第二十八話 再突入

 ジョウガはただ、見下ろしている。
 神舟の中で意識を縛られながら、やっとの思いでただ、見下ろしていた。
 見下ろしている先には、ジョウガとその妹弟を縛っている当人、天宮がいた。
 天宮は口を開いた。
「神舟…やっと私の手に戻って来た…。」
 ジョウガは天宮の声を聞きながら思う。

 …ああ、戻って来てしまったな。私の妹と弟は…。

「神舟…神の視点から、世界を思い通りにできる演算装置。これさえあれば、私は世界の科学者の中の科学者…偉大な人類の母として君臨することも夢じゃなくなる…!」
 天宮は神舟を見上げている。欲望にギラつく眼差しを向け、にたりと下卑た笑みを浮かべていた。
「…星海博士。あなたが遺したこの演算装置…。私が有効に使って差し上げましょう。」
 見上げる天宮を見下ろしながら、ジョウガは冷めた思いでいた。

 …神の視点から…世界を思い通りにできる装置…どんな願いも叶う機械…?
 …ふざけた話だ。

 ジョウガは視線を逸らし、苦痛の中ただ見下げることを止めた。

 夕暮れ時。
 曙光研究所から程近い山道を進む集団がいた。
「見えた。あれが曙光研究所です。」
 集団の一人、虎徹は少し先にある建物を指差した。隣で悠里は虎徹の指先にある、白い大きな建物に視線を向けた。
 後ろにいた朔は、横にいる嵐に問うた。
「…どんな感じになってる?」
「…守衛はいない…でもゲートは閉じてる…。」
「やっぱり、今度はそう簡単には入れないか…。」
 小さな双眼鏡を手に、建物の入り口を伺っていた嵐が答えると、虎徹は小さく息を吐き、感想を述べた。
 悠里は考えながら問う。
「…作戦開始まで、後どれ位だ?」
「午後六時だから…後一時間です。」
 瑠璃が時計を見ながら答えた。
 悠里は共に来た朔、鼎、虎徹、瑠璃、嵐、燐の顔を見、聞かせた。
「よし、みんなしばらくこの場所で休憩しよう。あまり動き回らないほうがいい。作戦一〇分前になったら、研究所の前まで移動しよう。」
「はい。」
 六人は強く頷いた。

 カフェボストークの地下にある部屋では、メルクリウスが恵と共にパソコンに向かっていた。
 開いていたドアから、アポロのメンバー達が顔を出す。
「じゃあメルクリウス、オレ達これから出発するから!」
 メルクリウスは顔を上げ、頷いて見せた。
「ああ、先に行った彼らのことを頼む。」
「解った! じゃあ、メルクリウス達も頑張れよ!」
「おう。」
 アトラスが応える。
 アポロのメンバー達の中に歩も混ざっていた。歩も恵に声をかける。
「じゃあメグ、行って来るよ! 頑張れ!」
「うん、アユも気をつけて。」
 恵が送り出す言葉をかけると、アポロのメンバー達と歩は笑み、出発して行った。
 歩とアポロのメンバー達を見送ると、メルクリウスは恵に声をかけた。
「…どうだ、恵君。」
「…あとはプログラムに不備さえなければ、いけると思います。」
 キーボードを叩きながら恵が答える。メルクリウスはノートパソコンのディスプレイを見た。
「まだ一時間ある。オレがチェックをしてみよう。」
「お願いします。」
 恵が手を止め、椅子から立ち上がる。空いた椅子に今度はメルクリウスが座り、恵のパソコンに向かい合った。

 午後六時まで、後一〇分となった。
 山中で息を潜めていた悠里が、皆を見回す。
「…あと一〇分で一時間だ。行こう。」
「はい。」
 一同は移動を始めた。
 宵闇の中で、曙光研究所の門前は静まり返り、葉擦れの音以外は何も聞こえなかった。
 瑠璃が不安げに口を開く。
「…すごく、静かだね…。明かりが点いてること以外、中の様子全然解らないよ…。」
「多分、ここで何が起ころうとも、誰も解らないんだろうな…。」
 嵐がため息のように呟く。隣にいた燐は、嵐を見上げて服の裾を握った。
 研究所を睨むように見た後、悠里は皆に向き直った。
「…ここから先は、何があるか解らない。みんな、気をつけて行こう。」
 皆は顔を見合わせ、頷き合った。

 カフェボストークでは、メルクリウスと恵が作戦を開始しようとしていた。
「あと五分だ。」
「曙光研究所のネットワークに繋ぎます。」
 恵は作ったプログラムを、午後六時に曙光研究所に送り込むべく、パソコンをネットワークに繋いだ。
 メルクリウスが緊張した面持ちで問う。
「…どうだ?」
「今のところは何の妨害もありません…不気味な位…。!?」
 ディスプレイを注視していた恵が息を呑んだ。
「どうした?」
「何か送り込まれてる! 迎撃されてるんだ! このままじゃ向こうの防壁を破る前にこっちが…!」
 メルクリウスは慌てる恵のパソコンのキーボードに触れ、打ち込み始めた。
「メルクリウスさん!」
「…何とかして先に向こうの防壁を破り、こちらのプログラムを発動させる! 三分と持たないかもしれないが、ボストークの皆はもう向こうにいるはずだ。発動させないわけには行かない!」
 必死の形相でキーボードを叩くメルクリウスを見、恵は強く頷いた。
「はい!!」
 メルクリウスは控えていたアトラスに言った。
「アトラス、連絡が取れればでいい。ボストークの彼らに伝えてくれ! 突入までのタイムリミットは三分だ!!」
「解った!!」
 アトラスは急いでスマートフォンを手に取った。

「三分で!? ああ、解った!」
 携帯電話にかかってきた通話に嵐が答えると、燐が首を傾げ、嵐を見た。
「嵐?」
「三分で神舟のある部屋に突入しろって。」
 通話を切りながら嵐が皆に伝えると、虎徹は考えながら研究所を睨んだ。
「三分か…。間に合うかな…とにかく走るしかないな。」

 通話を切ったアトラスが問う。
「今どうなってる?」
 メルクリウスはパソコンのキーボードを叩き続けている。
「…よし、向こうの防壁を突破した! 時計は?」
「あと五秒! …三、二、一!」
 アトラスが数える中、恵は震える手を握りしめ、声を上げた。
「…お願い、行けえーっ!!」

 曙光研究所前。
 悠里が腕時計を見る。
「作戦開始の時間になった。」
 曙光研究所の前は、変わらずに静まり返っている。
「…何も起こらない…。」
 突然ゲートがガラガラと音を立て、勝手に開く。皆の表情がパッと輝いた。
「やった、成功した!」
「行こう!」
 皆はゲート内に飛び込み、研究所に向かって走り出した。

「施設内のコントロールを掌握した!」
 恵が表情を輝かせる。
 メルクリウスがキーボードを叩きながら言った。
「…こちらにウイルスの類が送られて来ている。おそらくはこちらを行動不能にするタイプだ。下手をすると君のパソコンが…!」
「壊れてもいいです! 何とか三分、施設中の扉が開いた状態を持たせてください!!」
 恵がはっきりと返すと、メルクリウスは一瞬目を見開いた後、強く頷いた。
「…解った!」

 曙光研究所内部。
 神舟のある部屋でディスプレイに向かっていた天宮は、ひっきりなしに聞こえて来る音に苛立っていた。
「しかし…ええい、うるさい小娘!!」
 すぐそばの小さなドアから、体当たりする音が幾度となく聞こえていた。ドアの向こうからは、理性を失った唸り声も聞こえて来る。
「ぐるっ…があぁっ!!」
「何とかならんのか…殺そうとすれば神舟の動きがおかしくなるから、そのままにしているが…。」
 天宮がまたディスプレイに向かうと、部屋に長征が入ってきた。
「天宮副所長。」
「何だ!!」
「施設を管理するコンピューターに、何者かが侵入を図っています。」
「貴様で何とかしておけ、長征! 私は再実験の準備で忙しい!!」
 天宮が怒鳴ると、長征はわずか間を置いた後、答えた。
「…解りました。」
 長征が部屋を出て行くと、天宮は苛立ちを隠さずに吐き出した。
「全く…どいつもこいつも…。」

 小さなドアの向こうにある部屋の中では、研究所の守衛二人が座り込んでいた。
「う…。」
 守衛達は体のあちこちに傷を負っていた。ぐったりしている若い守衛の横で、初老の守衛は痛みに苛まれながら顔を上げる。
 初老の守衛の視線の先には、唸り声をあげながらドアに体当たりし続けるエンデバーがいた。
「…そうか…君も…。」
 エンデバーを見ながら初老の守衛が呟いた時、不意にドアが開いた。エンデバーは外に飛び出す。
 直後、天宮の悲鳴が聞こえて来た。
「!? うわああああ!!」
「! 天宮さん…!」
 立ち上がろうとした初老の守衛は、痛みに顔を歪ませた。

 朔達が研究所内に入ると、施設内のドアは全て開いていた。皆は神舟のある部屋に向かい、走り出した。
「すげえ、どのドアも開いてる!」
「成功したんだね、ウゴリョーク達!」
「早くした方がいい。」
 不意に前方から声がし、皆は立ち止まる。
 前方には長征が立っていた。虎徹が長征を睨む。
「お前は研究所の…!」
「ライカさん達を助けに来たんでしょう? ここのネットワークには、侵入したモノを迎撃するシステムが備わっています。急いだ方がいい。こちらです。」
 長征は冷静に話すと、神舟のある部屋に向かい走り出す。皆は慌てて追うように走り出した。
「い、言われなくても急ぐけど…!」
「何で、私達を助けるようなこと…。」
 虎徹と瑠璃が長征に戸惑いを向けると、長征は走りながら言った。
「…虚しいんですよ。」
 皆が疑問符を浮かべると、長征は話し出した。
「星海博士の狂気が作り出した産物…神舟の力は、人間の手では到底制御できない化け物だ。大体があの神と言われている力は、人間三人を犠牲にしている上に、コントロール出来ない力は、沢山の不幸しか産まなかった。土台無理なんですよ。人が人をどうにかする力を得るなんてことは。」
「…つまり、人間は神様になれないってことに、あんたは気づいてたってこと?」
 鼎が問うと、長征はそれには答えず、また口を開いた。
「…それにもう、犠牲にしたくないんですよ。あの三人を。…ここです。」
 長征はわずかの間立ち止まる。神舟がある部屋の前だった。朔達が追いつき、全員で中に突入すると、ドアが閉まった。
 悠里は目の前にそびえる黒い塔…神舟に目を見開いた。
「これが、神舟…。」
「ぐ、あ…! な、ながゆ、き…!」
 苦しげな声が聞こえ、皆が振り向いた先にはエンデバーが立っていた。エンデバーの足元では、天宮が虫の息になっていた。
 エンデバーは朔達に気づくと、爛々と光る目で朔達を睨めつけた。
「ぐるああぁああ!!」
 エンデバーは朔達に襲いかかってきた。
 虎徹は皆の前に出ると、能力で壁を作った。エンデバーの体が壁にぶつかり、弾かれる。エンデバーはなおも向かう。燐が炎の渦を巻き起こし、エンデバーの動きを封じた。
 瑠璃、燐、嵐は虎徹のすぐ後ろに走る。瑠璃が悠里に叫んだ。
「ここは私達に任せてください! ユーリィさんはライカさんを助けて!!」
「! ありがとう!」
 悠里は頷くと朔、鼎と共に倒れている天宮の側に走った。悠里は天宮の胸倉を掴み、声を荒げた。
「おい! 神舟からライカを解放しろ!!」
「くっ…誰が! 神舟が完成さえすれば、世界中のあらゆる問題が解決するんだぞ! あの姉弟三人の犠牲でそうなるなら、安いものだろう!」
 ボロボロになりながらもにたりと笑んだ天宮を悠里が睨みつけた時、後ろから長征が発言した。
「ジョウガさんから解放を試みるといいかもしれません。」
「長征、何を…!」
 天宮が驚くのに構わず、長征は説明する。
「我々はジョウガさんの意識を、完全に神舟に同化させられていません。ジョウガさんには元々、能力を封じるために拘束の役目をするプログラムが使われていました。それのせいです。誰か一人でも解放すれば、神舟は不完全です。ライカさん、ジェミニさんの自我を取り戻させ、解放することも出来るかもしれません。」
「き、貴様ぁ!」
 天宮が悲鳴に近い声を上げた。
 鼎は神舟に視線を向ける。
「僕が見てみるよ。」
 鼎の瞳が青く光る。鼎はわずかの間、神舟をじっと見てから、神舟をコントロールするためのキーボードに向かい、キーを押し始めた。

 燐の炎の壁をエンデバーが突き破る。
 さらにエンデバーは能力を使い、虎徹、瑠璃、燐、嵐の体を弾き飛ばした。
「このっ…バケモンが!」
 床に叩きつけられた嵐が悪態を吐く。
 虎徹達に敵意を向け続けるエンデバーは、唸り声を上げながら強く踏み出し、襲い掛かった。
 瑠璃はエンデバーに叫んだ。
「お願い、気がついて! ジェミニさんだって、きっとこんなこと望んでないよ!!」
「ぐるぅ…あ…!」
 向かって来ていたエンデバーの動きが止まる。
 途端、エンデバーの身体中の肉が裂け、血が吹き出し、その場に崩れた。
「じぇ…み…。」
 絞り出すような声を上げ、エンデバーは動かなくなった。
「なっ…!」
「あぁ…!!」
 虎徹は戦慄し、瑠璃は泣きそうな声を上げた。嵐と燐は目を見開き、体を震わせてその光景を見た。

 ぎぃいいいいいぃぁあああぁあああ

 突然、神舟が激しく音を立てた。泣き叫ぶ声のような音だった。神舟はガタガタともがくように揺れ、勝手に演算を開始した。
「な、何だ!?」
 天宮が混乱する中、また神舟から赤い光が発せられた。
「みんな! あれから離れろ!!」
 虎徹が叫ぶ。瑠璃、燐、嵐は急いで神舟から距離をとった。
 鼎は集中している様子でキーボードを叩き続けていた。朔は鼎を側で見守っている。
 赤い光が稲妻となり、放たれる。その先には朔がいた。
 朔が気付いた時には、鼎が眼前に出て、赤い光を真正面から受けていた。

 気がつくと、鼎は真っ白な中にいた。上も下も解らない場所で、鼎は呟く。
「…これは…助からなかったかも…。」
「私は…。」
 聞こえた声に鼎が意識を向けると、そこには琥珀色の翼を負った、ライカに似た女性がいた。
「私は…お父様の願い、私の願い、妹弟達の願いのために、人では無くなった…。」
「…ジョウガさん、か…。」
 鼎がまた呟く。ジョウガは弱い声で発する。
「だが、そこまでしても…世界は終わらない…。お母様を奪った世界は、変わらない…。」
 鼎は黙ってジョウガの言葉を聞く。ジョウガは掠れたか細い声で、絞り出すように言葉を紡いだ。
「この世界に神と呼ばれるものがあるのなら…私は…。こんな世界、壊して欲しいのに…。」
「…それが、あなたの願いなんですか?」
 鼎の問いにジョウガは答えなかったが、泣いているように鼎には思えた。
 鼎はジョウガに声をかけた。
「…僕はここで終わりみたいだし、あなたが一人で頼みに行くのが怖いなら、付き合いますよ?」
 一瞬、息を呑む音がした。少しの間の後、小さな声が聞こえた。
「…神へ向かう道を…ここに…。」
 鼎の視界が完全に白くなり、何も見えなくなった。

To Be Continued
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