第十一話 何事もない遊園地
休日の、夜が明けてそれほど経っていない時間。
街にあるアパートの一室で、燐が布団からむくりと体を起こす。隣の布団で眠っている嵐の体を揺すった。
「…嵐。…嵐、起きて。」
「んー…。何だよ燐…。」
嵐が寝ぼけた声を出すと、燐は小さなよく通る声で言った。
「…遊園地。」
「…あー、そうか…。」
聞いた嵐は体を起こし、ゆっくりと伸びをした。
朝食のパンをかじりながら、嵐は目の前で同じくパンを咀嚼する燐を見た。
「相当楽しみにしてるだろ。寝坊助のお前が、オレより早く起きてるんだもんな。」
「…うん。」
燐がこくりと頷く。燐の様子に嵐は、何かを思い出すように視線を伏せた。
「…昔はこんなこと不可能だったからな、オレ達は。」
「…うん。」
燐がまた頷く。嵐はまた燐の顔を見、嬉しそうに笑った。
「せっかくの休みだ。楽しめるといいな、燐。」
「…うん。」
燐の頬はバラ色に染まり、楽しみの度合いを表していた。
午前一〇時前。
遊園地近くのバス停に、結緒が立っている。時計を見ながら、時折同じ方向を見ていた。
何回かそれを繰り返し、また同じ方向を見た時、結緒は不意に表情をパッと輝かせ、思い切り手を振った。
「…あ。おーい!」
結緒に手を振られ、待ち合わせ場所のバス停に向かって歩いていた朔は笑み、鼎は呆れ顔をした。
「いた、中畑だ。」
「はしゃぎ過ぎ…。」
朔と鼎がバス停に着くと、結緒は満面の笑みで挨拶した。
「おはようご両人!」
「おはよう中畑。」
「…おはよう。」
朔は笑顔で、鼎は低い声で挨拶を返した。朔は待ち合わせに一番で来ていた結緒を驚いた顔で見た。
「早いんだな、中畑。」
「そりゃー、タダで遊園地入れるなんて滅多に無いからなー。」
「子供じゃあるまいし…。」
嬉しそうににかにかしている結緒に、鼎はまた呆れてため息を吐いた。
「行こうか。そろそろ開場時間だし。」
「おー!」
「ったく…。」
朔が歩き出すと、結緒は嬉々として続き、最後に鼎も歩き出した。
小さな遊園地の入場ゲート前は、休日の家族連れや若者達でそれなりに混み合っていた。
ざわざわとしたゲート前に、アナウンスが響いた。
「スターランド、ただいまより開園いたしまーす!」
チケットを持った人々が、ゲートに向かって歩き出す。朔、鼎、結緒も無料チケットを見せて場内に入った。
結緒は早速、アトラクションを指差して声を上げる。
「なあ! 最初あれ乗ろうぜ! 片桐、日向!」
「ったく、子供みたいに騒ぎすぎなんだよ…。」
鼎がまたため息を吐く。朔は鼎の様子を見、問うた。
「…鼎は遊園地、来たくなかったのか?」
「…まあね。」
鼎が小さな声で返すと、朔は目に見えて落ち込んだようだった。
「…そうか…ごめん。」
「な、何で朔が謝るのさ!」
鼎が慌てた時、鼎の小さなカバンから何かが落ちた。
「鼎、何か落としたぞ。」
朔が鼎の落とし物を拾い上げる。遊園地の地図だった。丸や三角の印と共に、「ここは外したく無い!」「最初に乗りたい!」「これは余裕ある時でいいかも」などが赤や青のペンでびっしり書かれていた。
朔が目を丸くして地図を見ていると、鼎は顔を真っ赤にして地図を奪い取った。
「人のモノ勝手に見るなっ! いいから行くよ!」
赤い顔のまま、ずんずん歩き出した鼎を見、朔のそばに来ていた結緒が呆れ顔で笑った。
「何カッコつけてるんだかなー。普通に楽しめばいいのに。」
結緒の言葉を聞き、鼎の背中を見ながら、朔は嬉しそうに笑んでいた。
様々なアトラクション。キラキラとした装飾。人々の笑い声。
見たことのない光景に、燐は目を丸くしていた。
「…ここが、遊園地…。」
「結構人多いな。燐、大丈夫か?」
周りを見回しながら嵐が問うと、燐は頷いた。
「うん、大丈夫。」
燐と嵐は遊園地の中を歩き出した。
「どうするかなー…最初にどれ乗りたい?」
地図を見ながら歩いていた嵐が顔を上げると、隣を歩いていたはずの燐の姿が消えていた。
「…燐?」
燐はメリーゴーランドの前にいた。回るメリーゴーランドを、目を輝かせてじっと見つめている。
「…乗らないの?」
突然声をかけられ、燐が驚いて横を見ると、声をかけた結緒がいた。戸惑う燐に、結緒は慌てて苦笑する。
「いや、ずーっと見てたからさ。あ、この歳でメリーゴーランドも無いか。」
燐は結緒を僅かの間、じっと見た。結緒が苦笑しながら疑問符を浮かべると、燐は話し出した。
「…綺麗だと、思ってた。」
「綺麗? …確かにメリーゴーランドってキラキラしてるからなー。」
「中畑、どんどん先に行くな!」
後ろから声が聞こえ、二人が振り返ると、鼎と朔が歩いて来た。
「あ、ごめんごめん!」
笑いながら謝る結緒の隣にいた燐に、朔は首を傾げる。
「中畑の知り合い?」
「え? いや、知らない人。ただ話してただけ。」
燐を見た鼎の瞳が一瞬青く光り、顔が強張った。視線が合うと、燐もわずかに緊張した顔をした。
二人の間の張り詰めた空気に気づかず、結緒は声を上げた。
「よし、四人でメリーゴーランド乗ろう!」
「四人?」
朔が疑問符を浮かべると、結緒は燐の肩に手を置いた。
「この人も!」
「ええっ!? だ、だってこの…!」
鼎が思わず慌てると、結緒は不思議そうにした。
「え?」
「あ、いや、その…。」
鼎はしどろもどろになり、燐はまだ緊張した顔をしていた。朔は鼎と燐を見比べてから、結緒と同じ提案をした。
「四人で一緒に乗ろうか。」
「…朔?」
鼎が戸惑い、朔を見る。朔は穏やかに笑んでみせた。
「人数多い方が楽しいかもしれないし。」
鼎はまだ戸惑いながらも口を噤む。結緒はまた燐を見た。
「君、名前何ていうの? オレは結緒。」
「…燐。」
「りん、ね。行こう、燐ちゃん!」
「…え、う。」
燐は結緒に引っ張られ、メリーゴーランドの乗り口へ歩き出す。朔も鼎に声をかけた。
「行こう、鼎。」
「…うん。」
鼎は納得がいっていない顔をしながらも、朔と共に乗り口へ向かった。
メリーゴーランドの中に入った燐は、戸惑うように立っていた。
「…燐ちゃん?」
結緒が声をかけると、燐は小首を傾げて問うた。
「…これ、どうするの?」
「え?」
目を丸くする三人に、燐はたどたどしく話した。
「…どうするか、解らない。燐、初めてだから。」
「メリーゴーランドが初めて?」
結緒が驚いた様子を見せると、燐は首を横に振った。
「…遊園地、初めて。」
「そっか。えっと…これはこの馬とか馬車に乗ってればいいんだよ。馬車の方が座りやすいよ。」
「…うん。」
朔の説明に燐は頷き、空いている馬車に座る。
間も無くアナウンスが響いた。
「それでは、舞踏会へ出発しまーす!」
アナウンスが終わると、メリーゴーランドがゆっくりと回り出した。動いていく景色に、燐は目を大きく開く。
「…回ってる…。」
燐は回るメリーゴーランドを見た。回る度にあちこちがキラキラと光っては消える。燐は小さな感嘆の声を出した。
「…綺麗…。」
あっという間にメリーゴーランドは終わった。
メリーゴーランドから降りた朔が、小さく笑う。
「久しぶりに乗ったな、メリーゴーランドなんて。」
「…燐ちゃん?」
結緒が見た先で、燐は夢の中にいるようにホワホワした様子でいた。
「! あ。」
結緒に声をかけられたのに気づき、燐がハッとすると、結緒は優しく問うた。
「楽しかった?」
「うん。」
燐は強く頷いた。燐の様子を見た結緒は満面の笑みを見せた。
「じゃあ、次はティーカップだ!」
「てぃーかっぷ?」
小首を傾げながら、燐は結緒に付いていく。朔は苦笑し、鼎は嘆息しながら付いていった。
「また回る奴か?」
「…ったく…。」
ジェットコースターから降りた燐は、目を丸くして感想を話した。
「ジェットコースター、すごかった。」
「怖くなかった?」
朔が問うと、燐は首を横に振った。
「怖く、なかった。」
「次、何乗る?」
言いながら結緒が歩き出すと、人がぶつかって来た。
「あ、すみませんっ。」
「ああ? どこ見てんだてめえ!!」
結緒にぶつかった、いかにも人相の悪い男はドスの効いた怒鳴り声を上げた。
「えっ!? ご、ごめんなさ…。」
「ごめんで済めば警察はいらねえんだよ!!」
結緒が謝っても、男は鬼のような形相で迫る。
それを驚いた顔で見ていた燐の眼差しが、きつくなった。燐の周囲に火の粉が舞い始める。
燐の様子を見た鼎は慌てて呼んだ。
「…朔!」
ハッとした朔は頷くと走り、結緒の手を引っ張った。鼎も燐の手を取って走った。
「あ、てめ…!」
男が人混みに飲まれている間に、四人は逃げ出した。
走って逃げた四人は、売店の近くで息を切らせていた。
「…ここまで来れば、大丈夫かな…。」
鼎は燐の顔を見る。燐は青ざめた顔をして俯いていた。
「…疲れてる?」
「…うん。」
鼎が問いかけると、燐は小さな声を出して頷いた。朔が売店を指差す。
「じゃあ、そこでおやつがてら休んで行こうか。」
朔、鼎、結緒、燐は売店の前にあるテーブルを囲み、椅子に座った。結緒が提案する。
「ソフトクリーム食いたい人ー。」
「はーい。」
朔、鼎、燐が手を挙げた。それを確認し、結緒は立ち上がった。
「じゃあソフトクリーム買いに行こー。」
「あ、オレ、トイレ行ってくる。」
朔も立ち上がると、鼎が続いて立ち上がった。
「僕もトイレ行く。」
「じゃあ燐ちゃん、オレ達でソフトクリーム買いに行く?」
「…うん。」
燐が頷くと、結緒は燐と共に売店に向かい、朔と鼎は近くのトイレに足を向けた。
朔が用を済ませると、鼎は朔を人気のないトイレの陰に引っ張っていき、問うた。
「何考えてるのさ、朔。」
「何って?」
朔が疑問符を浮かべると、鼎は朔を睨んだ。
「…だって、あの燐って子は…。」
「能力者。…多分アポロの。」
朔が冷静に返すと、鼎は呆れた顔をした。
「解ってるんじゃない。」
「あの子と会った時の、鼎の様子見てたらそうかなあって。」
朔が困ったように笑むと、鼎は声を荒げた。
「そうかなあじゃないよ! 僕らがあいつらに目つけられてるの知ってるだろ!?」
「…鼎からあの子はどう見えてる? 何か企んでるように見えてるか? それとも…。」
「…でも!」
「お互いプライベートだし、今はいがみ合う必要ない気がする。あの子も多分解ってて、一緒に遊んでるんじゃないかな。」
鼎に話す朔は、あくまで落ち着いた様子でいた。鼎は思うように眉間にしわを寄せる。少しの間黙った後、小さな声で言葉を紡いだ。
「…アポロの奴らは、普段はコードネームみたいなのを使ってる。あの子は本名を言った。それに本気で楽しんでるみたいだし…全くもう…。」
鼎がため息を吐くと朔は苦笑し、声をかけた。
「…戻ろうか。」
「…うん。」
鼎は頷き、朔と共に売店に向かって歩き出した。
朔と鼎が売店の前に戻ると、結緒が手を振った。
「おかえりー、ソフトクリーム溶けてるぞー。」
スタンドに立ててあるソフトクリームが二本、テーブルの上でわずかに溶けている。
「あ、買って来てくれたのか。ありがとう。」
「後で立て替えた分ちょうだい。」
結緒と言葉を交わしてから二人共に席に着き、ソフトクリームを食べ始めた。
燐は少しずつ溶けていくソフトクリームを食べるのに集中していた。一生懸命食べるその姿を見、朔と鼎は穏やかな眼差しになっていた。
「…観覧車、高かった。」
「怖かった?」
「…楽しかった。」
「そっか!」
そんな会話を交わしつつ、朔、鼎、結緒が燐と共に歩いていた時。
「燐!!」
横から大声が聞こえ、三人が驚いて見ると、嵐が四人に向かって走って来ていた。
嵐は燐の前に来ると、息を切らせながら怒鳴った。
「探したぞ、燐!!」
「…嵐。」
燐が小さな声で嵐を呼ぶ。
結緒は一気に気まずい表情を見せ、嵐に謝った。
「あ、一緒に来てた人いたのか…ごめんなさい…。」
「あんたらは…。!」
燐のそばにいた三人を見て、嵐は目を見開いた。
朔が前に出て、嵐に頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたと来てること知らなくて、この人と一緒に遊んでました…。」
嵐はしばらく三人を見て黙っていたが、やがて燐を見て聞かせた。
「…燐、オレと来てるんだから、それをちゃんと言え!」
「…ごめん、嵐。」
燐が俯いて小さな声を出すと、嵐は改めて三人に向き直った。
「すみません、燐がお世話になりました。…行こう、燐。」
嵐が燐の手を取って歩き出すと、結緒は顔を上げて手を振った。
「付き合ってくれてありがとう、燐ちゃん。バイバイ!」
「ありがとう、じゃあ。」
「…じゃあね。」
続けて朔と鼎も別れの言葉をかけると、燐は小さく手を振った。
「…うん。…ばいばい。」
三人が見送る中、燐は嵐と共に人混みに消えた。
三人から離れた場所まで歩いてくると、嵐は燐を見た。
「…燐。」
「…嵐。燐、たくさん乗った。メリーゴーランド、キラキラしてた。ティーカップはいっぱい回って、ジェットコースターはすごく速くて、ソフトクリームは美味しくて、観覧車は景色、綺麗で…。」
燐は目を輝かせて、嵐に懸命に話す。燐の様子に嵐は目を丸くしてしばらく黙った。
「…あいつら、ボストークの奴らだな。あと一人は知らないけど。」
やがて嵐が口を開くと、燐の声が若干弱く響いた。
「…やっぱり、そう。」
「お前、解ってて一緒に遊んでたのか?」
「…情報で、見た気してた。でも、遊んでた。」
燐の返事に嵐が呆れた様子を見せる。それを見た燐は不安そうに嵐に問うた。
「…燐、よくなかった?」
嵐はまた少し沈黙してから、優しく問うた。
「…楽しかったか?」
「…うん。」
燐が強く頷くと、嵐も笑って頷いた。
「そうか。なら良かった。」
ホッとしたように表情を緩めた燐は、少し考えてから呼んだ。
「…嵐。」
「何だ?」
「…嵐と、メリーゴーランドと観覧車、乗りたい。」
一生懸命話した燐に可笑しそうに笑ってみせ、嵐は了承した。
「そうだな。乗るか!」
夕暮れ時。
朔と鼎は家に向かって歩いていた。
「…楽しかったか? 鼎。」
「緊張の連続でした。」
朔の問いに鼎が大息と共に返すと、朔は苦笑した。
「そっか。」
「ったく…何考えてるのさ…。朔もあの燐って子も、あの子の連れも…。」
鼎がむくれた声でぶつぶつ言っていると、朔は鼎にまた問うた。
「何事もなかっただろ?」
「はい?」
「一緒でも、何事もなく遊べただろ?」
「そうだけどさ…。」
鼎が眉間にしわを寄せる。朔は穏やかな眼差しで、茜色から紫色になりつつある空を仰いだ。
「…ユーリィさんの言葉思い出してたんだ。アポロとも仲良く出来ないかな、みたいなこと言ってたの。」
「だから、仲良くした訳?」
鼎が盛大に呆れ顔をすると、朔はまた苦笑した。
「アポロの人達は怖いけど、遊園地に来たりするんだなあって、何かほっとしたっていうか。」
朔の言葉を聞いた鼎は、少しの間思うように黙っていたが、小さく嘆息した。鼎もまた、穏やかな眼差しになっていた。
「…あの子、楽しんでたね。目、キラキラさせて。」
「…そうだな。」
朔は嬉しそうに笑い、鼎と共に家路を歩いて行った。
To be continued
街にあるアパートの一室で、燐が布団からむくりと体を起こす。隣の布団で眠っている嵐の体を揺すった。
「…嵐。…嵐、起きて。」
「んー…。何だよ燐…。」
嵐が寝ぼけた声を出すと、燐は小さなよく通る声で言った。
「…遊園地。」
「…あー、そうか…。」
聞いた嵐は体を起こし、ゆっくりと伸びをした。
朝食のパンをかじりながら、嵐は目の前で同じくパンを咀嚼する燐を見た。
「相当楽しみにしてるだろ。寝坊助のお前が、オレより早く起きてるんだもんな。」
「…うん。」
燐がこくりと頷く。燐の様子に嵐は、何かを思い出すように視線を伏せた。
「…昔はこんなこと不可能だったからな、オレ達は。」
「…うん。」
燐がまた頷く。嵐はまた燐の顔を見、嬉しそうに笑った。
「せっかくの休みだ。楽しめるといいな、燐。」
「…うん。」
燐の頬はバラ色に染まり、楽しみの度合いを表していた。
午前一〇時前。
遊園地近くのバス停に、結緒が立っている。時計を見ながら、時折同じ方向を見ていた。
何回かそれを繰り返し、また同じ方向を見た時、結緒は不意に表情をパッと輝かせ、思い切り手を振った。
「…あ。おーい!」
結緒に手を振られ、待ち合わせ場所のバス停に向かって歩いていた朔は笑み、鼎は呆れ顔をした。
「いた、中畑だ。」
「はしゃぎ過ぎ…。」
朔と鼎がバス停に着くと、結緒は満面の笑みで挨拶した。
「おはようご両人!」
「おはよう中畑。」
「…おはよう。」
朔は笑顔で、鼎は低い声で挨拶を返した。朔は待ち合わせに一番で来ていた結緒を驚いた顔で見た。
「早いんだな、中畑。」
「そりゃー、タダで遊園地入れるなんて滅多に無いからなー。」
「子供じゃあるまいし…。」
嬉しそうににかにかしている結緒に、鼎はまた呆れてため息を吐いた。
「行こうか。そろそろ開場時間だし。」
「おー!」
「ったく…。」
朔が歩き出すと、結緒は嬉々として続き、最後に鼎も歩き出した。
小さな遊園地の入場ゲート前は、休日の家族連れや若者達でそれなりに混み合っていた。
ざわざわとしたゲート前に、アナウンスが響いた。
「スターランド、ただいまより開園いたしまーす!」
チケットを持った人々が、ゲートに向かって歩き出す。朔、鼎、結緒も無料チケットを見せて場内に入った。
結緒は早速、アトラクションを指差して声を上げる。
「なあ! 最初あれ乗ろうぜ! 片桐、日向!」
「ったく、子供みたいに騒ぎすぎなんだよ…。」
鼎がまたため息を吐く。朔は鼎の様子を見、問うた。
「…鼎は遊園地、来たくなかったのか?」
「…まあね。」
鼎が小さな声で返すと、朔は目に見えて落ち込んだようだった。
「…そうか…ごめん。」
「な、何で朔が謝るのさ!」
鼎が慌てた時、鼎の小さなカバンから何かが落ちた。
「鼎、何か落としたぞ。」
朔が鼎の落とし物を拾い上げる。遊園地の地図だった。丸や三角の印と共に、「ここは外したく無い!」「最初に乗りたい!」「これは余裕ある時でいいかも」などが赤や青のペンでびっしり書かれていた。
朔が目を丸くして地図を見ていると、鼎は顔を真っ赤にして地図を奪い取った。
「人のモノ勝手に見るなっ! いいから行くよ!」
赤い顔のまま、ずんずん歩き出した鼎を見、朔のそばに来ていた結緒が呆れ顔で笑った。
「何カッコつけてるんだかなー。普通に楽しめばいいのに。」
結緒の言葉を聞き、鼎の背中を見ながら、朔は嬉しそうに笑んでいた。
様々なアトラクション。キラキラとした装飾。人々の笑い声。
見たことのない光景に、燐は目を丸くしていた。
「…ここが、遊園地…。」
「結構人多いな。燐、大丈夫か?」
周りを見回しながら嵐が問うと、燐は頷いた。
「うん、大丈夫。」
燐と嵐は遊園地の中を歩き出した。
「どうするかなー…最初にどれ乗りたい?」
地図を見ながら歩いていた嵐が顔を上げると、隣を歩いていたはずの燐の姿が消えていた。
「…燐?」
燐はメリーゴーランドの前にいた。回るメリーゴーランドを、目を輝かせてじっと見つめている。
「…乗らないの?」
突然声をかけられ、燐が驚いて横を見ると、声をかけた結緒がいた。戸惑う燐に、結緒は慌てて苦笑する。
「いや、ずーっと見てたからさ。あ、この歳でメリーゴーランドも無いか。」
燐は結緒を僅かの間、じっと見た。結緒が苦笑しながら疑問符を浮かべると、燐は話し出した。
「…綺麗だと、思ってた。」
「綺麗? …確かにメリーゴーランドってキラキラしてるからなー。」
「中畑、どんどん先に行くな!」
後ろから声が聞こえ、二人が振り返ると、鼎と朔が歩いて来た。
「あ、ごめんごめん!」
笑いながら謝る結緒の隣にいた燐に、朔は首を傾げる。
「中畑の知り合い?」
「え? いや、知らない人。ただ話してただけ。」
燐を見た鼎の瞳が一瞬青く光り、顔が強張った。視線が合うと、燐もわずかに緊張した顔をした。
二人の間の張り詰めた空気に気づかず、結緒は声を上げた。
「よし、四人でメリーゴーランド乗ろう!」
「四人?」
朔が疑問符を浮かべると、結緒は燐の肩に手を置いた。
「この人も!」
「ええっ!? だ、だってこの…!」
鼎が思わず慌てると、結緒は不思議そうにした。
「え?」
「あ、いや、その…。」
鼎はしどろもどろになり、燐はまだ緊張した顔をしていた。朔は鼎と燐を見比べてから、結緒と同じ提案をした。
「四人で一緒に乗ろうか。」
「…朔?」
鼎が戸惑い、朔を見る。朔は穏やかに笑んでみせた。
「人数多い方が楽しいかもしれないし。」
鼎はまだ戸惑いながらも口を噤む。結緒はまた燐を見た。
「君、名前何ていうの? オレは結緒。」
「…燐。」
「りん、ね。行こう、燐ちゃん!」
「…え、う。」
燐は結緒に引っ張られ、メリーゴーランドの乗り口へ歩き出す。朔も鼎に声をかけた。
「行こう、鼎。」
「…うん。」
鼎は納得がいっていない顔をしながらも、朔と共に乗り口へ向かった。
メリーゴーランドの中に入った燐は、戸惑うように立っていた。
「…燐ちゃん?」
結緒が声をかけると、燐は小首を傾げて問うた。
「…これ、どうするの?」
「え?」
目を丸くする三人に、燐はたどたどしく話した。
「…どうするか、解らない。燐、初めてだから。」
「メリーゴーランドが初めて?」
結緒が驚いた様子を見せると、燐は首を横に振った。
「…遊園地、初めて。」
「そっか。えっと…これはこの馬とか馬車に乗ってればいいんだよ。馬車の方が座りやすいよ。」
「…うん。」
朔の説明に燐は頷き、空いている馬車に座る。
間も無くアナウンスが響いた。
「それでは、舞踏会へ出発しまーす!」
アナウンスが終わると、メリーゴーランドがゆっくりと回り出した。動いていく景色に、燐は目を大きく開く。
「…回ってる…。」
燐は回るメリーゴーランドを見た。回る度にあちこちがキラキラと光っては消える。燐は小さな感嘆の声を出した。
「…綺麗…。」
あっという間にメリーゴーランドは終わった。
メリーゴーランドから降りた朔が、小さく笑う。
「久しぶりに乗ったな、メリーゴーランドなんて。」
「…燐ちゃん?」
結緒が見た先で、燐は夢の中にいるようにホワホワした様子でいた。
「! あ。」
結緒に声をかけられたのに気づき、燐がハッとすると、結緒は優しく問うた。
「楽しかった?」
「うん。」
燐は強く頷いた。燐の様子を見た結緒は満面の笑みを見せた。
「じゃあ、次はティーカップだ!」
「てぃーかっぷ?」
小首を傾げながら、燐は結緒に付いていく。朔は苦笑し、鼎は嘆息しながら付いていった。
「また回る奴か?」
「…ったく…。」
ジェットコースターから降りた燐は、目を丸くして感想を話した。
「ジェットコースター、すごかった。」
「怖くなかった?」
朔が問うと、燐は首を横に振った。
「怖く、なかった。」
「次、何乗る?」
言いながら結緒が歩き出すと、人がぶつかって来た。
「あ、すみませんっ。」
「ああ? どこ見てんだてめえ!!」
結緒にぶつかった、いかにも人相の悪い男はドスの効いた怒鳴り声を上げた。
「えっ!? ご、ごめんなさ…。」
「ごめんで済めば警察はいらねえんだよ!!」
結緒が謝っても、男は鬼のような形相で迫る。
それを驚いた顔で見ていた燐の眼差しが、きつくなった。燐の周囲に火の粉が舞い始める。
燐の様子を見た鼎は慌てて呼んだ。
「…朔!」
ハッとした朔は頷くと走り、結緒の手を引っ張った。鼎も燐の手を取って走った。
「あ、てめ…!」
男が人混みに飲まれている間に、四人は逃げ出した。
走って逃げた四人は、売店の近くで息を切らせていた。
「…ここまで来れば、大丈夫かな…。」
鼎は燐の顔を見る。燐は青ざめた顔をして俯いていた。
「…疲れてる?」
「…うん。」
鼎が問いかけると、燐は小さな声を出して頷いた。朔が売店を指差す。
「じゃあ、そこでおやつがてら休んで行こうか。」
朔、鼎、結緒、燐は売店の前にあるテーブルを囲み、椅子に座った。結緒が提案する。
「ソフトクリーム食いたい人ー。」
「はーい。」
朔、鼎、燐が手を挙げた。それを確認し、結緒は立ち上がった。
「じゃあソフトクリーム買いに行こー。」
「あ、オレ、トイレ行ってくる。」
朔も立ち上がると、鼎が続いて立ち上がった。
「僕もトイレ行く。」
「じゃあ燐ちゃん、オレ達でソフトクリーム買いに行く?」
「…うん。」
燐が頷くと、結緒は燐と共に売店に向かい、朔と鼎は近くのトイレに足を向けた。
朔が用を済ませると、鼎は朔を人気のないトイレの陰に引っ張っていき、問うた。
「何考えてるのさ、朔。」
「何って?」
朔が疑問符を浮かべると、鼎は朔を睨んだ。
「…だって、あの燐って子は…。」
「能力者。…多分アポロの。」
朔が冷静に返すと、鼎は呆れた顔をした。
「解ってるんじゃない。」
「あの子と会った時の、鼎の様子見てたらそうかなあって。」
朔が困ったように笑むと、鼎は声を荒げた。
「そうかなあじゃないよ! 僕らがあいつらに目つけられてるの知ってるだろ!?」
「…鼎からあの子はどう見えてる? 何か企んでるように見えてるか? それとも…。」
「…でも!」
「お互いプライベートだし、今はいがみ合う必要ない気がする。あの子も多分解ってて、一緒に遊んでるんじゃないかな。」
鼎に話す朔は、あくまで落ち着いた様子でいた。鼎は思うように眉間にしわを寄せる。少しの間黙った後、小さな声で言葉を紡いだ。
「…アポロの奴らは、普段はコードネームみたいなのを使ってる。あの子は本名を言った。それに本気で楽しんでるみたいだし…全くもう…。」
鼎がため息を吐くと朔は苦笑し、声をかけた。
「…戻ろうか。」
「…うん。」
鼎は頷き、朔と共に売店に向かって歩き出した。
朔と鼎が売店の前に戻ると、結緒が手を振った。
「おかえりー、ソフトクリーム溶けてるぞー。」
スタンドに立ててあるソフトクリームが二本、テーブルの上でわずかに溶けている。
「あ、買って来てくれたのか。ありがとう。」
「後で立て替えた分ちょうだい。」
結緒と言葉を交わしてから二人共に席に着き、ソフトクリームを食べ始めた。
燐は少しずつ溶けていくソフトクリームを食べるのに集中していた。一生懸命食べるその姿を見、朔と鼎は穏やかな眼差しになっていた。
「…観覧車、高かった。」
「怖かった?」
「…楽しかった。」
「そっか!」
そんな会話を交わしつつ、朔、鼎、結緒が燐と共に歩いていた時。
「燐!!」
横から大声が聞こえ、三人が驚いて見ると、嵐が四人に向かって走って来ていた。
嵐は燐の前に来ると、息を切らせながら怒鳴った。
「探したぞ、燐!!」
「…嵐。」
燐が小さな声で嵐を呼ぶ。
結緒は一気に気まずい表情を見せ、嵐に謝った。
「あ、一緒に来てた人いたのか…ごめんなさい…。」
「あんたらは…。!」
燐のそばにいた三人を見て、嵐は目を見開いた。
朔が前に出て、嵐に頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたと来てること知らなくて、この人と一緒に遊んでました…。」
嵐はしばらく三人を見て黙っていたが、やがて燐を見て聞かせた。
「…燐、オレと来てるんだから、それをちゃんと言え!」
「…ごめん、嵐。」
燐が俯いて小さな声を出すと、嵐は改めて三人に向き直った。
「すみません、燐がお世話になりました。…行こう、燐。」
嵐が燐の手を取って歩き出すと、結緒は顔を上げて手を振った。
「付き合ってくれてありがとう、燐ちゃん。バイバイ!」
「ありがとう、じゃあ。」
「…じゃあね。」
続けて朔と鼎も別れの言葉をかけると、燐は小さく手を振った。
「…うん。…ばいばい。」
三人が見送る中、燐は嵐と共に人混みに消えた。
三人から離れた場所まで歩いてくると、嵐は燐を見た。
「…燐。」
「…嵐。燐、たくさん乗った。メリーゴーランド、キラキラしてた。ティーカップはいっぱい回って、ジェットコースターはすごく速くて、ソフトクリームは美味しくて、観覧車は景色、綺麗で…。」
燐は目を輝かせて、嵐に懸命に話す。燐の様子に嵐は目を丸くしてしばらく黙った。
「…あいつら、ボストークの奴らだな。あと一人は知らないけど。」
やがて嵐が口を開くと、燐の声が若干弱く響いた。
「…やっぱり、そう。」
「お前、解ってて一緒に遊んでたのか?」
「…情報で、見た気してた。でも、遊んでた。」
燐の返事に嵐が呆れた様子を見せる。それを見た燐は不安そうに嵐に問うた。
「…燐、よくなかった?」
嵐はまた少し沈黙してから、優しく問うた。
「…楽しかったか?」
「…うん。」
燐が強く頷くと、嵐も笑って頷いた。
「そうか。なら良かった。」
ホッとしたように表情を緩めた燐は、少し考えてから呼んだ。
「…嵐。」
「何だ?」
「…嵐と、メリーゴーランドと観覧車、乗りたい。」
一生懸命話した燐に可笑しそうに笑ってみせ、嵐は了承した。
「そうだな。乗るか!」
夕暮れ時。
朔と鼎は家に向かって歩いていた。
「…楽しかったか? 鼎。」
「緊張の連続でした。」
朔の問いに鼎が大息と共に返すと、朔は苦笑した。
「そっか。」
「ったく…何考えてるのさ…。朔もあの燐って子も、あの子の連れも…。」
鼎がむくれた声でぶつぶつ言っていると、朔は鼎にまた問うた。
「何事もなかっただろ?」
「はい?」
「一緒でも、何事もなく遊べただろ?」
「そうだけどさ…。」
鼎が眉間にしわを寄せる。朔は穏やかな眼差しで、茜色から紫色になりつつある空を仰いだ。
「…ユーリィさんの言葉思い出してたんだ。アポロとも仲良く出来ないかな、みたいなこと言ってたの。」
「だから、仲良くした訳?」
鼎が盛大に呆れ顔をすると、朔はまた苦笑した。
「アポロの人達は怖いけど、遊園地に来たりするんだなあって、何かほっとしたっていうか。」
朔の言葉を聞いた鼎は、少しの間思うように黙っていたが、小さく嘆息した。鼎もまた、穏やかな眼差しになっていた。
「…あの子、楽しんでたね。目、キラキラさせて。」
「…そうだな。」
朔は嬉しそうに笑い、鼎と共に家路を歩いて行った。
To be continued