出した鼎を、朔は慌てて追った。
鼎はカフェボストークの戸を開けた。
「こんにちはー。」
「こんにちは。」
朔と鼎が挨拶をすると、店主の悠里が穏やかに迎えた。
「来たか。」
店内を見回し、鼎が問う。
「ヴェテロクさんとチェルナさんは?」
「ヴェテロクは買い出しに行ってもらっている。チェルナはそこの部屋で寝ている。」
朔は店内を見てから少し考え、問うた。
「…図々しかったらごめんなさい。…何か、あったんですか。」
「…そう思うのか?」
悠里が問い返すと、朔は答えた。
「何だか、あまりいい雰囲気じゃ無いから。オレのこととはまた違って。」
「…チェルナさんがここで寝てる時って、大体実家で落ち着けない時ですよね。」
朔の言葉を受け、鼎も考えながら話した。
悠里は思うようにわずか黙ってから、口を開いた。
「…こういう事例もあると、話しておこう。」
「立ち退けって…もう何回目かになるんですよね…。」
鼎が重く発すると、悠里は頷いた。
朔と鼎は、悠里がヴェテロクから伝え聞いた、チェルナの家の話を聞いたところだった。
「…チェルナは情緒不安定になると、破壊衝動が出て来るらしい。それで、周りのあらゆる物を壊してしまう…。それが周囲の人間には、恐ろしく映るんだろう。」
朔は黙って話を聞いている。悠里は続けた。
「その破壊衝動をずっと抑えて来たのが、ヴェテロクの存在だ。ヴェテロクがそばにいるようになってからは、だいぶ安定して来ていたのに…。」
その時だった。
「ヴェテロクは…?」
突然声がし、皆が振り向くと、部屋からチェルナが出て来ていた。
「チェルナ、ヴェテロクは…。」
「ヴェテロク、ヴェテロクは…ヴェテロクは!?」
悠里が説明しようとしても、チェルナは混乱した様子で耳を貸さない。
「ヴェテロク…!」
「! チェルナ!」
悠里が止める間もなく、チェルナは店を飛び出して行った。
「チェルナさん! …行っちゃった…どうしよう…。」
「…あ。」
朔は足元に、スマートフォンが一つ落ちているのに気がついた。
それを見た鼎はさらに慌てた。
「いけない! スマホ持たずに…!」
朔はスマートフォンをパッと拾い上げた。
「これ、届けて来ます!」
言うが早いか、朔も店を飛び出して駆けて行った。
「え、ちょっと朔っ! …あいつ、チェルナさんに怖がられてるのに…どうしようってのさ…!」
「ただいま帰りました。」
買い物袋を下げたヴェテロクが、扉を開けて入って来た。
「? どうしたんですか。」
店内の混迷した雰囲気を察してヴェテロクが問う。悠里は自身を落ち着けるように呼吸すると、口を開いた。
「落ち着いて聞け。チェルナがお前がいないと言って、飛び出して行った。」
「え!?」
ヴェテロクが買い物袋を落とした音が響いた。
「スマホを持たずに出て行った。朔君がスマホを持って追いかけて行ったが…。」
「!! …何で!!」
ヴェテロクはぎり、と歯噛みすると店を飛び出した。
「みんな飛び出して行っちゃった…どうしましょうか、ユーリィさん。」
鼎が悠里に指示を仰ぐと、悠里は冷静に返した。
「…ベルカ、悪いがみんなを追ってくれ。オレも店を閉めてすぐに行く。」
チェルナは泣きながら、街中を歩く。しゃくりあげながら歩く彼女を、周りの人々は怪訝そうな顔で見て、通り過ぎて行くばかりだった。
「ヴェテロク…どこ…。」
「チェルナさん…?」
声がかけられた。ヴェテロクでは無い声音に、チェルナは体をびくりと引きつらせる。
「やっぱり、チェルナさんだった。」
息を切らせた朔は、ホッとした表情を浮かべたが、チェルナはあからさまに怯えた顔をした。
「えっと…はい、あなたのスマホ…。」
朔はチェルナのスマホを差し出す。チェルナは朔からスマホを奪い取ると、また泣き出した。
「ヴェテロク…。」
「…泣いてる…。」
朔はゆっくりとチェルナに近づく。チェルナは体をカタカタと震わせた。
チェルナの頭の中には、周りの冷たい喧騒、朔への恐怖心に混じって、強い声が響いていた。
壊せば、怖いものは何もいなくなる。
だから、怖いものは壊さないといけない。
壊そう。壊さなきゃ。壊せ、壊せ…壊せ!!
「こわさなきゃ…。」
朔の耳に、それはかすかに聞こえた。
頭を押さえ、震えながら、チェルナは呟き続ける。
「こわさないと…こわさなきゃ…!」
チェルナがすう、と呼吸しようとした時。
「壊さなくて、大丈夫。」
聞こえた声に、チェルナはピタリと呼吸を止めた。見ると、朔がチェルナを気遣うように笑み、再び声をかけた。
「壊さなくて、大丈夫だと思う。」
チェルナが目を見開いて、朔を見た時。
「ボストークの能力者だ!」
朔がハッとして振り返ると、朔とチェルナへの敵意を隠そうとしない小さな集団がいた。
朔とチェルナは戸惑い、戦慄した。
ヴェテロクは自身のスマートフォンを見ながら走っていた。
ヴェテロクのスマートフォンには、チェルナのスマートフォンの位置情報が登録されており、居場所がリアルタイムで解るようになっていた。
スマートフォンの表示に従い、角を曲がる。
ヴェテロクの目の前に現れたのは朔とチェルナ、そして二人を睨みつける三人程の人間だった。
「チェルナ!」
ヴェテロクが思わず叫ぶ。
「ヴェテロク!」
気づいたチェルナが、ヴェテロクの元へ駆け寄ろうとした。
「! ダメだ!」
朔が叫ぶと同時にチェルナの横に出る。次の瞬間、白い光が朔を襲った。
「うああああ!!」
電撃を喰らい、朔が倒れる。
「…!」
チェルナは立ち止まり、朔を見下ろす。戸惑う視線を向けるチェルナに、朔は声を絞り出した。
「…逃げて、早く…!」
「チェルナ!」
ヴェテロクはチェルナの手を引き、その場から逃げ出した。
ヴェテロクとチェルナは走り続けたが、不意にチェルナが立ち止まった。
「チェルナ?」
疑問符を浮かべたヴェテロクに、チェルナは息を切らせながら背を向け、走り出す。自分達が先程いた方向だった。
「な、チェルナ待て!!」
ヴェテロクは慌てて走り、チェルナの腕をつかんだ。
「どうしたってんだ!」
「…助けなきゃ…!」
「…!?」
チェルナの発した言葉に、ヴェテロクは息を呑んだ。次いで、叫んだ。
「何でだ! あんな奴どうなったっていいだろうが!! お前はオレが守るんだ、だからお前は何も心配いらない…!」
「あの人『壊さなくても大丈夫だ』って、私に言ったの。」
ヴェテロクが解らない、という顔をすると、チェルナは真っ直ぐに言った。
「壊さなくても大丈夫だって。…とても、ホッとしたの。」
何も言えないヴェテロクに、チェルナははっきりと話した。
「でも、あの人を助けるために、壊したいと思う。」
チェルナはまた走って行った。
ヴェテロクがその場に立ち尽くしていると、
「ヴェテロクさん!」
鼎が後ろから走って来た。
「やっと追いついた…。ヴェテロクさん?」
黙って立っているヴェテロクをしばらく見て、鼎は発言した。
「朔とチェルナさんを追いかけましょう。」
「う…。」
傷だらけになった朔の体が、塀にぶつけられた。
崩れ落ちた朔を忌々しげに見て、集団が吐き出す。
「こいつ、何の能力もないのか。」
「おまけに、ボストークの連中まで逃がしてくれるし。」
「こいつ、ボストークの連中の何なんだ?」
「もういいぜ、こんな奴。」
集団が歩き出した瞬間、彼らの足元の地面が爆散した。
「うわああ!!」
集団が地面に開いた穴に落ちる。その間にチェルナが朔に走り寄り、身体を起こさせた。
「ボロボロ…。」
「…チェルナさん…?」
「この…よくもやりやがったな!!」
地面から這い出してきた集団の一人が、電撃をまとった腕を二人に向ける。
チェルナは動じず、集中するようにすう、と呼吸をした。
すると、近くの電柱の根元が爆発し、電柱が集団めがけて倒れて来た。
「な!?」
「畜生!!」
集団は地面の穴に引っ込む。電柱が轟音を立てて倒れた。その場に集団はもうおらず、穴の先には下水道が続いていた。
「…逃げた…。」
チェルナは呟くと、気を抜いたように尻餅をついた。
「チェルナさん!!」
声がした方をチェルナが向くと、鼎とヴェテロク、悠里が走って来ていた。
「大丈夫ですか!?」
「私より、この人のこと!」
チェルナのそばには、意識なく倒れている朔の姿があった。
「! 朔!!」
鼎は叫ぶと、朔の体を助け起こした。
めちゃくちゃになった現場を見ながら、ヴェテロクは考えていた。
…チェルナが能力「爆破 」を使ったのは確かだ。
でも…地面といい、電柱といい…こんなピンポイントの場所を破壊するなんて、今まで出来たこと…。今まではもっと無差別に…。
「壊さなくても大丈夫だって。…とても、ホッとしたの。」
チェルナの真っ直ぐな言葉が、ヴェテロクの頭を巡っていた。
悠里がチェルナに声をかける。
「大丈夫か、チェルナ。」
「私は大丈夫。」
チェルナのはっきりとした返しに、悠里はわずか驚いた顔をしたが、やがて頷き、問うた。
「…あいつらか?」
「多分、そう。『アポロ』の奴らだと思う。」
「…そうか…。」
悠里は表情を少しの間陰らせた。しばらく黙ってから、皆を見回した。
「朔君の手当てをしないといけない。ボストークに戻ろう。」
朔が目を開けると、ボストークの裏スペースの天井が見え、悠里と鼎が見下ろしていた。
「朔!」
鼎が怒鳴り声を上げた。
「この馬鹿野郎!! どんだけ無茶すれば気が済むんだ!!」
「…ごめん。チェルナさん、助けないとって思って…。」
しゅんとなった朔を見て、悠里は苦笑した。
「君のおかげで、チェルナは無事だった。だが君も無茶は控えた方がいい。ベルカが悲しむ。」
朔が見上げる鼎は、目に涙を溜めていた。朔は体を起こした。
「…ごめん、鼎。」
「ちゃんと解ってるのか!? バカ!!」
涙声で叫ぶ鼎に、朔は小さく笑みを浮かべた。
「何嬉しそうな顔してるんだよ!!」
「ごめん。何か、嬉しいんだ。」
泣きながら怒る鼎とは対照的に、朔の口からは穏やかな言葉が紡がれた。
「朔君。チェルナが心配しているんだ。起きたところを見せてやってくれ。」
悠里は言うと、カフェに続くドアを開けた。
朔と鼎がカフェに出て行くと、チェルナがホッとした顔をして見た。
「ユーリィさんに直してもらったんだね。よかった。」
「チェルナさん、あの後オレのこと助けてくれたんですよね。ありがとうございました。」
朔がチェルナに向かって頭を下げると、チェルナは落ち着いている様子で返した。
「助けたかったから。」
ずっと憮然とした顔をしていたヴェテロクが、口を開いた。
「どうしてだ?」
一同が疑問符を浮かべて見ると、ヴェテロクは朔を刺すような目で見ていた。
「どうして、チェルナに『壊さなくて大丈夫』だってセリフを言った?」
鼎と悠里は、戸惑いつつ朔を見る。朔は思い起こしながら、話した。
「…苦しそうに、泣いていたから。」
ヴェテロクが怪訝そうに朔を見る。朔は続けた。
「苦しそうに泣きながら、壊さなきゃって何度も言ってた。…壊したくないんだろうなって思った。だから、壊さなくても大丈夫って言いました。」
朔の言葉に、ヴェテロクは思わず息を飲んだ。
チェルナの破壊衝動。
不安定になると全て壊してしまう。
でも、チェルナ自身は、壊すことを望んではいなかったのか…?
朔はかなり苦く笑った。
「多分、また余計なことしたんですよね、オレ。でも、泣いていたから、苦しそうだったから、何とか助けたいと思っちゃったんです。」
「…オレ達は、お前らから見れば異常者だぞ。」
ヴェテロクが朔を睨むと、朔は痛む様な笑顔で返した。
「…異常者だとしたら、助けたいと思うのは良くないことなんですか…?」
その表情と言葉に、ヴェテロクは何も返せなくなった。
悠里が小さく肩を揺らして笑った。
「彼は、こういう人物らしいんだ。」
鼎は朔の表情を、戸惑いながらも黙って見つめた。
「朔君、ベルカ。今日はもう帰って身体を休ませた方がいい。」
悠里の言葉に、鼎と朔はハッとした。
「…そうだね。帰ろうか、朔。」
「うん。じゃあ、ありがとうございました。」
朔が礼を言い、頭を下げる。
二人が出て行く直前、チェルナは小さく手を振った。
「バイバイ。」
家路につきながら、鼎は朔に向かい、
「朔って、本当に馬鹿野郎だよね。」
「…そんなに、馬鹿かな…。」
「うん。本当に馬鹿野郎。」
言い切った鼎に朔は苦笑いした。
鼎の口から、朔に聞こえるか聞こえないかという位に小さな声が発せられた。
「だから、僕は安心出来るのかもしれない。」
朔はただ、鼎の隣を歩き続けた。
翌日の午後。
朔と鼎はまたカフェボストークにやってきた。
「こんにちはー。」
二人が中に向かって挨拶すると、悠里がコーヒーを淹れながら出迎えた。カウンター席にはヴェテロクとチェルナが座っていた。
「こんにちは、ベルカ。えっと…朔君。」
チェルナが二人に向かい、初めて挨拶をした。
「こんにちは。チェルナさん。ヴェテロクさん。」
朔も挨拶を返した時。
「池澤 虎徹 と七尾 瑠璃 。」
不意に発せられた声に朔が目を点にすると、その声を発したヴェテロクは気まずそうに口を開いた。
「言ってなかったからな。」
「……本名ですか?」
「うん、そう。」
朔の疑問に、鼎が苦笑しながら答える。
ヴェテロクこと虎徹は、やはりバツの悪そうな顔をしていた。
「オレは普通の奴を認めたわけじゃない。でも、オレ達とはまた違う『普通じゃない奴』もいるんだろ。」
朔がよく解らないという風に首を傾げていると、鼎と悠里は笑った。チェルナこと瑠璃は、にっこり笑んで虎徹にくっついた。
「さて、朔君にまた、話さなければいけないことが出来た。」
悠里が切り出した話題に、虎徹と瑠璃は張り詰めた表情を見せた。
朔が疑問符を浮かべ、悠里を見る。
「話さなければいけないこと、ですか?」
「そうだ。君はそれと、もう三回も関わってしまった。これ以上何も知らないままはまずい。」
その言葉に、鼎の表情にも緊張が走った。
悠里は改めて話し出した。
「オレ達と敵対関係にある、能力者の組織…『アポロ』の話をしよう。」
To be continued
その能力のせいで学校の備品や、クラスメイトの持ち物を壊してしまっては、私はいじめられていた。
ひどくいじめられていたある時、能力が勝手に動いた。周りの全てを破壊した。
私をいじめていた子達は、それから姿を見なくなった。
壊せば、怖いものは何もいなくなる。
だから、怖いものは壊さないといけない。
ずっと、頭の中に聞こえ続けている。
深夜のカフェボストーク。
「そうか…チェルナと玻璃さんが…。」
悠里がコーヒーを淹れながら言葉を返すと、ヴェテロクは悔しそうに吐き出した。
「何だってんだ…こっちは静かに暮らしたいだけだってのに…。」
「それで、今日はチェルナをここに泊めて欲しいと?」
「はい。…あのままいたら、チェルナ暴走しかねないんで。」
ヴェテロクが視線を向けた部屋の中では、チェルナが眠っていた。
「チェルナの破壊衝動、か…。」
悠里が呟きながら、昔玻璃に聞いた事柄を思い出していた。
…チェルナは赤い稲妻に植え付けられた能力のコントロールが効かずにいた。
そしてある時、能力のことで自分をいじめていた人間達を片っ端から爆散させた。
ただでさえ娘の能力のせいで街にいづらくなっていたチェルナの両親は、チェルナと玻璃を連れて夜逃げした後、チェルナを捨てた。玻璃だけが彼女の元に戻ったが、両親は今どうしているか解らない。
…それ以来、チェルナは不安が頂点に達すると、周りの全てを破壊してしまうようになった。
ヴェテロクは問うた。
「何であいつの出入りを許してるんですか。」
「…朔君か?」
悠里がさらりと返すと、ヴェテロクは声を荒げた。
「あいつは能力者じゃ無い! 普通の奴だ! 今は猫かぶってるけど、その内どんなこと仕掛けてくるか…!」
「普通とは、何だ?」
悠里が発した問いに、ヴェテロクは一瞬固まった。
悠里は静かな声で続ける。
「彼がオレに向けて来た問いだ。泣きそうな顔で、苦笑いしながら問われた。」
「…決まってる。能力持ってない奴が普通で、能力持ってるオレ達は…。」
「異常者か?」
悠里は射抜くようにヴェテロクを見た。
「違うだろう。お前の言い分だったら、それは非能力者と能力者という区切りでいいはずなんだ。だがお前は、普通と異常者に分けようとしている。」
言葉が出ない様子のヴェテロクに、悠里は聞かせた。
「オレはライカに言われた。『普通と違うことは辛い。だが、普通が皆同じということはない』と。…朔君を見てオレは思った。オレ達は今一度、それを考えてみなければいけないのかもしれないと。」
「綺麗事並べたって、あいつらにとってオレ達は異常者だ。だったら異常者は異常者なりに、どんな手使っても生きてやるだけだ。」
ヴェテロクは悠里を睨み、吐き出すとチェルナの眠る部屋に入って行った。
悠里は困ったように小さく息を吐いた。
「どんな生き方も、否定する資格はオレには無い。だが…生き方の違う者同士で解り合うことは、出来ないものなのか…。」
翌日。
授業が終わり、朔と鼎は学校から出て歩いていた。
「…今日、ボストークに一緒に来る?」
「うん、行く。」
問いに強く頷いた朔に、鼎は目を丸くした。。
「? 鼎?」
「…あ、ごめん…即答されると思わなかったから…。」
「何でだ?」
不思議そうにしている朔に、鼎は少し逡巡してから話した。
「…昨日、ユーリィさんから色々聞いただろ。」
「うん。色々聞いたな。」
「朔、あれどう考えたかと思って…。もしかしたら、もう行きたく無いとか思ったかもって…。」
「うーん…。」
鼎の重い言葉に、朔は苦笑しながら答えた。
「オレがあそこで歓迎されないだろうなっていうのも解ったし、それがあそこの人達が、オレには考えもつかない辛い経験して来たからっていうのも解った。でも…何て言うのかな。あの人達には、嫌われたままで終わりたく無いなって、思ったんだ。オレは能力者じゃ無いし、あの人達の辛いことを全部解れないけど…悠里さんが言ってた…『普通と違うことは辛いけど、普通がみんな同じ訳じゃ無い』って言葉に、何だか救われたような、そんな気がしたんだ。」
鼎が目を丸くして朔の話を聞いていると、朔はまた苦笑した。
「オレにもよく解らないけど、あの人達はいい人達だと勝手に思ってるから、何か、嫌われたままで終わりたく無いって、思っちまったんだ。」
鼎は朔の話を一通り聞くと、小さな暖かい声で、
「…よかった。」
「え?」
「ほら、行くよ。」
「え、うん!」
前を歩き出した鼎を、朔は慌てて追った。
鼎はカフェボストークの戸を開けた。
「こんにちはー。」
「こんにちは。」
朔と鼎が挨拶をすると、店主の悠里が穏やかに迎えた。
「来たか。」
店内を見回し、鼎が問う。
「ヴェテロクさんとチェルナさんは?」
「ヴェテロクは買い出しに行ってもらっている。チェルナはそこの部屋で寝ている。」
朔は店内を見てから少し考え、問うた。
「…図々しかったらごめんなさい。…何か、あったんですか。」
「…そう思うのか?」
悠里が問い返すと、朔は答えた。
「何だか、あまりいい雰囲気じゃ無いから。オレのこととはまた違って。」
「…チェルナさんがここで寝てる時って、大体実家で落ち着けない時ですよね。」
朔の言葉を受け、鼎も考えながら話した。
悠里は思うようにわずか黙ってから、口を開いた。
「…こういう事例もあると、話しておこう。」
「立ち退けって…もう何回目かになるんですよね…。」
鼎が重く発すると、悠里は頷いた。
朔と鼎は、悠里がヴェテロクから伝え聞いた、チェルナの家の話を聞いたところだった。
「…チェルナは情緒不安定になると、破壊衝動が出て来るらしい。それで、周りのあらゆる物を壊してしまう…。それが周囲の人間には、恐ろしく映るんだろう。」
朔は黙って話を聞いている。悠里は続けた。
「その破壊衝動をずっと抑えて来たのが、ヴェテロクの存在だ。ヴェテロクがそばにいるようになってからは、だいぶ安定して来ていたのに…。」
その時だった。
「ヴェテロクは…?」
突然声がし、皆が振り向くと、部屋からチェルナが出て来ていた。
「チェルナ、ヴェテロクは…。」
「ヴェテロク、ヴェテロクは…ヴェテロクは!?」
悠里が説明しようとしても、チェルナは混乱した様子で耳を貸さない。
「ヴェテロク…!」
「! チェルナ!」
悠里が止める間もなく、チェルナは店を飛び出して行った。
「チェルナさん! …行っちゃった…どうしよう…。」
「…あ。」
朔は足元に、スマートフォンが一つ落ちているのに気がついた。
それを見た鼎はさらに慌てた。
「いけない! スマホ持たずに…!」
朔はスマートフォンをパッと拾い上げた。
「これ、届けて来ます!」
言うが早いか、朔も店を飛び出して駆けて行った。
「え、ちょっと朔っ! …あいつ、チェルナさんに怖がられてるのに…どうしようってのさ…!」
「ただいま帰りました。」
買い物袋を下げたヴェテロクが、扉を開けて入って来た。
「? どうしたんですか。」
店内の混迷した雰囲気を察してヴェテロクが問う。悠里は自身を落ち着けるように呼吸すると、口を開いた。
「落ち着いて聞け。チェルナがお前がいないと言って、飛び出して行った。」
「え!?」
ヴェテロクが買い物袋を落とした音が響いた。
「スマホを持たずに出て行った。朔君がスマホを持って追いかけて行ったが…。」
「!! …何で!!」
ヴェテロクはぎり、と歯噛みすると店を飛び出した。
「みんな飛び出して行っちゃった…どうしましょうか、ユーリィさん。」
鼎が悠里に指示を仰ぐと、悠里は冷静に返した。
「…ベルカ、悪いがみんなを追ってくれ。オレも店を閉めてすぐに行く。」
チェルナは泣きながら、街中を歩く。しゃくりあげながら歩く彼女を、周りの人々は怪訝そうな顔で見て、通り過ぎて行くばかりだった。
「ヴェテロク…どこ…。」
「チェルナさん…?」
声がかけられた。ヴェテロクでは無い声音に、チェルナは体をびくりと引きつらせる。
「やっぱり、チェルナさんだった。」
息を切らせた朔は、ホッとした表情を浮かべたが、チェルナはあからさまに怯えた顔をした。
「えっと…はい、あなたのスマホ…。」
朔はチェルナのスマホを差し出す。チェルナは朔からスマホを奪い取ると、また泣き出した。
「ヴェテロク…。」
「…泣いてる…。」
朔はゆっくりとチェルナに近づく。チェルナは体をカタカタと震わせた。
チェルナの頭の中には、周りの冷たい喧騒、朔への恐怖心に混じって、強い声が響いていた。
壊せば、怖いものは何もいなくなる。
だから、怖いものは壊さないといけない。
壊そう。壊さなきゃ。壊せ、壊せ…壊せ!!
「こわさなきゃ…。」
朔の耳に、それはかすかに聞こえた。
頭を押さえ、震えながら、チェルナは呟き続ける。
「こわさないと…こわさなきゃ…!」
チェルナがすう、と呼吸しようとした時。
「壊さなくて、大丈夫。」
聞こえた声に、チェルナはピタリと呼吸を止めた。見ると、朔がチェルナを気遣うように笑み、再び声をかけた。
「壊さなくて、大丈夫だと思う。」
チェルナが目を見開いて、朔を見た時。
「ボストークの能力者だ!」
朔がハッとして振り返ると、朔とチェルナへの敵意を隠そうとしない小さな集団がいた。
朔とチェルナは戸惑い、戦慄した。
ヴェテロクは自身のスマートフォンを見ながら走っていた。
ヴェテロクのスマートフォンには、チェルナのスマートフォンの位置情報が登録されており、居場所がリアルタイムで解るようになっていた。
スマートフォンの表示に従い、角を曲がる。
ヴェテロクの目の前に現れたのは朔とチェルナ、そして二人を睨みつける三人程の人間だった。
「チェルナ!」
ヴェテロクが思わず叫ぶ。
「ヴェテロク!」
気づいたチェルナが、ヴェテロクの元へ駆け寄ろうとした。
「! ダメだ!」
朔が叫ぶと同時にチェルナの横に出る。次の瞬間、白い光が朔を襲った。
「うああああ!!」
電撃を喰らい、朔が倒れる。
「…!」
チェルナは立ち止まり、朔を見下ろす。戸惑う視線を向けるチェルナに、朔は声を絞り出した。
「…逃げて、早く…!」
「チェルナ!」
ヴェテロクはチェルナの手を引き、その場から逃げ出した。
ヴェテロクとチェルナは走り続けたが、不意にチェルナが立ち止まった。
「チェルナ?」
疑問符を浮かべたヴェテロクに、チェルナは息を切らせながら背を向け、走り出す。自分達が先程いた方向だった。
「な、チェルナ待て!!」
ヴェテロクは慌てて走り、チェルナの腕をつかんだ。
「どうしたってんだ!」
「…助けなきゃ…!」
「…!?」
チェルナの発した言葉に、ヴェテロクは息を呑んだ。次いで、叫んだ。
「何でだ! あんな奴どうなったっていいだろうが!! お前はオレが守るんだ、だからお前は何も心配いらない…!」
「あの人『壊さなくても大丈夫だ』って、私に言ったの。」
ヴェテロクが解らない、という顔をすると、チェルナは真っ直ぐに言った。
「壊さなくても大丈夫だって。…とても、ホッとしたの。」
何も言えないヴェテロクに、チェルナははっきりと話した。
「でも、あの人を助けるために、壊したいと思う。」
チェルナはまた走って行った。
ヴェテロクがその場に立ち尽くしていると、
「ヴェテロクさん!」
鼎が後ろから走って来た。
「やっと追いついた…。ヴェテロクさん?」
黙って立っているヴェテロクをしばらく見て、鼎は発言した。
「朔とチェルナさんを追いかけましょう。」
「う…。」
傷だらけになった朔の体が、塀にぶつけられた。
崩れ落ちた朔を忌々しげに見て、集団が吐き出す。
「こいつ、何の能力もないのか。」
「おまけに、ボストークの連中まで逃がしてくれるし。」
「こいつ、ボストークの連中の何なんだ?」
「もういいぜ、こんな奴。」
集団が歩き出した瞬間、彼らの足元の地面が爆散した。
「うわああ!!」
集団が地面に開いた穴に落ちる。その間にチェルナが朔に走り寄り、身体を起こさせた。
「ボロボロ…。」
「…チェルナさん…?」
「この…よくもやりやがったな!!」
地面から這い出してきた集団の一人が、電撃をまとった腕を二人に向ける。
チェルナは動じず、集中するようにすう、と呼吸をした。
すると、近くの電柱の根元が爆発し、電柱が集団めがけて倒れて来た。
「な!?」
「畜生!!」
集団は地面の穴に引っ込む。電柱が轟音を立てて倒れた。その場に集団はもうおらず、穴の先には下水道が続いていた。
「…逃げた…。」
チェルナは呟くと、気を抜いたように尻餅をついた。
「チェルナさん!!」
声がした方をチェルナが向くと、鼎とヴェテロク、悠里が走って来ていた。
「大丈夫ですか!?」
「私より、この人のこと!」
チェルナのそばには、意識なく倒れている朔の姿があった。
「! 朔!!」
鼎は叫ぶと、朔の体を助け起こした。
めちゃくちゃになった現場を見ながら、ヴェテロクは考えていた。
…チェルナが能力「
でも…地面といい、電柱といい…こんなピンポイントの場所を破壊するなんて、今まで出来たこと…。今まではもっと無差別に…。
「壊さなくても大丈夫だって。…とても、ホッとしたの。」
チェルナの真っ直ぐな言葉が、ヴェテロクの頭を巡っていた。
悠里がチェルナに声をかける。
「大丈夫か、チェルナ。」
「私は大丈夫。」
チェルナのはっきりとした返しに、悠里はわずか驚いた顔をしたが、やがて頷き、問うた。
「…あいつらか?」
「多分、そう。『アポロ』の奴らだと思う。」
「…そうか…。」
悠里は表情を少しの間陰らせた。しばらく黙ってから、皆を見回した。
「朔君の手当てをしないといけない。ボストークに戻ろう。」
朔が目を開けると、ボストークの裏スペースの天井が見え、悠里と鼎が見下ろしていた。
「朔!」
鼎が怒鳴り声を上げた。
「この馬鹿野郎!! どんだけ無茶すれば気が済むんだ!!」
「…ごめん。チェルナさん、助けないとって思って…。」
しゅんとなった朔を見て、悠里は苦笑した。
「君のおかげで、チェルナは無事だった。だが君も無茶は控えた方がいい。ベルカが悲しむ。」
朔が見上げる鼎は、目に涙を溜めていた。朔は体を起こした。
「…ごめん、鼎。」
「ちゃんと解ってるのか!? バカ!!」
涙声で叫ぶ鼎に、朔は小さく笑みを浮かべた。
「何嬉しそうな顔してるんだよ!!」
「ごめん。何か、嬉しいんだ。」
泣きながら怒る鼎とは対照的に、朔の口からは穏やかな言葉が紡がれた。
「朔君。チェルナが心配しているんだ。起きたところを見せてやってくれ。」
悠里は言うと、カフェに続くドアを開けた。
朔と鼎がカフェに出て行くと、チェルナがホッとした顔をして見た。
「ユーリィさんに直してもらったんだね。よかった。」
「チェルナさん、あの後オレのこと助けてくれたんですよね。ありがとうございました。」
朔がチェルナに向かって頭を下げると、チェルナは落ち着いている様子で返した。
「助けたかったから。」
ずっと憮然とした顔をしていたヴェテロクが、口を開いた。
「どうしてだ?」
一同が疑問符を浮かべて見ると、ヴェテロクは朔を刺すような目で見ていた。
「どうして、チェルナに『壊さなくて大丈夫』だってセリフを言った?」
鼎と悠里は、戸惑いつつ朔を見る。朔は思い起こしながら、話した。
「…苦しそうに、泣いていたから。」
ヴェテロクが怪訝そうに朔を見る。朔は続けた。
「苦しそうに泣きながら、壊さなきゃって何度も言ってた。…壊したくないんだろうなって思った。だから、壊さなくても大丈夫って言いました。」
朔の言葉に、ヴェテロクは思わず息を飲んだ。
チェルナの破壊衝動。
不安定になると全て壊してしまう。
でも、チェルナ自身は、壊すことを望んではいなかったのか…?
朔はかなり苦く笑った。
「多分、また余計なことしたんですよね、オレ。でも、泣いていたから、苦しそうだったから、何とか助けたいと思っちゃったんです。」
「…オレ達は、お前らから見れば異常者だぞ。」
ヴェテロクが朔を睨むと、朔は痛む様な笑顔で返した。
「…異常者だとしたら、助けたいと思うのは良くないことなんですか…?」
その表情と言葉に、ヴェテロクは何も返せなくなった。
悠里が小さく肩を揺らして笑った。
「彼は、こういう人物らしいんだ。」
鼎は朔の表情を、戸惑いながらも黙って見つめた。
「朔君、ベルカ。今日はもう帰って身体を休ませた方がいい。」
悠里の言葉に、鼎と朔はハッとした。
「…そうだね。帰ろうか、朔。」
「うん。じゃあ、ありがとうございました。」
朔が礼を言い、頭を下げる。
二人が出て行く直前、チェルナは小さく手を振った。
「バイバイ。」
家路につきながら、鼎は朔に向かい、
「朔って、本当に馬鹿野郎だよね。」
「…そんなに、馬鹿かな…。」
「うん。本当に馬鹿野郎。」
言い切った鼎に朔は苦笑いした。
鼎の口から、朔に聞こえるか聞こえないかという位に小さな声が発せられた。
「だから、僕は安心出来るのかもしれない。」
朔はただ、鼎の隣を歩き続けた。
翌日の午後。
朔と鼎はまたカフェボストークにやってきた。
「こんにちはー。」
二人が中に向かって挨拶すると、悠里がコーヒーを淹れながら出迎えた。カウンター席にはヴェテロクとチェルナが座っていた。
「こんにちは、ベルカ。えっと…朔君。」
チェルナが二人に向かい、初めて挨拶をした。
「こんにちは。チェルナさん。ヴェテロクさん。」
朔も挨拶を返した時。
「
不意に発せられた声に朔が目を点にすると、その声を発したヴェテロクは気まずそうに口を開いた。
「言ってなかったからな。」
「……本名ですか?」
「うん、そう。」
朔の疑問に、鼎が苦笑しながら答える。
ヴェテロクこと虎徹は、やはりバツの悪そうな顔をしていた。
「オレは普通の奴を認めたわけじゃない。でも、オレ達とはまた違う『普通じゃない奴』もいるんだろ。」
朔がよく解らないという風に首を傾げていると、鼎と悠里は笑った。チェルナこと瑠璃は、にっこり笑んで虎徹にくっついた。
「さて、朔君にまた、話さなければいけないことが出来た。」
悠里が切り出した話題に、虎徹と瑠璃は張り詰めた表情を見せた。
朔が疑問符を浮かべ、悠里を見る。
「話さなければいけないこと、ですか?」
「そうだ。君はそれと、もう三回も関わってしまった。これ以上何も知らないままはまずい。」
その言葉に、鼎の表情にも緊張が走った。
悠里は改めて話し出した。
「オレ達と敵対関係にある、能力者の組織…『アポロ』の話をしよう。」
To be continued