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青学

「……タバコ臭いんだけど」
「そりゃあ…吸ってるからね」

むぅ、と眉根を寄せるその顔に思わず苦笑いが浮かんでしまう。
彼が睨みをきかせているのは私と私の手にある紫煙を燻らせる1本の嗜好品だ。

「ごめんって、まさか一服してる時に来るなんて思ってもなかったから」

主張した通り、仕事が終わり帰路に着き、いつものように習慣で食後の1本目を吸い始めた時に「家の前に来てるんだけど」と通知が来たのはほんの少し前の事。「分かった。外に出るから待ってて」と返事をしてまだ少ししか燃えていなかったそれを片手に持ったまま玄関に出たのが運の尽きだった。
玄関を開けた瞬間、彼の猫のような丸い瞳は煙草を認知すると段々と不機嫌になっていた。

彼にタバコ臭いなんて言われて傷つかないといえば嘘になるが、私はただ謝罪と言い訳しかできない。
臭い、と言われても知り合う前からもう喫煙者だし、なんならその事を彼と関係を持つ前に伝えているわけでもあって。…もちろん、食後に嗜む事も。

ただ、彼が煙草嫌いだと知ってから彼がいる時、彼が来る時は臭いをつけないように回避してきたわけなんだけれど…今回ばかりは時間が悪かった。まあ私も吸い始めたばっかりで終わらせるのが勿体ないからそのまま来てしまったのだけれども。

「悪いと思うんなら今すぐ捨ててきなよ」
スパッ、と鋭利な刃物で吐き捨てる彼に、私はそれをひょいと躱すように言い返す。
「それはいくらリョーマのお願いでも聞けないなぁ」

余計に彼の眉間がぎゅっと深くなるのを見た。
「バッカじゃないの。そんなに早死にしたいんだね、アンタ」
「かもねぇ…」
玄関を開けてから既に2.3メートルほど距離を置かれた私はス、と煙を肺に入れこみながら、彼の耳に届くか届かないか分からない程度にそう呟く。

私の言葉を最後に暫く沈黙が続く。

私はリョーマも好きだし、煙草も好きだ。仕事で疲れた後でも彼の顔を見たり電話越しに声を聞いたりするだけで癒される。もちろん、食後の一服も然りであって。
だけどその2つはイコールではないことを彼に何度伝えただろう。彼が煙草の代わりになれないように、また煙草も彼の代わりになれないのだ。

私はつくづく強欲な女だなあ……と客観的に見ても思わずにはいられないほど欲が深いみたいだ。どちらも手放せない、みんなみんなこの手の中に収めてしまいたい。

こんな女、よく拾ってくれるな、リョーマも。ちらと目を向けると彼は俯いたままで、表情がよく見えなかった。
……怒らせたよね、そりゃ。無理もないか。

「ねぇ」
1本目はとうに吸い終わってこの沈黙をどう切り出そうか思考していた時にふいと声をかけられた。
ん?と今一度リョーマの方を見ると、2.3メートルあったはずの距離は体感距離で5センチほどになっていて。お互いの顔と顔が近づきあって、まるで、まるで​───もう、すぐにでも触れ合いそうで。

「タバコ吸ってたらさ、たくさんキスできないじゃん。」

「は?」
「だーかーら」
いきなり飛び出したキスというワードに驚きで固まる私に彼はこう言葉を続けた。

「折角オレが来てるんだからタバコなんかに構わないでオレにだけ時間充ててよ。早死にするよりよっぽどマシでしょ。」

「へ」
「じゃあそういう事だから今日は帰る。じゃあね。」

結局触れること無く離れて帰っていく彼に私は脳処理が追いつかなくて声をかけることすら出来なかった。

彼が見えなくなって暫く私はその場に立ち尽くしていた。

(……本数…、減らそうかな)
思わず熟考してしまうほど、彼の正直な気持ちというものは私を丸裸にしてしまう。
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