第三十一話(最終話)待ち人はここにいた

 放課後。
 学校から出て歩きながら、鼎は朔に問うた。
「朔。さっき荷物まとめてた時、何笑ってたんだよ。」
「え。オレ、笑ってたのか?」
 朔は驚いて問い返す。鼎は先程、荷物をまとめながら朔が浮かべていた笑みを思いながら頷いた。
「うん。珍しく学校で。」
 朔は記憶を辿るように考えた後、穏やかな眼差しになった。
「…一ヶ月前の色々、思い出してたんだ。」
「一ヶ月前? …あ。」
 結緒が思い出して声を上げると、鼎はため息のように漏らした。
「…あれから、一ヶ月経ってるんだね。」

 僕達が曙光研究所に行って、赤い稲妻を降らせた演算装置神舟が壊れてから、もう一ヶ月経った。
 空が暗くなり、赤い稲妻が降るか降らないかの状況になったあの時から、もう一ヶ月。
 最初の内は「五年前の再来」とかって世間でも騒いでたみたいだけど、一ヶ月経った今は、そんな報道は全然やっていない。
 曙光研究所のことは、研究員が起こした火災ということになっていて、地元新聞の社会面に本当に小さく載っていた。
 メルクリウスさんがこんなことを言っていた。

「怖いのは、どの報道にも能力者のことは一切出ないことだ。能力者がいることは、普通の人間でも知っている人は多いのに、能力者絡みのことは警察…いや、世間では無かったこと扱い。無かったことにされている…それは能力者には、人並みの権利がないということだとオレは思っている。悪いことをした時に、法の裁きを受ける権利がない。…今回はそれに助けられた部分もあるかもしれないが…本当は、怖いことなのだがな。」

 鼎が思いを巡らせていると、結緒は明るい声で話し出した。
「今日さ、これ持って来たんだー。」
 結緒がポケットから出したのは、一組のトランプだった。
「トランプ?」
「そ。燐ちゃんとババ抜きやろうと思って。燐ちゃんは頭使うゲーム苦手だって嵐さんが言ってたから、ババ抜きが一番解りやすいかなあって。」
「ババ抜きかあ。最近やってないな。」
「片桐と日向も混ざってよ。ババ抜きは人数多い方が楽しいから。」
「いいの? じゃあ一緒にやるよ。」
 朔と結緒が楽しそうに話している様子を見ながら、鼎はまた思いを巡らせた。

 普通の人間は怖い。今でもそう思う。
 けど、普通の人間の中にも、当たり前みたいに能力者と遊ぶ人間もいれば、ひねくれた能力者にいくら酷いこと言われても、一緒にいてくれる人間もいることも、最近よく思う。

「日向は? 一緒にやる?」
 結緒に問われると、鼎は思考を中断し、頷いた。
「うん、やる。」

 町の片隅に大柄な青年と、小柄な少年がいた。
 アポロでエンタープライズ、ディスカバリーと呼ばれていた二人は、電柱に寄りかかりながら、町を行き交う人々を眺めている。
 ディスカバリーは普段と変わらない町の光景を見ながら、口を開いた。
「…結局いつも通りになっちゃったよなー。つまんな。」
「そうだな。つまらん。」
 エンタープライスが眉間にしわを寄せて頷くと、ディスカバリーはむくれた表情で続けた。
「赤い稲妻がまた降ったりしたら、面白いことになりそうだったのに、結局止められた。」
「…赤い稲妻…今の世の中では、二度降ろうが三度降ろうが、結局忘れられるのだろうがな。」
 エンタープライズがぼそりと呟くと、聞き取れなかったディスカバリーは聞き返す。
「何?」
「いいや。結局は意味をなさないことだったが、やっている最中はそれなりに面白かったと思ってな。」
 エンタープライズはディスカバリーを見下ろし、口角を吊り上げた。ディスカバリーは意味不明と言う様に顔を歪ませた。
「そおかあ? …ま、どーでもいいけど。」
 そこで会話は途切れた。わずかの間の後、エンタープライズは電柱から体を起こした。
「さて、オレは行く。」
「そ。もう会うこともないだろーね、オレ達。」
 ディスカバリーが素っ気なく返すと、エンタープライズはまたディスカバリーを見下ろした。
「そうだな。…元気でな。」
「…そっちもな。」
 少しの穏やかさが籠もった言葉をお互いに交わすと、エンタープライズはその場を去り、ディスカバリーは引き続き町を眺め始めた。

 午後のカフェボストーク。
 ライカの手が、コーヒーをそっとテーブルに乗せた。
「はい、お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
 客が一礼すると、ライカはにっこり笑って礼を返した。
「いいえ。いつも来てくれて、こちらこそありがとうございます。」
「ライカさん。トースト焼けましたよ。」
 カウンターの中にいた嵐から声がかかり、ライカは明るい声で返事をした。
「あ、はーい。」
「…姉さん。」
 ライカは賑わう店内を忙しなく動き回り、悠里が淹れるコーヒーや軽食を運んでいる。
「お待たせしました。」
「…姉さん。」
 一段落したところで、悠里はライカに礼を言った。
「ライカ、ありがとう。丁寧でとても助かっている。」
「ふふ。ユーリィの淹れたコーヒーだもの。丁寧に扱わなきゃ。」
 ライカが頰を染めて笑った時、怒りの籠もった大声が上がった。
「ライカ姉さん!!」
 一瞬、店内が静まり返る。
 カウンター席に腰を下ろし、膨れっ面で睨んでくる大声の主に、ライカは眉間に思い切りしわを寄せた顔を向けた。
「…何、ジェミニ。店で大声出さないでよ。」
「うわ、その顔止めてよ傷つくから! 姉さんオレが来るといっつもオレのこと無視して、配膳してるかそいつといちゃついてるかで!! 言っとくけどオレはそんな奴のこと、絶対認めないんだからね!!」
「君はこんな顔程度で傷つくタマじゃないでしょ。僕は仕事してるんだから邪魔しないの。それに僕がユーリィと付き合うのに君に認めて貰う義務無いもの。」
 ライカにさらりと返され、ジェミニが言葉を出せなくなると、ライカはがちゃん、と音を立ててコーヒーと皿をジェミニの前に置いた。
「はい、ご注文のコーヒーとマフィンのセット。」
「ちょっと、置き方ぞんざいなんですけど。」
「こんにちはー。」
 ジェミニが抗議した時、また客が訪れた。ライカはパッと明るい表情を作る。
「いらっしゃいませ!」
「聞けよ姉さん!!」
 ジェミニの叫びは、賑やかな店内に虚しく響いた。

 ボストークのみんなの生活もだいぶ落ち着いた。
 ライカは今はカフェボストークで、ウエイトレスみたいになってる。チェルナさんの家にお世話になっているけど、その内ユーリィさんと暮らすのかもしれない。
 アポロの人達は彼らなりに元の生活に戻ったようだけど、時々ボストークに顔を出して、コーヒーを飲んだり駄弁ったりするようになった。ボストークのみんなとも普通に話していて、ちょっと前までは考えられなかった友好関係を築いている。
 ジェミニはメルクリウスさんとアトラスさんの自宅で一緒に暮らしている。V、1B、エンデバーさんも一緒だ。

 ライカとジェミニの一連のやりとりを、ボックス席で見ていた虎徹と瑠璃は、小さな声で話をした。
「なんつーか…ライカさん変わったよな…。」
「色々あったからかなあ…ジェミニさん相手に強くなったよね…。」
「これ、下げてもいい?」
 問うてくる声がして、虎徹と瑠璃は顔を上げる。お盆を持って立っている燐に笑んでみせた。
「いいよ、ありがとう1B。」
「お代わり頼みたいって、ユーリィさんに言ってくれるか。」
「うん。」
 燐は飲み終わったコーヒーカップ二つをお盆に乗せると、カウンターに入って行った。
 燐を見送ってから、虎徹は隣にいる歩に苦笑した。
「…プシンカ、そんなぶんむくれた顔してどうした。」
 歩は頬を思いきり膨らませ、拗ねた顔をしていた。

 虎徹達の視線の先、一番奥にあるボックス席では、恵とメルクリウスが真剣な表情で、ノートパソコンと本に向かい合っていた。
「メルクリウスさん。この問題が解らなくて…。」
「見せてくれ。…そうだなここは…。」
「…なるほど…それで、これは…。」

 奥の席にいる恵を睨みながら、歩は膨れている。
「メグが最近遊んでくれないんです。ここ来たら来たで、メルクリウスさんと話してばっかりだし。」
 恵とメルクリウスを見た瑠璃は、感嘆の声を漏らした。
「ウゴリョーク、プログラミングの資格取る勉強してるんだよね。すごいよね。」
「メルクリウスさんは独学らしいけど、ああやって教えられるのすごいよな。」
 虎徹が感心したように話すと、歩はますます膨れっ面になった。
「うー…。」
「あいつは当面の目標見つけて頑張ってんだ。今は見守ってやれ、プシンカ。」
 虎徹が苦笑しながら歩に聞かせると、横からアトラスが話しかけてきた。
「オレからも頼む。メルは久々に楽しそうにしてるんだ。」
「アトラスさん。」
 虎徹と瑠璃が顔を上げると、アトラスは笑んだ。空いている席に座ると、アトラスは思い出したように話した。
「そうだ、ジョウガさんからメール来てたぞ。ジェミニをよろしくって書いてあった。」
 アトラスの話を聞き、瑠璃も明るい表情で頷いた。
「ライカさんもメールもらったって言ってましたよ。ジョウガさん筆まめなんですね。一週間に一度位のペースで来るみたいです。」
「ジョウガさんが帰って半月位経ったけど、どうしてるんだろうな。」
 虎徹がため息のように漏らすと、皆考えるようにしばし黙った。

 ジョウガさんは半月程、ジェミニと一緒に暮らした後、曙光研究所に帰って行った。
 …今頃、どうしているだろうか。

 午後の曙光研究所。
 ジョウガは一人、大きな白い部屋にいる。部屋の中心には、解体途中の神舟があった。
 ジョウガが神舟を黙って見上げていると、後ろから声がかかった。
「…ジョウガさん、パソコン廃棄の手続きして来ました。」
 声に気づき、ジョウガは笑んで振り返る。声をかけた長征はジョウガの笑顔を見、わずかに顔を赤らめた。ジョウガが不思議そうにすると、長征は慌てて首を横に振った。
「あ、いや、何でも。」
 ジョウガはただ穏やかな顔で長征を見た。
 長征はジョウガの表情を見、わずか逡巡すると、かなりぎこちなく問うた。
「…あの…良かったんですか? ライカさんとジェミニさんから離れて、ここに戻って来て…。」
 長征の問いに、ジョウガは呆れた顔をした。長征は何かを思うように、ジョウガの顔を見た。
「…理由は覚えています。何度も伝えていただきましたから。あなたのお父さんが遺した場所を大切にしたいというのと、その…オレが心配だからと…。」
 ジョウガは長征を軽く睨んだ。長征はまた慌てて首を横に振る。
「あ、嫌だとかそういうのではないのです。何度も言ってますけど…嬉しくて、逆にいいのかなと思ってしまうんです。」
「あっちの片付け、一段落つきそうですよ。」
 守衛二人が部屋に入って来る。長征を睨むジョウガと、赤い顔をしている長征を見て、若い方の守衛は笑った。
「また同じことで言い合ってるんですか?」
 ジョウガが頷くと、長征は押し黙った。初老の守衛は暖かい声で、長征に聞かせた。
「研究所で長いこと、この子個人を気にしてたのは、君だけだったろ。この子はそれが嬉しかったんだよ。」
 ジョウガが強く頷いて見せると、長征もゆっくりと頷いた。
「……そう、ですか。」
「お互い大丈夫だと解ったところで、あっちでお茶にしませんか。」
 若い守衛が提案すると、長征は返事をし、ジョウガは今度は穏やかに頷いた。
「はい。」
 四人は連れ立って、大きな白い部屋を出て行った。

 カフェボストークのドアがまた開いた。
「こんにちはー。」
 朔、鼎、結緒が顔を出すと、客達は笑顔で迎えた。
「おう、ストレルカ、ベルカ、中畑!」

 今では中畑も、カフェボストークの常連になっている。
 中畑を連れて行った時、最初こそ驚かれたものの、朔という前例があったのと、1Bが喜んだのとで、割と早くみんな慣れた。
 中畑も朔から色々聞いていたのがよかったのか…割と普通にみんなと接している。ていうか、この順応力は何。

 結緒が入って来たことに気づいた燐はカウンターから出て、小走りで結緒に寄って行った。
「結緒ちゃん、こんにちは。」
「こんにちは、燐ちゃん。」
 一生懸命挨拶する燐に、結緒も嬉しそうに挨拶を返した。
 カウンターの中で洗い物をしていた嵐は、二人を見ながらおかしそうに笑った。
「中畑にはべったりなんだよなー。」
「嬉しいんだね、1B。」
 ライカも微笑ましそうに燐と結緒を見ている。
 結緒はポケットを探ると先程のトランプを出し、燐と嵐に声をかけた。
「燐ちゃんと嵐さん。仕事一段落したら、トランプ…ババ抜きやらないかなと思って。」
「ババ抜きかー、久しくやってなかったな。」
 嵐は皿を拭きながら、カウンターの向こうにいる結緒に応える。燐は結緒を見上げ、また頑張って話した。
「燐も、解るよ。」
「燐ちゃんもルール解る? 一緒にやる?」
 結緒が優しく声をかけると、燐は強く頷いた。
「うん。やる。」
「まだ仕事残ってるぞー、燐。」
 嵐の笑いが混じった声が飛んで来た。燐はハッと緊張すると、急いで仕事に戻って行った。
 燐が皿洗いに参加する様を見守るように、結緒は眼差しを向けた。
 朔、鼎、結緒は隅の方のカウンター席に腰掛けた。

 三〇分後。
 燐はカウンターから出て、結緒に話しかけた。
「結緒ちゃん、ユーリィさんが休憩していいって。」
「そう? じゃあやろうか、ババ抜き。」
 結緒が飲んでいたコーヒーを置くと、嵐も声をかけた。
「オレも参加していいのか。」
「もちろん。参加するのは片桐と、日向と、オレと、燐ちゃん、嵐さん…。」
 結緒が人数を数えていると、膨れっ面の歩が顔を出した。
「オレもやりますっ!」
「プシンカもか。」
「じゃあ六人…。」
「僕も混ぜてください。」
 歩の後ろから恵も声をかけて来た。歩が驚いた顔で振り返る。
「メグ、勉強いいの?」
「今日の勉強は一段落したよ。たまにはアユと遊ばないと。勉強ばかりじゃ息つまっちゃう。」
 恵が苦笑してみせると、歩は嬉しそうに表情を輝かせた。
「じゃあ二人参加しますっ!」
「これで七人…。」
 その時、客として来ていたアポロのメンバー達が手を挙げた。
「オレもやるオレも!」
「1B相手に、中畑にだけいいカッコさせないぜ。」
 結緒の肩に腕を乗せ、ニヤリと笑うメンバーの一人に、嵐はおかしそうに苦笑した。
「お前らなあ。」
「うわ、大人数。」
 朔は驚いて参加表明した人々を見ている。鼎は慌てて手を振った。
「もう締め切り! 始めます!」
「片桐、トランプ切ってくれる?」
「うん。」
 結緒からトランプを受け取り、朔は切り始める。
 カフェボストークの中で、ババ抜き大会が始まった。

 ババ抜きに一喜一憂する人々を見て、悠里は目を細めて笑んでいた。悠里の笑顔を見たライカは、そっと声をかけた。
「…ユーリィ。」
「ん?」
 悠里がライカに意識を向けると、ライカは表情を綻ばせていた。
「嬉しそうだなあって思って。ユーリィの夢、叶ってるもんね。…カフェボストークが能力のある無しに隔てられることなく、賑わってる。」
「…ああ、そうだな。」
 ライカの言葉を聞いた悠里は、また目を細めて優しく笑んだ。
 ジェミニはババ抜き大会を、少し離れた位置から頬杖をついて眺めていた。
「…ジェミニ。」
 声がかかり、ジェミニが顔を上げると、ライカは紅茶を差し出す。
「はい、サービス。さっきのお詫び。」
 そっと紅茶を置いたライカの明るい笑顔を見、ジェミニは表情を輝かせる。ジェミニの隣に腰掛けているエンデバーは、ジェミニにくっつきながら小さく笑った。
 アトラスはボックス席から悠里に声をかける。
「ここ紅茶も出すようになったのか?」
「ライカが淹れるようになったんだ。」
「今度来るときは紅茶もいいかもしれないな。」
 メルクリウスは暖かな眼差しで、ババ抜き大会とジェミニの様子を見やっていた。

 ちょっと前までは、この場所がこんなに賑わうとは思っていなかったし、敵対していた奴らと解り合えるとも思っていなかった。
 本当に、何がどう転ぶかは解らないと思った。
 …そして、それ以上に自分の中で驚いてることがある。

 夕焼け空の下を朔、鼎、結緒は歩いていた。
 結緒は笑いながら話している。
「日向強いな、ババ抜き。」
「そりゃ、ババ引いたら顔に出るのが二人も三人もいればね。ていうか1B以上に朔と中畑が顔に出すぎ。」
「はは…。」
 愛想のない鼎の言葉に、朔は苦笑した。
 道が分かれる場所で、結緒は立ち止まる。
「じゃあまた明日な、片桐、日向!」
「またな、中畑!」
「じゃ、また。」
 結緒、朔、鼎はしばしの別れの言葉を交わした。結緒は一人歩いて行き、朔と鼎はまた二人で歩いていく。
 二人は少し長い時間、黙って歩を進めていたが、不意に鼎が朔を呼んだ。
「…朔。」
「何? 鼎。」
 朔が首を傾げると、鼎は前を向いたまま、小さな声で言った。
「…朔で良かったよ。」
「何が?」

 昔、ばあちゃんが僕に聞かせてくれた言葉がある。

「真っ当に生きてさえいれば、いつかきっと…鼎の全部を知って、それでも鼎を好きでいてくれる、鼎が大切にしたいと思う人が、きっと現れる。」

 ちょっと前までは、そんなことは絵空事、ありえないことだと思っていた。
 僕は独りで嫌な思いしながら生きて、独りで死んでいくんだと信じて、疑っていなかった。
 そのありえないことが今起こっていることに、本当に驚いてる。
 …それ以上に、嬉しいことがある。

 鼎は不思議そうな顔をしている朔に話す。
「…ソラフネの人が言ってたんだよ。」
「鼎が会ったっていう人か?」
「うん。神様じゃない人の言葉。」
 鼎は頷き、この世界に戻ってくる直前に「彼」から聞いた言葉を思った。

「君は幸運だと思うよ。待ち人に出会えたこと、彼の待ち人になれたこと…。僕がダメだと思ったことを覆して、大きな違いに隔てられることなく一緒に居られることは、とても幸運なことだと思う。どうか、大切にしてほしいよ。」

 鼎から「彼」の言葉を聞いた朔は、また不思議そうに問うた。
「鼎の待ち人って、どんな人なんだ?」
「は?」
 鼎が思わず棘のある声を返すと、朔は驚いた後、俯いた。
「え、鼎が待ち望んでた人に会えたのかと思って…聞いたらよくなかったのか…。」
「そこで落ち込むな! ていうか今の流れで何で気づかないんだよ!」
 鼎が思わず呆れて声を上げると、朔は疑問符をいくつも浮かべた。
 鼎は一つ息をつくと、朔に問いかけた。
「…朔には無かったの? 朔のこと解って、それでも好きになってくれる人を望んでたこと。」
「…あったよ。でも、いいんだ。」
 朔の答えに、鼎は眉間にしわを寄せてまた問う。
「何が?」
「鼎がオレのこと解ってくれて、一緒にいてくれるからいいんだ。」
 朔は鼎を前にして、嬉しそうに笑っていた。
 鼎は朔の笑顔をわずかの驚きを持って見た後、また呆れたように息をついた。
「…同じなんじゃない。」
「え?」
「…僕だって、朔が僕のこと解ってくれて、一緒にいてくれるから良かったんじゃない。」
 鼎のぶっきらぼうな言葉に、今度は朔が驚いた顔をした。鼎の言葉をゆっくりと理解し、朔はまた表情を綻ばせた。
「オレも、鼎で良かったと思ってる。」

 待ち人はここにいた。あまりにもすぐそばにいた。
 それ以上に…待ち人が朔、お前で本当に良かったよ。

「あっそ。」
 そっけない返事をした鼎は、朔に向かって顔いっぱいで笑っていた。
 鼎の笑顔を見て、朔も嬉しさを隠さず、目を細めて笑った。
 家へ続く、夕焼けに染まる道を、二人は肩を並べて歩いて行く。

END
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