第十七話 朔の涙

 街中のとある雑居ビルの前に、朔達は再び集まった。
「ダメだ…解らないって。」
「こっちも…。そういう連中がいたっていう事すら、解らなかったみたいで…。」
 虎徹と瑠璃は他の皆に向かい、首を横に振った。
 朔達ボストークのメンバーは、途絶えたアポロの足取りを求め、アポロの事務所があった雑居ビルの周辺住民に聞き込みをしていた。
 だが皆一様に肩を落とし、結果が思わしくないことを表していた。
 嵐が苛立たしげに頭を掻く。
「やっぱりか…。メルクリウスはアポロの存在が不自然に見えないように、気を配ってたからな…。」
「管理人さん、アポロの人達がいなくなったのは真夜中だって言ってましたよね…。目撃者もいないみたいです…。」
 朔が言うと、瑠璃は落胆した様子で頷いた。
「この辺裏通りで、人通りなさそうだものね…。」
「どうする? この辺じゃ、これ以上聞き込みしてもダメっぽいけどな…。」
 虎徹が皆を見回すと、悠里が一言発した。
「…一旦、ボストークに戻ろう。」
 悠里が踵を返して歩き出すと、皆は何も言えない様子で後を付いていった。

 カフェボストークに戻った朔達は、めちゃくちゃになった店内でそれぞれに座っていた。
 重い静寂が支配する店内で、瑠璃は懸命に提案した。
「…警察に行ってみるとかは?」
「無駄だな。能力者絡みのことは、警察ではなかったこと扱いだ。」
 虎徹が首を横に振ると、瑠璃はまた肩を落とした。
「そうか…。」
 皆はしばらく沈黙する。瑠璃は考えながらまた提案した。
「…えっと…ビラを撒いてみるとか…。」
「何て書くんだよ…。」
 虎徹の問いに、瑠璃は渋い顔をする。
「うーん…アポロっていう連中を知りませんか…じゃ解らないなあ…ベルカを見なかったか…あ、これは?」
「ベルカを見なかったか…。プシンカ。お前の能力でベルカの居場所解らないのか?」
 虎徹が気がついたように歩に問うと、歩は困ったように虎徹を見上げた。
「さっき気付いてやってみたんですけど…オレの解る範囲の外にいるみたいで、解らないんです…。」
「範囲ってどの位だ?」
「オレの家から、ボストークの辺りをちょっと超えた位まで…。」
「直線距離にして2キロってとこか…。そこより遠いとこにいるってことか…。」
 皆は重く溜息を吐いた。
 瑠璃が三度、ぎこちなく提案した。
「…そ、そうだ! ストレルカ学校に行ってるよね? 学校の友達に聞いてみるとか…。」
「チェルナ!」
 虎徹が声を飛ばすと、瑠璃はハッとして口をつぐんだ。
「! あ…。」
「はい! 聞き込みしてみます!」
 朔が顔を上げてはっきりと返事をすると、皆は表情に戸惑いを浮かべた。
「…ストレルカ、お前…。」
 虎徹が口を開こうとしたのを遮るように、朔は強く頷く。
「誰か知ってるかもしれない! これから行ってきます!」
「あ、ストレルカさん! 行っちゃった…。」
 朔が出て行った出入り口を見やりながら、虎徹は瑠璃にわずかきつい眼差しを向けた。
「…チェルナ、お前だって知ってんだろ…ベルカとストレルカが学校で村八分に遭ってること位…。」
「ごめん…。」
 瑠璃が俯いて謝ると、燐が小さな声で問うた。
「むらはちぶ…?」
「仲間外れってことだ。」
 嵐が短く説明を返すと、燐は思うように言葉を反芻した。
「仲間外れ…。」

 朔が学校に着いたのは、昼休みも終わる時間だった。
 教室に入って来た朔を見、朔のことを普段から気に入らない様子のクラスメイト達がこれ見よがしに言い出した。
「…何だあ? 重役出勤だなー。」
「珍しいなー、普段うるっさいヒトが遅刻なんてな。」
 朔はクラスメイト達に近づいていった。
「…ん?」
 クラスメイト達が訝しげに見上げると、朔は彼らに問うた。
「…鼎、何処かで見なかったか? 少し遠くに行ったらしいんだけど…。」
「知らねーよ。」
「オレも知らね。」
「…そうか。ありがとう。」
 投げやりな回答に朔は礼を言うと、別のクラスメイトのところへ行った。クラスメイト達は気にする様子もなく、談笑に戻る。
「…鼎、どこかで…。」
「知らねーよんなの!」
 別のクラスメイトは朔の言葉を遮り、いかにも迷惑そうな顔をした。
「席につけ、お前らー。」
 午後の授業を担当している教師が教壇の前に立つと、皆それぞれ席に座った。
 皆が座ったのを確認すると、教師は誰も座っていない鼎の席を見、軽く舌打ちをした。
「日向は欠席か…誰か聞いている奴はいないのか?」
 誰も何も言わないのを見ると、教師は事務的に教科書を広げた。
「…じゃあ、授業始めるぞ。」

 放課後。
 朔がカフェボストークを訪れると、瑠璃は心配そうに問うた。
「あ、ストレルカ。どうだった…?」
 朔はわずかの間沈黙してから、苦笑した。
「今の所、手がかりなくて…。」
「そうか…。」
 皆がまた重い溜息を吐く。朔は溜息を打ち消そうとするように笑顔を見せた。
「あ、でも、これから鼎を見かける奴もいるかもしれないし、クラスじゃない奴らにはまだ聞いてないから、明日も聞いてみます!」
 朔の弾んだ声に、皆は困惑した顔を見合わせた。
「…ストレルカ、あのね…。」
「早く手がかりを見つけないと!」
 瑠璃の言葉を遮った朔に、皆は何も返せなかった。

 翌朝。
 朔は通学路で学校に向かって歩きながら、聞き込みをしていた。
「すみません、オレの友達…日向鼎っていうんですけど…どこかで見ませんでした?」
 問われた女子生徒達は、引いている様子で返答した。
「え。…知らない…。」
「そうですか、ありがとうございます。」
 朔が一礼して歩いていくと、女子生徒達はヒソヒソと話し出す。
「ねえ、あの人隣のクラスの…。」
「関わらない方がいいって。」
 背中に声を聞きながら、朔は自分の胸に触れた。一昨日の晩、鼎に思い切り突き飛ばされた胸。
 突き飛ばされ、驚く朔に、鼎は叫んでいた。

「…く! …ろ!!」

 朔は表情を陰らせ、ぼんやりと思った。

 …あの時、鼎は何て言ったんだっけ…。

 夜。
 帰宅した朔を祖父が出迎えた。
「帰ったか、朔。鼎君のお母さんが来ていたぞ。家に帰っていないそうで、何か知らないかと…。」
 朔が何も言わずにいると、祖父も思うように黙ってから、また口を開いた。
「…どこかで何か問題を起こしていないか…それをしきりに心配している様子だった。…酷な心配の仕方の気がするが…。」
 朔は一瞬、口を開きかけてからぎゅっと唇を結ぶ。
 そして、祖父にはっきりと口にした。
「オレ、鼎を探し出すよ。」
「朔…?」
 祖父が一瞬戸惑う様子を見せると、朔は一人で頷いていた。
「何とかして、探し出さないと!」
 そのまま自室に戻っていった朔の背中を、祖父は何も言わず見送った。

 翌日の学校。
 廊下を朔のクラスメイト達が、話しながら歩いていく。
「そーだ。片桐、最近日向探してるらしいぜ。」
「あー、休んでんだっけ? 連絡も何もないって…。」
「ズル休みしてどこ行ってんだかな。羨まし。」
 クラスメイトの一人がイライラした様子で吐き出すと、もう一人のクラスメイトが面白そうに話した。
「案外、逃げたんじゃねーの?」
「逃げたって?」
「片桐からに決まってんじゃん。あいつら常にべったりだったろ。」
 さも当然と言うようにもう一人が言うと、一人は笑い声を上げた。
「そうだな。特にいじめとかあったわけじゃねえもんな。」
「片桐って結構、未練タラタラなとこあるんだなー。」
「怖い怖い。」
 クラスメイト達の遠慮がない会話を、結緒は廊下の片隅で黙って聞いていた。

 カフェボストークでは、虎徹達が店内の片付けを始めていた。
 ガラスの破片を箒で掃いていた虎徹が上半身を起こし、呟く。
「ベルカがアポロに攫われて三日目か…。」
「…ストレルカ、今日も学校で聞き込みするって言ってたね。…辛いはずなのに…私、本当に無神経なこと言っちゃった…。」
 テーブルを拭く手を止め、瑠璃が瞳を潤ませた。
 虎徹はカウンターの片付けをしている、嵐と燐を見る。
「ユーリィさんは?」
「壊されたパソコン、片付けるって言ってました…。」
「地下に来ないで欲しいって、言ってた。…泣きそうだったよ…。」
 嵐、燐の順で答えを返すと、虎徹と瑠璃は気落ちして俯いた。
「そうか…。」
 皆しばらく、黙って掃除をしていたが、不意に燐が皆に問うた。
「…ストレルカにとって、ベルカは大事な友達?」
「そうだな。見てれば解るだろ。」
 嵐が呆れた様子を見せる。燐は考えるように少し黙ってから、か細い声で話した。
「…でも…誰も、ストレルカが泣いてるところ、見てない。辛かったり、苦しかったりしてるところ、見てない…。」
 燐の言葉を受け、皆の脳裏に浮かんだのは、弱音を吐かずに鼎の手がかりを探すことに邁進している朔の姿だった。
 瑠璃が辛そうに眉間にしわを寄せた。
「…確かに、様子がおかしいよ…。」
「…様子ぐらい、おかしくなんだろ…。」
 虎徹の視線は、遠く窓の外…夕焼けに染まる街をを見つめていた。

 赤く染まる通学路を、朔は一人で家に向かって歩く。
 俯き加減に歩く朔の脳裏には、沢山の言葉が巡っていた。

「…日向はまた欠席か。」
 誰も座らない鼎の席を見て、担任教師は忌々しげに吐き出した。

「あ? 知らねーって。」
「オレら元々関係ねーし。」
 クラスメイトのとある二人は、迷惑そうに返して来た。

「すみません、急いでるのでっ。」
 同学年の女子生徒は、言うと逃げるように去って行った。

「はは、コンビ解消してた?」
 また別のクラスメイトは、さも面白そうに嗤った。

 今日聞き込みをしたクラスメイトは、苛立たしげに怒鳴って来た。
「お前が嫌われたの棚に上げて、オレらのせいにしてんじゃねーよ!」

「…く! …ろ!!」
 朔の胸の内にずっと残っている鼎の叫びは、遠すぎて何を言っているのか解らなかった。

「…かなえ。」
 朔がか細い、震える声で呼ぶと。
「片桐。」
「…中畑?」
 前方で朔を呼んだのは、結緒だった。朔が戸惑っていると、結緒は問うた。
「…どうしたんだ? 最近日向、学校来てないけど…。」
 結緒が朔に向けたのは、ただ鼎の身を心配する表情、声、言葉だった。
 それを胸の奥で認識した瞬間、朔の瞳から涙が溢れ出た。
「な、片桐!?」
 ぼろぼろと泣き出した朔を見た結緒は思わず慌てたが、少し考えると歩み寄り、朔の頭にポン、と手を置いた。
「…うん。」

 帰って来た朔を出迎える為、玄関に出た朔の祖父は、泣いている孫を見てわずか、息を呑んだ。
「あ、どうも…。」
 朔と共に来た結緒がぎこちなく挨拶すると、祖父は何かを悟ったように落ち着いた様子で、結緒に声をかけた。
「…ありがとう。上がっていきなさい。」

 夕暮れの色が濃い朔の自室で、結緒は朔に問うた。
「…なあ、何があったんだ? お前と日向…。」
 朔が黙っていると、結緒は少し考え、また質問する。
「何か、話せないことなのか?」
「…話しても、解らないかもしれない…。」
 涙声で朔が返すと、結緒は朔に笑顔を見せた。
「いいよ。オレが解るまで話してくれよ。」
 朔はしばらく唇を結んでから、意を決したように口を開いた。

 朔は結緒に、鼎が赤い稲妻の能力者だと解ってからの出来事や、カフェボストークのこと、そこで出来た友達のことなど、あらゆることを話した。
 そうして話し終えた時には、時計は二〇時を回っていた。
「うーん…。メルクリウス、そいつ悪い奴だな!」
「え…。」
 言い切った結緒に朔が戸惑いを見せると、結緒は憤っている様子で続けた。
「だって、お前の大事な場所…ボストークっていうあのカフェめちゃくちゃにしてって、日向まで攫って行っちゃうんだから、オレにとっては悪い奴だな。」
「…その人にも、きっと何か…。」
 朔が弱い声を出すと、結緒はまたはっきりと言った。
「だからって、お前ら二人を傷つけていいことにはならないだろ。」
 朔が思うように黙ると、結緒は納得がいったように頷いた。
「なるほど。それで最近、あちこち聞いて回ってる風だったのか。」
「…うん。…でも何か、解らなくなって来た…。」
 朔の気落ちした言葉に、結緒は首を傾げた。
「何が?」
「…鼎は、オレに助けて欲しいのかな…。」
「ていうと?」
 結緒がまた疑問符を浮かべると、朔はポツポツと言葉を紡ぎ始めた。
「…鼎が捕まった時、オレ鼎を取り戻そうとして、必死でしがみついた。そしたら、鼎に思いきり、突き飛ばされた。」
 結緒は黙って朔の話を聞いている。朔は小さな声で続けた。
「オレ、びっくりして…頭真っ白になって…。気がついたら、鼎は連れて行かれてた。」
 朔は笑った。力無い、痛む苦笑だった。
「鼎はオレの行動が嫌だったんじゃないかって…聞き込みしてるうちに、その気持ちがどんどんでかくなって…。でも、何か手がかりが欲しくて頑張ってみたけど…。」
「オレは、そうじゃない気がするなあ。」
 結緒が発した否定の言葉を、朔は不思議そうに聞いた。
 結緒は考えながら話し出す。
「アポロって奴ら、ヤバイ奴らなんだろ? お前が何度もボコボコにされたくらい。」
 朔がまた戸惑いがちに結緒を見ていると、結緒は真っ直ぐに朔を見返した。
「そんでボストークってとこめちゃくちゃにされて、攫われそうになってる時に、そんなこと考えない気がする。…オレは、日向は片桐を守ろうとしたんじゃないかって、勝手に思っちゃうな。」

 結緒の言葉を聞き、鼎が朔を突き飛ばした時に発した叫び声が、朔の胸の内で近くなって来た。
 やがて鼎の叫び声は、朔の中で言葉になった。

「朔! 逃げろ!!」

 朔の口から、掠れた声が発せられた。
「…そう、か…。」
「オレはそう思うな。」
 結緒が頷きながら自分の考えを閉めると、朔の口からホッとしたような返事が出た。
「…うん。」
「だって、お前ら見てて、マジでお互い大好きだもん。そんなことある訳ないじゃん。」
 結緒が朔に嬉しそうな笑顔を見せると、朔も小さく笑った。
「…そうかな。」
「そうだって。」
 結緒はまた少し考え、朔に注意する。
「…また聞いて回るんだったら、学校の奴らは避けた方いいよ。あいつら無神経だし、責任能力無いんだから。」
「はは…。」
 朔が苦笑すると、不意に朔の携帯電話から音が鳴った。
「? メール…?」
 鳴った音は、メールの着信音だった。朔は携帯電話を開き、メールの画面を見る。

『差出人:七尾瑠璃
 ユーリィさんのスマホに、ライカさんからメールが来た!
 すぐに来て!』

 朔の目が見開かれたのを見て、結緒が声をかける。
「何かあった?」
「…オレ、ちょっと行ってくる。」
 朔が立ち上がると、結緒は察した様子で笑顔を見せた。
「…あったんだな。オレは何も出来ないと思うけど、日向見つかったら、ちゃんと連絡くれよな。」
「…うん。」
 朔は結緒に柔和な表情で頷いて見せると、自室を出た。

 朔が走ってカフェボストークに飛び込むと、瑠璃が出迎えた。
「あ、来た! ストレルカ!」
「ライカさんから、メールが来たって…。」
 朔が息を切らせて問うと、スマホを手にした悠里が話を始めた。
「…恐らく、何かあった時に送信される仕掛けになっていたメールだろう。」
 朔、虎徹、瑠璃、歩、燐、嵐は悠里を囲んで輪になって座る。輪の中心で、悠里はメールを読み始めた。

『ユーリィとボストークのみんなへ
 これを読んでいるということは、何か大変なことが起こったのだと思います。
 本当にごめんなさい。恐らくは全て僕のせいです。
 僕のことを詳しく話す時が来たと思います。長いメールになりますが、どうか最後まで読んでください。』

 To be continued
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