第一話 待ち人はここにいた
…おや、あの世界に動きがあるね。
今はまだ小さな…でも、やがて大きくなりそうな動きだ。
…待ち人を望んでいた彼ら…やってきた待ち人を大切にね。
…未だ待ち人を望んでいる君達…その人は案外、すぐそばにいるかもしれないよ。
朝。
学ランを着た一人の少年が、頭の上の方で短く束ねた青い髪を僅かに揺らしながら歩く。
少年は時々周囲を見て、浮かない顔をしている。周りを歩く沢山の学ランの生徒達を避けながら、少年は住宅街に入った。
閑静な住宅街の中。大きな門構えの古い家が建っている。
少年は「片桐 」と表札のかけられた大きな門をくぐり、玄関の前に立った。少し気後れしながら、呼び鈴を鳴らした。
すぐにからからと戸が開けられる。現れたのは一人の老人だった。どこか鋭い瞳をしたその老人は、少年を見ると笑んだ。
「おお、鼎君か。朔だろう、今準備しているところだ。…朔! 鼎君が来たぞ!」
老人が家の中に向かって呼ぶと、家の奥から声が返ってくる。
「はいっ! じっちゃん!」
間も無くバタバタと音がして、白い短い髪の少年が、鼎 と呼ばれた少年と同じ学ランを着て現れた。
少年は鼎の姿を認めると、軽く右手を挙げた。
「おはよう、鼎。」
「…おはよう、朔。」
小さい静かな声で、鼎は白い髪の少年…朔 に挨拶を返した。
朔と鼎は並んで道を歩く。二人が向かうのは一路、自分達が通う学校だ。
「…鼎。」
「何。」
「…えっと…今日の弁当の中身は?」
「見てない。」
「そっか。」
二人はそんな会話を交わし、しばし黙って歩く。
街の電機屋に置かれているテレビの前を通りかかった。二人がその画面を何となく見やると、オカルト番組のCMをやっているらしかった。
「…五年前、雨の様に世界を襲った赤い稲妻…。」
そのCMの声を聞いた鼎の表情が陰った。朔が話す。
「五年前だったんだな、赤い稲妻…あの時、お前見てたか?」
「見てたよ。」
それだけ言い、鼎は早足で歩き出す。朔は特に何を返すでもなく、鼎を追って歩き出した。
朔は歩きながら、ぼんやりと思い起こしていた。
五年前、自身がまだ小学生だった頃。
…突然空が真っ暗になり、雷鳴が轟き始めた。町の明かりも消え、世界は闇に包まれた。
そして、分厚い雲に覆われた空から雨の様に落ちて来たのは、血の様に赤い色をした稲妻だった。
赤い光が轟音と共に落ちる様に、朔は恐怖したのを覚えている。
時間にすれば二、三分程度だったその出来事。「赤い稲妻」の雨に打たれ、命を落とした人が多数いたという。
朔が思考を止めて前を向くと、もう目の前には二人の通う高校があった。
前を歩いていた鼎が立ち止まる。振り返り、朔を見た。その表情は僅かに強張っている。朔が鼎のそばに走っていくと、鼎はいくらか表情を緩ませた。
二人は共に校門をくぐった。
学校の授業中。
静まり返っている教室で、教師が生徒達に背を向けている間に、一人の生徒が他の生徒に消しゴムを投げつけた。
消しゴムをぶつけられた生徒はびくりと身を竦ませ、何も言わず縮こまる。
鼎がその様を横目で見、眉間にしわを寄せた時。
「消しゴムとかぶつけるな、危ない。」
声を上げたのは朔だった。消しゴムをぶつけた生徒は忌々しげに舌打ちし、教室は一気に険悪な雰囲気になった。
朔は構わずに消しゴムを拾い上げ、投げた生徒に渡した。次いでぶつけられた生徒に声をかける。
「大丈夫か。」
生徒は何も言わず、朔から顔をそらした。
「片桐、授業中だ、座れ。」
教師から声を投げられ、朔は「はい」と返事をすると、席に戻った。
授業が続けられる中、鼎は視線を落とし気味にしていたが、ちらりと朔の方を見た。真面目に授業を受ける朔を見て、鼎は自分の勉強に集中した。
その日の授業も無事に終わった。教室の中は部活へ行く者、帰宅する者、様々入り混じっている。
鼎が一人、荷物をまとめて帰る支度をしていると、頭上から声がかかった。
「日向 、これからゲームセンター行くんだけど、一緒にどうだー?」
鼎が見上げると、クラスメイトの男子数名が鼎を見下ろして笑っている。少し歪んだその笑顔をじっと見て、鼎は首を横に振った。
「遠慮しておくよ。」
「ちっ。」
「付き合い悪いの。」
クラスメイト達は舌打ちをして、鼎から離れた。
それからしばらく鼎が一人でいると、朔が寄って来た。
「帰ろう、鼎。」
鼎は今度は朔の顔をじっと見た。朔も黙って鼎の次の行動を待つ。
「…うん。」
言うと鼎は席から立ち上がり、カバンを持った。
…朔と鼎が教室を出ると、一部の生徒達が囁き出す。
「あいつらって何なの?」
「片桐は自分が正義みたいなツラして、いちいちムカつくし。」
「日向はとにかくとっつきにくいっつーか、付き合い悪いし。」
「オレあいつら嫌いだなー。何偉そうにしてんだって感じ。」
「オレもオレもー。せっかくオレ達が遊んでやろーとしたってのに。」
「まあ、嫌われモン同士、通じ合ってんじゃねーの?」
「あはは、気持ち悪りー!」
言いたい放題言いながら、生徒達は下卑た笑い声を上げた。
朔と鼎は、無言で家に向かって歩いた。
朔は少しの間、考えている様子を見せてから、鼎に話しかける。
「あのさ、今日の晩飯…。」
「朔。」
朔の言葉を、鼎の言葉が遮った。
「え、何だ?」
「朔は、何で僕と一緒にいるのさ。」
「え…?」
唐突な鼎の台詞に、朔の表情が強張った。鼎は続けて言葉を投げる。
「朔は僕といて、何かいいことある訳?」
朔はしばらく目を大きく開いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…鼎は、オレがいると悪いのか?」
返された朔の言葉に、今度は鼎が小さく息を呑んだ。しばし重く黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「…うん、悪い。」
それを聞いた朔の瞳が震えた。朔の瞳を見た鼎の表情が強張った。何も言えない鼎に向かい、朔は苦笑してみせた。
「オレは嫌われ者だからな。自覚はしてる。鼎にとって、オレがいると悪いっていうのは解る。」
朔は黙っている鼎に、言葉を続けた。
「それでも…それでもオレは…。」
突然。
「ボストーク!!」
叫び声がし、鼎の体を衝撃が襲った。
「うあ!」
「鼎!?」
朔が驚き、鼎を助け起こす。
「ボストーク!! お前らのせいで、オレはあの人に戦力外通告されたんだ!!」
朔が声の方を向くと、少し離れた所で一人の男が息を切らせ、目を血走らせて二人を見ていた。
男が一歩踏み出す。次の瞬間には、男は二人のすぐ目の前で拳を振るっていた。
「がっ!!」
朔が咄嗟に鼎を庇い、頭に衝撃を喰らった。
「朔!?」
「か、鼎、逃げろ、何かやばい…!」
ぐらつく視界の中で、朔は鼎の体を押し、逃がそうと試みる。
朔を見た男は、顔を思い切り歪ませた。
「お前、ボストークの新しい能力者か!!」
「…のう、りょくしゃ…?」
朔が声を絞り出した次には、朔の首根っこが掴まれ、思い切りコンクリートに叩きつけられていた。
「が、あっ…!?」
更に男は倒れている朔の腹に、思い切り拳をめり込ませた。
「ぐうっ!」
男が朔の体を建物の壁に投げつけると、朔は動かなくなった。
「や、止めろ!!」
鼎が叫ぶ。男が振り向くと、鼎は必死に叫んだ。
「止めろ!! 朔は能力者じゃない!! ボストークとは無関係だ!!」
「能力者じゃない…?」
鼎の言葉を聞いた男は、ニタリと残忍な笑みを浮かべた。
「そりゃいいな!! でかいツラしてる普通の奴らに、オレはずっとムカついてたんだ!!」
男が再び、ボロボロになっている朔に意識を向ける。それを見た鼎は、男の方を睨むように真っ直ぐに見る。すると、普段茶色い鼎の瞳が青く光った。
鼎は思い切り踏み出し、走り出す。男が一歩踏み出し、朔に迫る直前、足を横に思い切り突き出した。
「があっ!?」
鼎の足を激しい衝撃が襲い、男が派手に転んだ。
鼎は足の痛みをこらえながら、朔の体を引っ張り起こした。
「かなえ…。」
「逃げろ、朔。」
「…ダメだ、お前が逃げなきゃ…。」
朔は鼎を男から庇うように、ふらふらと立ち上がった。
傷ついて尚、自分を守ろうとする朔の姿を見た鼎は、思わず叫んだ。
「どうして! どうしてお前はそうやって…!」
「…大事な奴守りたいと思うのが、そんなにダメなのか…?」
泣きそうな顔で言われた朔の言葉。鼎はひゅ、と息を飲み、朔を見上げた。
「何を…ごちゃごちゃとっ…!!」
男が体の痛みをこらえ、起き上がり始める。
鼎は下を向き、唇を結んだ。顔を上げて立ち上がると、朔に話した。
「…僕のこと信じてくれるなら、あいつが一歩踏み出す直前だ。」
「え?」
「いいから。……。」
鼎は朔の耳元で話す。朔は男に向き直り、頷いた。
「…解った。」
「もう、能力者でも、そうでなくてもいい…殺してやる…!!」
男が足を浮かせる。二人に向かい、踏み出そうとした。
鼎の瞳が青く光る。鼎は叫んだ。
「右!」
朔は右足で思い切りローキックを出した。
「だあっ!?」
男がまた派手に転び、うつ伏せに倒れる。朔はすかさず男の背後に回り、手刀で首を打った。
「がっ。」
男が意識を失い、倒れたのを確認し、朔は鼎に向き直った。
「…ありがとう、鼎、助かっ、た…。」
気が抜けたのか、朔の体がその場に崩れた。
「朔!!」
鼎が慌てて朔を助け起こすと、朔の体が男の攻撃でボロボロになっているのに気がついた。
「…とにかく、ここから逃げないと…。」
鼎は朔の肩を担ぐと、朔の体を引きずって歩き出した。
「朔…もうすぐ…着くから…。」
息を切らせながら、鼎はボロボロの朔を引きずって歩く。
「ボストークに…ユーリィさんのところに行けば、何とか…。」
朔を引きずりながら、鼎は目に涙を溜めていた。
「朔…!」
鼎は小さな路地に入る。少し歩くと喫茶店と思われる建物が見えた。
その建物に掲げられていた看板には「カフェ ボストーク」と書かれている。
鼎は建物の扉を叩いた。
To be continued
今はまだ小さな…でも、やがて大きくなりそうな動きだ。
…待ち人を望んでいた彼ら…やってきた待ち人を大切にね。
…未だ待ち人を望んでいる君達…その人は案外、すぐそばにいるかもしれないよ。
朝。
学ランを着た一人の少年が、頭の上の方で短く束ねた青い髪を僅かに揺らしながら歩く。
少年は時々周囲を見て、浮かない顔をしている。周りを歩く沢山の学ランの生徒達を避けながら、少年は住宅街に入った。
閑静な住宅街の中。大きな門構えの古い家が建っている。
少年は「
すぐにからからと戸が開けられる。現れたのは一人の老人だった。どこか鋭い瞳をしたその老人は、少年を見ると笑んだ。
「おお、鼎君か。朔だろう、今準備しているところだ。…朔! 鼎君が来たぞ!」
老人が家の中に向かって呼ぶと、家の奥から声が返ってくる。
「はいっ! じっちゃん!」
間も無くバタバタと音がして、白い短い髪の少年が、
少年は鼎の姿を認めると、軽く右手を挙げた。
「おはよう、鼎。」
「…おはよう、朔。」
小さい静かな声で、鼎は白い髪の少年…
朔と鼎は並んで道を歩く。二人が向かうのは一路、自分達が通う学校だ。
「…鼎。」
「何。」
「…えっと…今日の弁当の中身は?」
「見てない。」
「そっか。」
二人はそんな会話を交わし、しばし黙って歩く。
街の電機屋に置かれているテレビの前を通りかかった。二人がその画面を何となく見やると、オカルト番組のCMをやっているらしかった。
「…五年前、雨の様に世界を襲った赤い稲妻…。」
そのCMの声を聞いた鼎の表情が陰った。朔が話す。
「五年前だったんだな、赤い稲妻…あの時、お前見てたか?」
「見てたよ。」
それだけ言い、鼎は早足で歩き出す。朔は特に何を返すでもなく、鼎を追って歩き出した。
朔は歩きながら、ぼんやりと思い起こしていた。
五年前、自身がまだ小学生だった頃。
…突然空が真っ暗になり、雷鳴が轟き始めた。町の明かりも消え、世界は闇に包まれた。
そして、分厚い雲に覆われた空から雨の様に落ちて来たのは、血の様に赤い色をした稲妻だった。
赤い光が轟音と共に落ちる様に、朔は恐怖したのを覚えている。
時間にすれば二、三分程度だったその出来事。「赤い稲妻」の雨に打たれ、命を落とした人が多数いたという。
朔が思考を止めて前を向くと、もう目の前には二人の通う高校があった。
前を歩いていた鼎が立ち止まる。振り返り、朔を見た。その表情は僅かに強張っている。朔が鼎のそばに走っていくと、鼎はいくらか表情を緩ませた。
二人は共に校門をくぐった。
学校の授業中。
静まり返っている教室で、教師が生徒達に背を向けている間に、一人の生徒が他の生徒に消しゴムを投げつけた。
消しゴムをぶつけられた生徒はびくりと身を竦ませ、何も言わず縮こまる。
鼎がその様を横目で見、眉間にしわを寄せた時。
「消しゴムとかぶつけるな、危ない。」
声を上げたのは朔だった。消しゴムをぶつけた生徒は忌々しげに舌打ちし、教室は一気に険悪な雰囲気になった。
朔は構わずに消しゴムを拾い上げ、投げた生徒に渡した。次いでぶつけられた生徒に声をかける。
「大丈夫か。」
生徒は何も言わず、朔から顔をそらした。
「片桐、授業中だ、座れ。」
教師から声を投げられ、朔は「はい」と返事をすると、席に戻った。
授業が続けられる中、鼎は視線を落とし気味にしていたが、ちらりと朔の方を見た。真面目に授業を受ける朔を見て、鼎は自分の勉強に集中した。
その日の授業も無事に終わった。教室の中は部活へ行く者、帰宅する者、様々入り混じっている。
鼎が一人、荷物をまとめて帰る支度をしていると、頭上から声がかかった。
「
鼎が見上げると、クラスメイトの男子数名が鼎を見下ろして笑っている。少し歪んだその笑顔をじっと見て、鼎は首を横に振った。
「遠慮しておくよ。」
「ちっ。」
「付き合い悪いの。」
クラスメイト達は舌打ちをして、鼎から離れた。
それからしばらく鼎が一人でいると、朔が寄って来た。
「帰ろう、鼎。」
鼎は今度は朔の顔をじっと見た。朔も黙って鼎の次の行動を待つ。
「…うん。」
言うと鼎は席から立ち上がり、カバンを持った。
…朔と鼎が教室を出ると、一部の生徒達が囁き出す。
「あいつらって何なの?」
「片桐は自分が正義みたいなツラして、いちいちムカつくし。」
「日向はとにかくとっつきにくいっつーか、付き合い悪いし。」
「オレあいつら嫌いだなー。何偉そうにしてんだって感じ。」
「オレもオレもー。せっかくオレ達が遊んでやろーとしたってのに。」
「まあ、嫌われモン同士、通じ合ってんじゃねーの?」
「あはは、気持ち悪りー!」
言いたい放題言いながら、生徒達は下卑た笑い声を上げた。
朔と鼎は、無言で家に向かって歩いた。
朔は少しの間、考えている様子を見せてから、鼎に話しかける。
「あのさ、今日の晩飯…。」
「朔。」
朔の言葉を、鼎の言葉が遮った。
「え、何だ?」
「朔は、何で僕と一緒にいるのさ。」
「え…?」
唐突な鼎の台詞に、朔の表情が強張った。鼎は続けて言葉を投げる。
「朔は僕といて、何かいいことある訳?」
朔はしばらく目を大きく開いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…鼎は、オレがいると悪いのか?」
返された朔の言葉に、今度は鼎が小さく息を呑んだ。しばし重く黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「…うん、悪い。」
それを聞いた朔の瞳が震えた。朔の瞳を見た鼎の表情が強張った。何も言えない鼎に向かい、朔は苦笑してみせた。
「オレは嫌われ者だからな。自覚はしてる。鼎にとって、オレがいると悪いっていうのは解る。」
朔は黙っている鼎に、言葉を続けた。
「それでも…それでもオレは…。」
突然。
「ボストーク!!」
叫び声がし、鼎の体を衝撃が襲った。
「うあ!」
「鼎!?」
朔が驚き、鼎を助け起こす。
「ボストーク!! お前らのせいで、オレはあの人に戦力外通告されたんだ!!」
朔が声の方を向くと、少し離れた所で一人の男が息を切らせ、目を血走らせて二人を見ていた。
男が一歩踏み出す。次の瞬間には、男は二人のすぐ目の前で拳を振るっていた。
「がっ!!」
朔が咄嗟に鼎を庇い、頭に衝撃を喰らった。
「朔!?」
「か、鼎、逃げろ、何かやばい…!」
ぐらつく視界の中で、朔は鼎の体を押し、逃がそうと試みる。
朔を見た男は、顔を思い切り歪ませた。
「お前、ボストークの新しい能力者か!!」
「…のう、りょくしゃ…?」
朔が声を絞り出した次には、朔の首根っこが掴まれ、思い切りコンクリートに叩きつけられていた。
「が、あっ…!?」
更に男は倒れている朔の腹に、思い切り拳をめり込ませた。
「ぐうっ!」
男が朔の体を建物の壁に投げつけると、朔は動かなくなった。
「や、止めろ!!」
鼎が叫ぶ。男が振り向くと、鼎は必死に叫んだ。
「止めろ!! 朔は能力者じゃない!! ボストークとは無関係だ!!」
「能力者じゃない…?」
鼎の言葉を聞いた男は、ニタリと残忍な笑みを浮かべた。
「そりゃいいな!! でかいツラしてる普通の奴らに、オレはずっとムカついてたんだ!!」
男が再び、ボロボロになっている朔に意識を向ける。それを見た鼎は、男の方を睨むように真っ直ぐに見る。すると、普段茶色い鼎の瞳が青く光った。
鼎は思い切り踏み出し、走り出す。男が一歩踏み出し、朔に迫る直前、足を横に思い切り突き出した。
「があっ!?」
鼎の足を激しい衝撃が襲い、男が派手に転んだ。
鼎は足の痛みをこらえながら、朔の体を引っ張り起こした。
「かなえ…。」
「逃げろ、朔。」
「…ダメだ、お前が逃げなきゃ…。」
朔は鼎を男から庇うように、ふらふらと立ち上がった。
傷ついて尚、自分を守ろうとする朔の姿を見た鼎は、思わず叫んだ。
「どうして! どうしてお前はそうやって…!」
「…大事な奴守りたいと思うのが、そんなにダメなのか…?」
泣きそうな顔で言われた朔の言葉。鼎はひゅ、と息を飲み、朔を見上げた。
「何を…ごちゃごちゃとっ…!!」
男が体の痛みをこらえ、起き上がり始める。
鼎は下を向き、唇を結んだ。顔を上げて立ち上がると、朔に話した。
「…僕のこと信じてくれるなら、あいつが一歩踏み出す直前だ。」
「え?」
「いいから。……。」
鼎は朔の耳元で話す。朔は男に向き直り、頷いた。
「…解った。」
「もう、能力者でも、そうでなくてもいい…殺してやる…!!」
男が足を浮かせる。二人に向かい、踏み出そうとした。
鼎の瞳が青く光る。鼎は叫んだ。
「右!」
朔は右足で思い切りローキックを出した。
「だあっ!?」
男がまた派手に転び、うつ伏せに倒れる。朔はすかさず男の背後に回り、手刀で首を打った。
「がっ。」
男が意識を失い、倒れたのを確認し、朔は鼎に向き直った。
「…ありがとう、鼎、助かっ、た…。」
気が抜けたのか、朔の体がその場に崩れた。
「朔!!」
鼎が慌てて朔を助け起こすと、朔の体が男の攻撃でボロボロになっているのに気がついた。
「…とにかく、ここから逃げないと…。」
鼎は朔の肩を担ぐと、朔の体を引きずって歩き出した。
「朔…もうすぐ…着くから…。」
息を切らせながら、鼎はボロボロの朔を引きずって歩く。
「ボストークに…ユーリィさんのところに行けば、何とか…。」
朔を引きずりながら、鼎は目に涙を溜めていた。
「朔…!」
鼎は小さな路地に入る。少し歩くと喫茶店と思われる建物が見えた。
その建物に掲げられていた看板には「カフェ ボストーク」と書かれている。
鼎は建物の扉を叩いた。
To be continued