第三〇話 ごめんなさい ありがとう
カフェボストークの地下にある部屋で、恵のパソコンは壊れて煙を吹いていた。恵は壊れたパソコンを、どこか穏やかな眼差しで見やっている。
メルクリウスは恵の隣で、わずかに視線を落として黙っていたが、意を決したように顔を上げ、恵に声をかけた。
「すまなかった、恵君。」
突然の謝罪に、恵は疑問符を浮かべながらメルクリウスに視線を移す。メルクリウスは真摯な眼差しを恵に向けていた。
「君を騙して、利用したことを謝りたかった。」
メルクリウスの言葉を聞いた恵は、思い出したように悲しい表情になると、メルクリウスに頭を下げた。
「…だったら、僕もごめんなさい。あなたの前で、能力者の皆さんを化け物って言い続けたこと…きっと、メルクリウスさんは怒ったと思うから…。」
「そんな、オレは…。君の方がひどく傷ついて…。」
「そんなことは…。」
恵とメルクリウスが言い合っていると、アトラスが二人の肩を叩いた。二人が顔を上げると、アトラスは白い歯を見せて笑っていた。
「おあいこってことだろ。な?」
「全く…。」
「ありがとうございます、アトラスさん。」
メルクリウスは穏やかに苦笑し、恵はホッとしたような笑みを浮かべた。
恵はふと時計を見る。一時間前、曙光研究所に行ったメンバー達から神舟が壊れたこと、これから帰ることの連絡があったことを思った。
「…アユ達、まだ帰ってこないのかな…。」
「警察に見つからないように帰って来るって言ってたし、少し時間かかるかもな。」
アトラスが聞かせた時、天井からどさりと何かが降ろされるような音がした。
「? 今、物音が…?」
「アユ達かな?」
三人は階段を上がり、カフェスペースに出た。
「アユ?」
「みんな、帰ってきたのか?」
言いながらカフェに明かりをつけた次の瞬間、三人はぎょっとした。
夜明けが近くなった時刻。
曙光研究所に行っていたボストーク、アポロの面々は、ようやく町に戻ってきていた。
「やっと帰って来られた…。」
皆がホッと息をつく中で、瑠璃は暗い表情をして黙っていた。気づいた虎徹は、考えながら言葉をかけた。
「お前のせいじゃない…も違うな、気にすんな…って言ってもオレも無理だし…その…。」
「…ありがとう、ヴェテロク。」
ぎこちない虎徹の気遣いに、瑠璃は小さく笑みを浮かべた。
悠里は何かを思うように、黙って歩を進めていた。朔と鼎は心配する顔を見合わせる。朔は弱い声で、悠里を呼んだ。
「…ユーリィさん。」
悠里は朔と鼎に視線を向けると、少し弱い微笑を浮かべてみせた。
「…大丈夫だ。ライカは無事に逃げたんだ。お互い生きてさえいれば、きっとまた…。」
「…そうですね。」
朔と鼎も、悠里に小さく笑んで見せた。
一同はカフェボストークの前に来た。歩がドアを開ける。
「ただいまー!」
「あ、アユっ!!」
ドアを開けた途端、恵が大急ぎで玄関に駆けて来た。
「メグ! ただいま!!」
「え、えっと、その…!!」
狼狽している恵に虎徹が声をかける。
「どうした?」
「あ、あっちに…!」
恵はカフェの奥を指差した。皆が倣ってカフェスペースの奥を見ると、床に座り込んでいる白いワンピース姿の女性二人と、白いシャツとパンツを身につけ、床に寝ている男性がいた。
女性二人と男性一人は皆そっくりな、中性的な顔立ちをしていた。
女性の一人は泣いており、そばでメルクリウスとアトラスがおろおろとしている。
帰ってきた一同は見慣れない人物達に目を丸くした。虎徹が問う。
「な、誰だあれ?」
「それが…。」
恵も困惑した様子でいると、悠里が歩を進めた。泣いている女性の前に屈むと、そっと声をかけた。
「……ライカか?」
「わ、解るのか。」
そばにいたメルクリウスが驚く。悠里は再度問うた。
「…やはり、ライカなのか?」
泣いていた女性は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「…ユーリィ…。」
悠里は目を見開いて黙っている。女性…ライカは涙で濡れた顔を強張らせた。
「その…僕は…。」
「無事で、よかった。」
「え…?」
悠里の口から出た言葉に、ライカが思わず小首を傾げると、悠里は心底ホッとした笑みを浮かべた。
「生きていてくれて、よかった…!」
「ユーリィ…!」
悠里の言葉を聞き、笑みを見たライカは、また瞳から涙を溢れさせた。悠里は膝をつくとライカに手を伸ばし、強く抱きしめた。
虎徹は新たな驚きにまた目を丸くした。
「どういうこった? ライカさんって実体無い筈じゃ…。」
「…作ってくれたんだ…。」
鼎が小さな声で呟いた言葉に、朔は首を傾げた。
悠里はライカを抱きしめ、その柔らかい身体を感じた途端、急にハッとして腕を離した。顔は真っ赤になっている。
「す、すまない、初対面の相手に、その…。」
「…ふふ。確かに僕達、初対面だね。ずっとネットでは話してたけど…。」
ライカがおかしそうに笑うのを見、悠里もホッとしてまた笑った。
その時、男性の方が目を覚ました。視線の先にいた、寄り添う悠里とライカを見た瞬間、男性の瞳に昏い炎が燃えた。男性はそばにあった椅子を掴むと、悠里に向かって振り上げた。
「離れろおおおおお!!」
椅子が悠里に直撃するかという時、メルクリウスが悠里の前に出た。メルクリウスは悠里の代わりに、椅子の直撃を受けた。
メルクリウスが椅子で殴られたのを目の当たりにした、アトラスの目が見開かれた。
「メルクリウス!!」
「メルクリウスさん!!」
皆は慌ててメルクリウスに駆け寄った。殴られたメルクリウスの額からは血が流れている。
男性はメルクリウスに叫んだ。
「どけ! メルクリウス!! そいつを、ライカ姉さんを奪ったそいつをぶっ殺してやるんだ!!」
「ダメだ…ジェミニ。お前はそんなことをしては…。」
額から血を流しながら、メルクリウスは訴える。男性…ジェミニは更に頭に血を上らせたようだった。
「この…! どこまでオレの足引っ張るつもりなんだお前は!! ホントにお前に目をかけてやったのは間違いだった!! 仕事は遅いはオレの言うこと聞かないはで…。」
メルクリウスに怒鳴るジェミニの頬を、アトラスが思い切り殴った。ジェミニは床に体を叩きつけられる。
アトラスはあらん限りの怒声を上げた。
「いい加減にしろ! このクソ野郎!!」
「どいつもこいつも…! どうしてみんなオレの邪魔ばかりするんだよ!! オレはずっと、姉さん達の為にやってきたのに!!」
身体を起こしたジェミニが頭を振って叫ぶ。そばにいたもう一人の女性が、ジェミニに向かって口を開こうとした時。
「…ライカさんは…お前の姉さんは、自分の道を見つけたんだ。」
額の傷を手当てされながら、メルクリウスは静かな声でジェミニに語りかける。
「たとえ家族であろうとも、みんなそれぞれ進む道を見つける。選んだ道によっては、常に一緒にいられなくなることもあるんだ。それぞれ選んだ道を認め合うのも、家族の務めだとオレは思う。」
ジェミニはメルクリウス、周りの皆をぎっと睨んだ。
「そんな…認められるか!! お前らにオレの気持ちが解るか!! ずっと独りで彷徨って、弾かれて、バカにされたオレの気持ちが解るか!! また家族と一緒にいるために、独りで全部やったオレの気持ちが解るか!! 認めるなんて出来るかあ!!」
「いつまでも勝手な事言ってんじゃねえ!! お前は独りなんかじゃなかっただろうが!! お前こそ解るのか! お前を信じて、心配し続けたメルの気持ちが!! お前は自分を心配してた奴らの気持ちを、自分で捨て続けてただけだろうが!!」
ジェミニとアトラスは、今までの怒りを吐き出すように怒鳴り声をぶつけた。
朔は足を踏み出す。ジェミニの前に進み出て、口を開いた。
「オレにはジェミニさんの気持ち、ちょっとだけ解ります。オレも独りだったから。独りでどうすればいいのか解らなかったから。みんなにバカにされたから。家族と一緒にいられないから。」
朔は落ち着いた様子で、ジェミニに語りかけた。
「すぐには認められないと思うし、認めたく無いと思う。だから、すぐに認めなくていいと思います。でもジェミニさんがライカさんを大切な人と思うのと同じくらいに、ユーリィさんにとってもライカさんは大切な人なんです。ライカさんもユーリィさんを大切な人と思っています。それだけはいつか、解ってください。」
「ガキが何知ったような口を! 解ったつもりの他人にそんなこと言われるのが一番…!」
ジェミニが朔を睨み、食ってかかった時、ジェミニの腕を優しく引いた手があった。
「…ジェミニ。」
呼ばれたジェミニは血走った目で振り返る。次の瞬間、驚きに目を見開いた。
ジェミニの目の前では、曙光研究所で倒れたはずのエンデバーが、ジェミニの腕を握っていた。突然現れたエンデバーの姿に皆も驚く中、ジェミニは震える声でやっと問うた。
「エンデ、バー…どう、して…?」
「もうダメだと思った時…星がたくさんある場所で、誰かに言われたの。『ついでだよ』って。それで、気がついたらここにいたの。」
ジェミニは体を震わせる。目にはどんどん涙が溜まっていった。
エンデバーはジェミニに小さく笑んで見せた。
「よかった。またジェミニの力になれるね。」
ジェミニは涙を流しながら、エンデバーに縋った。エンデバーは泣くジェミニの頭をそっと撫でた。
ジェミニとエンデバーを見ながら、鼎は呟く。
「ついで、か…。にしては、粋なことやるよね。」
「エンデバーさん…。よかったあ…。」
瑠璃は心底安堵したように瞳を潤ませた。
メルクリウスはジェミニを穏やかな表情で見ていた。アトラスはそんなメルクリウスを見、呆れたようにため息を吐くと、苦笑した。
もう一人の女性…三姉弟の長姉ジョウガは、彼らの様子を目に涙を貯めて、笑みを浮かべて見ていた。
夜が明けると、空はいつも通りの明るさを取り戻していた。
歩は空を見上げて、弾んだ声を上げる。
「空が青い!」
「やっといつも通りだね。」
瑠璃はほっと息をつく。虎徹は空を見ながら独り言ちた。
「いつも通り、か…。」
虎徹がカフェの中を見やると、ようやく落ち着いた三姉弟と、悠里とメルクリウスが見えた。
「ところで…これからどうするんだ? 三人共…。」
悠里が問うと、メルクリウスが口を開いた。
「そのことなんだが…行く所が無いのなら、ジェミニはオレの所に来ればいいと思っている。」
「…本当にいいんですか? ジェミニの面倒、見てくださるって…。」
ライカが気遣うように問うと、メルクリウスは穏やかに頷いた。
「いいんだ。今はそれが役目だと思っている。」
「ジェミニ君をよろしく頼む、メルクリウス。」
悠里がメルクリウスに願うと、ジェミニは顔を歪ませて吐き捨てた。
「お前に『ジェミニ君』なんて言われる覚えないし、よろしくされる覚えもない!」
「何言ってるの! 大体君、ユーリィにもメルクリウスさんにも謝ってないでしょ!!」
ライカがジェミニを叱るが、ジェミニはライカを睨んで突っかかった。
「何で謝んないといけないんだよ!!」
「散々迷惑かけたでしょ!」
言い合う二人を諌めるように、悠里はライカの肩に手を置き、ジェミニに聞かせた。
「オレはいいんだ。でもメルクリウスには、ちゃんと謝った方がいい。」
「誰がお前なんかの命令に…痛て! 何…!」
ジェミニが頭に衝撃を感じて振り返ると、目の前でジョウガが睨んでいた。ジョウガは続けてジェミニに拳骨を食らわせる。
「ジョウガ姉様! 痛い痛い! 解った、解ったから!!」
ジョウガが手を止めると、ジェミニはメルクリウスに向き直った。かなり言い辛そうに口を開いた。
「……わ、悪かったよ…ごめん、メルクリウス…。」
「……ぷっ。」
メルクリウスの後ろで、アトラスが吹き出し笑いをした。メルクリウスはきつい声をかけた。
「こら、アトラス。」
「いや、悪い、何か笑えてきて…。」
アトラスは肩を揺らして笑っている。メルクリウスは呆れてため息を吐くと、ジェミニと改めて向かい合い、優しい眼差しを向けた。
「全く…。これからもよろしく。ジェミニ。」
「……うん。」
ジェミニはかなりぎこちなく頷いた。
悠里が今度はライカに問うた。
「ライカはどうするんだ?」
「…ユーリィと一緒に暮らしたら…ダメかな。」
ライカがおずおずと願うと、悠里はまた頬を赤くした。
「うん! ダメダメむぐっ!」
ジェミニは声を上げたが、メルクリウスとアトラスがすぐに口を塞いだ。
悠里は赤い顔で、ギクシャクとライカに話す。
「お、オレはその、嬉しいんだが、年頃の女性と、その…。」
「ダメかな、やっぱり…あんなに迷惑かけちゃったし…。」
「いや、それはいいんだ、でも…。」
落ち込むライカと慌てる悠里を見た瑠璃が、ライカに声をかけた。
「だったら、私のところにちょっとの間でも来ませんか?」
「チェルナのところに?」
「ユーリィさんだって、ライカさんと暮らすってなったら色々準備もいるだろうし、その間だけでも。うちは女所帯だから。」
瑠璃に言われ、ライカが悠里を見ると、顔を真っ赤にして視線を落としていた。
悠里の様子をしばし見て、ライカは瑠璃に頭を下げた。
「…うん、そうだね。しばらくお世話になります。」
メルクリウスの服の端が弱い力で引かれた。メルクリウスが振り向くと、ジョウガは小さなメモ紙を手にしていた。
「? ジョウガさん?」
ジョウガは何も言わずに、メモ紙をメルクリウスに見せた。小さな文字で彼女の意志が書かれていた。
『しばらくジェミニと共に暮らさせてほしい。落ち着いたら、研究所に帰ろうと思う』
「ええ!?」
ジェミニが思わず拒否の意味を含んだ声を上げると、ジョウガはまたジェミニを睨んだ。ジェミニは思わず身を小さくした。
「え、いや、何でもないです。」
「…姉様、研究所に帰ろうと思ってるの?」
ライカが問いかけると、ジョウガは頷いてみせる。ライカは心配そうな面持ちになった。
「でも、あそこは…。」
ジョウガはまたメモ用紙に文字を書き、今度はライカに渡した。
『私にとって、あそこは大切な場所。これから大切にしたい人たちもあそこにいる』
文字を一通り読んだライカはジョウガを見る。ジョウガは穏やかな眼差しでライカを見返していた。
ライカはホッとしたように笑んだ。
「…そうなんだ…。じゃあ、姉様はひとまずジェミニと一緒だね。」
横から嵐と虎徹が声をかけてきた。
「結構、早く決まりましたね。」
「いきなり三人出てくるから、どうなることかと…。」
「…うん。何でまた身体が手に入ったのか、僕達も不思議。」
ライカが小首を傾げる横で、ジョウガはただ微笑んでいた。
日が高く昇った頃、メルクリウスとアトラス、アポロのメンバー達は帰る支度を始めた。
アトラスとメルクリウスは、悠里に改めて感謝を伝えた。
「お前らには本当に世話になったな。」
「何か礼の一つでも、出来ればいいんだが…。」
「そんな、オレは…。」
悠里が首を横に振った時、ライカが悠里の横から話しかけた。
「だったら、今度はここにお茶しにきてください。」
悠里、メルクリウス、アトラスが驚いていると、ライカはにっこり笑んでみせた。
「ちょくちょく来て、皆さんでのんびりしてください。」
ライカの言葉と笑顔を受け、メルクリウスは嬉しそうに目を細めて笑み、礼を言った。
「ありがとう、ライカさん。それでいいなら、喜んでそうさせてもらいます。」
次いでメルクリウスは嵐と燐に視線を移し、声をかけた。
「V、1B、帰ろう。」
「え!?」
嵐は思わず声を上げ、燐は目を大きく開いた。アトラスが呆れたように笑う。
「そんな驚くなよ。一緒に帰ろうって言ってるだけなのに。」
「…その…。」
「…燐達は、帰っていいの…?」
嵐と燐が戸惑っていると、メルクリウスとアトラスははっきりと言った。
「そうだ。帰って来てくれ。」
「お前らがボストークに行ってくれたから、今みんなこうしていられるんだぞ?」
メルクリウスとアトラスは優しく笑っていた。嵐と燐の表情が輝く。二人は大きく頷き、メルクリウスとアトラスの元に急いだ。
「はい、メルクリウス! アトラス!」
「また、よろしくお願いします。」
悠里は嵐と燐に、穏やかな声をかけた。
「また来てくれ、二人共。バイト契約は継続しているから。」
「はい、ユーリィさん!」
嵐と燐は悠里にも頷いて見せた。
「オレ達も帰ろう、メグ!」
「そうだね、アユ。」
「お、おい待て!」
歩と恵が帰ろうとした時、虎徹が慌てて声をかけた。二人が疑問符を浮かべると、虎徹は恵に向かって頭を下げた。
「悪かった、ごめん。ウゴリョーク。」
「…え?」
恵が困惑していると、虎徹は頭を下げたまま話した。
「あの時…オレもひどいこと言った。あの時はユーリィさんに謝っちまったけど、本当はお前に謝らないといけなかったんだよな。」
「そんな、僕は…。…僕こそ、ごめんなさい。ボストークをめちゃくちゃにして、ごめんなさい。」
恵も虎徹に向かい、謝る言葉と共に頭を下げた。
歩が二人の様子を心配そうに見ていると、虎徹は頭を上げ、恵に暖かい声をかけた。
「また来いよな、ここに。プシンカと一緒でも、お前一人でもいいから。」
「はい、また来ます。」
顔を上げた恵は、嬉しそうに笑んでいた。
歩が満面の笑みで恵にくっついた。
「へへー。」
「どうしたの、アユ。」
「何か、嬉しくなった!」
「変だよ、アユ。」
言いつつ恵も、虎徹も笑っていた。
「…なあ。」
声をかけられ、朔が不思議そうに振り向くと、アポロの面々が立っていた。彼らはおずおずと朔に謝った。
「…悪かった。ごめんな…。」
「え、何がですか?」
朔が疑問符をいくつも浮かべていると、アポロの彼らはぎこちなく話した。
「その、オレ達お前のこと、誤解してたっつうか…何度もボコボコにしたりとか…。」
「でも、お前は…。」
「…えっと…オレ、また何か良くないこと、しちゃったんですか?」
朔が済まなそうにアポロの彼らを見ると、彼らは目を丸くした。
鼎は見かねた様子で朔の肩を掴んでぐいと引き、アポロの彼らに言った。
「こいつには、ありがとうって言わないと伝わりませんよ。」
朔は鼎を見て首を傾げる。アポロの彼らは理解した様子で、朔に向き直った。
「ありがとう。」
「オレ達、お前のことボコボコにしたのに、助けてくれてありがとう。」
「え、そんな、その。」
感謝の言葉に朔は戸惑い、鼎を見る。鼎は悪戯っぽい笑みを浮かべ、朔を見返した。朔はアポロの彼らに向き直ると、暖かい笑顔を見せた。
「…助けられたなら、本当に良かったです。」
「そろそろ行こう、みんな。」
メルクリウスから声がかかると、アトラス、嵐、燐、ジェミニ、アポロの面々は挨拶をして歩いて行った。
アポロの面々を見送っていた鼎の服の端が引かれた。鼎が反応して見ると、ジョウガがいた。
「え、ジョウガさん。」
ジョウガは小さな掠れた声で、鼎に伝えた。
「…ありがとう。」
「…どういたしまして。ほら、みんな行っちゃいますよ。」
鼎は穏やかに笑み、声をかける。ジョウガも微笑むと、アポロの面々を追って行った。
アポロのメンバー達、歩と恵が帰った後、朔と鼎も帰り支度を整えた。
「じゃ、オレも帰ります。」
「僕も。じゃあまた。」
朔と鼎に、虎徹と瑠璃は明るい声をかけた。
「気をつけてな、ストレルカ、ベルカ。」
「またね!」
悠里とライカは穏やかに笑っている。
朔と鼎は一礼し、カフェボストークを出た。
自宅に向かって歩きながら、朔はふわふわと呟いた。
「…これで、終わったのかな。」
「終わったような、まだ続いてるような…よく解らないけど。…みんな笑ってたから、いいんじゃないの?」
鼎がいつものつっけんどんな調子で返すと、朔は小さく笑った。
「…そうだな。」
朔の自宅前では、朔の祖父と結緒が待っていた。朔と鼎に気づいた結緒が、明るい声を上げる。
「…あ! 片桐! 日向!」
「ただいまー、中畑。お祖父さん、ただいま帰りました。」
「ただいま中畑。…ただいま。じっちゃん。」
鼎、朔が帰宅の挨拶をすると、朔の祖父は優しい笑みで二人を迎えた。
「おかえり朔、鼎君。」
その日の高校の授業が終わり、朔は荷物をまとめている。顔には小さな笑みを浮かべていた。
朔に声がかけられた。
「朔。」
「あ、鼎。」
「何してんの、行くよ。」
「あ、うん。」
鼎の呼びかけに応え、朔は急いで荷物をまとめ終わると、教室を出た。
「あ、片桐! 日向! ちょっと待って!」
朔と鼎の後を、結緒は慌てて追って行った。
朔、鼎、結緒がいなくなった教室で、クラスメイト達が駄弁り始める。
「片桐と日向、コンビ解消したんじゃなかったのか?」
「相変わらず異様に仲良いよなー。」
「まあいいんじゃないのか? 嫌われモン同士気が合うんだろー?」
彼らはいつも通りに遠慮なく話し、笑っている。
「…そういえば中畑、最近あいつらに構ってるよな。」
「疲れそうだよなあ、あんなんと一緒だと。」
「オレだったら絶対むーりー!」
一人のクラスメイトが、考えながら話し出した。
「…オレ、中畑に聞いてみたんだよ。疲れないかって。そしたら…。」
問うてきたクラスメイトに、結緒は笑いながら答えた。
「結構楽しいよ? 食わず嫌いしないで付き合ってみればいいのに。」
「…って。」
結緒が言ったという返事の内容に、クラスメイト達は意味不明という顔をした。
「何だそれ。」
「さあ…。」
一人のクラスメイトはただ首を傾げた。
「そうだ、こないださー。…」
クラスメイト達の話題は、すぐに移り変わって行った。
To Be Continued
メルクリウスは恵の隣で、わずかに視線を落として黙っていたが、意を決したように顔を上げ、恵に声をかけた。
「すまなかった、恵君。」
突然の謝罪に、恵は疑問符を浮かべながらメルクリウスに視線を移す。メルクリウスは真摯な眼差しを恵に向けていた。
「君を騙して、利用したことを謝りたかった。」
メルクリウスの言葉を聞いた恵は、思い出したように悲しい表情になると、メルクリウスに頭を下げた。
「…だったら、僕もごめんなさい。あなたの前で、能力者の皆さんを化け物って言い続けたこと…きっと、メルクリウスさんは怒ったと思うから…。」
「そんな、オレは…。君の方がひどく傷ついて…。」
「そんなことは…。」
恵とメルクリウスが言い合っていると、アトラスが二人の肩を叩いた。二人が顔を上げると、アトラスは白い歯を見せて笑っていた。
「おあいこってことだろ。な?」
「全く…。」
「ありがとうございます、アトラスさん。」
メルクリウスは穏やかに苦笑し、恵はホッとしたような笑みを浮かべた。
恵はふと時計を見る。一時間前、曙光研究所に行ったメンバー達から神舟が壊れたこと、これから帰ることの連絡があったことを思った。
「…アユ達、まだ帰ってこないのかな…。」
「警察に見つからないように帰って来るって言ってたし、少し時間かかるかもな。」
アトラスが聞かせた時、天井からどさりと何かが降ろされるような音がした。
「? 今、物音が…?」
「アユ達かな?」
三人は階段を上がり、カフェスペースに出た。
「アユ?」
「みんな、帰ってきたのか?」
言いながらカフェに明かりをつけた次の瞬間、三人はぎょっとした。
夜明けが近くなった時刻。
曙光研究所に行っていたボストーク、アポロの面々は、ようやく町に戻ってきていた。
「やっと帰って来られた…。」
皆がホッと息をつく中で、瑠璃は暗い表情をして黙っていた。気づいた虎徹は、考えながら言葉をかけた。
「お前のせいじゃない…も違うな、気にすんな…って言ってもオレも無理だし…その…。」
「…ありがとう、ヴェテロク。」
ぎこちない虎徹の気遣いに、瑠璃は小さく笑みを浮かべた。
悠里は何かを思うように、黙って歩を進めていた。朔と鼎は心配する顔を見合わせる。朔は弱い声で、悠里を呼んだ。
「…ユーリィさん。」
悠里は朔と鼎に視線を向けると、少し弱い微笑を浮かべてみせた。
「…大丈夫だ。ライカは無事に逃げたんだ。お互い生きてさえいれば、きっとまた…。」
「…そうですね。」
朔と鼎も、悠里に小さく笑んで見せた。
一同はカフェボストークの前に来た。歩がドアを開ける。
「ただいまー!」
「あ、アユっ!!」
ドアを開けた途端、恵が大急ぎで玄関に駆けて来た。
「メグ! ただいま!!」
「え、えっと、その…!!」
狼狽している恵に虎徹が声をかける。
「どうした?」
「あ、あっちに…!」
恵はカフェの奥を指差した。皆が倣ってカフェスペースの奥を見ると、床に座り込んでいる白いワンピース姿の女性二人と、白いシャツとパンツを身につけ、床に寝ている男性がいた。
女性二人と男性一人は皆そっくりな、中性的な顔立ちをしていた。
女性の一人は泣いており、そばでメルクリウスとアトラスがおろおろとしている。
帰ってきた一同は見慣れない人物達に目を丸くした。虎徹が問う。
「な、誰だあれ?」
「それが…。」
恵も困惑した様子でいると、悠里が歩を進めた。泣いている女性の前に屈むと、そっと声をかけた。
「……ライカか?」
「わ、解るのか。」
そばにいたメルクリウスが驚く。悠里は再度問うた。
「…やはり、ライカなのか?」
泣いていた女性は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「…ユーリィ…。」
悠里は目を見開いて黙っている。女性…ライカは涙で濡れた顔を強張らせた。
「その…僕は…。」
「無事で、よかった。」
「え…?」
悠里の口から出た言葉に、ライカが思わず小首を傾げると、悠里は心底ホッとした笑みを浮かべた。
「生きていてくれて、よかった…!」
「ユーリィ…!」
悠里の言葉を聞き、笑みを見たライカは、また瞳から涙を溢れさせた。悠里は膝をつくとライカに手を伸ばし、強く抱きしめた。
虎徹は新たな驚きにまた目を丸くした。
「どういうこった? ライカさんって実体無い筈じゃ…。」
「…作ってくれたんだ…。」
鼎が小さな声で呟いた言葉に、朔は首を傾げた。
悠里はライカを抱きしめ、その柔らかい身体を感じた途端、急にハッとして腕を離した。顔は真っ赤になっている。
「す、すまない、初対面の相手に、その…。」
「…ふふ。確かに僕達、初対面だね。ずっとネットでは話してたけど…。」
ライカがおかしそうに笑うのを見、悠里もホッとしてまた笑った。
その時、男性の方が目を覚ました。視線の先にいた、寄り添う悠里とライカを見た瞬間、男性の瞳に昏い炎が燃えた。男性はそばにあった椅子を掴むと、悠里に向かって振り上げた。
「離れろおおおおお!!」
椅子が悠里に直撃するかという時、メルクリウスが悠里の前に出た。メルクリウスは悠里の代わりに、椅子の直撃を受けた。
メルクリウスが椅子で殴られたのを目の当たりにした、アトラスの目が見開かれた。
「メルクリウス!!」
「メルクリウスさん!!」
皆は慌ててメルクリウスに駆け寄った。殴られたメルクリウスの額からは血が流れている。
男性はメルクリウスに叫んだ。
「どけ! メルクリウス!! そいつを、ライカ姉さんを奪ったそいつをぶっ殺してやるんだ!!」
「ダメだ…ジェミニ。お前はそんなことをしては…。」
額から血を流しながら、メルクリウスは訴える。男性…ジェミニは更に頭に血を上らせたようだった。
「この…! どこまでオレの足引っ張るつもりなんだお前は!! ホントにお前に目をかけてやったのは間違いだった!! 仕事は遅いはオレの言うこと聞かないはで…。」
メルクリウスに怒鳴るジェミニの頬を、アトラスが思い切り殴った。ジェミニは床に体を叩きつけられる。
アトラスはあらん限りの怒声を上げた。
「いい加減にしろ! このクソ野郎!!」
「どいつもこいつも…! どうしてみんなオレの邪魔ばかりするんだよ!! オレはずっと、姉さん達の為にやってきたのに!!」
身体を起こしたジェミニが頭を振って叫ぶ。そばにいたもう一人の女性が、ジェミニに向かって口を開こうとした時。
「…ライカさんは…お前の姉さんは、自分の道を見つけたんだ。」
額の傷を手当てされながら、メルクリウスは静かな声でジェミニに語りかける。
「たとえ家族であろうとも、みんなそれぞれ進む道を見つける。選んだ道によっては、常に一緒にいられなくなることもあるんだ。それぞれ選んだ道を認め合うのも、家族の務めだとオレは思う。」
ジェミニはメルクリウス、周りの皆をぎっと睨んだ。
「そんな…認められるか!! お前らにオレの気持ちが解るか!! ずっと独りで彷徨って、弾かれて、バカにされたオレの気持ちが解るか!! また家族と一緒にいるために、独りで全部やったオレの気持ちが解るか!! 認めるなんて出来るかあ!!」
「いつまでも勝手な事言ってんじゃねえ!! お前は独りなんかじゃなかっただろうが!! お前こそ解るのか! お前を信じて、心配し続けたメルの気持ちが!! お前は自分を心配してた奴らの気持ちを、自分で捨て続けてただけだろうが!!」
ジェミニとアトラスは、今までの怒りを吐き出すように怒鳴り声をぶつけた。
朔は足を踏み出す。ジェミニの前に進み出て、口を開いた。
「オレにはジェミニさんの気持ち、ちょっとだけ解ります。オレも独りだったから。独りでどうすればいいのか解らなかったから。みんなにバカにされたから。家族と一緒にいられないから。」
朔は落ち着いた様子で、ジェミニに語りかけた。
「すぐには認められないと思うし、認めたく無いと思う。だから、すぐに認めなくていいと思います。でもジェミニさんがライカさんを大切な人と思うのと同じくらいに、ユーリィさんにとってもライカさんは大切な人なんです。ライカさんもユーリィさんを大切な人と思っています。それだけはいつか、解ってください。」
「ガキが何知ったような口を! 解ったつもりの他人にそんなこと言われるのが一番…!」
ジェミニが朔を睨み、食ってかかった時、ジェミニの腕を優しく引いた手があった。
「…ジェミニ。」
呼ばれたジェミニは血走った目で振り返る。次の瞬間、驚きに目を見開いた。
ジェミニの目の前では、曙光研究所で倒れたはずのエンデバーが、ジェミニの腕を握っていた。突然現れたエンデバーの姿に皆も驚く中、ジェミニは震える声でやっと問うた。
「エンデ、バー…どう、して…?」
「もうダメだと思った時…星がたくさんある場所で、誰かに言われたの。『ついでだよ』って。それで、気がついたらここにいたの。」
ジェミニは体を震わせる。目にはどんどん涙が溜まっていった。
エンデバーはジェミニに小さく笑んで見せた。
「よかった。またジェミニの力になれるね。」
ジェミニは涙を流しながら、エンデバーに縋った。エンデバーは泣くジェミニの頭をそっと撫でた。
ジェミニとエンデバーを見ながら、鼎は呟く。
「ついで、か…。にしては、粋なことやるよね。」
「エンデバーさん…。よかったあ…。」
瑠璃は心底安堵したように瞳を潤ませた。
メルクリウスはジェミニを穏やかな表情で見ていた。アトラスはそんなメルクリウスを見、呆れたようにため息を吐くと、苦笑した。
もう一人の女性…三姉弟の長姉ジョウガは、彼らの様子を目に涙を貯めて、笑みを浮かべて見ていた。
夜が明けると、空はいつも通りの明るさを取り戻していた。
歩は空を見上げて、弾んだ声を上げる。
「空が青い!」
「やっといつも通りだね。」
瑠璃はほっと息をつく。虎徹は空を見ながら独り言ちた。
「いつも通り、か…。」
虎徹がカフェの中を見やると、ようやく落ち着いた三姉弟と、悠里とメルクリウスが見えた。
「ところで…これからどうするんだ? 三人共…。」
悠里が問うと、メルクリウスが口を開いた。
「そのことなんだが…行く所が無いのなら、ジェミニはオレの所に来ればいいと思っている。」
「…本当にいいんですか? ジェミニの面倒、見てくださるって…。」
ライカが気遣うように問うと、メルクリウスは穏やかに頷いた。
「いいんだ。今はそれが役目だと思っている。」
「ジェミニ君をよろしく頼む、メルクリウス。」
悠里がメルクリウスに願うと、ジェミニは顔を歪ませて吐き捨てた。
「お前に『ジェミニ君』なんて言われる覚えないし、よろしくされる覚えもない!」
「何言ってるの! 大体君、ユーリィにもメルクリウスさんにも謝ってないでしょ!!」
ライカがジェミニを叱るが、ジェミニはライカを睨んで突っかかった。
「何で謝んないといけないんだよ!!」
「散々迷惑かけたでしょ!」
言い合う二人を諌めるように、悠里はライカの肩に手を置き、ジェミニに聞かせた。
「オレはいいんだ。でもメルクリウスには、ちゃんと謝った方がいい。」
「誰がお前なんかの命令に…痛て! 何…!」
ジェミニが頭に衝撃を感じて振り返ると、目の前でジョウガが睨んでいた。ジョウガは続けてジェミニに拳骨を食らわせる。
「ジョウガ姉様! 痛い痛い! 解った、解ったから!!」
ジョウガが手を止めると、ジェミニはメルクリウスに向き直った。かなり言い辛そうに口を開いた。
「……わ、悪かったよ…ごめん、メルクリウス…。」
「……ぷっ。」
メルクリウスの後ろで、アトラスが吹き出し笑いをした。メルクリウスはきつい声をかけた。
「こら、アトラス。」
「いや、悪い、何か笑えてきて…。」
アトラスは肩を揺らして笑っている。メルクリウスは呆れてため息を吐くと、ジェミニと改めて向かい合い、優しい眼差しを向けた。
「全く…。これからもよろしく。ジェミニ。」
「……うん。」
ジェミニはかなりぎこちなく頷いた。
悠里が今度はライカに問うた。
「ライカはどうするんだ?」
「…ユーリィと一緒に暮らしたら…ダメかな。」
ライカがおずおずと願うと、悠里はまた頬を赤くした。
「うん! ダメダメむぐっ!」
ジェミニは声を上げたが、メルクリウスとアトラスがすぐに口を塞いだ。
悠里は赤い顔で、ギクシャクとライカに話す。
「お、オレはその、嬉しいんだが、年頃の女性と、その…。」
「ダメかな、やっぱり…あんなに迷惑かけちゃったし…。」
「いや、それはいいんだ、でも…。」
落ち込むライカと慌てる悠里を見た瑠璃が、ライカに声をかけた。
「だったら、私のところにちょっとの間でも来ませんか?」
「チェルナのところに?」
「ユーリィさんだって、ライカさんと暮らすってなったら色々準備もいるだろうし、その間だけでも。うちは女所帯だから。」
瑠璃に言われ、ライカが悠里を見ると、顔を真っ赤にして視線を落としていた。
悠里の様子をしばし見て、ライカは瑠璃に頭を下げた。
「…うん、そうだね。しばらくお世話になります。」
メルクリウスの服の端が弱い力で引かれた。メルクリウスが振り向くと、ジョウガは小さなメモ紙を手にしていた。
「? ジョウガさん?」
ジョウガは何も言わずに、メモ紙をメルクリウスに見せた。小さな文字で彼女の意志が書かれていた。
『しばらくジェミニと共に暮らさせてほしい。落ち着いたら、研究所に帰ろうと思う』
「ええ!?」
ジェミニが思わず拒否の意味を含んだ声を上げると、ジョウガはまたジェミニを睨んだ。ジェミニは思わず身を小さくした。
「え、いや、何でもないです。」
「…姉様、研究所に帰ろうと思ってるの?」
ライカが問いかけると、ジョウガは頷いてみせる。ライカは心配そうな面持ちになった。
「でも、あそこは…。」
ジョウガはまたメモ用紙に文字を書き、今度はライカに渡した。
『私にとって、あそこは大切な場所。これから大切にしたい人たちもあそこにいる』
文字を一通り読んだライカはジョウガを見る。ジョウガは穏やかな眼差しでライカを見返していた。
ライカはホッとしたように笑んだ。
「…そうなんだ…。じゃあ、姉様はひとまずジェミニと一緒だね。」
横から嵐と虎徹が声をかけてきた。
「結構、早く決まりましたね。」
「いきなり三人出てくるから、どうなることかと…。」
「…うん。何でまた身体が手に入ったのか、僕達も不思議。」
ライカが小首を傾げる横で、ジョウガはただ微笑んでいた。
日が高く昇った頃、メルクリウスとアトラス、アポロのメンバー達は帰る支度を始めた。
アトラスとメルクリウスは、悠里に改めて感謝を伝えた。
「お前らには本当に世話になったな。」
「何か礼の一つでも、出来ればいいんだが…。」
「そんな、オレは…。」
悠里が首を横に振った時、ライカが悠里の横から話しかけた。
「だったら、今度はここにお茶しにきてください。」
悠里、メルクリウス、アトラスが驚いていると、ライカはにっこり笑んでみせた。
「ちょくちょく来て、皆さんでのんびりしてください。」
ライカの言葉と笑顔を受け、メルクリウスは嬉しそうに目を細めて笑み、礼を言った。
「ありがとう、ライカさん。それでいいなら、喜んでそうさせてもらいます。」
次いでメルクリウスは嵐と燐に視線を移し、声をかけた。
「V、1B、帰ろう。」
「え!?」
嵐は思わず声を上げ、燐は目を大きく開いた。アトラスが呆れたように笑う。
「そんな驚くなよ。一緒に帰ろうって言ってるだけなのに。」
「…その…。」
「…燐達は、帰っていいの…?」
嵐と燐が戸惑っていると、メルクリウスとアトラスははっきりと言った。
「そうだ。帰って来てくれ。」
「お前らがボストークに行ってくれたから、今みんなこうしていられるんだぞ?」
メルクリウスとアトラスは優しく笑っていた。嵐と燐の表情が輝く。二人は大きく頷き、メルクリウスとアトラスの元に急いだ。
「はい、メルクリウス! アトラス!」
「また、よろしくお願いします。」
悠里は嵐と燐に、穏やかな声をかけた。
「また来てくれ、二人共。バイト契約は継続しているから。」
「はい、ユーリィさん!」
嵐と燐は悠里にも頷いて見せた。
「オレ達も帰ろう、メグ!」
「そうだね、アユ。」
「お、おい待て!」
歩と恵が帰ろうとした時、虎徹が慌てて声をかけた。二人が疑問符を浮かべると、虎徹は恵に向かって頭を下げた。
「悪かった、ごめん。ウゴリョーク。」
「…え?」
恵が困惑していると、虎徹は頭を下げたまま話した。
「あの時…オレもひどいこと言った。あの時はユーリィさんに謝っちまったけど、本当はお前に謝らないといけなかったんだよな。」
「そんな、僕は…。…僕こそ、ごめんなさい。ボストークをめちゃくちゃにして、ごめんなさい。」
恵も虎徹に向かい、謝る言葉と共に頭を下げた。
歩が二人の様子を心配そうに見ていると、虎徹は頭を上げ、恵に暖かい声をかけた。
「また来いよな、ここに。プシンカと一緒でも、お前一人でもいいから。」
「はい、また来ます。」
顔を上げた恵は、嬉しそうに笑んでいた。
歩が満面の笑みで恵にくっついた。
「へへー。」
「どうしたの、アユ。」
「何か、嬉しくなった!」
「変だよ、アユ。」
言いつつ恵も、虎徹も笑っていた。
「…なあ。」
声をかけられ、朔が不思議そうに振り向くと、アポロの面々が立っていた。彼らはおずおずと朔に謝った。
「…悪かった。ごめんな…。」
「え、何がですか?」
朔が疑問符をいくつも浮かべていると、アポロの彼らはぎこちなく話した。
「その、オレ達お前のこと、誤解してたっつうか…何度もボコボコにしたりとか…。」
「でも、お前は…。」
「…えっと…オレ、また何か良くないこと、しちゃったんですか?」
朔が済まなそうにアポロの彼らを見ると、彼らは目を丸くした。
鼎は見かねた様子で朔の肩を掴んでぐいと引き、アポロの彼らに言った。
「こいつには、ありがとうって言わないと伝わりませんよ。」
朔は鼎を見て首を傾げる。アポロの彼らは理解した様子で、朔に向き直った。
「ありがとう。」
「オレ達、お前のことボコボコにしたのに、助けてくれてありがとう。」
「え、そんな、その。」
感謝の言葉に朔は戸惑い、鼎を見る。鼎は悪戯っぽい笑みを浮かべ、朔を見返した。朔はアポロの彼らに向き直ると、暖かい笑顔を見せた。
「…助けられたなら、本当に良かったです。」
「そろそろ行こう、みんな。」
メルクリウスから声がかかると、アトラス、嵐、燐、ジェミニ、アポロの面々は挨拶をして歩いて行った。
アポロの面々を見送っていた鼎の服の端が引かれた。鼎が反応して見ると、ジョウガがいた。
「え、ジョウガさん。」
ジョウガは小さな掠れた声で、鼎に伝えた。
「…ありがとう。」
「…どういたしまして。ほら、みんな行っちゃいますよ。」
鼎は穏やかに笑み、声をかける。ジョウガも微笑むと、アポロの面々を追って行った。
アポロのメンバー達、歩と恵が帰った後、朔と鼎も帰り支度を整えた。
「じゃ、オレも帰ります。」
「僕も。じゃあまた。」
朔と鼎に、虎徹と瑠璃は明るい声をかけた。
「気をつけてな、ストレルカ、ベルカ。」
「またね!」
悠里とライカは穏やかに笑っている。
朔と鼎は一礼し、カフェボストークを出た。
自宅に向かって歩きながら、朔はふわふわと呟いた。
「…これで、終わったのかな。」
「終わったような、まだ続いてるような…よく解らないけど。…みんな笑ってたから、いいんじゃないの?」
鼎がいつものつっけんどんな調子で返すと、朔は小さく笑った。
「…そうだな。」
朔の自宅前では、朔の祖父と結緒が待っていた。朔と鼎に気づいた結緒が、明るい声を上げる。
「…あ! 片桐! 日向!」
「ただいまー、中畑。お祖父さん、ただいま帰りました。」
「ただいま中畑。…ただいま。じっちゃん。」
鼎、朔が帰宅の挨拶をすると、朔の祖父は優しい笑みで二人を迎えた。
「おかえり朔、鼎君。」
その日の高校の授業が終わり、朔は荷物をまとめている。顔には小さな笑みを浮かべていた。
朔に声がかけられた。
「朔。」
「あ、鼎。」
「何してんの、行くよ。」
「あ、うん。」
鼎の呼びかけに応え、朔は急いで荷物をまとめ終わると、教室を出た。
「あ、片桐! 日向! ちょっと待って!」
朔と鼎の後を、結緒は慌てて追って行った。
朔、鼎、結緒がいなくなった教室で、クラスメイト達が駄弁り始める。
「片桐と日向、コンビ解消したんじゃなかったのか?」
「相変わらず異様に仲良いよなー。」
「まあいいんじゃないのか? 嫌われモン同士気が合うんだろー?」
彼らはいつも通りに遠慮なく話し、笑っている。
「…そういえば中畑、最近あいつらに構ってるよな。」
「疲れそうだよなあ、あんなんと一緒だと。」
「オレだったら絶対むーりー!」
一人のクラスメイトが、考えながら話し出した。
「…オレ、中畑に聞いてみたんだよ。疲れないかって。そしたら…。」
問うてきたクラスメイトに、結緒は笑いながら答えた。
「結構楽しいよ? 食わず嫌いしないで付き合ってみればいいのに。」
「…って。」
結緒が言ったという返事の内容に、クラスメイト達は意味不明という顔をした。
「何だそれ。」
「さあ…。」
一人のクラスメイトはただ首を傾げた。
「そうだ、こないださー。…」
クラスメイト達の話題は、すぐに移り変わって行った。
To Be Continued