第十二話 決まった意思

 カフェボストークで虎徹と瑠璃が、素っ頓狂な声を上げた。
「遊園地でアポロの奴と一緒に遊んだあ!?」
「大丈夫だったの!?」
 遊園地であった出来事を話した朔は、大声に驚きながらも頷いた。
「え、あ、はい…。楽しみました…。」
「向こうも敵対してくる様子は、その時はなかったので。」
 鼎がコーヒーを飲みながら付け足すと、虎徹は呆れ顔をした。
「…こっち見ると襲ってくる奴らの仲間と、一緒に遊んだとか…。」
「…良くなかったですか、やっぱり…。」
 朔が落ち込んだ様に視線を伏せる。瑠璃は困り顔で悠里に視線を向けた。
「…うーん…ユーリィさん、どう思う…?」
「いいんじゃないのか。」
 悠里がさらりと返すと、虎徹と瑠璃は盛大に驚いた。
「え!?」
「ストレルカやベルカが言った通り、お互いプライベートだったんだ。そんな時にまでいがみ合う必要はないだろう。」
 悠里は何でもないことの様に話しながら、鼎の飲んだコーヒーカップを片付けた。虎徹がまた呆れ顔をする。
「プライベートって…。」
「つまりアポロの人達がこっちに敵対してくるのは、仕事だってことですか?」
 歩の発言に、皆思わず注目した。
「え?」
「だって遊んでる時は、襲ってこなかったんでしょ?」
 小首を傾げながら続けた歩の言葉に、恵が冷静に付け足す。
「…だったら彼らを統率する上がいて、その上の指示で彼らはこちらに敵対してくる…そんな感じなんじゃないですか?」
 恵の意見に、虎徹と瑠璃は少し考える顔になった。
 朔と鼎は皆の様子を見ながら、黙っていた。

 街の雑居ビルの一室、アポロの事務所。
 メルクリウスは苛立った様子で、アトラスに問うた。
「…1Bはどうしたんだ。」
「Vと一緒に街回ってる。」
 アトラスがさらっと返すと、メルクリウスは眉間にしわを寄せた。
「そうじゃない。…遊園地に行ってから、様子がおかしい気がする。」
「そうかもな。」
 アトラスがまたあっさり返すと、メルクリウスの眉間のしわが深くなった。
「それに…今日会った時に視えた。」
 メルクリウスの「視えた」という言葉を聞き、アトラスはわずか考える様に黙ってから、口を開いた。
「……Vに聞いたんだけどな。」
「何だ。」
「遊園地でボストークの奴らと遊んでたらしい。」
 アトラスの言葉を聞き、メルクリウスは目を見開いた。アトラスは続ける。
「成り行きでそうなってたらしいが、Vとはぐれてた間遊んでたとか。」
「……そうか…。」
 呟く様に、アトラスに返したメルクリウスの表情は、辛そうに歪められていた。

 ボストークの人間を探すというメルクリウスの指示の下、街を回っていた嵐が、隣を歩く燐を呼んだ。
「1B。…1B。」
 燐は前を向いたまま黙っている。心ここに在らずといった様子だった。嵐は語気を強めて再び呼んだ。
「燐!」
「! …嵐…。」
 驚いて振り向いた燐に、嵐は呆れた様子を見せた。
「今はVだ。…何ぼーっとしてんだ、お前。」
 燐は視線を伏せ、黙った。嵐は燐の様子を見てわずかの間考え、再び問うた。
「…いや、違うな。…何考えてるんだ、お前。」
「……ボストークは、敵なの?」
 おずおずと問うた燐に、嵐は冷静に答えた。
「メルクリウスはそう言ってる。オレ達はメルクリウスについて行ってる。」
 また黙って俯いた燐を見て、嵐はしばらく考えた。
「…行くか。」
「…え?」
 嵐が突然歩き出す。燐は慌てて付いて行った。

 嵐は燐を、街にある高校の前に連れてきた。
 ちょうど下校時間の為、校門付近にはたくさんの生徒達がおり、騒がしかった。その様子を見て、燐は強張った表情を見せた。
「…V、ここ…。」
「少し我慢して待ってろ。…出てくるとは限らないけど。」
 二人がしばらく、校門前に立っていると。
「あれ、燐ちゃん! と連れの人!」
「あ。……。」
 結緒が校舎の方から歩いて来た。燐は思わず小さな声を上げてから、飲み込む様に黙った。
 結緒は燐ににこりと笑み、挨拶した。
「こんにちは、遊園地以来だね。」
「あ、う…。」
 燐が戸惑う様に声を出すと、嵐が燐の前に出て、結緒に話し出した。
「お久しぶりです。…ちょっと、聞きたいことがあって。」
「何?」
 結緒が話を聞く姿勢を作ったのを確認し、嵐は問うた。
「燐と一緒に遊んでた後の二人…居場所を知りたいんです。」
「え。…片桐と日向? あいつらは…あ、そうだ、あのカフェにいるかも!」
 結緒が思い出した様に手を叩くのを見、嵐は軽く口角を釣り上げると頼んだ。
「…その場所、教えてもらえませんか。」

 カフェボストークのドアが開けられた。悠里が客を迎える挨拶をする。
「いらっしゃいませ。」
 入って来た客を見て、ボックス席にいた朔と鼎は思わず息を呑んだ。
 入って来た客…嵐は朔と鼎には構わず、カウンター席に腰を下ろす。後ろから来た燐もおどおどとした様子で、嵐の隣に腰掛けた。
 嵐が悠里に問う。
「…ここって、コーヒーが主ですか。」
「…はい。」
 悠里が小さな声で頷く。嵐は頷くと、注文した
「じゃあコーヒー。こいつにはミルクコーヒー。」
「かしこまりました。」
 悠里はコーヒーを入れ始める。
「…どうした? ベルカ、ストレルカ。」
 不思議そうにした虎徹の前には、緊張した面持ちの朔と鼎がいる。
「…どうぞ。」
 悠里が嵐と燐にコーヒーを出す。嵐は黙って口をつけた。
「……美味いですね。」
「ありがとうございます。」
 悠里の礼を聞いた嵐は、その後は黙って飲んだ。
 やがて静寂の中、嵐と燐はコーヒーを飲み終えた。
「…ごちそうさまでした。」
「ごちそう、さまでした。」
 嵐がポケットに手を突っ込み、財布を出す。中から小銭をいくつか出し、カウンターに置いた。
「お代、ここに置きます。」
「ありがとうございました。」
「じゃあ。」
 嵐と燐が立ち上がる。朔と鼎のいるボックス席のテーブルにとん、と音を立てて何かを置き、静かにカフェを出て行った。
 見送った一同は思わず、長いため息を吐いた。
「……オレ達以外の客か…。」
 虎徹が緊張を解いた横で、朔と鼎はまだ強張った表情をして、嵐が置いていった物を見ていた。それは小さな紙切れで、短く文章が書かれていた。

「アンタら二人に話がある」

 朔と鼎は席から立った。
「…オレ達、ちょっと出てきます。」
「え、ストレルカ、ベルカ?」
 皆が戸惑う中、朔と鼎はカフェを出た。

 朔と鼎は、嵐と燐が歩いて行く背中を追った。
 振り返ることなく歩いていた嵐と燐は、やがて人気のない空き地で止まり、朔と鼎を見た。追いついた朔が問う。
「…話って、何ですか?」
「アンタら、こいつが何者か知ってたのか?」
 嵐が燐を親指で差しながら問い返す。燐は思わず戸惑いの声を上げた。
「嵐…?」
「遊園地にいたあの時、こいつの素性を解ってたのか?」
 嵐が再度問うと、朔は緊張した面持ちで頷いた。
「…解ってました。」
「朔。」
 鼎が思わず朔を呼ぶ。朔は真っ直ぐに嵐に返した。
「アポロの人でしょう?」
「そうか、解ってて遊んでた訳か。」
 嵐は頷くと、眼光鋭く朔を睨みつけた。
「…お前ら、燐をたぶらかしてどうするつもりだ?」
「…え?」
 朔が戸惑うと、嵐は吐き出す様に朔と鼎に言葉をぶつけた。
「燐が敵だと解って優しくするとか、タチ悪い。燐は人を疑ってかかれるほど器用じゃないんだ。」
「ら、嵐、燐は…。」
 燐は小さな声で嵐を呼ぶ。朔は嵐を見たまま、言葉を返す。
「…オレ達はただ、アポロの人達とも仲良く出来たらって…。」
 嵐は思い切り踏み出し、朔の腹に思い切り拳を食らわせた。
「ぐ!」
 朔が呻いて腹を抑える。鼎は思わず声を上げた。
「朔!」
「か、鼎、少し離れて…。」
 朔は痛みに顔を歪ませながら、鼎をかばう様に押しやった。嵐は朔を冷たく見下ろしている。
「会えば喧嘩する奴らと仲良く?」
「う…。」
「にわかには信じられない話だな。」
「左!」
 鼎が叫んだと同時に、朔の左から嵐の蹴りが向かってきた。鼎の声に反応した朔は、腕を上げて嵐の攻撃をガードする。
 蹴りを防がれた嵐は、一瞬驚いた顔をしてから、鼎を見た。
「…そいつの能力か。…邪魔すんな。」
 嵐が睨むと、鼎の頭が激しい痛みに襲われた。
「うあっ…!」
「鼎! ぐあっ!」
 その場に崩れた鼎を見、朔が声を上げた次には、嵐の拳が朔の頭を思い切り揺るがせた。
「余所見すんな。」
「う…。オレ達、は…。あ!」
 膝をついた朔に、嵐はさらに蹴りを見舞い、問う。
「オレ達は、何だ?」
「オレ達、は…遊んでる、時まで、いがみ合いたくなかった…それだけで…。」
「ふうん…。」
 よろよろと立ち、必死で話す朔のこめかみに、嵐はまた拳をぶつける。
「ぐ!」
「反撃しろよ、少しは。今は遊んでる時じゃないだろ。」
「能力が…。見えない…!」
 地面に崩れた鼎は、頭を押さえながら顔を歪ませ、しきりに瞬きを繰り返している。
 また膝をついた朔は、痛みに耐えながら嵐を見上げた。
「違う…。」
「は?」
「反撃するのは、違う気がする…。」
「じゃあ、サンドバッグ状態でもいいってのか。」
 嵐が容赦なく拳を振り下ろす。朔の腕が咄嗟に動き、盾のように拳を防いだ。
 嵐が見ると、朔は真っ直ぐに嵐を見上げていた。
「一応、出来るんだなっ!」
 声を上げながら嵐は地面を蹴り、砂粒を朔の顔面に思い切りぶつけた。
「あ!」
 朔が怯む。嵐は朔を容赦なく殴り、蹴った。
「がっ、あ、ぐあ!」
「朔…! 目が見えない…! 朔!!」
 鼎が苦痛を受ける朔の声を聞き、叫ぶ。
 嵐の攻撃のラッシュがやむ。朔はボロボロになって地面に倒れていた。嵐が言葉を投げる。
「もう終わりか。」
「う…。オレ達、は…。」
 朔は掠れた声を絞り出した。
「あ?」
「…燐さんと、遊んで、楽しかった、だけで…。」
 嵐はしばらく黙って朔を見下ろすと、拳を握った。振りかぶり、朔に打ち込もうとした時。
「…どうした、燐。」
 嵐の拳が止まった。嵐の腕が掴まれたからだった。嵐の腕を震える手で掴んだのは、燐だった。
「…やめて。…嵐。…お願い。」
「…どうしてもか?」
 嵐が問うと燐は頷き、震える声で訴えた。
「どうして、も…。この人達、は…燐と、遊んで、くれたから…。敵でも、遊んで、くれたから…。」
 嵐は小さくため息を吐いた。
「…やっと決めたか。」
 嵐は手を伸ばすと、倒れている朔の手を掴み、助け起こした。
「…え?」
 朔が目を丸くする。同時に鼎の頭から激痛が消え、視界が戻った。
「朔!」
 鼎は傷だらけの朔を見ると、声を上げて駆け寄る。ボロボロの朔を支えながら、鼎は嵐を睨みつけた。
 嵐は二人を見下ろした。その瞳には生き生きとした光が宿っていた。
「アンタ、面白いな。解ってもらえないからって反撃するのは違うっていうの、面白い。」
 鼎が訝しげに見ると、嵐は苦く笑んだ。
「燐がはっきりしないもんだからな。巻き込んで悪かった。」
 朔と鼎が疑問符を浮かべると、嵐は満面の笑みを見せた。
「燐と遊んでくれて、本当にありがとう。」
「…え?」
 朔と鼎が呆けた声を出すと、嵐ははっきりと宣言した。
「オレは思う。アンタらは少なくとも、オレ達の敵じゃない。それにオレは、アンタらが気に入った!」
 言われた二人がいよいよ解らないという顔をすると、横から小さな声が言った。
「…ごめんね。」
「燐さん…?」
「燐が、迷ってたから。敵なのか、味方なのか、迷ってたから。嵐は燐の気持ち、決めさせたかった。」
 燐の言葉を聞いた朔と鼎が、力が抜けたため息を吐いた時。
「…裏切る気ですか!」
 叫び声が響き、皆が見ると、アポロのメンバーである少年が立っていた。
「あいつもアポロの…!?」
 朔と鼎が一気に緊張する。
 少年は嵐と燐に向かい、さらに叫ぶ。
「どうしてですか! メルクリウスに信頼されている貴方達が、どうして…!!」
「オレ達二人は、こいつらを敵とは思えない。メルクリウスにはそう言っとけばいい。」
 嵐が真っ直ぐに少年に返すと、少年は言葉を飲み込むように唇を噛み、走り去った。
 鼎が嵐に問う。
「裏切るって…一体どういうこと…?」
「…今回のことは、オレの独断だった。」
「え…?」
 少年の背中を見送りながら嵐が返した言葉に、朔と鼎は動揺した。
「こっちにいます!」
 遠くから歩の声が聞こえた。間も無く虎徹と瑠璃と歩が二人の下に駆けてくる。
「ストレルカ! ベルカ!」
「どうしたの、ストレルカ! ボロボロだよ!?」
「大丈夫ですか!? 今治します!」
「みんな…。」
「ユーリィさんが二人の様子見てこいって言うから…何があったんだ!?」
 虎徹と瑠璃は慌てて朔と鼎に問う。朔は歩の治療を受けながら考えるように、鼎は黙って睨むように燐と嵐を見た。虎徹と瑠璃が燐と嵐に視線を向けると、燐は表情を強張らせた。
「お前らはさっきの…ストレルカはお前らが?」
「待って、ください…。二人は、敵じゃないです。」
 二人をきつく睨んだ虎徹に、朔は懸命に話した。
「アポロの人だけど…敵じゃないです。」
「どういうことなの…?」
 瑠璃が戸惑うように朔を見る。虎徹はしばらく考えると、改めて口を開いた。
「…とにかく、お前らはアポロの奴らで、さっきボストークに来てた。」
「このまま帰す訳にはいかない、ですか?」
 嵐が平然と問うと、虎徹は頷いた。
「…解ってるか。…ボストークまで来てもらう。オレ達のリーダーに聞いてみないとな。」
 虎徹はスマホを取り出し、悠里に電話を始めた。

 朔達は燐と嵐を伴い、ボストークまで帰って来た。悠里は燐と嵐を見ると、カウンター席を指した。
「ここに座ってくれ。」
 嵐がカウンター席に座ると、燐もぎこちなくカウンターの椅子に腰を下ろした。
 悠里は燐と嵐にコーヒーを出し、穏やかに話し始めた。
「オレは北見悠里。カフェボストークの店主だ。君達の名前は?」
「東(あずま)嵐(らん)です。」
「…佐々木(ささき)燐(りん)…。」
 嵐ははっきりと、燐はかすかに震える小さな声で名を言った。悠里は頷くと、二人に切り出した。
「嵐君と燐君か。…君達に聞いてみたいことがある。」

 To be continued
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