カロスの棚
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恋人同士。
F→→→→→夢主。
夢主の登場無し。
Fの夢主への語り。
XYの過去描写あり。
元ネタ・「月を見ていた」米津玄師
ーーーーーーーー
ミアレの夜は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ネオンの残光だけが石畳ににじみ、誰もいない通りを淡い水面のように照らしている。
Fはゆっくりと歩いていた。
歩くことそのものが目的なのではない。歩き続けることでしか保てない均衡を、身体に確かめるように。ふと夜空を仰ぐ。
月は高く、雲の切れ間から覗いていた。
どこか遠いもののように、静かに澄み切っている。
——リリィさん。
名を、声に出すことはない。
だがその呼び名だけが、彼女の存在を現実に繋ぎ止めていると、彼は知っていた。
記憶の奥で、「Fさん」と呼ぶ声がかすかに響く。
その響きだけで、胸の奥がほどけていく。
彼にとって、それは痛みでもあり、同時に救いでもあった。
生き続けるという呪い。
その長さが、彼の中で何度も形を変えて息をする。
それを彼女に告げられずにいることだけが、彼の心に静かに残り続けていた。
彼女はまだ知らない。
自分が、その長すぎる時間の中で、
ただ一人、彼を例外にしてしまったことを。
夜風に頬を撫でられながら、彼は歩き続けていた。
遠くの光は、ただそこにあるだけで、触れられない。
それでも目を逸らす気にはなれなかった。
もし生まれ変わるという奇跡があるのなら。
たとえまた何もかも忘れてしまっても。
それでも、彼はきっと彼女を見つけてしまうだろう。
名前も、声も、姿さえも、変わった誰かの中に、
かつての彼女の面影を探し当ててしまう筈だ。
それが救いなのか、
それとも彼女を縛る罪なのか。
答えは出ていない。
ただ、
探すことをやめられない自分だけが、そこにいた。
生き続ける者にだけ残された、逃げ場のない役割。
誰かの人生を追い続けてしまうという、静かな宿命。
それでも、彼は歩く。
探すことをやめるという選択肢だけは、
最初から与えられていないと知っているから。
人は何度生まれ変わろうと、同じ魂を持つと言う。
それが本当かどうか、彼にはわからない。
だが、もしそれが事実なら——
彼はまた、同じ過ちを繰り返すのだろう。
長い時間の中で、彼は多くを奪い、そして与えようとしてきた。
けれど、与えるという行為さえ、彼の生に縛られていることに変わりはない。
誰かを探し続けるということが、どれほど残酷な願いなのか。
彼は痛いほど理解していた。
変わるのは、地に立つ者だけだ。
だからこそ、彼は空を見上げる。
地にある答えは、いつも脆く、すぐに形を失う。
探すことは、救いなのか。
それとも、彼女の輪廻にまで影を落とす呪いなのか。
その答えを、彼はまだ知らない。
それでも、歩みを止めることはできなかった。
ーーーーーーーー
ふと、五年前の光景が脳裏をよぎった。
赤い外装のカフェテリア。
昼のミアレは人で溢れていたが、店内だけは不思議と静かだった。
プラターヌ博士に連れられてきた少女は、まだ十五歳だった。
研究者の娘にしては落ち着きがなく、けれど目だけがやけに澄んでいた。
「はじめまして。私、リリィです」
差し出された手は小さく、わずかに震えていた。
だが、握り返す力は思ったよりもしっかりしていた。
「フラダリさん、ですよね。よろしくお願いします」
年齢のわりに丁寧な口調だった。
それがかえって幼さを際立たせている。
彼女は、妙にまっすぐにこちらを見ていた。
尊敬とも憧れともつかない、無防備な視線で。
「お母さんみたいに研究者にはなれなくて……だから、トレーナーの道に進んだんです」
少し誇らしげにそう言って、照れたように笑う。
研究者の娘でありながら、別の道を選んだという事実を、彼女は隠そうとしなかった。
それを、特別だとは思わなかった。
計画に囚われていた頃の自分にとって、少女はただ紹介されただけの子供に過ぎないと、当時はそう思い込んでいた。
それでも――
彼女が名を呼んだ時のその響きだけは、
不思議なほど記憶に残った。
ーーー
夜の石畳に、かすかな声が重なる。
記憶の底で、幼い響きがほどける。
「……フラダリさん」
その声は遠く、薄く、しかし確かに彼の名を呼んでいた。
あの頃の彼女は、彼をそう呼んだ。
ミアレの街角、赤い外壁のカフェテリアで、少し緊張したように背筋を伸ばしながら。
少女の声には、尊敬とは別の、淡い憧れが混じっていた。
そして今は——
「Fさん」
二つの声が、夜の石畳で重なった気がした。
過去と現在が、同じ名を違う形で呼んでいる。
名が変わっても、呼び方の輪郭だけが不思議なほど似ていた。
同じ響きが、時間を越えて、彼の中で重なっていく。
呼ばれた名を辿る。
それは彼にとって、闇の中で掴んだ細い枝だった。
記憶を失くし、過去の自分を手放した今でも、
彼女が呼ぶその声だけが、自分を此岸に繋ぎ止めている。
掴んだ枝は、彼が手放せなくなった唯一の存在だった。
過去であり、今の彼女であり、そして名を変えてしまった自分を、それでも呼び続ける存在。
名前を呼ばれるという行為は、
生きているという証明に似ていた。
彼は歩みを止め、月を見上げる。
雲に滲んだ光が、静かな街に溶けていく。
嵐のような歳月の中で、消えかけた火がある。
だが、その火はまだ、確かに燃えていた。
まるで何もなかったかのように。
それでも、確かに燃えている。
彼女への想いは、消えたりしない。
消えてはならない。
そうでなければ、この生を生き続ける理由を失ってしまう。
静かに、目を閉じる。
胸の奥の小さな炎に、祈りにも似た誓いを落とす。
この先、どれほどの時が流れても。
名が変わっても、
記憶が剥がれ落ちても。
それでも——
彼女への火だけは、消さない。と誓った。
F→→→→→夢主。
夢主の登場無し。
Fの夢主への語り。
XYの過去描写あり。
元ネタ・「月を見ていた」米津玄師
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ミアレの夜は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ネオンの残光だけが石畳ににじみ、誰もいない通りを淡い水面のように照らしている。
Fはゆっくりと歩いていた。
歩くことそのものが目的なのではない。歩き続けることでしか保てない均衡を、身体に確かめるように。ふと夜空を仰ぐ。
月は高く、雲の切れ間から覗いていた。
どこか遠いもののように、静かに澄み切っている。
——リリィさん。
名を、声に出すことはない。
だがその呼び名だけが、彼女の存在を現実に繋ぎ止めていると、彼は知っていた。
記憶の奥で、「Fさん」と呼ぶ声がかすかに響く。
その響きだけで、胸の奥がほどけていく。
彼にとって、それは痛みでもあり、同時に救いでもあった。
生き続けるという呪い。
その長さが、彼の中で何度も形を変えて息をする。
それを彼女に告げられずにいることだけが、彼の心に静かに残り続けていた。
彼女はまだ知らない。
自分が、その長すぎる時間の中で、
ただ一人、彼を例外にしてしまったことを。
夜風に頬を撫でられながら、彼は歩き続けていた。
遠くの光は、ただそこにあるだけで、触れられない。
それでも目を逸らす気にはなれなかった。
もし生まれ変わるという奇跡があるのなら。
たとえまた何もかも忘れてしまっても。
それでも、彼はきっと彼女を見つけてしまうだろう。
名前も、声も、姿さえも、変わった誰かの中に、
かつての彼女の面影を探し当ててしまう筈だ。
それが救いなのか、
それとも彼女を縛る罪なのか。
答えは出ていない。
ただ、
探すことをやめられない自分だけが、そこにいた。
生き続ける者にだけ残された、逃げ場のない役割。
誰かの人生を追い続けてしまうという、静かな宿命。
それでも、彼は歩く。
探すことをやめるという選択肢だけは、
最初から与えられていないと知っているから。
人は何度生まれ変わろうと、同じ魂を持つと言う。
それが本当かどうか、彼にはわからない。
だが、もしそれが事実なら——
彼はまた、同じ過ちを繰り返すのだろう。
長い時間の中で、彼は多くを奪い、そして与えようとしてきた。
けれど、与えるという行為さえ、彼の生に縛られていることに変わりはない。
誰かを探し続けるということが、どれほど残酷な願いなのか。
彼は痛いほど理解していた。
変わるのは、地に立つ者だけだ。
だからこそ、彼は空を見上げる。
地にある答えは、いつも脆く、すぐに形を失う。
探すことは、救いなのか。
それとも、彼女の輪廻にまで影を落とす呪いなのか。
その答えを、彼はまだ知らない。
それでも、歩みを止めることはできなかった。
ーーーーーーーー
ふと、五年前の光景が脳裏をよぎった。
赤い外装のカフェテリア。
昼のミアレは人で溢れていたが、店内だけは不思議と静かだった。
プラターヌ博士に連れられてきた少女は、まだ十五歳だった。
研究者の娘にしては落ち着きがなく、けれど目だけがやけに澄んでいた。
「はじめまして。私、リリィです」
差し出された手は小さく、わずかに震えていた。
だが、握り返す力は思ったよりもしっかりしていた。
「フラダリさん、ですよね。よろしくお願いします」
年齢のわりに丁寧な口調だった。
それがかえって幼さを際立たせている。
彼女は、妙にまっすぐにこちらを見ていた。
尊敬とも憧れともつかない、無防備な視線で。
「お母さんみたいに研究者にはなれなくて……だから、トレーナーの道に進んだんです」
少し誇らしげにそう言って、照れたように笑う。
研究者の娘でありながら、別の道を選んだという事実を、彼女は隠そうとしなかった。
それを、特別だとは思わなかった。
計画に囚われていた頃の自分にとって、少女はただ紹介されただけの子供に過ぎないと、当時はそう思い込んでいた。
それでも――
彼女が名を呼んだ時のその響きだけは、
不思議なほど記憶に残った。
ーーー
夜の石畳に、かすかな声が重なる。
記憶の底で、幼い響きがほどける。
「……フラダリさん」
その声は遠く、薄く、しかし確かに彼の名を呼んでいた。
あの頃の彼女は、彼をそう呼んだ。
ミアレの街角、赤い外壁のカフェテリアで、少し緊張したように背筋を伸ばしながら。
少女の声には、尊敬とは別の、淡い憧れが混じっていた。
そして今は——
「Fさん」
二つの声が、夜の石畳で重なった気がした。
過去と現在が、同じ名を違う形で呼んでいる。
名が変わっても、呼び方の輪郭だけが不思議なほど似ていた。
同じ響きが、時間を越えて、彼の中で重なっていく。
呼ばれた名を辿る。
それは彼にとって、闇の中で掴んだ細い枝だった。
記憶を失くし、過去の自分を手放した今でも、
彼女が呼ぶその声だけが、自分を此岸に繋ぎ止めている。
掴んだ枝は、彼が手放せなくなった唯一の存在だった。
過去であり、今の彼女であり、そして名を変えてしまった自分を、それでも呼び続ける存在。
名前を呼ばれるという行為は、
生きているという証明に似ていた。
彼は歩みを止め、月を見上げる。
雲に滲んだ光が、静かな街に溶けていく。
嵐のような歳月の中で、消えかけた火がある。
だが、その火はまだ、確かに燃えていた。
まるで何もなかったかのように。
それでも、確かに燃えている。
彼女への想いは、消えたりしない。
消えてはならない。
そうでなければ、この生を生き続ける理由を失ってしまう。
静かに、目を閉じる。
胸の奥の小さな炎に、祈りにも似た誓いを落とす。
この先、どれほどの時が流れても。
名が変わっても、
記憶が剥がれ落ちても。
それでも——
彼女への火だけは、消さない。と誓った。
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