第十八話 ライカからのメール

 全てを話すには、僕の生い立ちから話さないといけないかもしれません。
 僕は以前、ほんの五年前までは普通の人間でした。名前は來花(らいか)といいました。

 僕が物心ついた頃には、既に僕の両親はいませんでした。本当のお母さんは若くして僕達を産み、間も無く亡くなったと聞いています。それ以上のことは解りません。
 児童養護施設で暮らしていた僕のそばにいたのは、三つ子の姉月乃(つきの)と、弟の双(そう)でした。
 施設で他の子供達と一緒に過ごしていた、月乃姉様と僕と双。僕達の前にお父様とお母様が現れたのは、僕達が五歳の時でした。

 庭で遊んでいた來花達姉弟に、優しい女性の声がかけられた。
「こんにちは。あなた達が月乃ちゃん、來花ちゃん、双君?」
 名を呼ばれ、來花が顔を上げる。視線の先では快活な笑顔の女性と柔和な表情の男性が、しゃがんで來花を見ていた。
 來花は不思議そうに来訪者二人を見、双は來花にぎゅっとしがみついた。月乃は真っ直ぐに二人を見据え、頷いた。
「はい。私が月乃、この二人が妹の來花と弟の双です。」
 女性と男性は月乃の返事を受け、改めて三人に挨拶をした。
「初めまして。私は星海さな。」
「私は星海(ほしうみ)曙(あきら)。」
「これからよろしくお願いします。」
 二人は來花達に向かい、一礼する。その様子を來花は大きな瞳で見た。

 それから僕達とお父様とお母様は、施設で何度か顔を合わせ、少しずつ仲良くなっていきました。

 その日、さなと曙の夫婦はまた施設を訪れ、來花達に会っていた。
 庭を見ながらのんびりとしているさなと曙を、來花が呼んだ。
「さなさん、あきらさん。」
「なあに? 來花ちゃん。」
 さながにこりと笑んで小首を傾げると、來花は夫婦を見上げて問うた。
「どうして僕達とずっと仲良くしてくれるのー?」
 さなと曙は來花達姉弟に何度も会いに来て、話をしたり遊んだりしていた。
 月乃がすぐに來花を諌める。
「來花、そんなこと聞いたらダメだろう。」
「だって僕達三つ子だから、大変だから、仲良くしてくれる人いなかったもん。」
 來花が頬を膨らませながら遠慮なく返したのを受け、さなは双の頭を優しく撫でながら、もう片方の手を考えるように口元に置いた。
「そうねえ…。運命かなあ。」
 來花と月乃と双が不思議そうに見ると、曙が穏やかに話し出した。
「さなは一目見て、思ったんだそうだ。私達はお前達三人と一緒に生きていくと。」
 三姉弟が大きく目を開いて夫婦を見ると、さなは三人の顔をゆっくりと見回し、温かく笑んだ。
「貴方達三人と生きていけたら、とても幸せだろうなと思ったの。お堅い月乃ちゃん。聞かん坊來花ちゃん。泣き虫双君。」

 運命。
 二人と同じように、僕達三人もあの人達と生きるということを感じていたのかもしれません。
 それからまもなく僕達三人は、正式にお父様とお母様の養子になりました。

 月乃、來花、双は家に向かう道を走っている。
「おい待て、來花ー!」
「遅いよ! 月乃姉様ー!」
「お、お姉ちゃ…うわっ! うええーん…。」
 出遅れてつまづき、転んだ双が泣き声を上げると、月乃はすぐさま駆け寄った。
「大丈夫か双、痛かったな。」
 そこに買い物帰りの母、さなが通りかかった。
「月乃、來花、双、お帰りなさい!」
「あ、お母様!」
 來花が明るい声を上げる。
 さなは泣いている双に寄り、すぐそばにしゃがんだ。
「大丈夫? 双、立てる?」
「う…ぐすっ…。」
 母の優しい声を受け、双はしゃくりあげながらも、ゆっくりと立ち上がった。
 さなはにっこり笑って頷いた。
「よし、立てたっ。今日のおやつは双の好きなドーナツ!」
「ほんと…?」
「うん、本当。ほら!」
「わー!」
 さながドーナツの入った袋を見せると、子供達は歓声を上げた。

 お父様とお母様は僕達に、我が子同然に愛情を注いでくれました。一緒に笑い、怒り、悲しみ、楽しくしていました。

 來花達が星海夫妻の元に来て、一年程経った頃。
 家族の団欒の場で來花は曙の膝に乗り、見上げて問うた。
「お父様はどんなお仕事しているの? お医者さん?」
「何で、お医者さん?」
 そばにいた双が小首を傾げると、來花は笑った。
「いつも白い服着てるから。」
「残念、医者ではないな。」
 曙が穏やかに答えると、來花は続けて質問する。
「じゃあどんなお仕事してるの?」
「來花、そんなに質問ばかりするな。お父様が困るだろう。」
 來花を諌めようとした月乃を曙は優しく見下ろし、頭をそっと撫でた。
「月乃、解らないことを聞くことは悪いことじゃない。大丈夫だ。」
「…はい。」
 月乃が俯き加減で小さく返事をすると、曙は顔を上げた。
「今度、研究所を案内しよう。さな、今度の日曜日に三人を連れて来てほしい。」
「はいはい。」
 様子を見守っていたさなは、笑んで頷いた。

 お父様は曙光(しょこう)研究所という研究施設を立ち上げ、そこでずっとある研究をしていました。
 後日、僕達三人はお母様に連れられて、その研究施設に見学に行きました。
 
「わーすごーい!」
「來花、大声出すな。お父様と周りの人達に迷惑だろう。」
 白く、広い空間を走り回る來花に月乃が声を飛ばした。周りにいる、白衣を着た研究員達は微笑ましげに笑っている。さなと手を繋いだ双は、そばにある物を見上げた。
「…おっきい機械…。」
 双が見上げた先では、塔のようにそびえ立つ、黒い大きな機械が動いていた。
 來花は興奮した様子で巨大な機械を指差す。
「お母様! お父様はあのおっきい機械で何をしてるの!?」
「来たな。みんな。」
 聞こえた声に皆が振り向くと、白衣を着た曙が立っていた。月乃が落ちついた様子で一礼する。
「お父様。今日は見学させてくれてありがとうございます。」
 曙は子供達を穏やかな眼差しで見ると、巨大な機械を見上げた。
「一度、お前達三人に見てもらいたかったんだ。私が何を研究しているのか。…あの大きな機械は、たくさんの難しい計算をしている。」
「けいさん?」
 來花が小首を傾げると、曙は頷く。
「そう、計算だ。お前達にも解るように説明するのは難しいが…。」
 子供達が疑問符を浮かべると、曙は歩き出した。
「ちょっとこっちに来てくれ。」

 曙が家族を案内したのは、研究所の裏庭だった。
「お父様、ここお庭だよー?」
 來花が声をかけると曙は振り返り、子供達の顔を見回した。
「お前達の目からは、何が見える?」
「えっと…森。」
「芝生。」
「…お空。」
 來花、月乃、双の順番で答えると、曙は頷いた。
「そう。それが人間の目から見たこの場所の景色だ。」
「にんげんのめ?」
 來花がまた首を傾げると、曙は建物の方を指差した。
「では、そこの階段を上がってみようか。」
「うん!」
 曙が指した、外に備え付けられた螺旋階段に向かい、來花は走り出した。
「來花走るな、危ないぞ!」
「階段、高い…。」
「双、ゆっくり行きましょうね。」
 月乃は慌てて來花を追い、双はさなにしっかりと掴まりながら階段を上った。
 家族は施設の屋上へ上がった。曙は子供達に話した。
「これが、空を飛べる物から見たこの場所の景色だ。」
「…すごーい! 広ーい!」
「街、見えるよ!」
 先程より開けた視界に、來花と双ははしゃいだ声を上げ、月乃は大きな瞳で屋上からの景色を見た。
 曙は子供達に語り始めた。
「人間だけの目では、物事は限られたものしか見えない。私が研究していることは、人間以外の目で、世界の色々なことを見ることだ。」
「にんげん、いがい…?」
 子供達が注目すると、さなが説明をした。
「鳥や動物、雲や木、山や海…この世界には人間ではないものがたくさんあるでしょう。お父様はそういうものと同じ目から、世界の色々なものを見てみたいのですって。」
「雲に目があるの?」
「或いはあるかもしれない。」
 來花の問いに曙が頷くと、月乃はため息のように口にした。
「…お父様は、すごいと思います。とても…。」
「…そうか。ありがとう、月乃。」
 曙は目を細めて笑みを見せた。さなが悪戯っぽく笑う。
「ね、お父様すごいでしょ。」
「んー…解んないっ。」
「來花っ。」
 來花が率直に返すと、月乃はきつい声を飛ばした。

 お父様は人間以外の視点から、様々な物を見る研究をずっとしていました。お母様はその研究を心から応援して、私達もお父様の研究を誇りに思っていました。

 來花達三人の姉弟が、小学校に入ったばかりの頃。
 帰宅した双が弱々しい声でさなを呼んだ。
「…お母様。」
「なあに? 双。」
 さなが穏やかに返すと、双は俯いて問うた。
「お母様とお父様は、何でオレ達のお母様とお父様になったの?」
「あなた達のことを好きになったからよ。」
 さなは双を真っ直ぐに見ている。双は更に小さな声で問う。
「…嫌だと思ったことはないの?」
「あら、どうして?」
「…本当のお母さんじゃないの、変だって…。」
 双は服の裾を握り、かすかに声を震わせて話した。さなはわずか考え、問いかける。
「…誰かに言われたの?」
 双は肯定するように、目に涙をいっぱい溜めて下を向いた。
 話を聞いていた來花が憤慨して声を上げる。
「双! 誰がそんなこと言ったの!」
「來花、落ち着け。」
「だって、そんなこと言われたの許せない!!」
 月乃が冷静に諭すが、來花は更に声を荒げた。
 さなは思うように黙った後、三人に向けて話し出した。
「…私達家族は、血の繋がりがない。普通と違う、変だと思う人もいるでしょう。…これから先、あなた達は何度もそう思われることになる。…辛いことね。お父様もお母様も守ってあげられない。」
 静かな声で話されるさなの言葉を、子供達は神妙な顔つきで聞いた。
「普通と違うことは、この世界では辛いことね。でも普通って思うものだって、みんな同じということはないわ。みんなそれぞれに違う。表に見えないだけなの。」
 さなは子供達に手を伸ばし、引き寄せる。三人の顔を真剣な眼差しで見回した。
「今からお母様が言うことを、覚えてね。間違って覚えたらダメよ。」
 子供達はさなの言葉を待つ。
 さなはゆっくりと、はっきりとした声で伝えた。
「あなた達は私とお父様を幸せにしてくれてる。私とお父様は、あなた達に生きて欲しい。」
 双はポロポロと泣き出し、來花は目を手の甲で拭い、月乃は瞳を潤ませた。
 さなは三人を強く抱きしめた。
「解ったわね? 私の子供達…お堅い月乃、聞かん坊來花、泣き虫双。」

 僕達家族は血の繋がりこそ無かったけれど、幸せでした。

 やがて、お父様の研究はいろんな人に認められるようになり、沢山の賛同者、協力者に恵まれました。
 でも、それを快く思わない人々も当然いたのです。
 僕達が高校に入った辺りの頃、お父様の笑顔と口数が少なくなっていました。

 帰宅した曙を月乃が出迎えた。
「おかえりなさい、お父様。」
「ただいま、月乃。…相変わらず、煩わしいものだ…他の研究所との交流は。」
 疲れ切った表情でネクタイを緩める父を、月乃は真っ直ぐに見ていた。
「…お父様。」
「何だ?」
 曙が視線を向けると、月乃は通る声で話した。
「私達姉弟はお父様が好きです。お父様の研究も好きです。何があっても、気にしないでください。」
「…ありがとう、月乃。」
 月乃の言葉に、曙は弱い笑みで応えた。

 後から知ったことですが…あの頃、お父様を妬んだ人々による嫌がらせが、連日あったようです。
 スパイにデータを盗まれる、優秀な研究員を引き抜かれる、誹謗中傷…様々な悪意をお父様は受けていました。
 その悪意は結果、僕達からお母様を永遠に奪っていきました。

 さながリビングのテーブルに、届いた荷物を置いた。來花が不思議そうに覗き込む。
「何か届いたの?」
「そうね。お菓子みたい。」
「差出人は…先輩か。」
 さなが荷物の封を開けると、綺麗に包装された菓子箱が出て来た。
 さなはそれを一瞬じっと見た後、皆の顔を見回した。
「…月乃、來花、双。お茶が切れていたの。お父様と一緒に買いに行って来てくれるかしら。」
「え?」
 疑問符を浮かべた家族に、さなはにっこり笑った。
「お願い。」
「うん、解った。」
 姉弟達が頷く。さなは家族に向かい、温かく笑んでみせた。
「…あなた、月乃、來花、双。…ありがとう。」

 近所のスーパーでお茶を買い、姉弟達と曙は家に向かっていた。
「お母様の淹れるお茶、美味しいよね。」
「うんっ。」
「帰ったら早速淹れてもらうか。」
「はい。」
 他愛もない話をしながら來花、双、曙、月乃は自宅の玄関にたどり着いた。來花がドアを開ける。
「ただいまー。」
 だが、いつもならさなの返事が聞こえる家の中は、異様に静まり返っていた。
「…お母様?」
 子供達が首を傾げる中、空気の流れに乗って来た匂いを嗅ぎ、曙はハッとした。
「…お前達はここにいろ。」
 不安げな顔をする子供達に言い置き、曙は玄関から先に入った。子供達が見守る中、曙はリビングに続くドアを開けた。
「…!! …う…あ、あ…!」
 突然、曙は言葉にならない震える声を上げた。
「お父様どうしたの!?」
「来るな!! 来るんじゃない!! 来てはダメだ…!!」
 慌てて家に上がろうとした子供達は、父の叫びで踏みとどまる。曙は叫びのような声を震わせながら、リビングに入って行った。
「さな…うあ…あ、あ…!!」
「お母様がどうしたの!? お父様!」
 子供達は問いながらも、足を震わせていた。その場から動けずにいた。
 …やがて、玄関に父が戻って来た。服には血がべっとりとついている。
 月乃は顔を強張らせ、來花は見開いた瞳を震わせ、双は泣きながら曙の呟くような声を聞いた。
「…さなは、死んだ…。」

 送られて来たお菓子の箱は、金属片が大量に入った爆弾でした。届けられてからいくらもしないうちに、爆発する仕掛けになっていたようです。
 爆弾を送って来たのは、かつてのお父様の研究仲間。お父様を妬んでのことでした。差出人の先輩という人も、表向きはお父様の味方をしながら、研究仲間達の「嫌がらせ」に一枚噛んでいたことが後に解りました。
 もちろんこれは警察沙汰です。
 でもこの事件は結果、もみ消されました。主犯格の一人に、警察のお偉方の親族がいたからです。
 僕達の幸せは、破壊されました。

 お母様の葬儀が終わってから、お父様が何日も家に帰ってこない日が続きました。

 静まり返った家の中で、三姉弟達は身を寄せ合っていた。
「…お父様、どうしてるのかな。」
 來花がぽつりと口にしたのは、もう何度も繰り返した疑問だった。
「研究所にいるみたいだけど…心配だよ…。」
「どうしよう…父さんまで死んじゃったら…。」
 双は目に涙をいっぱい貯めている。月乃はただ、唇を固く閉ざして下を向いていた。

 お父様は時折、寝るだけの為に家に帰って来てはまた研究所に行き、何日も帰って来ない…そんな日々を三ヶ月ほど繰り返しました。
 ある日、帰って来たお父様は、僕達三人を呼びました。
 お父様の髪はボサボサで、血走った目で私たちを見下ろして、枯れた声で僕達に声をかけました。

「…月乃。來花。双。」
 名を呼ばれ、來花と双は不安げに曙を見る。月乃は静かな声で返事をした。
「…はい、お父様。」
「これから私の言うことをよく聞け。そして、どうするか決めるんだ。」
「え…?」
 來花は思わず戸惑いの声を上げ、双は血の気の引いた顔で黙っている。月乃は再び頷いた。
「はい、お父様。」
「私は世界を壊したいと思う。私達からさなを奪った世界を。さなを無かったことにした世界を。」
 曙の言葉に、來花は目を見開いた。
「この世界はあまりに悪意が多すぎる。悪意持つ人間達だけが生きることを許されて、懸命にやればやるほど攻撃される。正直の頭に神宿る、因果応報などという言葉もあるが、そんなことはもうこの世界にはないんだ。正直者を守るものなど何もない。悪事を働いたものに罰を下すものなどないんだ。」
 冷たい空気が家の中を支配していた。わずかな音を立てるのも許されないように。
 曙はしゃがれた声で、吐き出すように言葉を紡いだ。
「私はこの世界の悪意を全て潰してやる。それによって人間が全て潰れるなら、潰れればいい。」
 來花と双が息を飲む。月乃は静かに問うた。
「…どうやって?」
「人間のいる場所からは到底出来ない。ならば、人間でない場所からやればいいだけだ。」
「…あ…!」
 思い至った來花は思わず声を上げた。曙は構わないように続ける。
「だが、あれだけでは足りないものがある。…人間の頭脳回路が必要だ。」
「人間…。」
 双はようやく震える声を出した。月乃は理解したように口を開いた。
「…私達が必要なのですね。」
 曙は頷き、血走った目を三人に向ける。
「人間を潰すために人間を使う…皮肉だと思うだろう。だが残念なことに、人間がこの世界で一番はびこっていることには変わりない。そして、あらゆる違う視点を持つのは人間のみだ。私は今まで集めた様々な視点のデータに人間を加えて、この悪意だらけの世界を潰す存在を作る。」
 子供達は表情を固くして父の言葉を聞いた。
「一度しか言わないからよく聞け。今の話を聞いて怖いと思ったら、この家を出ていけばいい。他の里親を探せるように手配をする。協力したいと思ってくれたなら、この手を取ればいい。」
 言い終わった曙は子供達に向かい、ボロボロの手を差し出した。

 世界を潰す。
 お父様の考えを聞き、最初に手を取ったのは月乃姉様でした。

「…いいのか、月乃。」
 かすかに震える声で曙が問うと、月乃は深く頷いた。
「…はい。私はお父様の研究に付いて行きます。」

 僕もお父様の手を取りました。

「…來花。」
「…お母様に酷いことした奴らに、復讐する。」

 最後に双も、お父様の手を握りました。

「…双。」
「…オレは、みんなとずっと一緒にいる!」

 お父様は深く思うように目を閉じてから、また狂気に染まった目を開き、僕達の手を握りました。

「なら、来い。」

 僕達はお父様の研究所に連れて行かれました。
 内部は以前に僕達が行った時と違って、人はほとんどいなくなり、がらんとしていました。

 來花達四人の元に、二人の研究員が歩いて来た。
 一人はきつい眼差しの女性、一人は冷静な風貌の、まだ少年とも言えそうな男性だった。
 きつい眼差しの女性が曙に問う。
「博士、この子達が?」
「そうだ。実験体になってくれる、私の子供達だ。」
 曙が頷くと女性、男性の順で來花達三人に自己紹介がされた。
「そうですか。私は天宮(あまみや)と言います。」
「…長征(ながゆき)です。」
 來花と双は強張った顔をして、月乃は真っ直ぐに前を見据え、二人の名を聞いた。
「早速準備をしよう。」
 曙が指示をすると、研究員達は動き出した。

 僕達三人は、身体中に様々な機械をつけられて、椅子に座らされました。側にはお父様がずっと研究に使っていた、大きな演算装置がありました。
 お父様は最初に月乃姉様、次に僕、最後に双の座る場所を回り、僕達の首にタグをつけて回りました。
 僕のところに来た時に、お父様は言いました。

「今日からお前は演算装置『神舟(かみふね)』の一部だ。…ライカ。」

 ライカ。
 僕の名前とは違う…記号であると感じました。
 同様に月乃姉様はジョウガ、双はジェミニという記号を与えられました。
 その記号を聞いた時、一瞬胸が強く震えたのは…それは、あまりに優しすぎるお父様の覚悟…復讐の為ならこれから先、子供であっても道具にする、何があっても非情であるという決意だということを感じたからだと思います。
 僕達も覚悟を決めていました。お母様を奪った世界を、悪意が無くならない人間ごと潰す…と。

 研究は身体的にも精神的にも、とても苦しいものでした。
 人間の脳を無理やり機械に繋いでいたから、当然かもしれませんが。
 連日休みなく繰り返される実験にさらされる僕達。それでも僕達の思いは一つでした。お父様に従い、世界を変える為に。

 二年の歳月が経った頃。
 演算装置神舟を本格的に動かすための実験に着手することになりました。
 僕達はいつものように沢山の機械を繋がれ、定位置に座っていました。若干緊張していました。これが成功すれば、復讐を遂げるための大きな前進になる…そう信じて疑わなかったからです。
 神舟が演算を始め、大きな機械音が響き渡り、身体中に繋がれた機械から脳が揺さぶられる感覚を覚えました。視界がぐらつき、吐き気がしました。
 頭の中がめちゃくちゃになる感覚が頂点に達した時でした。
 突然、神舟が勝手に演算を始めました。凄まじい勢いで演算しながら、神舟はガタガタと揺れていました。数少ない研究員達は騒然となり、お父様は狂気に染まった目を見開いていました。
 神舟は突然、がくんと止まりました。
 その時、苦痛と疲労で限界が来ていた僕の意識は曖昧でしたが、視線の先にあった窓から見えていました。真っ赤に光る稲妻が、雨のように降り注いでいるのが。
 研究員達は混乱に陥り、お父様は赤い光を見て狂った笑い声をあげました。
「やった、やったあ! やったあああああ!!」
 研究が成功したんだ、これで世界を…みんな終わらせられる。
 お父様が喜ぶ様を見て、そんなことをぼんやり思った時。
 赤い光が天井を突き破り、お父様の体を引き裂きました。お父様が絶命したのを認識する間も無く、僕達三人も赤い稲妻に打たれました。

 気がつくと、僕達は全く違うところにいました。
 見下ろすと、研究所の床がはるか下に見えました。
 僕達三人の背中には作り物のような翼があり、周りを沢山の0と1が取り巻いていました。
 そこは、あらゆるものが0と1で構築されている世界…コンピューターの世界でした。

「ここは…。」
 ライカが戸惑っていると、そばにいたジョウガが冷静に話した。
「神舟の中だと思う。」
 ライカはしばらく思うように黙ってから、呟くように口にした。
「…お父様は…。」
「父さん…。」
 ジェミニは目に涙を溜めていた。
 不意に、ライカ達の周囲が闇に包まれた。ジェミニが泣きそうな声を上げる。
「何!?」
「真っ暗に、なった…。」
 ライカは強い眠気に体が支配されるのを感じた。

 全ての力が抜け、僕は眠りにつきました。
 眠りながら僕は、研究員達の言葉をぼんやりと聞いていました。

「星海博士は…。」
「残念ですが…。」
「研究は…。」
「…三姉弟の反応が、神舟の中に…。」
「…実験は続行させられる。」

 僕が目を開けると、闇の中からジョウガ姉様の声が聞こえました。

「目を覚ましたか。ライカ、ジェミニ。」
「姉様…。」
 ライカが呼ぶと、ジョウガの冷静な声が返って来た。
「…お前達は神舟の外に出ろ。」
「な、何で!? 姉様!!」
 ジョウガの言葉にジェミニが驚き、声を上げる。ジョウガは落ち着いた姿勢を崩さず、話す。
「このままではお前達の身が危ない。あの災厄も再び起こされるかもしれない。」
「や、ヤダよオレ! オレは姉様達とずっと一緒に…!!」
 ジェミニが叫ぶ中、ライカは張り詰めた声で同意した。
「…解った。ジョウガ姉様。」
「何言ってるんだよライカ姉さん!! オレは…!」
 食い下がろうとするジェミニに構わず、ジョウガは言葉を口にした。
「…ライカ、ジェミニ。…ここではない、遥か遠くに!!」

 弾かれる衝撃に襲われ、僕は気を失いました。
 …目を開けると、そこは様々な人と情報が交差する…インターネットの世界でした。
 僕はその世界を、当てもなく彷徨い続けました。
 ネットで繋がる様々な情報、人々の会話を垣間見ては一人彷徨う。
 そんなことを繰り返し、また二年程が過ぎた頃、僕はユーリィと出会いました。

 最初の出会いはとあるネット掲示板でした。
 陰鬱な内容ばかりが飛び交う、普通の人にはあまり縁のない掲示板でした。いつもだったら、こんな所もあるのかと通り過ぎていたと思います。
 でも、書き込まれたユーリィの言葉に、僕は目を奪われました。

「赤い稲妻、もっと降ればよかったのに。みんな死ぬか、オレみたいになればいいんだ」

 ユーリィはその掲示板の常連でしたが、そこでもおかしい奴扱いをされ、レスポンスを返されることもなく、ただ書き込みをしていました。
 気がつけば、僕はユーリィの発言の返信欄に書き込みをしていました。

「初めまして。僕の名前はライカと言います。お話を聞かせてください」

 僕が書き込みをしてから、いくらもしないうちにユーリィからの反応が返ってきました。

「お前、男か?」
「性別は女です。よく間違われるけど」
「僕っ娘やってかわい子ぶってんな。帰れ」

 最初はこんな感じの会話でした。
 それから僕は掲示板を訪れては、ユーリィにレスポンスを返していました。

「またてめえかぶりっ子が。帰れ」
「赤い稲妻、また降らねえかな。オレ当たりに行ったら今度こそ死ねるかな」
「赤い稲妻に打たれて、みんなオレみたいになればいい」

 ユーリィからの言葉はいつもこんな感じでしたが、僕はしつこく書き込みしていました。

「ぶりっ子で結構」
「赤い稲妻に打たれて死んだ人を見たことある? 悲惨なものだよ」
「やけに赤い稲妻にこだわるね」

 話を聞いているうちに解ったのは、ユーリィは引きこもりで、常にパソコンの前にいるということでした。
 掲示板にユーリィからの書き込みが二日ほど無かった時、ユーリィから僕宛にメールが届きました。

「掲示板から閉め出し食らった。ここにいる」

 そんな文章と共に、ネットを介して個人で話ができるツールと、それで使われているユーリィのアドレスが書かれていました。
 僕はユーリィに話をしに行きました。

「こんにちは、ユーリィ」
「お前が絡んでくるせいで、掲示板追い出された」
「そう。災難だったね」
「お前は何を目的にしてんだ?」

 何を目的にしているか。僕は考えました。ただ突き動かされるようにユーリィに話をしていたから。
 懸命に考えて、頭の中に浮かんだのは。

「赤い稲妻をどう思ってる?」

 かなりの間の後、ユーリィは発言しました。

「憎んでる。あれに変な力を植え付けられた。オレは人前に出られない」

 …人々のネットでの発言を見て知っていました。
 時間にすればわずか二、三分程度のものだった、あの赤い稲妻の雨。
 それがたくさんの人々の命を奪い、打たれてなお生き残った人々は、普通の人間にはない能力を植え付けられたこと。
 僕は自分のやっていたことは偽善だと、改めて思い知らされました。
 赤い稲妻を招いたのは、僕達家族が作った神舟。ユーリィはそれの被害者。
 …僕がユーリィを傷つけた。

「僕は君のそばにいたい」
「何言ってんだ偽善者が」
「何言ってもいいよ。何かの悪口でも僕への不満でもいい。君のそばにいさせて。それが僕個人の意志である限り、君も文句は言えないでしょ?」

 償いをしたかったのか、いいことをしたかったのか…それは僕自身にも解りません。
 でも、とにかく彼のそばにいなければ。そう思ったんです。
 ユーリィにとっては、そこからが地獄だったのではないでしょうか。彼はダムが決壊したように、沢山の心の千切れるような言葉を、毎日毎日僕にぶつけ続けました。
 ユーリィがぶつけてくる悪意の言葉に返す。いつ果てるとも知れない繰り返しが連日続いたある時。
 僕はユーリィにアクセスした直後に言われました。

「死ね くそ女 偽善者が気持ち悪い」
「そうだね。君にとったら、僕はそうなんだよね」

 僕が返すと、ユーリィはかなり黙ってから、ぶつけてきました。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 言葉の羅列が止まってから、僕は送信しました。

「死ねないよ。そんな君を残して。偽善者だろうが何だろうが、僕は君を残して死にたくないんだ」

 そこから、かなり長い間沈黙が流れました。
 彼からやっと送信されてきたのは。

「こんなこと言うオレが、一番死ねばいいのに」

 ユーリィは優しい人なのに。
 僕が傷つけたせい。
 でも、僕は…。

「少し、話したいよ。何でもいいから、僕にお話しして。僕は君に生きて欲しいよ」

 それから僕とユーリィは、少しずつ話が出来るようになりました。
 他愛のない話が多かったです。好きな本のこと、昔のテレビやゲームのこと、悪意のない冗談…。

「そのステージクリアしたら、ゲームの画面がむきむきの爺さんのどアップになって」
「面白いねそのゲーム!」
「かなり古いゲームだけどな。手元にもう無いし」

 ユーリィが話してくれたゲームの話に笑った後。
 僕はふと、もう叶うことがないことを思いました。

「僕もユーリィと一緒に、ゲームやりたいな」
「やろうと思えば出来ないか?」
「出来ないんだ。オフラインの世界でユーリィに会いたくても、会えないんだ」
「何で」
「…僕の体、もう無いから」
「本当か? おばけなのか? お前」
「そんな感じかもしれないね。焼き尽くされちゃったから。赤い稲妻に。…だから…僕は結局、この世界に独りぼっちだよ」

 僕はユーリィに会いに行くこともできない。このネットの世界に独りぼっち。
 改めて認識したら、僕の目から涙が溢れてきました。僕が泣きじゃくっていた間、ユーリィからは返信がありませんでした。
 長い時間が経って、僕が何とか泣き止んだ頃、返ってきた言葉は。

「…悪い。本当に何て言ったらいいのか解らない。ライカはオレにたくさん話してくれたのに」
「いいよ。僕は大丈夫だよ。でも、君にはちゃんと身体があるんだ。君にはオフラインの世界で生きて欲しいよ」
「オレは普通とは違うんだ。変な能力持ってて…どうやって、生きればいいんだろう」
「僕を育ててくれたお母様が、昔言ってたんだ。『普通と違うことは辛いことだけど、普通がみんな同じってことはない。みんな違う』って」
「何だよ、それ」
「みんな違うなら、君だって生きていけるよ。そっちの世界で。僕はそっちの世界に行けないから、具体的には助けになってあげられない。でも答えを出すための、聞き役なら出来るから」
「本当に、何だそれ…」
「君ともっとお話ししたいってことだよ」
「そうか」

 それからユーリィは少しずつ、ゆっくりとオフラインの世界に目を向けるようになっていくのが、話していて解りました。
 オフラインの世界のことを僕にたくさん話してくれるのが、とても楽しかった。
 それがしばらく続いた頃のある日。

「ライカ、いるか?」
「いるよ、ユーリィ」
「オレ、引っ越すことにした」
「引っ越し?」
「ここの近所には面も割れてるし、能力も知られてるから居づらいんだ。オレを知らない場所に行こうと思う」
「そうなんだね」

 それから一呼吸置いて、ユーリィが発言しました。

「ライカ、ありがとう」
「何が?」
「こんなオレにずっと付き合ってくれたこと、感謝してる」
「え、そんな僕は…」
「変な奴だな。散々オレにつきまとってきた癖に」
「あ、えっと…」
「引っ越しが終わったら、すぐにネット繋げるようにするから。これからも、話をして欲しいんだ」
「うん、解った。ありがとう」

 全ては僕のせいなのに、ユーリィが言ってくれた「ありがとう」が、僕にはとても嬉しかった。
 それから間も無く、ユーリィは引っ越し先を決めました。言葉通りにすぐにネットに繋いで、僕に引っ越しの報告をしてくれました。

「ユーリィ、引っ越しお疲れ様」
「引っ越しって疲れるもんなんだな」
「ところで、引っ越ししたところ、元はカフェだったんだね」

 僕がユーリィの引っ越し先の話をすると、ユーリィは返してきました。

「ああ。カフェの形してた方が、開くのに楽かと思った」
「開く?」
「オレ、カフェを開こうと思う」
「そうなんだ、びっくりした」
「カフェっていうか…たまり場みたいなものを作りたい。能力者の」
「能力者の?」
「赤い稲妻に打たれて生き残った奴らは、みんな変な能力を植え付けられた。多分、オレみたいに生き辛いと思ってる奴らもいると思う。そんな奴らのたまり場にしたい」

 ユーリィの引っ越した先は、今のカフェボストークでした。
 ユーリィが考えていたことを、僕は純粋にすごいと思いました。

「すごいね! それすごい!!」
「それで、ライカにも手伝って欲しい」
「お手伝い?」
「痛い思いして、それを話すことも出来ないような奴もいると思うんだ。そんな奴が来た時に、話し相手になって欲しい」
「僕でいいの? ネットでしか話せないけど…」
「お前に頼みたいんだ、オレは」

 嬉しかった。
 ユーリィが生きようとしていることが。僕にもユーリィのお手伝いが出来ることが、本当に嬉しかったんです。
 ユーリィがカフェボストークを開いてから一年程して、ヴェテロクとチェルナが来てくれて、僕ともチャットを介して話をしてくれるようになりました。
 僕の周囲はとても楽しくなりました。

 そんな最中でした。
 僕が気まぐれにネット上を渡り歩いていた時。

「…ジェミニ…?」

 僕は視線の遥か先にジェミニを見ました。
 生きていてくれたんだ。
 嬉しくて、近づこうとした時、ジェミニの声が聞こえてきました。

「いつまで時間かかってんのさ。オレは早く姉さんに会いたいんだよ」
「メルクリウス、君とは友達だから待っててあげてるけどさ、いい加減急いでよね」
「あのユーリィとかいう悪い奴から、姉さんを取り戻すんだ」

 ジェミニにはあの「泣き虫双」の面影は全く無く、その態度は傲慢に満ち溢れ、話をしている誰かに平気で辛い言葉を吐いていました。
 僕は怖くなり、その場から逃げ出しました。

 危機感を覚えた僕はユーリィに手伝ってもらい、ボストークチャット、そして僕自身のセキュリティを強化しました。
 それから間も無く、連日僕に対してのアタックが繰り返されているのを感じましたが、やがてそれもおさまりました。

 今から思えば、僕はジェミニと遭ってしまった時点で、ユーリィから離れるべきだったのかもと思います。
 ジェミニの様子からユーリィが、そしてボストークのみんなが、何かしらの攻撃をされることは目に見えていたのに。
 でも僕は、ユーリィとボストークのみんなといるのが楽しいという理由でそばにい続けて、結果みんなを深く傷つけることになったのだと思います。
 こうなってしまった以上、僕にはもう関わらない方がいいです。
 本当にごめんなさい。
 ライカより

 悠里がライカからのメールを読み終わると、聞いていた皆は一様に困惑した表情を見せ合った。
「…ライカさんのお父さんが、赤い稲妻を降らせた…?」
「かみふねとか、何か訳解んねえよ…。」
 朔は心配そうに悠里を見上げる。悠里は思うように、スマートフォンの画面を見つめていた。
 やがて悠里は、静かに口を開く。
「…それでも、オレはライカを助けたい。」
「ユーリィさん…。」
 皆が注目すると、悠里は揺らがない決意を持った眼差しで皆を見た。
「ライカが赤い稲妻に加担したのは確かなんだろう。でも、オレがライカを好きなこと、ライカがあの時、オレを救ってくれたことには変わりないんだ。」
 悠里の言葉を聞き、朔はホッとした表情を見せた。
「でもどうすりゃいいんだ…。ベルカやライカさんの手がかり…ていうか、アポロの手がかりが全然…。」
 虎徹が苛立たしげに頭をガリガリと掻いていた時。
 悠里のスマートフォンが短く鳴り、皆驚いた。悠里は画面を確認する。
「メール…? 差出人…アトラス…?」
「ええ!?」
「アトラスが、メール…?」

 差出人の名前を聞いた嵐と燐が、思わず声を上げた。
 悠里がメールを開くと、短い文章が現れた。皆、悠里のスマートフォンの画面を覗き込んだ。

「ボストークのリーダーへ
 初めまして。
 オレはアポロの一員でアトラスと呼ばれている。
 ボストークに朔という名前の、能力の無い普通の人間が仲間として存在していると、オレ達が捕まえた奴から聞いた。
 朔という彼と殴り合いをしたい。彼が勝てば、アポロの今の居場所を教えてやる。」

「アポロの奴が…!?」
 虎徹は驚きを隠せなかったが、それ以上に驚いていたのは嵐だった。
「アトラス…あいつどうして!?」
「アポロの人で間違い無いの?」
 瑠璃が問うと、燐が戸惑いながら頷いた。
「アトラスは…メルクリウスの補佐、してる人…。」
「ストレルカさんと殴り合いしたいって…。」
 歩が不安そうに朔を見やる。
「…オレ、やります。その人と会ってみます。」
 朔が皆に向かい、発言すると、虎徹が声を荒げた。
「ストレルカ、いい加減にしろ!!」
「もう無茶しないで、お願い!!」
 瑠璃も泣きそうな声で続けると、朔は落ち着いた様子で皆を真っ直ぐ見た。
「…オレ、多分危なくなると思うんです。」
 皆は一瞬目を丸くする。朔は落ち着きを崩さず、話をする。
「オレは能力のない普通の人間だから。でも、オレも鼎を何とか助けたいんです。だから、何かあった時…本当に危ない時は、助けてくれると嬉しいです。」
 カフェの中が静まり返る。僅かな沈黙の後、ユーリィは手を伸ばし、朔の手を強く握った。
「…解った。任せておけ。」
「ユーリィさん!」
 虎徹は思わず声を上げるが、瑠璃も手を伸ばし、朔の手を握った。
「私も、ストレルカに何かあったら助けるから。」
「オレも何とか助けます!」
「アンタ、とんでもない人に目えつけられたな。でも…。」
「燐も、助けるよ。」
 続けて歩、嵐、燐も朔の手を握った。
 虎徹は言葉を飲み込むように唇を結ぶと、朔の手を握った。
「…解った。お前が危なくなったら、否応にでも手え出させてもらうぞ。」
「…ありがとうございます。」
 礼を言った朔は、ボストークの皆には久しく見せていなかった、柔らかい笑みを浮かべていた。

 To be continued
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