第一〇話 気に入らない待ち人
鼎の目の前に出されたのは、街にある遊園地の無料チケットだった。
「…これは?」
鼎がチケットを出してきた悠里に、険悪な表情を向ける。悠里はいつも通りの冷静な様子で話した。
「やるから、ストレルカと仲直りして来い。」
…待ち人を未だ望む君。
君にとって、一見気に入らなくて、それでもそばにいてくれる…。
そんな待ち人も、たまにはいるのかもしれないよ。
その日は鼎にとって、嫌なことが連続して起きた日だった。
朝。鼎は登校の為にいつもの通学路を歩いていた。
前方にいた人物達にハッとして、鼎は物陰に身を隠した。見覚えのある…アポロの能力者達だった。
アポロの能力者達が歩きながら話す声が、風に乗って鼎の耳に聞こえてきた。
「…知ってるか? ボストークの奴らの中に、能力の無い奴がいるって。」
「ああ、聞いた。何考えてあの連中の中にいるんだか。」
「何度か邪魔してきて厄介な奴らしいけど…。」
「でも普通の人間なんだろ? その内見切りつけて離れて行くさ。」
鼎は一瞬息を呑み、それから眉間にしわを寄せる。
アポロの能力者達が通学路から逸れたのを確認し、鼎はまた歩き出した。
いつも通りに朔と合流し、学校の教室に入ると、これ見よがしに聞こえてきた。
「あー、来た来た。メンドクセー奴らが。」
「空気読めない奴らがなー。」
「そう言うなって。嫌われ者同士仲良しなんだからさー。」
「そうだなー、ほんと仲良しでいいことだなー。」
自分達を見ないで発せられる嘲りの言葉を、朔は気にしていない様子で席に着いた。
鼎はまた眉間にしわを寄せていた。
昼休み。
鼎は校舎の隅にある小さなテラスで一人、昼食のパンをかじっていた。表情は険しかった。苛立ちにため息を吐く。
鼎が不機嫌な顔でパンをかじっていると、朔がテラスに入って来て、鼎の隣でおにぎりの封を開けた。
鼎は眉間に深くしわを刻んだ。
「何で来るの。」
「え?」
朔が首を傾げると、鼎は苛立ちに任せてまくし立てた。
「朔は僕のところに来て、何かいいことある訳? 一緒にいてもいいことない人間のそばにいるなんて無意味だ。言っとくけど、可哀想な嫌われ者のそばにいて、何か見返り期待してるなら、大間違いだからね。無理して僕のそばにいたって、何も得なんて無いよ!」
朔は目を見開いて鼎の言葉を聞いた。しばらく思うように黙ってから、鼎に問うた。
「…鼎は、オレがそばにいたら、迷惑なのか…?」
「だから、無理して僕のそばにいなくていいって言ってんの! いつかお前も嫌になって離れていくんだから、今そんなことされたってありがた迷惑…。」
そこまで吐き出して、鼎はハッとした。朔は泣きそうに痛む顔をして、苦笑していた。
朔の表情に鼎が言葉を失っていると、朔は小さな声で言った。
「そうか。…迷惑か。」
朔は鼎に背を向けた。
「え、さく…。」
鼎は思わず声を発したが、結局何も出来ず、遠くなって行く朔の背中を見ていた。
放課後。
一人でカフェボストークを訪れた鼎に、悠里は問うた。
「ベルカ。…ストレルカは?」
「知りません。」
鼎はつっけんどんに返し、奥のボックス席に一人で座った。
先に来ていた虎徹、瑠璃、歩は困惑した顔を見合わせる。
悠里は鼎を見ながらしばし考えて、そばの引き出しを開けた。中から出した物を持ち、カウンターを出る。鼎のいるボックス席の前に立ち、呼んだ。
「ベルカ。」
鼎が面倒くさそうに悠里を見ると、悠里は出した物を鼎に差し出した。遊園地の無料チケットだった。
「…これは?」
「やるから、ストレルカと仲直りして来い。」
鼎は更に不機嫌な表情になった。
「仲直りって何ですか。」
「ストレルカとギクシャクでもしてるのかと、オレは思ったんだがな。」
「…別に。」
「嘘をつくな。」
悠里のきつい声に、鼎は一瞬身を強張らせる。悠里は続けて聞かせた。
「…話してみろ、ベルカ。」
鼎は苛立たしげにため息を吐くと、悠里に向き直った。
「…あいつは、何で僕のそばにいつも来るのか聞いただけです。あいつは僕といたっていいこと何も無いんだ。何も得なんてない。僕は能力者で、学校じゃ嫌われ者なのに。いつか嫌になって離れて行くなら、今そんなことされたって迷惑でしょう? どんだけ意思が強い奴か知らないけど、あいつがやってることはまるきり無意味…。」
「お前、そんなことストレルカに言ったのか?」
心底呆れた様子を見せたのは虎徹だった。鼎がムッとして視線を向ける。
「何ですか。」
「前から思ってたけどお前、時々天邪鬼だと思ってな。」
「天邪鬼って…。」
「思ってもいないこと言うような奴のことだ。迷惑だとか、思ってもいないこと言ってるだろ、お前。」
虎徹からストレートに言われ、鼎は思わず言葉に詰まる。
「…私、それはストレルカに謝った方がいいと思うよ。」
心配そうな顔をして話したのは瑠璃だった。
「ストレルカはきっと、得とか損とかでベルカと一緒にいるんじゃ無いと思う…。」
「…何であいつの味方するんですか。二人ともあいつのこと拒絶してた癖に!」
鼎の叫びに、今度は虎徹と瑠璃が言葉に詰まった。
出入り口近くのボックス席に座っていた恵が、冷めた様子で口を開いた。
「ベルカさんを責めたら可哀想ですよ。所詮はストレルカさんは普通の人間、ベルカさんは能力者ですから。違う者同士は、結局相入れないんですよ。」
鼎は思わず恵を睨んだ。歩が慌てて恵を諌める。
「メグ! 何でそんな…。」
「だって、ベルカさんが言いたいのはそういうことだろ。表向きは仲良くしていたって結局…。」
「ウゴリョーク。それは今言うことじゃ無い。」
悠里がぴしゃりと言うと、恵は黙った。悠里は僅かに唇を噛んでいる鼎に向き直った。
「ベルカ。お前自身はどう思うんだ? ストレルカに一緒にいられたら、本当に迷惑なのか。これから先のことではなく、今どう思うのか、考えてみるといい。」
悠里は鼎の手に、遊園地のチケットを握らせた。
朔は自宅に戻ると、祖父の部屋に行った。
「帰ったか、朔。」
「ただいま。…じっちゃん、パソコン貸して。」
朔の小さな頼りない声を聞き、祖父は頷いた。
「ああ、いいぞ。」
祖父は部屋を出て行った。朔は祖父のパソコンの前に腰を下ろす。電源を入れ、ぎこちなく操作する。
まもなく画面上に現れたのは、小さなテキストボックスとOKボタンのみがあるサイトだった。朔がテキストボックスに「Strelka」と入力し、OKボタンを押すと、画面がチャットルームに切り替わった。
「ストレルカが入室しました」
「ライカ『こんにちは、ストレルカ。そっちはまだ明るい時間でしょ? 珍しいね』」
「ストレルカ『こんにちは。ライカさんに聞いてみたいことがあって、来ました』」
「ライカ『うん、どうしたの?』」
「ストレルカ『オレは、ベルカにとって迷惑なんでしょうか?』」
「ライカ『何で、そう思ったのかな?』」
「ストレルカ『今日、ベルカに学校で言われて…』」
「ライカ『迷惑だって、ベルカが言ったの?』」
「ストレルカ『はい』」
朔が肯定すると少しの間の後、ライカから文章が返って来た。
「ライカ『断言していいと思うんだけど、ベルカにとって君の存在が迷惑ってことはないよ』」
「ストレルカ『でも、ベルカは迷惑だって』」
「ライカ『ベルカは怖がってるんだよ。君の存在が大切だから、いつかいなくなったらって思うと、怖いんだ。いなくなった未来のことを考えて、君にそう言ってるんだと思う』」
「ストレルカ『いつか、いなくなったら?』」
「ライカ『うん。先が見えない事は怖いよね。だから、悪い方向に行くことを考えて、ベルカは言ってるんだよ。…未来に傷つきたくないんだよ。…そう思ってしまうのは、今ストレルカといられて幸せだから。迷惑どころか、大切な存在だからじゃないのかな』」
「ストレルカ『…そうなんでしょうか? ベルカ、すごく怒ってて…』」
「ライカ『僕はそう思うよ』」
朔がしばらくキーボードを叩かずにいると、またライカから書き込みがあった。
「ライカ『ストレルカにとって、ベルカはどんな存在?』」
ライカの言葉を読み、朔は懸命に慣れないキーボードを叩いた。
「ストレルカ『大事な友達です』」
「ライカ『君にとっても、ベルカは心の支えなんだね。…どうか、その気持ちを忘れないでいて。出来る事なら、ベルカとずっと友達でいてね』」
朔はライカの言葉を何度か読み返した。
やがて彼は小さく頷き、拙い動きで短い返事を打った。
「ストレルカ『はい』」
ボストークから出て、鼎は歩いていた。
ポケットには、悠里から押し付けられるように貰った遊園地のチケットが入っている。その存在を感じ、鼎が苛立たしげにため息を吐いた時。
「あ、日向。」
声がかかり、鼎が顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトの結緒だった。
「…中畑。」
「よ。片桐と一緒じゃないんだな。」
結緒が笑顔で言うと、鼎は一層不機嫌な表情になった。
「どいつもこいつも…。」
結緒はしばらく黙って鼎の顔を見ていたが、不意に話し出した。
「あれ、喧嘩なのか?」
「あれって何。」
「昼休み、片桐と日向が何か険悪…て感じでもなかったけど、雰囲気悪かったから。」
結緒の言葉に、鼎は眉間に深くしわを刻んだ。
「聞いてたの? 悪趣味。」
「偶然だって。…喧嘩したのか? 片桐と。」
再度問うた結緒に、鼎はぶっきらぼうに返した。
「喧嘩っていうか…聞いただけだよ。」
「何を?」
「…朔は僕といて、いいことあるのかって。」
「いいことあるから、一緒にいるんじゃないのか? 友達といられるって、それだけでいいことじゃん。」
あっけらかんとした結緒の言葉に、鼎は目を丸くする。黙っている鼎を見て、結緒は首を傾げた。
「どうした? 日向。」
「…いや、何ていうか、その…。」
鼎が思わずギクシャクした声を出すと、結緒はまた問うた。
「片桐に何か嫌なことされたとか、日向が何か嫌なことしたとか、あったのか?」
鼎は小さな声でむくれたように返した。
「…別に、そんな事ないし…少なくとも朔はそんな事しない…。」
「うーん…解らないなあ。じゃあ何で喧嘩したんだ? お互い嫌な事、何も無いんだろ?」
結緒は頭に疑問符をいくつも浮かべている。鼎はまたむくれた声で話した。
「今は無くても、いつか嫌になるかも…。」
「いつかって、未来の話か?」
「…そうだけど…。」
「本当に解らないなあ。何でそんな暗い未来の話から考えるんだ? オレは友達ってことになったら、長く一緒にいたいと思うぜ? そういうもんじゃないのか?」
鼎が目を点にして黙る。結緒は思わず慌てた。
「…オレ、何か変なこと言ったか?」
「…目から鱗で…。」
「へ?」
鼎の頭の中に、悠里の言葉が巡った。
「ベルカ。お前自身はどう思うんだ? ストレルカに一緒にいられたら、本当に迷惑なのか。これから先のことではなく、今どう思うのか、考えてみるといい。」
「今、友達、か…。…バカみたい。」
鼎の口から小さな声が出た。次には踵を返して歩き出す。
「ひ、日向!? どうした!?」
「朔んとこ行く。」
短く言い、ずんずん歩いていく鼎の背中を見送り、結緒は小さく笑んだ。
夕暮れ時の片桐家では、朔が縁側でぼんやりとしていた。時折、小さくため息を吐いていた。
「朔。」
突然背後から声をかけられ、朔は驚いて振り向いた。朔の背後では、鼎が仁王立ちしていた。
「か、鼎!?」
「朔はいいの?」
「な、何が!?」
「朔は僕が友達でいいのかって聞いてんの!!」
鼎の強い問いに朔は一瞬驚いたが、真っ直ぐに返した。
「オレは、鼎が友達でよかったと思ってる。」
「…そう。」
鼎は短く言ってから、逡巡するように黙った。朔が不思議そうに見ていると、鼎は不意に頭を下げた。
「昼間はごめん。」
「え…?」
「昼間はキツい事言ってごめんなさい! 後出来れば、本当に出来ればでいいから、これからも、友達でいてください…。」
最後は弱く響いた鼎の言葉を聞き、朔は目を見開いて問うた。
「…鼎と、友達でいいのか…?」
「僕はいいんだよ! 朔はどうなのかって…。」
鼎が顔を上げると、目の前の朔は心底嬉しそうに笑っていた。
「よかったあ…。」
朔の表情を見、鼎は胸の内が震えるのを感じた。
「…本当に、お人好しの馬鹿野郎…。」
鼎も心からの笑顔になっていた。
片桐家の縁側で、朔と鼎は並んで座る。
「…そうだ。これ。」
「…それは?」
鼎がポケットから出した物を見、朔は疑問符を浮かべる。鼎はそれを朔に渡した。
「遊園地のタダ券。ユーリィさんが朔と一緒に行けって。今度の休みにでも行こうか。」
「ユーリィさんがくれたのか? 明日お礼言わないとな。」
朔が嬉しそうに笑うと、鼎は小さく苦笑した。
「…本当にね。」
朔がまた不思議そうにしながら、改めて渡されたチケットを見た時。
「あれ?」
「何。」
「…三枚あるぞ?」
「…え?」
翌日。
「え? 遊園地連れてってくれるのか!?」
昼休み、学校の小さなテラスで弾んだ声を上げた結緒に、朔は頷いた。
「うん。一緒に行こう。」
「野郎三人で悪いけど。」
鼎が付け足すと、結緒はホッとしたように笑った。
「仲直りしたんだな、お前ら。よかったー。やったー! 遊園地ー!」
はしゃぐ結緒を前に、朔と鼎は顔を見合わせ、笑った。
同じ頃。街の雑居ビル内、アポロの事務所。
「遊園地のタダ券?」
渡された物を見て嵐が問うと、渡したメルクリウスは説明した。
「メンバーが新聞配達から貰ったらしい。お前達にどうかと言われてな。」
「…遊園地、行ける?」
嵐の隣にいる燐が小首を傾げると、アトラスが笑って頷いた。
「そうだ。たまには楽しんで来い。1B、V。」
「遊園地、行ける…。」
燐が目を輝かせるのを見て、嵐は笑みを見せた。メルクリウスに向き直り、一礼する。
「ありがとうございます、今度の休みに行ってきます。」
「ああ、行ってくるといい。」
二人が喜ぶ姿を見るメルクリウスも、穏やかな笑みを浮かべていた。
To be continued
「…これは?」
鼎がチケットを出してきた悠里に、険悪な表情を向ける。悠里はいつも通りの冷静な様子で話した。
「やるから、ストレルカと仲直りして来い。」
…待ち人を未だ望む君。
君にとって、一見気に入らなくて、それでもそばにいてくれる…。
そんな待ち人も、たまにはいるのかもしれないよ。
その日は鼎にとって、嫌なことが連続して起きた日だった。
朝。鼎は登校の為にいつもの通学路を歩いていた。
前方にいた人物達にハッとして、鼎は物陰に身を隠した。見覚えのある…アポロの能力者達だった。
アポロの能力者達が歩きながら話す声が、風に乗って鼎の耳に聞こえてきた。
「…知ってるか? ボストークの奴らの中に、能力の無い奴がいるって。」
「ああ、聞いた。何考えてあの連中の中にいるんだか。」
「何度か邪魔してきて厄介な奴らしいけど…。」
「でも普通の人間なんだろ? その内見切りつけて離れて行くさ。」
鼎は一瞬息を呑み、それから眉間にしわを寄せる。
アポロの能力者達が通学路から逸れたのを確認し、鼎はまた歩き出した。
いつも通りに朔と合流し、学校の教室に入ると、これ見よがしに聞こえてきた。
「あー、来た来た。メンドクセー奴らが。」
「空気読めない奴らがなー。」
「そう言うなって。嫌われ者同士仲良しなんだからさー。」
「そうだなー、ほんと仲良しでいいことだなー。」
自分達を見ないで発せられる嘲りの言葉を、朔は気にしていない様子で席に着いた。
鼎はまた眉間にしわを寄せていた。
昼休み。
鼎は校舎の隅にある小さなテラスで一人、昼食のパンをかじっていた。表情は険しかった。苛立ちにため息を吐く。
鼎が不機嫌な顔でパンをかじっていると、朔がテラスに入って来て、鼎の隣でおにぎりの封を開けた。
鼎は眉間に深くしわを刻んだ。
「何で来るの。」
「え?」
朔が首を傾げると、鼎は苛立ちに任せてまくし立てた。
「朔は僕のところに来て、何かいいことある訳? 一緒にいてもいいことない人間のそばにいるなんて無意味だ。言っとくけど、可哀想な嫌われ者のそばにいて、何か見返り期待してるなら、大間違いだからね。無理して僕のそばにいたって、何も得なんて無いよ!」
朔は目を見開いて鼎の言葉を聞いた。しばらく思うように黙ってから、鼎に問うた。
「…鼎は、オレがそばにいたら、迷惑なのか…?」
「だから、無理して僕のそばにいなくていいって言ってんの! いつかお前も嫌になって離れていくんだから、今そんなことされたってありがた迷惑…。」
そこまで吐き出して、鼎はハッとした。朔は泣きそうに痛む顔をして、苦笑していた。
朔の表情に鼎が言葉を失っていると、朔は小さな声で言った。
「そうか。…迷惑か。」
朔は鼎に背を向けた。
「え、さく…。」
鼎は思わず声を発したが、結局何も出来ず、遠くなって行く朔の背中を見ていた。
放課後。
一人でカフェボストークを訪れた鼎に、悠里は問うた。
「ベルカ。…ストレルカは?」
「知りません。」
鼎はつっけんどんに返し、奥のボックス席に一人で座った。
先に来ていた虎徹、瑠璃、歩は困惑した顔を見合わせる。
悠里は鼎を見ながらしばし考えて、そばの引き出しを開けた。中から出した物を持ち、カウンターを出る。鼎のいるボックス席の前に立ち、呼んだ。
「ベルカ。」
鼎が面倒くさそうに悠里を見ると、悠里は出した物を鼎に差し出した。遊園地の無料チケットだった。
「…これは?」
「やるから、ストレルカと仲直りして来い。」
鼎は更に不機嫌な表情になった。
「仲直りって何ですか。」
「ストレルカとギクシャクでもしてるのかと、オレは思ったんだがな。」
「…別に。」
「嘘をつくな。」
悠里のきつい声に、鼎は一瞬身を強張らせる。悠里は続けて聞かせた。
「…話してみろ、ベルカ。」
鼎は苛立たしげにため息を吐くと、悠里に向き直った。
「…あいつは、何で僕のそばにいつも来るのか聞いただけです。あいつは僕といたっていいこと何も無いんだ。何も得なんてない。僕は能力者で、学校じゃ嫌われ者なのに。いつか嫌になって離れて行くなら、今そんなことされたって迷惑でしょう? どんだけ意思が強い奴か知らないけど、あいつがやってることはまるきり無意味…。」
「お前、そんなことストレルカに言ったのか?」
心底呆れた様子を見せたのは虎徹だった。鼎がムッとして視線を向ける。
「何ですか。」
「前から思ってたけどお前、時々天邪鬼だと思ってな。」
「天邪鬼って…。」
「思ってもいないこと言うような奴のことだ。迷惑だとか、思ってもいないこと言ってるだろ、お前。」
虎徹からストレートに言われ、鼎は思わず言葉に詰まる。
「…私、それはストレルカに謝った方がいいと思うよ。」
心配そうな顔をして話したのは瑠璃だった。
「ストレルカはきっと、得とか損とかでベルカと一緒にいるんじゃ無いと思う…。」
「…何であいつの味方するんですか。二人ともあいつのこと拒絶してた癖に!」
鼎の叫びに、今度は虎徹と瑠璃が言葉に詰まった。
出入り口近くのボックス席に座っていた恵が、冷めた様子で口を開いた。
「ベルカさんを責めたら可哀想ですよ。所詮はストレルカさんは普通の人間、ベルカさんは能力者ですから。違う者同士は、結局相入れないんですよ。」
鼎は思わず恵を睨んだ。歩が慌てて恵を諌める。
「メグ! 何でそんな…。」
「だって、ベルカさんが言いたいのはそういうことだろ。表向きは仲良くしていたって結局…。」
「ウゴリョーク。それは今言うことじゃ無い。」
悠里がぴしゃりと言うと、恵は黙った。悠里は僅かに唇を噛んでいる鼎に向き直った。
「ベルカ。お前自身はどう思うんだ? ストレルカに一緒にいられたら、本当に迷惑なのか。これから先のことではなく、今どう思うのか、考えてみるといい。」
悠里は鼎の手に、遊園地のチケットを握らせた。
朔は自宅に戻ると、祖父の部屋に行った。
「帰ったか、朔。」
「ただいま。…じっちゃん、パソコン貸して。」
朔の小さな頼りない声を聞き、祖父は頷いた。
「ああ、いいぞ。」
祖父は部屋を出て行った。朔は祖父のパソコンの前に腰を下ろす。電源を入れ、ぎこちなく操作する。
まもなく画面上に現れたのは、小さなテキストボックスとOKボタンのみがあるサイトだった。朔がテキストボックスに「Strelka」と入力し、OKボタンを押すと、画面がチャットルームに切り替わった。
「ストレルカが入室しました」
「ライカ『こんにちは、ストレルカ。そっちはまだ明るい時間でしょ? 珍しいね』」
「ストレルカ『こんにちは。ライカさんに聞いてみたいことがあって、来ました』」
「ライカ『うん、どうしたの?』」
「ストレルカ『オレは、ベルカにとって迷惑なんでしょうか?』」
「ライカ『何で、そう思ったのかな?』」
「ストレルカ『今日、ベルカに学校で言われて…』」
「ライカ『迷惑だって、ベルカが言ったの?』」
「ストレルカ『はい』」
朔が肯定すると少しの間の後、ライカから文章が返って来た。
「ライカ『断言していいと思うんだけど、ベルカにとって君の存在が迷惑ってことはないよ』」
「ストレルカ『でも、ベルカは迷惑だって』」
「ライカ『ベルカは怖がってるんだよ。君の存在が大切だから、いつかいなくなったらって思うと、怖いんだ。いなくなった未来のことを考えて、君にそう言ってるんだと思う』」
「ストレルカ『いつか、いなくなったら?』」
「ライカ『うん。先が見えない事は怖いよね。だから、悪い方向に行くことを考えて、ベルカは言ってるんだよ。…未来に傷つきたくないんだよ。…そう思ってしまうのは、今ストレルカといられて幸せだから。迷惑どころか、大切な存在だからじゃないのかな』」
「ストレルカ『…そうなんでしょうか? ベルカ、すごく怒ってて…』」
「ライカ『僕はそう思うよ』」
朔がしばらくキーボードを叩かずにいると、またライカから書き込みがあった。
「ライカ『ストレルカにとって、ベルカはどんな存在?』」
ライカの言葉を読み、朔は懸命に慣れないキーボードを叩いた。
「ストレルカ『大事な友達です』」
「ライカ『君にとっても、ベルカは心の支えなんだね。…どうか、その気持ちを忘れないでいて。出来る事なら、ベルカとずっと友達でいてね』」
朔はライカの言葉を何度か読み返した。
やがて彼は小さく頷き、拙い動きで短い返事を打った。
「ストレルカ『はい』」
ボストークから出て、鼎は歩いていた。
ポケットには、悠里から押し付けられるように貰った遊園地のチケットが入っている。その存在を感じ、鼎が苛立たしげにため息を吐いた時。
「あ、日向。」
声がかかり、鼎が顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトの結緒だった。
「…中畑。」
「よ。片桐と一緒じゃないんだな。」
結緒が笑顔で言うと、鼎は一層不機嫌な表情になった。
「どいつもこいつも…。」
結緒はしばらく黙って鼎の顔を見ていたが、不意に話し出した。
「あれ、喧嘩なのか?」
「あれって何。」
「昼休み、片桐と日向が何か険悪…て感じでもなかったけど、雰囲気悪かったから。」
結緒の言葉に、鼎は眉間に深くしわを刻んだ。
「聞いてたの? 悪趣味。」
「偶然だって。…喧嘩したのか? 片桐と。」
再度問うた結緒に、鼎はぶっきらぼうに返した。
「喧嘩っていうか…聞いただけだよ。」
「何を?」
「…朔は僕といて、いいことあるのかって。」
「いいことあるから、一緒にいるんじゃないのか? 友達といられるって、それだけでいいことじゃん。」
あっけらかんとした結緒の言葉に、鼎は目を丸くする。黙っている鼎を見て、結緒は首を傾げた。
「どうした? 日向。」
「…いや、何ていうか、その…。」
鼎が思わずギクシャクした声を出すと、結緒はまた問うた。
「片桐に何か嫌なことされたとか、日向が何か嫌なことしたとか、あったのか?」
鼎は小さな声でむくれたように返した。
「…別に、そんな事ないし…少なくとも朔はそんな事しない…。」
「うーん…解らないなあ。じゃあ何で喧嘩したんだ? お互い嫌な事、何も無いんだろ?」
結緒は頭に疑問符をいくつも浮かべている。鼎はまたむくれた声で話した。
「今は無くても、いつか嫌になるかも…。」
「いつかって、未来の話か?」
「…そうだけど…。」
「本当に解らないなあ。何でそんな暗い未来の話から考えるんだ? オレは友達ってことになったら、長く一緒にいたいと思うぜ? そういうもんじゃないのか?」
鼎が目を点にして黙る。結緒は思わず慌てた。
「…オレ、何か変なこと言ったか?」
「…目から鱗で…。」
「へ?」
鼎の頭の中に、悠里の言葉が巡った。
「ベルカ。お前自身はどう思うんだ? ストレルカに一緒にいられたら、本当に迷惑なのか。これから先のことではなく、今どう思うのか、考えてみるといい。」
「今、友達、か…。…バカみたい。」
鼎の口から小さな声が出た。次には踵を返して歩き出す。
「ひ、日向!? どうした!?」
「朔んとこ行く。」
短く言い、ずんずん歩いていく鼎の背中を見送り、結緒は小さく笑んだ。
夕暮れ時の片桐家では、朔が縁側でぼんやりとしていた。時折、小さくため息を吐いていた。
「朔。」
突然背後から声をかけられ、朔は驚いて振り向いた。朔の背後では、鼎が仁王立ちしていた。
「か、鼎!?」
「朔はいいの?」
「な、何が!?」
「朔は僕が友達でいいのかって聞いてんの!!」
鼎の強い問いに朔は一瞬驚いたが、真っ直ぐに返した。
「オレは、鼎が友達でよかったと思ってる。」
「…そう。」
鼎は短く言ってから、逡巡するように黙った。朔が不思議そうに見ていると、鼎は不意に頭を下げた。
「昼間はごめん。」
「え…?」
「昼間はキツい事言ってごめんなさい! 後出来れば、本当に出来ればでいいから、これからも、友達でいてください…。」
最後は弱く響いた鼎の言葉を聞き、朔は目を見開いて問うた。
「…鼎と、友達でいいのか…?」
「僕はいいんだよ! 朔はどうなのかって…。」
鼎が顔を上げると、目の前の朔は心底嬉しそうに笑っていた。
「よかったあ…。」
朔の表情を見、鼎は胸の内が震えるのを感じた。
「…本当に、お人好しの馬鹿野郎…。」
鼎も心からの笑顔になっていた。
片桐家の縁側で、朔と鼎は並んで座る。
「…そうだ。これ。」
「…それは?」
鼎がポケットから出した物を見、朔は疑問符を浮かべる。鼎はそれを朔に渡した。
「遊園地のタダ券。ユーリィさんが朔と一緒に行けって。今度の休みにでも行こうか。」
「ユーリィさんがくれたのか? 明日お礼言わないとな。」
朔が嬉しそうに笑うと、鼎は小さく苦笑した。
「…本当にね。」
朔がまた不思議そうにしながら、改めて渡されたチケットを見た時。
「あれ?」
「何。」
「…三枚あるぞ?」
「…え?」
翌日。
「え? 遊園地連れてってくれるのか!?」
昼休み、学校の小さなテラスで弾んだ声を上げた結緒に、朔は頷いた。
「うん。一緒に行こう。」
「野郎三人で悪いけど。」
鼎が付け足すと、結緒はホッとしたように笑った。
「仲直りしたんだな、お前ら。よかったー。やったー! 遊園地ー!」
はしゃぐ結緒を前に、朔と鼎は顔を見合わせ、笑った。
同じ頃。街の雑居ビル内、アポロの事務所。
「遊園地のタダ券?」
渡された物を見て嵐が問うと、渡したメルクリウスは説明した。
「メンバーが新聞配達から貰ったらしい。お前達にどうかと言われてな。」
「…遊園地、行ける?」
嵐の隣にいる燐が小首を傾げると、アトラスが笑って頷いた。
「そうだ。たまには楽しんで来い。1B、V。」
「遊園地、行ける…。」
燐が目を輝かせるのを見て、嵐は笑みを見せた。メルクリウスに向き直り、一礼する。
「ありがとうございます、今度の休みに行ってきます。」
「ああ、行ってくるといい。」
二人が喜ぶ姿を見るメルクリウスも、穏やかな笑みを浮かべていた。
To be continued