第二十二話 暗闇の記憶
カフェボストークに運ばれたアポロのメンバー達は、皆一様に視線を落として黙っている。
瑠璃が一人の腕に包帯を巻き終わった。
「これで少し我慢してください。後でユーリィさん来ますから…。」
何も言葉を返さない一人を瑠璃が心配そうに見ていると、虎徹が声をかけてきた。
「そっち終わったか、チェルナ。」
「うん。全員手当て終わったかな。」
瑠璃が虎徹に頷いてみせた時、側から声が発せられた。
「…あ…。」
「どうしました?」
ぎこちない声を出したアポロの一人に瑠璃が声をかけると、一人は遠慮がちに問うた。
「…その…メルクリウスは…。」
「今はユーリィさんに怪我治してもらってる。」
虎徹が答えると、一人はまた肩を落とした。
「…そうか…。」
「じゃあオレは、あっちの方見てくる。」
虎徹が見やった方向を見、瑠璃は理解したように気遣う表情を見せた。
「…うん。」
「ま、待ってくれ!」
声をかけられた虎徹と瑠璃が振り向くと、アポロのメンバー達が二人を見、懸命に言葉にした。
「…すまなかった。」
「…そう思うんだったら、あんたらもオレ達の仲間助けるのに力貸してくれ。」
虎徹が返した言葉にアポロの面々は驚き、目を丸くした。
虎徹は彼らに背を向け、ドアを開けた。
「行ってくる。」
カフェから出ると、虎徹はドアの前でうずくまっている歩に声をかけた。
「プシンカ。」
「…どうしてですか? どうしてあいつらを助けたんですか?」
歩はうずくまったまま疑念を口にすると、ばっと顔を上げてまくし立てた。
「あいつらはボストークをめちゃくちゃにしたんですよ!? ベルカさん攫って行って、ライカさんもどうなったか解らないし、それにメグも…!!」
「…ウゴリョークは、今どうしてる?」
虎徹が冷静に問うと、歩はわずかに俯いた。
「…あれ以来、部屋から出てこないんです。何度呼んでも、返事してくれないんです。…どうしてあいつらを助けたんですか!?」
虎徹は少し思うように黙ってから、話し始めた。
「…オレだって、あいつらは許せない。あいつらのしたことは簡単には許せない。」
「だったら…!!」
「でもお前にも、これ位は解るだろ。ウゴリョークがああいう行動に出た理由は、オレ達にあるって。」
虎徹の言葉に、歩は固まったように動きを止めた。ひゅうと息を呑んだ音が聞こえた。
虎徹は感情を抑えるように、ゆっくりと言葉を歩に伝えた。
「あいつは確かに、あいつの生きる理由を奪ったオレ達にムカついたんだろ。オレ達と楽しくしてるお前にもムカついたんだろ。…苦しんだんだろう。あいつは多分、その気持ちを利用されたんだろ。」
「…でも…。」
「利用されたこっちは堪ったもんじゃないけどな。でもこうなった原因は、オレ達自身にもあるかもしれないと思う。」
歩が俯いて黙ると、虎徹は思い出しながら話を続けた。
「…前にユーリィさんが言ってた。『普通がみんな同じな訳じゃない』。ストレルカはオレ達に割と自然に対応してくれたけど、ウゴリョークはそう出来なかったのかもしれない。…能力者と能力者じゃない奴のこと、オレはもっとちゃんと考えなきゃいけなかったのかもな。」
「…オレ、どうすればいいのか解らなくて…。メグは一言も口聞いてくれないし、姿も見せてくれなくて…。オレ、どうしたら…。」
歩が涙交じりの震える声を出すと、虎徹は歩に真っ直ぐ言葉を向けた。
「オレだってどうすりゃいいか解らねえけど…今は能力者同士で争ってる場合じゃねえんだ。この機を逃したら、ベルカもライカさんも戻って来なくなる。…ユーリィさんを手伝ってやってくれ。頼む。」
「……はい。」
虎徹が頭を下げたのを見、歩は涙を拭うと、ゆっくりと頷いた。
ボストークの二階の廊下で、嵐がドアの向こうの様子を伺っている。
「…メルクリウスとユーリィさん、大丈夫かな…。」
「…アトラス。」
そばにいた燐が不安げに呼ぶと、同じくそばにいたアトラスが聞かせた。
「…今はお互い、腹割って話させるしかないだろ。…ボストークのリーダーなら、メルの心を開いてくれそうな気がする。」
朔は少し離れた位置から、黙って三人のやり取りを聞いていた。
「お前、は…。」
二階の部屋、布団の上で震える声を発したメルクリウスに、悠里は落ち着いた声で話し出した。
「こうして話をするのは初めてだな。初めまして。オレは北見悠里。ユーリィと呼ばれている。ここ…カフェボストークの店主だ。お前は…アポロのメルクリウスだな。」
メルクリウスは唇を噛んで俯いた。悠里は続けて話した。
「怪我をしていたお前の仲間達は下の階にいる。オレの仲間達が手当てをしている。」
「…そう、か…。」
メルクリウスが俯いたまま、小さな声で返す。悠里はそれを聞き、さらに話を続けた。
「お前の友人のアトラスが言っていた。お前はジェミニの言いなりになっている。ジェミニからお前を助けたいと。」
メルクリウスはハッとして顔を上げた。震える声を絞り出す。
「…ジェミニ、は…。」
「…解らない。話によると、一部のアポロの彼らがジェミニの命令に従い、オレ達の仲間を攫って姿を消したらしい。」
悠里が首を横に振ると、メルクリウスはまた黙って俯いた。
悠里はしばらく考えを整理するように沈黙してから、またゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「…オレは能力者達が何とか手を取り合えないかと思い、ここを…カフェボストークを作った。その前はただの引きこもりだった。」
メルクリウスは黙っている。悠里は構わずに話を続けた。
「引きこもって、何もかもに絶望していたオレを、ネット上で出会ったライカが励ましてくれた。人と違う…それは辛いことだ。でも人と同じなんてことはない。違っていても大丈夫だ、生きていけると。…何より、オレに生きて欲しいとライカは言った。」
メルクリウスは黙っている。手は握られて震えていた。
悠里はメルクリウスを直視し、言葉を向けた。
「オレに取ってライカは生きる理由だ。それを奪い、傷つけたお前達は許せない。でもオレには、お前が間違っていたとは全然思えないんだ。オレが勝手に思っていることだが…お前もアポロの彼らを守っていたんだろう?」
メルクリウスがゆっくりと顔を上げる。目は見開かれ、震えている。
悠里がかけた声は、優しく強く響いた。
「1B、V、アトラスがお前を慕っているのを見ると、思う。お前は頑張っていたんだと。」
「……ジェミニの姉が、お前の生きる理由なら…オレにはアポロについて来てくれたみんなが、生きる理由だった。彼らを何とかして守ることが…。」
メルクリウスがぽつぽつと話し出すと、悠里はじっとそれを聞いた。
「…そのきっかけを作ってくれたのはジェミニだった。彼がいなかったらアポロはなかったし、オレは今頃死んでいたと思う。オレはジェミニに感謝していた。だから彼が困っているのなら、助けたかった。」
メルクリウスの声が微かに震えた。
「…ジェミニの言うまま、オレはお前達ボストークを傷つけた。だが何が理由でも、傷つけたのはきっと良くないことだったんだろう。…結果、アポロのみんなは…オレのそばからいなくなって…。」
「いなくなってないです!!」
突然上がった声にメルクリウスが驚いて見ると、開いたドアのそばに嵐と燐がいた。
「…V…。」
「いなくなった奴らもいます、でも少なくとも、オレはあんたに感謝してます! あんたがいなかったら、オレと燐はどうなってたか解らない! あんたがオレ達を救ってくれたから、オレ達は今こうして生きてられる!!」
嵐が声を上げ、燐も懸命に思いを言葉にした。
「燐はメルクリウスが大好き。だから燐も助けるやり方、ここに探しに来てた。」
「1B…。」
メルクリウスが目を丸くしていると、次には下の階で手当てを受けていたアポロの面々が部屋に駆けつけてきた。
「メルクリウス!!」
「ご、ごめんなさい! みんなメルクリウスさんが心配だって…!」
瑠璃がアポロの面々の後ろから、慌てた様子で謝った。虎徹と歩も階段を上がってきた。
アポロのメンバー達は口々にメルクリウスに声をかけた。
「何言ってんだよ!! オレ達メルクリウスに助けられて、ずっと世話になってて、いなくなる訳ないだろーがよ!!」
「ていうか、怪我大丈夫かよ!!」
「畜生! ジェミニの野郎!!」
「みんな…。」
メルクリウスが小さな声を出すと、アトラスが苦笑していた。
「ほら、いなくなってないだろ。」
「アトラス…。」
「みんな、お前が大好きなんだよ。お前が大好きだからずっとついて来たし、ジェミニの言いなりだったことも心配だった。…オレだってお前の力になるっていう、あの頃の約束を破る気はない。」
アトラスの真摯に響いた言葉を聞き、メルクリウスは改めてアトラス、嵐、燐、仲間達を見た。意を決したように悠里に向かい合った。
「……ボストークのユーリィ。」
メルクリウスは正座し、悠里に向かって頭を下げた。
「…すまなかった。お前達をひどく傷つけて。それから…ありがとう。オレ達を助けてくれて…。」
「オレは能力者同士が、人間同士がいがみ合わずに済めば、それでいいんだ。」
悠里が穏やかに笑むと、一部始終を見守っていた朔は安堵の表情を浮かべた。
メルクリウスが頭を上げ、口を開いた。
「…曙光 研究所。」
皆が疑問符を浮かべると、メルクリウスは真っ直ぐに話した。
「ジェミニ達が行くとすれば、そこしかないと思う。」
「曙光研究所って…。」
「ライカさん達が前にいたっていう?」
虎徹と瑠璃が確認すると、メルクリウスは頷いた。
「ジェミニはずっとこの場所を探していた。ジェミニには解らないようになっていたらしい。ジェミニは真実の目の能力を使って、この場所を探そうとしているのだと思う。」
「…お前は場所が解っていたのか。」
悠里が問うとメルクリウスはまた頷き、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「ああ。…この場所をジェミニに教えたら、ジェミニはオレを用済みとすること位は想像がついていた。だから今までジェミニに教えずにいたが…。」
メルクリウスがスマートフォンを操作すると、画面に地図が現れる。メルクリウスは地図にマークをつけた。ボストークの面々はそれに注目する。
「山奥なんだな…。」
「遠そうだけど…でも…!」
ボストークの面々は、希望を見つけたように目を輝かせた。
朔は画面をじっと見て、呟いた。
「ここに向かえば、鼎を取り戻せるかもしれない…?」
「目、開けろ。」
ずっと巻かれていた目隠しの布を取られ、鼎は目を開ける。
そこはどこかで打ち捨てられていると思われる廃倉庫の中だった。隣にはエンタープライズとディスカバリーがいる。
暗い中で、鼎は目の前の光を見る。光はエンデバーが見せてくるスマートフォンの画面から発せられていた。スマートフォンの画面では、ネットを介して音声で会話ができるアプリが起動している。
鼎は小さく呟いた。
「…ジェミニ、か…。」
『やあ、真実の目。頼みがあるんだ。』
若い男性と思われる、若干高い声が聞こえ、鼎は眉をひそめた。
「…何。」
『オレにはずっと探してる場所があったんだけど、メルクリウスは意地悪して結局教えてくれなくてね。君に見つけて欲しいんだよ。その場所に…曙光研究所に行くまでの道を。』
「嫌だね。何で僕がお前の言うことを聞かないといけないのさ。」
鼎がバッサリと拒否すると、スマートフォンを向けているエンデバーは眉間にしわを寄せた。回線の向こう側にいるジェミニは小さく嗤った。
『言うと思った。まあ、君には拒否なんてさせないけどさ。』
鼎の体内を一瞬寒気が通り抜け、鼎の眼差しがぼんやりとしたものになった。
鼎の様子が変わったのを見、エンデバーが問う。
「…ジェミニ?」
『オレの能力『剥奪 』で、一時的に自我を奪ってみただけだよ。さあ…。』
「力ずくでか、タチ悪い。」
自我を奪われたはずの鼎は、はっきりとジェミニに返した。ジェミニが息を呑む音がわずかに聞こえた。
鼎の体を数回、寒気が通り抜ける。ジェミニがいくら能力を使っても、鼎は変わらない。眉間にしわを寄せ、スマートフォンを睨んだ。
「……止めてよ。寒いんだけど。」
『…なるほどね。「真実じゃない」ことにも反応して、取り戻せるってことか。』
「どういうことだあ?」
ディスカバリーが首を傾げると、ジェミニは説明した。
『自我とか、抵抗する心とか、そういうのをただ奪ってもこいつには効かないってことさ。「本当は在る」訳だからね。それに反応して、本当の状態に戻せるってことさ。外で見張りしてる恩知らず達とは違うみたいだね。』
「メンドクセー奴!!」
ディスカバリーが声を上げる。エンタープライズは冷めた調子で問うた。
「どうするんだ、ジェミニ。」
『そうだなあ…気は進まないけど。エンタープライズ、ちょっとやってくれる?』
「はいはい。」
ジェミニの指示を受けたエンタープライズは手を伸ばすと、鼎の頭を鷲掴みにした。
「! な、止め…!」
鼎はわずかに抵抗したが、すぐにがくりと体の力を抜いた。
エンタープライズはしばらくの間、鼎の頭を鷲掴みにしてから離した。次にエンデバーのスマートフォンに手を触れ、呟くように報告する。
「…こんなとこだ。こいつの記憶。」
『なるほどね…。五年前の記憶を使ってみよう。…こいつにとってのトラウマを。』
「へいへい。」
ジェミニの嗤いを含んだ命令に、エンタープライズは薄笑いを浮かべると、気絶して地面に崩れている鼎の頭に再び手を伸ばした。
「…鼎!!」
暗闇が晴れると、すぐに泣き叫ぶ声が聞こえた。
小さな鼎に向かい、妙齢の女性がヒステリックに声を荒げる。
「何度言ったら解ってくれるの!! 友達とは仲良くしなさいって何度言ったら…!!」
「だってあいつら…!」
鼎は懸命に話をしようとするが、女性は聞く耳を持たずに叫ぶ。
「また根も葉もないこと考えてるんでしょう!! そんなんだから私達家族まで…! あなたも何とか言ってやってちょうだい!!」
「…オレは疲れているんだ。少し休む。」
少し離れたところにいた男性が席を外そうとすると、女性は男性を捕まえ、乱暴に揺さぶった。
「あなた! 何で逃げるのよ!! 私達家族の問題なのよ!!」
…僕が赤い光に打たれてから、家の中はいつもこう。僕が学校で問題を起こしては、母さんは泣き叫んで、父さんは逃げるばかりで。
僕は赤い光に打たれてから、あらゆるものの「本当」が見えるようになった。
どんなに隠されていても、事実が捻じ曲げられていても、本当のことがわかる。それこそ周りが僕や…母さんについてどう思っているかまで、鮮明に解ってしまうのだ。
僕が自分の能力を知ったきっかけは、母さんといわゆるママ友が話している時だった。
一見楽しそうに話をしていた彼女ら。
でも、僕に見えたのは。
『日向さんの奥さん、本当に話つまんないなあ。』
『無理して話題について来ようとしてるのバレバレ。』
『この人神経質だし、付き合いづらい。』
その時、能力のことを何も意識していなかった子供の僕は、正直に問うた。
「母さんの話つまらないんですか?」
ママ友達は一瞬ギョッとした顔をして、その後苦笑した。
「そ、そんなことないわよ?」
「そう、そうよ、お母さん一生懸命話してくれているし…。」
「だって今、無理して話題について来ようとしてるとか、神経質だから付き合いづらいって…。」
「な、何言ってるの!! ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」
僕が見えたことをそのまま続けると、母さんは僕の頭を鷲掴みにして、必死で謝った。
その間にも、僕にはママ友達の本当が見えていた。
『何この子気持ち悪。』
『このお母さんの子供だからなあ。やっぱり怖い。』
次に見えたのは、クラスメイト達の本当だった。
クラスメイト達が僕と遊んでくれなくなった。僕が近づくと、あからさまに逃げていく。
逃げていく彼らから見えていた。
『うちの母さんから言われてるもんな。日向に関わるなって。』
『日向も母親も気持ち悪いって母ちゃん言ってた。』
僕は腹が立って彼らに向かって行き、一人を思い切り殴った。
「うわあ!」
「日向が殴った!!」
周りは大騒ぎになった。僕は怒りに任せて叫んだ。
「うちの母さんが気持ち悪いって何だよ!!」
「な、何だよ、何も言ってないだろが!!」
すぐに先生が飛んできて、僕をクラスメイトから引き剥がした。
「止めないか日向!!」
「先生! 日向がいきなり殴ってきた!!」
「だってこいつら、うちの母さんが気持ち悪いって…!!」
僕は見えたことを訴える。クラスメイト達も先生に訴えた。
「お、オレ達何も言ってないです!!」
周りの奴らは明らかに、僕を何か怖いものを見る目で見た。それを見た先生は、僕に声をかけてきた。
「…日向、保健室に行って少し休め。」
「先生、こいつら!!」
「いいから来い!!」
僕の言葉に耳を貸すことなく、先生は僕を保健室に引っ張って行った。
そんなことを数回繰り返して解ったのは、周りの「本当」「真実」は僕にしか見えていないこと。周りは口に出している訳ではないから、いくら主張しても無駄なこと。
そして…それが解った頃には、僕と母さんは周囲から決定的な拒絶、侮蔑をされていた。
僕に出来たことは、自分に対して嫌な感情を持っている人間達から、ひたすら距離を置くことだけだった。
周りから見える拒絶や侮蔑に疲れ切って家に帰ることが、ずっと続いていた。
夜中、僕がトイレに起きて、下に降りた時だった。
「また! またグループからブロックされてる!!」
母さんが泣き叫ぶ声が聞こえた。
「やっぱり気持ち悪いとか思われてるんだ!! つまらないとか思われてるんだ!!」
「落ち着け…そんなことで切られるなら、それまでの付き合いだったということじゃないのか?」
「そんな訳にいかないじゃない!! 上手くやっていかなきゃ…!」
父さんがなだめても、母さんは泣き叫ぶばかりだった。僕がその場から動けずにいた時。
「…鼎が!! あの子が変なことばかり言うから!! だから上手くやっていけないんだ!!」
「おい、それはあんまりだろう。」
父さんが咎めると、母さんは余計にヒステリックになった。
「だって本当のことじゃない!! あの子が変なこと言うようになってから、私どんどん避けられるようになって! あの子おかしくなっちゃったんだ!!」
「少し眠って落ち着いた方が…。」
「何であなたはそうやって逃げてばっかりなの!! だから私は鼎のことでずっと矢面に立たされて、嫌われるんだ!!」
「解った、鼎とはオレが話すから、少し休め…。」
「何を今更!! もうずっと私は鼎とは上手くやっていけなかった!! でも世間が許さないから、ずっと頑張って育ててきたのに!!」
…覚束なくなった僕の足元、床がぎしりと音を立てた。
父さんと母さんはハッとしてこちらを見た。
「あ、鼎…いや、その…。」
父さんが取り繕うとする言葉は、母さんの泣き声にかき消された。
…僕は解った。
僕はおかしいんだ。
だから僕は、嫌われるんだ。
それ以上に、母さんが嫌われるんだ。
僕には信じられるものは何も無い。
僕は人から離れて生きなきゃいけない。
僕は…。
『鼎はおかしくない。』
…そう言ってくれた人もいた?
…あれ…寒い。
…?…言ってくれたの、誰だったっけ…。
『鼎はオレにとって大事だから。』
…そう言ってくれた人もいた?
…また、寒い。
…本当にいたっけ…?
『そんな人どこにもいないよ。』
エンデバーのスマートフォンから声が響いた。
『だって君、そんなこと言った人のこと解らないじゃないか。いなかったんだよ。そんなこと言った人。おかしい君はみんなから嫌われてるんだ。独りぼっちだ。』
エンタープライズに頭を掴まれたまま、鼎はか細く震える声を上げた。
「…僕、は…。」
『…能力者だけの世界を作る気は無い?』
ジェミニが囁いてきた言葉に、鼎はぴくりと反応した。
『オレの父さんが作った神舟…。あれは本当は神様の視点から、世界を思い通りにするものなんだ。父さんは世界を壊すためにあれを作ったけれど、壊す以外にも世界をどうとでもできる。』
鼎の頼りない息遣いが、冷たい空気の中に響く。ジェミニの声が鼎に吹き込む。
『君みたいな人だけの世界。それなら君も独りじゃなくなるだろう? オレが研究所に行けばそれが出来る。オレがやってあげるよ。…研究所はどこにある?」
鼎が震える口元を動かした。
「…う…山の、中…。」
『うん。それで?』
「ここから…南に、三二キロ…東に…一四キロ…。」
頭を掴まれ、視界を塞がれた鼎の頰を、雫が流れ落ちた。
エンデバーがスマートフォンを操作する。
「…場所、入力したよ。」
『そう。じゃあ行こうかエンデバー。エンタープライズ、ディスカバリー、邪魔者はよろしく。』
「解った。」
「足止めだけでいいんだろ? それ終わったらオレ達逃げるけど。」
エンタープライズが頷き、ディスカバリーが笑いながら確認すると、ジェミニの満足げな声が響いた。
『うん、いいよ。みんなよくやってくれた。』
気絶した鼎の涙が溜まった瞼に、また目隠しの布が巻かれた。
「トラウマを蘇らせた上で、大切な人の記憶を奪う…。こんな方法は、本当に気は進まなかったんだけど…。」
0と1の世界で独り言ちるジェミニの細められた目、歪められた口元は、愉悦に満ち満ちていた。
ジェミニは嗤いながら、回線の向こうに言い放った。
「ご苦労様、真実の目。」
To be continued
瑠璃が一人の腕に包帯を巻き終わった。
「これで少し我慢してください。後でユーリィさん来ますから…。」
何も言葉を返さない一人を瑠璃が心配そうに見ていると、虎徹が声をかけてきた。
「そっち終わったか、チェルナ。」
「うん。全員手当て終わったかな。」
瑠璃が虎徹に頷いてみせた時、側から声が発せられた。
「…あ…。」
「どうしました?」
ぎこちない声を出したアポロの一人に瑠璃が声をかけると、一人は遠慮がちに問うた。
「…その…メルクリウスは…。」
「今はユーリィさんに怪我治してもらってる。」
虎徹が答えると、一人はまた肩を落とした。
「…そうか…。」
「じゃあオレは、あっちの方見てくる。」
虎徹が見やった方向を見、瑠璃は理解したように気遣う表情を見せた。
「…うん。」
「ま、待ってくれ!」
声をかけられた虎徹と瑠璃が振り向くと、アポロのメンバー達が二人を見、懸命に言葉にした。
「…すまなかった。」
「…そう思うんだったら、あんたらもオレ達の仲間助けるのに力貸してくれ。」
虎徹が返した言葉にアポロの面々は驚き、目を丸くした。
虎徹は彼らに背を向け、ドアを開けた。
「行ってくる。」
カフェから出ると、虎徹はドアの前でうずくまっている歩に声をかけた。
「プシンカ。」
「…どうしてですか? どうしてあいつらを助けたんですか?」
歩はうずくまったまま疑念を口にすると、ばっと顔を上げてまくし立てた。
「あいつらはボストークをめちゃくちゃにしたんですよ!? ベルカさん攫って行って、ライカさんもどうなったか解らないし、それにメグも…!!」
「…ウゴリョークは、今どうしてる?」
虎徹が冷静に問うと、歩はわずかに俯いた。
「…あれ以来、部屋から出てこないんです。何度呼んでも、返事してくれないんです。…どうしてあいつらを助けたんですか!?」
虎徹は少し思うように黙ってから、話し始めた。
「…オレだって、あいつらは許せない。あいつらのしたことは簡単には許せない。」
「だったら…!!」
「でもお前にも、これ位は解るだろ。ウゴリョークがああいう行動に出た理由は、オレ達にあるって。」
虎徹の言葉に、歩は固まったように動きを止めた。ひゅうと息を呑んだ音が聞こえた。
虎徹は感情を抑えるように、ゆっくりと言葉を歩に伝えた。
「あいつは確かに、あいつの生きる理由を奪ったオレ達にムカついたんだろ。オレ達と楽しくしてるお前にもムカついたんだろ。…苦しんだんだろう。あいつは多分、その気持ちを利用されたんだろ。」
「…でも…。」
「利用されたこっちは堪ったもんじゃないけどな。でもこうなった原因は、オレ達自身にもあるかもしれないと思う。」
歩が俯いて黙ると、虎徹は思い出しながら話を続けた。
「…前にユーリィさんが言ってた。『普通がみんな同じな訳じゃない』。ストレルカはオレ達に割と自然に対応してくれたけど、ウゴリョークはそう出来なかったのかもしれない。…能力者と能力者じゃない奴のこと、オレはもっとちゃんと考えなきゃいけなかったのかもな。」
「…オレ、どうすればいいのか解らなくて…。メグは一言も口聞いてくれないし、姿も見せてくれなくて…。オレ、どうしたら…。」
歩が涙交じりの震える声を出すと、虎徹は歩に真っ直ぐ言葉を向けた。
「オレだってどうすりゃいいか解らねえけど…今は能力者同士で争ってる場合じゃねえんだ。この機を逃したら、ベルカもライカさんも戻って来なくなる。…ユーリィさんを手伝ってやってくれ。頼む。」
「……はい。」
虎徹が頭を下げたのを見、歩は涙を拭うと、ゆっくりと頷いた。
ボストークの二階の廊下で、嵐がドアの向こうの様子を伺っている。
「…メルクリウスとユーリィさん、大丈夫かな…。」
「…アトラス。」
そばにいた燐が不安げに呼ぶと、同じくそばにいたアトラスが聞かせた。
「…今はお互い、腹割って話させるしかないだろ。…ボストークのリーダーなら、メルの心を開いてくれそうな気がする。」
朔は少し離れた位置から、黙って三人のやり取りを聞いていた。
「お前、は…。」
二階の部屋、布団の上で震える声を発したメルクリウスに、悠里は落ち着いた声で話し出した。
「こうして話をするのは初めてだな。初めまして。オレは北見悠里。ユーリィと呼ばれている。ここ…カフェボストークの店主だ。お前は…アポロのメルクリウスだな。」
メルクリウスは唇を噛んで俯いた。悠里は続けて話した。
「怪我をしていたお前の仲間達は下の階にいる。オレの仲間達が手当てをしている。」
「…そう、か…。」
メルクリウスが俯いたまま、小さな声で返す。悠里はそれを聞き、さらに話を続けた。
「お前の友人のアトラスが言っていた。お前はジェミニの言いなりになっている。ジェミニからお前を助けたいと。」
メルクリウスはハッとして顔を上げた。震える声を絞り出す。
「…ジェミニ、は…。」
「…解らない。話によると、一部のアポロの彼らがジェミニの命令に従い、オレ達の仲間を攫って姿を消したらしい。」
悠里が首を横に振ると、メルクリウスはまた黙って俯いた。
悠里はしばらく考えを整理するように沈黙してから、またゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「…オレは能力者達が何とか手を取り合えないかと思い、ここを…カフェボストークを作った。その前はただの引きこもりだった。」
メルクリウスは黙っている。悠里は構わずに話を続けた。
「引きこもって、何もかもに絶望していたオレを、ネット上で出会ったライカが励ましてくれた。人と違う…それは辛いことだ。でも人と同じなんてことはない。違っていても大丈夫だ、生きていけると。…何より、オレに生きて欲しいとライカは言った。」
メルクリウスは黙っている。手は握られて震えていた。
悠里はメルクリウスを直視し、言葉を向けた。
「オレに取ってライカは生きる理由だ。それを奪い、傷つけたお前達は許せない。でもオレには、お前が間違っていたとは全然思えないんだ。オレが勝手に思っていることだが…お前もアポロの彼らを守っていたんだろう?」
メルクリウスがゆっくりと顔を上げる。目は見開かれ、震えている。
悠里がかけた声は、優しく強く響いた。
「1B、V、アトラスがお前を慕っているのを見ると、思う。お前は頑張っていたんだと。」
「……ジェミニの姉が、お前の生きる理由なら…オレにはアポロについて来てくれたみんなが、生きる理由だった。彼らを何とかして守ることが…。」
メルクリウスがぽつぽつと話し出すと、悠里はじっとそれを聞いた。
「…そのきっかけを作ってくれたのはジェミニだった。彼がいなかったらアポロはなかったし、オレは今頃死んでいたと思う。オレはジェミニに感謝していた。だから彼が困っているのなら、助けたかった。」
メルクリウスの声が微かに震えた。
「…ジェミニの言うまま、オレはお前達ボストークを傷つけた。だが何が理由でも、傷つけたのはきっと良くないことだったんだろう。…結果、アポロのみんなは…オレのそばからいなくなって…。」
「いなくなってないです!!」
突然上がった声にメルクリウスが驚いて見ると、開いたドアのそばに嵐と燐がいた。
「…V…。」
「いなくなった奴らもいます、でも少なくとも、オレはあんたに感謝してます! あんたがいなかったら、オレと燐はどうなってたか解らない! あんたがオレ達を救ってくれたから、オレ達は今こうして生きてられる!!」
嵐が声を上げ、燐も懸命に思いを言葉にした。
「燐はメルクリウスが大好き。だから燐も助けるやり方、ここに探しに来てた。」
「1B…。」
メルクリウスが目を丸くしていると、次には下の階で手当てを受けていたアポロの面々が部屋に駆けつけてきた。
「メルクリウス!!」
「ご、ごめんなさい! みんなメルクリウスさんが心配だって…!」
瑠璃がアポロの面々の後ろから、慌てた様子で謝った。虎徹と歩も階段を上がってきた。
アポロのメンバー達は口々にメルクリウスに声をかけた。
「何言ってんだよ!! オレ達メルクリウスに助けられて、ずっと世話になってて、いなくなる訳ないだろーがよ!!」
「ていうか、怪我大丈夫かよ!!」
「畜生! ジェミニの野郎!!」
「みんな…。」
メルクリウスが小さな声を出すと、アトラスが苦笑していた。
「ほら、いなくなってないだろ。」
「アトラス…。」
「みんな、お前が大好きなんだよ。お前が大好きだからずっとついて来たし、ジェミニの言いなりだったことも心配だった。…オレだってお前の力になるっていう、あの頃の約束を破る気はない。」
アトラスの真摯に響いた言葉を聞き、メルクリウスは改めてアトラス、嵐、燐、仲間達を見た。意を決したように悠里に向かい合った。
「……ボストークのユーリィ。」
メルクリウスは正座し、悠里に向かって頭を下げた。
「…すまなかった。お前達をひどく傷つけて。それから…ありがとう。オレ達を助けてくれて…。」
「オレは能力者同士が、人間同士がいがみ合わずに済めば、それでいいんだ。」
悠里が穏やかに笑むと、一部始終を見守っていた朔は安堵の表情を浮かべた。
メルクリウスが頭を上げ、口を開いた。
「…
皆が疑問符を浮かべると、メルクリウスは真っ直ぐに話した。
「ジェミニ達が行くとすれば、そこしかないと思う。」
「曙光研究所って…。」
「ライカさん達が前にいたっていう?」
虎徹と瑠璃が確認すると、メルクリウスは頷いた。
「ジェミニはずっとこの場所を探していた。ジェミニには解らないようになっていたらしい。ジェミニは真実の目の能力を使って、この場所を探そうとしているのだと思う。」
「…お前は場所が解っていたのか。」
悠里が問うとメルクリウスはまた頷き、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「ああ。…この場所をジェミニに教えたら、ジェミニはオレを用済みとすること位は想像がついていた。だから今までジェミニに教えずにいたが…。」
メルクリウスがスマートフォンを操作すると、画面に地図が現れる。メルクリウスは地図にマークをつけた。ボストークの面々はそれに注目する。
「山奥なんだな…。」
「遠そうだけど…でも…!」
ボストークの面々は、希望を見つけたように目を輝かせた。
朔は画面をじっと見て、呟いた。
「ここに向かえば、鼎を取り戻せるかもしれない…?」
「目、開けろ。」
ずっと巻かれていた目隠しの布を取られ、鼎は目を開ける。
そこはどこかで打ち捨てられていると思われる廃倉庫の中だった。隣にはエンタープライズとディスカバリーがいる。
暗い中で、鼎は目の前の光を見る。光はエンデバーが見せてくるスマートフォンの画面から発せられていた。スマートフォンの画面では、ネットを介して音声で会話ができるアプリが起動している。
鼎は小さく呟いた。
「…ジェミニ、か…。」
『やあ、真実の目。頼みがあるんだ。』
若い男性と思われる、若干高い声が聞こえ、鼎は眉をひそめた。
「…何。」
『オレにはずっと探してる場所があったんだけど、メルクリウスは意地悪して結局教えてくれなくてね。君に見つけて欲しいんだよ。その場所に…曙光研究所に行くまでの道を。』
「嫌だね。何で僕がお前の言うことを聞かないといけないのさ。」
鼎がバッサリと拒否すると、スマートフォンを向けているエンデバーは眉間にしわを寄せた。回線の向こう側にいるジェミニは小さく嗤った。
『言うと思った。まあ、君には拒否なんてさせないけどさ。』
鼎の体内を一瞬寒気が通り抜け、鼎の眼差しがぼんやりとしたものになった。
鼎の様子が変わったのを見、エンデバーが問う。
「…ジェミニ?」
『オレの能力『
「力ずくでか、タチ悪い。」
自我を奪われたはずの鼎は、はっきりとジェミニに返した。ジェミニが息を呑む音がわずかに聞こえた。
鼎の体を数回、寒気が通り抜ける。ジェミニがいくら能力を使っても、鼎は変わらない。眉間にしわを寄せ、スマートフォンを睨んだ。
「……止めてよ。寒いんだけど。」
『…なるほどね。「真実じゃない」ことにも反応して、取り戻せるってことか。』
「どういうことだあ?」
ディスカバリーが首を傾げると、ジェミニは説明した。
『自我とか、抵抗する心とか、そういうのをただ奪ってもこいつには効かないってことさ。「本当は在る」訳だからね。それに反応して、本当の状態に戻せるってことさ。外で見張りしてる恩知らず達とは違うみたいだね。』
「メンドクセー奴!!」
ディスカバリーが声を上げる。エンタープライズは冷めた調子で問うた。
「どうするんだ、ジェミニ。」
『そうだなあ…気は進まないけど。エンタープライズ、ちょっとやってくれる?』
「はいはい。」
ジェミニの指示を受けたエンタープライズは手を伸ばすと、鼎の頭を鷲掴みにした。
「! な、止め…!」
鼎はわずかに抵抗したが、すぐにがくりと体の力を抜いた。
エンタープライズはしばらくの間、鼎の頭を鷲掴みにしてから離した。次にエンデバーのスマートフォンに手を触れ、呟くように報告する。
「…こんなとこだ。こいつの記憶。」
『なるほどね…。五年前の記憶を使ってみよう。…こいつにとってのトラウマを。』
「へいへい。」
ジェミニの嗤いを含んだ命令に、エンタープライズは薄笑いを浮かべると、気絶して地面に崩れている鼎の頭に再び手を伸ばした。
「…鼎!!」
暗闇が晴れると、すぐに泣き叫ぶ声が聞こえた。
小さな鼎に向かい、妙齢の女性がヒステリックに声を荒げる。
「何度言ったら解ってくれるの!! 友達とは仲良くしなさいって何度言ったら…!!」
「だってあいつら…!」
鼎は懸命に話をしようとするが、女性は聞く耳を持たずに叫ぶ。
「また根も葉もないこと考えてるんでしょう!! そんなんだから私達家族まで…! あなたも何とか言ってやってちょうだい!!」
「…オレは疲れているんだ。少し休む。」
少し離れたところにいた男性が席を外そうとすると、女性は男性を捕まえ、乱暴に揺さぶった。
「あなた! 何で逃げるのよ!! 私達家族の問題なのよ!!」
…僕が赤い光に打たれてから、家の中はいつもこう。僕が学校で問題を起こしては、母さんは泣き叫んで、父さんは逃げるばかりで。
僕は赤い光に打たれてから、あらゆるものの「本当」が見えるようになった。
どんなに隠されていても、事実が捻じ曲げられていても、本当のことがわかる。それこそ周りが僕や…母さんについてどう思っているかまで、鮮明に解ってしまうのだ。
僕が自分の能力を知ったきっかけは、母さんといわゆるママ友が話している時だった。
一見楽しそうに話をしていた彼女ら。
でも、僕に見えたのは。
『日向さんの奥さん、本当に話つまんないなあ。』
『無理して話題について来ようとしてるのバレバレ。』
『この人神経質だし、付き合いづらい。』
その時、能力のことを何も意識していなかった子供の僕は、正直に問うた。
「母さんの話つまらないんですか?」
ママ友達は一瞬ギョッとした顔をして、その後苦笑した。
「そ、そんなことないわよ?」
「そう、そうよ、お母さん一生懸命話してくれているし…。」
「だって今、無理して話題について来ようとしてるとか、神経質だから付き合いづらいって…。」
「な、何言ってるの!! ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」
僕が見えたことをそのまま続けると、母さんは僕の頭を鷲掴みにして、必死で謝った。
その間にも、僕にはママ友達の本当が見えていた。
『何この子気持ち悪。』
『このお母さんの子供だからなあ。やっぱり怖い。』
次に見えたのは、クラスメイト達の本当だった。
クラスメイト達が僕と遊んでくれなくなった。僕が近づくと、あからさまに逃げていく。
逃げていく彼らから見えていた。
『うちの母さんから言われてるもんな。日向に関わるなって。』
『日向も母親も気持ち悪いって母ちゃん言ってた。』
僕は腹が立って彼らに向かって行き、一人を思い切り殴った。
「うわあ!」
「日向が殴った!!」
周りは大騒ぎになった。僕は怒りに任せて叫んだ。
「うちの母さんが気持ち悪いって何だよ!!」
「な、何だよ、何も言ってないだろが!!」
すぐに先生が飛んできて、僕をクラスメイトから引き剥がした。
「止めないか日向!!」
「先生! 日向がいきなり殴ってきた!!」
「だってこいつら、うちの母さんが気持ち悪いって…!!」
僕は見えたことを訴える。クラスメイト達も先生に訴えた。
「お、オレ達何も言ってないです!!」
周りの奴らは明らかに、僕を何か怖いものを見る目で見た。それを見た先生は、僕に声をかけてきた。
「…日向、保健室に行って少し休め。」
「先生、こいつら!!」
「いいから来い!!」
僕の言葉に耳を貸すことなく、先生は僕を保健室に引っ張って行った。
そんなことを数回繰り返して解ったのは、周りの「本当」「真実」は僕にしか見えていないこと。周りは口に出している訳ではないから、いくら主張しても無駄なこと。
そして…それが解った頃には、僕と母さんは周囲から決定的な拒絶、侮蔑をされていた。
僕に出来たことは、自分に対して嫌な感情を持っている人間達から、ひたすら距離を置くことだけだった。
周りから見える拒絶や侮蔑に疲れ切って家に帰ることが、ずっと続いていた。
夜中、僕がトイレに起きて、下に降りた時だった。
「また! またグループからブロックされてる!!」
母さんが泣き叫ぶ声が聞こえた。
「やっぱり気持ち悪いとか思われてるんだ!! つまらないとか思われてるんだ!!」
「落ち着け…そんなことで切られるなら、それまでの付き合いだったということじゃないのか?」
「そんな訳にいかないじゃない!! 上手くやっていかなきゃ…!」
父さんがなだめても、母さんは泣き叫ぶばかりだった。僕がその場から動けずにいた時。
「…鼎が!! あの子が変なことばかり言うから!! だから上手くやっていけないんだ!!」
「おい、それはあんまりだろう。」
父さんが咎めると、母さんは余計にヒステリックになった。
「だって本当のことじゃない!! あの子が変なこと言うようになってから、私どんどん避けられるようになって! あの子おかしくなっちゃったんだ!!」
「少し眠って落ち着いた方が…。」
「何であなたはそうやって逃げてばっかりなの!! だから私は鼎のことでずっと矢面に立たされて、嫌われるんだ!!」
「解った、鼎とはオレが話すから、少し休め…。」
「何を今更!! もうずっと私は鼎とは上手くやっていけなかった!! でも世間が許さないから、ずっと頑張って育ててきたのに!!」
…覚束なくなった僕の足元、床がぎしりと音を立てた。
父さんと母さんはハッとしてこちらを見た。
「あ、鼎…いや、その…。」
父さんが取り繕うとする言葉は、母さんの泣き声にかき消された。
…僕は解った。
僕はおかしいんだ。
だから僕は、嫌われるんだ。
それ以上に、母さんが嫌われるんだ。
僕には信じられるものは何も無い。
僕は人から離れて生きなきゃいけない。
僕は…。
『鼎はおかしくない。』
…そう言ってくれた人もいた?
…あれ…寒い。
…?…言ってくれたの、誰だったっけ…。
『鼎はオレにとって大事だから。』
…そう言ってくれた人もいた?
…また、寒い。
…本当にいたっけ…?
『そんな人どこにもいないよ。』
エンデバーのスマートフォンから声が響いた。
『だって君、そんなこと言った人のこと解らないじゃないか。いなかったんだよ。そんなこと言った人。おかしい君はみんなから嫌われてるんだ。独りぼっちだ。』
エンタープライズに頭を掴まれたまま、鼎はか細く震える声を上げた。
「…僕、は…。」
『…能力者だけの世界を作る気は無い?』
ジェミニが囁いてきた言葉に、鼎はぴくりと反応した。
『オレの父さんが作った神舟…。あれは本当は神様の視点から、世界を思い通りにするものなんだ。父さんは世界を壊すためにあれを作ったけれど、壊す以外にも世界をどうとでもできる。』
鼎の頼りない息遣いが、冷たい空気の中に響く。ジェミニの声が鼎に吹き込む。
『君みたいな人だけの世界。それなら君も独りじゃなくなるだろう? オレが研究所に行けばそれが出来る。オレがやってあげるよ。…研究所はどこにある?」
鼎が震える口元を動かした。
「…う…山の、中…。」
『うん。それで?』
「ここから…南に、三二キロ…東に…一四キロ…。」
頭を掴まれ、視界を塞がれた鼎の頰を、雫が流れ落ちた。
エンデバーがスマートフォンを操作する。
「…場所、入力したよ。」
『そう。じゃあ行こうかエンデバー。エンタープライズ、ディスカバリー、邪魔者はよろしく。』
「解った。」
「足止めだけでいいんだろ? それ終わったらオレ達逃げるけど。」
エンタープライズが頷き、ディスカバリーが笑いながら確認すると、ジェミニの満足げな声が響いた。
『うん、いいよ。みんなよくやってくれた。』
気絶した鼎の涙が溜まった瞼に、また目隠しの布が巻かれた。
「トラウマを蘇らせた上で、大切な人の記憶を奪う…。こんな方法は、本当に気は進まなかったんだけど…。」
0と1の世界で独り言ちるジェミニの細められた目、歪められた口元は、愉悦に満ち満ちていた。
ジェミニは嗤いながら、回線の向こうに言い放った。
「ご苦労様、真実の目。」
To be continued