第二十九話 星空を往く舟

 鼎が再び気がつくと、目の前に広がっていたのは星空だった。
「…星空?」
「やあ、こんにちは。待つ人さん。」
 唐突に声をかけられ、鼎は視線を動かす。視線の先ではジョウガが気のいい笑顔でいた。
 鼎は自身の状況を確認しようと、周囲をよく見る。鼎は四方八方どこまでも広がる星空の中で、小舟に乗っていた。
 鼎は目の前にいるジョウガに声をかける。
「ジョウガさん…?」
「僕? いいや。この彼女の姿を借りているだけだよ。僕には君達でいう『姿』はないから。」
 ジョウガの姿をした「彼」のすぐ横では、ジョウガが涙の痕が残る顔で、目を閉じていた。
 ジョウガの姿をしたモノが二人いて、星空の中で舟に乗っている。鼎は混乱し、疑問符を幾つも浮かべた。
「…ここは…? そうだ、赤い稲妻に打たれて、僕は…。じゃあ、ここは天国…?」
「まあ、落ち着きなよ、待つ人さん。ここでは時間はあまり関係ないから。落ち着いて話そう?」
「彼」に苦笑しながら呑気な調子で言われ、鼎はわずか顔をムッとさせた後、深呼吸をして自らを落ち着かせた。
 鼎は「彼」に質問を始めた。
「……ここってどこなんですか?」
「うーん…色々な呼び方で言われるね。多元宇宙って言う人もいるし、世界の果てって言う人もいるし、全ての人の心の根底って言う人もいる。誰でも来られる場所ではあるけど、そうそう簡単に来られる場所でもない。僕にとっては、ただの置かれた場所。」
「彼」が考えながら答える。鼎は眉間にしわを寄せた。
「…訳解らないんですけど。」
「そう?」
「彼」は小さく笑い声を立てた。鼎はまた質問した。
「…僕はジョウガさんに付き合って、神様っていうのに会いに来たんですけど、あなたは神様なんですか?」
「僕は自分のことを神様と思ったことはないな。」
 今度ははっきりと答えた「彼」に、鼎は若干戸惑った。
「違う…?」
「うん。違うと思うよ。」
「彼」が再度頷く。鼎はわずか考えると、問うた。
「…じゃあ神舟の力は、あなたとは関係ないんですか。」
「僕は作ることがちょっと出来るくらいで、彼女の父が作った…神舟? のように、人を書き換えるようなことは出来ないよ。」
「彼」は目を閉じているジョウガを穏やかに見下ろし、静かな声で語った。
「彼女の父…妻を酷いやり方で亡くした一人の人。彼がある一点を悲しみ、痛んで、憎み続けた結果、理性やルールを超越したものが出来た…科学者の彼が、憎しみの魔法を生みだした感じだったね。」
「そんな…そんな言葉で片付けるんですか? 神舟とか、赤い稲妻とか…!」
「ごめんね。僕から見ると、そんな感じだったんだ。」
「彼」の語った言葉に鼎が思わずぶつけると「彼」はすまなそうに苦笑した。「彼」は改めて口を開いた。
「言えることは、僕は神様じゃないと思うってこと。僕はここで、数多ある世界を眺めているだけだから。ずうっと昔に生まれる為の手伝いをした位で、僕は待つ人さんが思っているような、何でも思い通りに出来る神様じゃないよ。」
 鼎はしばし思うように黙ると、また問いかけた。
「…ていうか『待つ人』って何なんですか?」
「僕が勝手に君に付けた呼び名だよ。君はずっと待っていたんだろう? 心を閉ざして日々生きていた君を、何のしがらみも関係なく、好きになってくれる人を。…待ち人を。」
「彼」の答えに、鼎は眉間にしわを寄せてから、別の話を切り出した。
「…話を変えます。ジョウガさんは世界を壊して欲しいみたいです。」
「どの世界を?」
「どの世界って、僕達が生きている世界…。」
「彼」に問い返され、鼎が戸惑っていると「彼」は小首を傾げた。
「待つ人さん達のどの世界? …ああ、そうか。待つ人さんは世界をフィールドで見ているのかな?」
「フィールド…?」
「地図か、あるいは土地か。…僕から見た世界はね、土地や地図じゃないんだ。世界は無数に存在している。君の周囲にも無数に存在しているんだ。例えば生きているモノは、皆それぞれの世界を持ってる。その最たるものは人間じゃないかな。単純で、複雑で、一人一人で違う世界を持ってる。実際は生きているモノよりはるかに多く、世界は存在してる。」
「彼」は説明をすると、下の星空に意識をやった。
「ここはその数多の世界が垣間見える場所。世界が生まれて、育って、老いて、死んでいくのが垣間見える場所。」
「彼」に倣い、鼎も小舟の下にある星空を見た。
 すると、小さな星の光の中に見えたものがあった。

「どうして友達と仲良く出来ないの!」
「だってあいつら…!」

 鼎が能力を植え付けられたばかりの頃、毎日のように泣き叫んでいた母親の姿だった。
 鼎はぽつりと呟いた。
「僕の世界、か…。」
「そうだね。」
「彼」は頷くとまたジョウガを見下ろし、ゆっくりと語り始めた。
「彼女が壊したいと願っている、彼女の母を奪った世界…。彼女の場合は自分達を傷つけた悪意がのうのうと生き続けているフィールドなのかな。または沢山寄り集まった悪意自体か…。」
「彼」は顔を上げ、また鼎を見た。落ち着いた声で話をした。
「申し訳ないけど、僕には世界を壊す力はないし、彼女が願う通りに世界が壊れたとしても、世界はどんな形であろうと続き、また彼女のような悲しい世界が現れることもあるだろうね。」
「世界は壊れても続く…?」
 鼎が疑問符を浮かべると「彼」はこくりと頷いた。
「そうだね。どんな形になってしまっても、続いていくものだよ。」
「…じゃあ、何で僕達はここに来たんですか? あんたは世界を壊せないんだろ? ジョウガさんは世界を壊してくれる奴に会うことを望んだのに。」
 鼎が若干苛立ちを見せると「彼」は少し考えるように黙ってから、話した。
「それは彼女自身で世界のことを、本当は解っていたか、あるいは…彼女は希望を捨てきれなかったのかもしれない。」
「希望?」
「そう。壊したいと願った世界に対する希望。」
「彼」が頷いてみせると、鼎はまた小さな声で発した。
「…彼女は本気で願ってると思ってた。」
「君が彼女に付き合ったことに、彼女は希望を見出したんじゃないかな。」
「…全然解らないんだけど。」
 鼎が意味不明、という意思を乗せた声で言うと「彼」はまた小さく笑った。
「そう? 母を失い、人間であることを捨て、父も失い、妹や弟を傷つけられ、心無い人間に利用され…それでも家族を思い、世界が壊れることを願った彼女に希望を持たせたことは、すごいことだと思うよ。」
「彼」は居住まいを正すと、ゆっくりと話し始めた。
「…世界にはね、色んな形があるんだ。生まれてくる世界。死んでいく世界。もう存在しない世界。…そしてまた、新しく生まれてくる世界。そうやって、みんなは続いて来ているんだよ。」
「早い話が、世界はどうやっても壊れないってこと?」
 鼎が問うと「彼」は頷いた。
「そうだね。」
「どうなっても足掻いて生きろってこと?」
 鼎が問うと「彼」は静かに答えた。
「そうかもしれない。」
 鼎は「彼」の答えを胸の内で反芻するように黙った。
 やがて顔を上げ「彼」を見た鼎は、痛む表情をしていた。
「…辛いだろ、そんなの。」
「…そうかな。…僕は正直なところ、彼女の父が生み出した憎しみの魔法、神舟が…待つ人さん達の世界でいうと五年前かな? ああなってしまった時に、君達の世界はもうダメだと思ったんだ。全部、死んでしまうと思った。でも現に君達は生きていて、今みんなで、憎しみの魔法に抗おうとしている。」
 鼎は目を丸くして「彼」の話を聞く。「彼」は鼎を見ると、穏やかに苦笑した。
「僕が君達の思う神様だったら、僕がダメだと思った時点で全部終わりじゃないか。これは僕が神様じゃない証拠でもあるし、どうやっても、どんな形になっても、世界は続いて行くという証拠でもあるね。」
「…本当に僕達、何であんたのところに来たんだか…。」
 鼎が脱力したようにため息を吐くと「彼」は小さく笑い声を立てた。
「…話が過ぎたね。君はそろそろ帰らないといけないと思うよ。君が倒れて、悲しんでいる世界がある。」
「彼」がまた、小さな星の光に視線をやる。鼎も共に、その世界を見た。

 曙光研究所では神舟が完全に暴走し、混乱を極めていた。
 悠里は轟音と共に赤い光を落とし続ける神舟を前に、辛く顔を歪ませ、立ち尽くしていた。
 燐は部屋の隅で頭を押さえて震え、嵐は燐を庇うように抱きしめている。
 瑠璃は虎徹の壁に守られていたが、不意に走り出した。
「チェルナ!」
 虎徹が慌てる中、瑠璃は血溜まりの中に倒れているエンデバーに駆け寄り、叫んだ。
「しっかりして、エンデバーさん!! 死んじゃダメ!!」
 必死に叫ぶ瑠璃を襲った赤い光が、虎徹の壁に弾かれた。
「ヴェテロク!」
「ったく無茶しやがって!」
 虎徹が瑠璃に叫んだ時、背後から声がした。
「こ、こっちに!」
 二人が振り返ると、小さなドアから続く部屋の中に、傷だらけの守衛二人がいた。
「あの時の守衛さん!?」
「こっちに避難を!」
 初老の守衛に呼ばれ、虎徹がわずかホッとした顔をする。
「ありがとうございます! V! 1Bも!」
「わ、解った! 燐、立てるか!?」
「う…!」
 嵐と燐も立ち上がり、虎徹達のそばに走った。
 小さなドアの部屋に避難しようとした時、燐が声を上げた。
「ま、待って! …ストレルカが!!」
 神舟をコントロールするキーボードのそばには、朔と長征、倒れている鼎がいた。
 朔は泣きながら鼎に縋り、叫んでいた。
「鼎!! 起きて、起きてくれ!! 鼎!!」

 星の光から見えた光景に、鼎は思わず声を上げた。
「朔…! 馬鹿野郎! 僕はもうダメなんだから、早く逃げ…!」
「君は生きているよ。」
「彼」にはっきりと言われ、鼎は目を点にした。
「え? でも僕は、赤い稲妻に…。」
「君のすぐそばに落ちたんだよ。君に直撃はしなかった。」
「彼」が指をさす。倒れている鼎のすぐそばの床に、焼け焦げた跡がある。稲妻が落ちた跡だった。
「あ…。」
「偶然か、必然か、あるいは何かの強い意志のためか…解らないけどね。」
 鼎は星の光を見ながら、小さくため息を吐いた。
「…全く…。早く帰ってやらないといけないみたいですね。」
「そうだね。」
 鼎は顔を上げると「彼」に礼を言った。
「話ありがとう。よく解らなかったけど。」
「解らなくていいんだよ。今の君に大切なのは、待ち望んで現れた彼を、大切に思う世界だ。」
「彼」がかけた言葉に、鼎はわずかに眼差しを緩ませた。
 不意に「彼」は思いついたように話した。
「…あ、そうだ。僕は書き換えることは出来ないけど、作ることは出来る。何か作って欲しいものはある?」
「…何でも作れるの?」
 鼎が問うと、彼は頷いた。
「まあね。」
「いい訳? そんなの…。」
 鼎が問うと、彼は苦笑しつつ答えた。
「たまにはね。」
「…それじゃあ…。」
 鼎は「作って欲しいもの」を「彼」に伝える。聞いた「彼」は穏やかに頷いた。
「うん、解った。作ってあげるよ。」
「ありがとうございます。」
 鼎が再び礼を言うと「彼」はまた、口を開いた。
「何で君はここに来たのか…僕が会ってみたかったっていうのも、あるかもしれないね。」
「え?」
 鼎が気付いた時には「彼」の声はもう遠くなりつつあった。
「さようなら、待つ人さん。いや…君もまた、待ち人だね。」

「鼎…!」
 鼎が目を開けると、そこは曙光研究所だった。
 そして、涙でぐしゃぐしゃになった顔をした朔が、見下ろしていた。
 鼎は呆れたように笑んだ。
「何泣いてんだよ、馬鹿。」
「だって、かなえ、鼎が、いなくなったら、オレは、また…っ。」
 鼎はしゃくり上げる朔に黙って手を伸ばし、頭をそっと撫でた。
「ベルカ!」
「大丈夫だったのか!?」
 虎徹達が駆け寄ってきた。鼎は寝たまま頷いた。
「はい。…朔、起きるの手伝って。」
「あ、うんっ。」
 朔は慌てて涙を拭い、鼎に手を差し伸べた。朔に助け起こされると、鼎は再びキーボードに向かい、最後のキーを打った。ガタガタと震えていた神舟の動きが止まり、赤い光も消えた。
 立ち尽くしていた悠里の表情から、わずかに力が抜ける。
 長征がディスプレイを見ながら皆に伝えた。
「ジョウガさんの反応が消えています。これで残りの二人も自我を取り戻し、神舟は動かなくなります。」
「よかったあ…。」
 皆は表情を緩ませ、胸を撫で下ろした。
「そうだ、ジョウガさんから言われてたんだった。」
 不意に鼎が発した台詞に皆が疑問符を浮かべると、鼎は続けて話した。
「神舟が止まって、姉弟三人逃げられたら、神舟の装置破壊してほしいって。」
「ジョウガさんに言われた…って?」
 皆が疑問符をいくつも浮かべていた時、何かが割れる音と、ドアにロックがかかる音が響いた。皆が振り向くと、防犯装置を作動させた天宮が血走った目で皆を睨んでいた。
「よくも…神舟を! 私の力を!!」
「天宮副所長…!」
「こうなったら…貴様ら全員潰してやる!!」
 天宮は神舟の下から、コードをいくつも引っ張り出す。それを繋ぎ合わせると、神舟のあちこちから火花が吹き出した。
「これで私も終わりだが、貴様らもおしまいだ!! あはははは! あははははは!!」
 狂ったように思い切り高笑いする天宮を、長征は渾身の力を込め、殴りつけた。
 天宮が床に叩きつけられ、気絶する。長征は今まで溜まっていたものをぶつけるように叫んだ。
「くそったれ!!」
 神舟は火花や煙を吹き出し、所々で小さな爆発を起こし始めた。
「早く逃げないと…!」
「おい、ドア開かないぞ!!」
「ったくよお!!」
 ロックされたドアの前で虎徹が叫んだ時、壁の向こうから強い力で打ち付けるような音がした。皆が思わず下がると、そばの壁がみるみる変形していき、やがて破壊された。
「大丈夫ですか!! 皆さん!!」
 壁に開いた穴から、歩とアポロのメンバー達が現れ、瑠璃は明るい声を上げた。
「プシンカ! アポロの皆さん!」
「早く来い! あちこちで警報鳴ってる! 警察が来る前に引き上げた方がいい!!」
 アポロの一人が皆に叫ぶ。虎徹はアポロのメンバー達に礼を言い、皆を見る。
「ありがとう! みんな、逃げるぞ!」
「あんたらも、ほら!」
 嵐は守衛達に声をかけ、燐と共に傷だらけの体を助け起こした。
 虎徹、瑠璃、燐、嵐は壁の穴から出た。守衛達は部屋の外に出ると、足を止めた。
「我々は状況説明のため、ここに残った方がいいでしょう。」
「大丈夫です。あなた方のことは決して口外しません。」
 初老の守衛、若い守衛が言うと、虎徹達は戸惑いながらも頷いた。
「…ありがとう。ばいばい。」
 燐が礼を言い、手を振ると守衛達は優しく笑んだ。
 瑠璃は一瞬振り返り、血溜まりの中に倒れているエンデバーに視線を向けた。痛む表情で見た後、虎徹、嵐、燐と共に走って行った。
 次いで悠里、朔、鼎、長征が逃げようとした時、鼎が気づいた。
「待って! ライカがまだ逃げてない!! まだ神舟の中にいる!!」
「え!?」
 鼎の青く光る瞳の先では、ライカが神舟の中で閉じこもるように震えていた。
 悠里は神舟に向かって叫んだ。
「ライカ! 逃げろ!! もう逃げられるんだろう!?」
『…ザザ…僕は…みんなを…ザッ…ユーリィをこんなに傷つけた、僕は…!』
 所内のスピーカーから、ノイズに混じってライカの震える声が聞こえてきた。
『…許して…お父様を…僕達を許して…ごめんなさい…!』
 ライカが涙声で、消え入るように謝った時。
「許さない!!」
 悠里が声を荒げ、思い切り叫んだ。
「許さない! 許さないぞ!! 生きていろ!! まだダメだ!! 傷つけても、許されなくても、生きていろ!!」
 聞いたことのない程大きな悠里の叫び声に、朔と鼎が驚いていると、悠里は更に声を上げた。
「書き換えられて、人生狂った奴らを、手を広げて迎えてやろう! オレ達があの場所で歓迎しなければどうするんだ!!」
 鼎の瞳に、ライカが泣きながら顔を上げたのが見えた。
 悠里はライカに声をかけた。
「一緒に生きよう、ライカ。」
『…ユーリィ…。』
 悠里を呼ぶ小さな声が聞こえた後、スピーカーからは何も聞こえなくなった。鼎が悠里に伝える。
「ライカも逃げたみたいです。もう神舟の中にはいません!」
「…よし、行こう!」
 悠里、朔、鼎、長征は壁の穴から出て、走る。
 まもなく四人の背後に、大きな爆発音がぶつかってきた。

To Be Continued
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