カロスの棚
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Fさんへの恋心を自覚するお話。
ーーーーーーーー
夜のミアレシティは、昼とはまるで別の顔をしていた。
石畳に落ちる街灯の光はやわらかく、どこか夢の中みたいに輪郭が曖昧で。
私はその中を、Fさんの隣で歩いていた。
言葉を交わさなくても、歩幅が合っているだけで落ち着く。それが不思議で、少しだけ怖かった。
彼の横顔を見るのは、緊張するから苦手で。
だから視線はいつも、足元か、街灯か、彼の手元に落ちる。
――その時、気づいた。
Fさんの指は、思っていたよりもずっときれいだった。
骨張っていて、長くて、無駄な動きがなくて。
戦う人の手なのに、壊すためじゃなくて、何かを丁寧に扱うための手みたいで。
(こんな指、だったんだ……)
自分でも驚いた。
今まで何度も会っていたのに、こんなことに気づいたのは今日が初めてだったから。
歩くたびに、指先がコートの裾に触れて、光を拾って。
それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――変だ。
どうして、こんな細かいところまで見てしまうんだろう。
彼の顔より、声より、言葉より。
指先なんて、そんなところ、今まで気にしたことなかったのに。
私は慌てて視線を逸らした。
でも、一度気づいてしまったものは、簡単には消えない。
心臓が、うるさい。
歩調に合わせて、胸の奥で音を立てている。
まるで、何かを訴えてくるみたいに。
(……恋、なんて)
そんな単純なものじゃない、と自分に言い聞かせた。
ただの錯覚。
ただの気の迷い。
そう思おうとしたのに、指先の残像が、頭から離れなかった。
いつの間にか、街の音が遠くなっていた。
人の気配も、車の走る音も、すべてがぼやけて。
世界が、私とFさんだけに縮んでいくみたいな錯覚。
隣にいるだけなのに。
歩いているだけなのに。
それだけで、心が満たされてしまうのが怖かった。
――心は、もう答えを知っている気がした。
胸の奥で、音が跳ねる。
抑えようとするほど、大きくなっていく。
鼓動が、まるで名前を呼んでいるみたいに。
心臓の音が、貴方を呼ぶ。
まだ言葉にはできない想いを、体だけが先に理解してしまったみたいに。
歩くたびに、指先を見るたびに、距離が近づくたびに、
私は何度も、何度も、貴方の存在に引き戻される。
(……好き、なんだ)
声には出せない。
出してしまったら、この夜が壊れてしまいそうで。
だから私はただ、隣を歩き続ける。
心臓の音だけが、貴方の名前を繰り返しながら。
ーーーーーーーー
「歩き疲れていませんか?」
Fさんが、歩調を少し落として言った。
「大丈夫です」
反射みたいに答える。
本当は、足じゃなくて、胸のほうがうるさいだけなのに。
「そうですか。無理はなさらないでください」
それだけ告げて、彼はまた前を向く。
優しいけれど、一定の距離。
踏み込みすぎない、理性で測られた歩幅。
その距離が、安心で。
その距離が、切なくて。
――もし、少しでも近づいたら。
この鼓動は、もっと暴れてしまうから。
私は、何も言わずに歩き続けた。
ーーーーーーーー
夜の風が、街路樹の葉を揺らした。
その音に紛れて、私の心臓だけが、やけに大きく鳴っている。
歩いていると、不意に枝が揺れた。
次の瞬間、影が落ちる。
「――危ない!」
低い声と同時に、腕を掴まれた。
強く引き寄せられ、胸元に触れるほどの距離になる。バオッキーが枝から飛び降り、石畳に軽く着地する。驚きの声が通りに散っていった。
それでも、私の世界は止まったままだった。
掴まれた手。
引き寄せられた身体。
ジャケット越しに伝わる体温。
(……近い)
一瞬だけ、息ができなくなった。
彼の鼓動ではなく、私の鼓動がうるさくて。
耳の奥で、胸の奥で、名前を呼んでいるみたいに。
「失礼しました。驚かせてしまいましたね」
すぐに手が離れる。
いつもの距離に戻る。
「もう大丈夫です」
淡々とした声。
理性で整えられた距離。
さっきの近さが、まるで幻みたいに消えていく。
それなのに、腕の感触だけが、まだそこに残っていた。
「……寒くありませんか」
夜気を気遣うように、静かに問いかけられる。
「……少しだけ」
本当は寒くなんてない。
ただ、心臓がうるさくて。
この音を悟られたくなくて、俯いた。
「無理はしないでください」
優しい声。
私の知らない速度で歩調が落とされる。
(やさしすぎる人だから)
(気づかないでほしい)
(気づいてほしい、なんて――)
そんな矛盾を、言葉にできるわけがない。
夜の光が、石畳に落ちる。
二人分の影が並んで、少しだけ触れ合う。
掴まれた腕の感触が、まだ消えない。
引き寄せられた距離が、まだ胸に残っている。
抑えられない。
伝わらないでほしい。
でも、心臓だけは正直で。
私の代わりに、彼の名前を呼び続ける。
(……好きだなんて、まだ言えないのに)
だから私は、何も言わずに歩き続ける。
隣にいるという奇跡を、壊さないために。
心臓の音だけが、
貴方の名前を、何度も、何度も、繰り返していた。
ーーーーーーーー
夜のミアレシティは、昼とはまるで別の顔をしていた。
石畳に落ちる街灯の光はやわらかく、どこか夢の中みたいに輪郭が曖昧で。
私はその中を、Fさんの隣で歩いていた。
言葉を交わさなくても、歩幅が合っているだけで落ち着く。それが不思議で、少しだけ怖かった。
彼の横顔を見るのは、緊張するから苦手で。
だから視線はいつも、足元か、街灯か、彼の手元に落ちる。
――その時、気づいた。
Fさんの指は、思っていたよりもずっときれいだった。
骨張っていて、長くて、無駄な動きがなくて。
戦う人の手なのに、壊すためじゃなくて、何かを丁寧に扱うための手みたいで。
(こんな指、だったんだ……)
自分でも驚いた。
今まで何度も会っていたのに、こんなことに気づいたのは今日が初めてだったから。
歩くたびに、指先がコートの裾に触れて、光を拾って。
それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――変だ。
どうして、こんな細かいところまで見てしまうんだろう。
彼の顔より、声より、言葉より。
指先なんて、そんなところ、今まで気にしたことなかったのに。
私は慌てて視線を逸らした。
でも、一度気づいてしまったものは、簡単には消えない。
心臓が、うるさい。
歩調に合わせて、胸の奥で音を立てている。
まるで、何かを訴えてくるみたいに。
(……恋、なんて)
そんな単純なものじゃない、と自分に言い聞かせた。
ただの錯覚。
ただの気の迷い。
そう思おうとしたのに、指先の残像が、頭から離れなかった。
いつの間にか、街の音が遠くなっていた。
人の気配も、車の走る音も、すべてがぼやけて。
世界が、私とFさんだけに縮んでいくみたいな錯覚。
隣にいるだけなのに。
歩いているだけなのに。
それだけで、心が満たされてしまうのが怖かった。
――心は、もう答えを知っている気がした。
胸の奥で、音が跳ねる。
抑えようとするほど、大きくなっていく。
鼓動が、まるで名前を呼んでいるみたいに。
心臓の音が、貴方を呼ぶ。
まだ言葉にはできない想いを、体だけが先に理解してしまったみたいに。
歩くたびに、指先を見るたびに、距離が近づくたびに、
私は何度も、何度も、貴方の存在に引き戻される。
(……好き、なんだ)
声には出せない。
出してしまったら、この夜が壊れてしまいそうで。
だから私はただ、隣を歩き続ける。
心臓の音だけが、貴方の名前を繰り返しながら。
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「歩き疲れていませんか?」
Fさんが、歩調を少し落として言った。
「大丈夫です」
反射みたいに答える。
本当は、足じゃなくて、胸のほうがうるさいだけなのに。
「そうですか。無理はなさらないでください」
それだけ告げて、彼はまた前を向く。
優しいけれど、一定の距離。
踏み込みすぎない、理性で測られた歩幅。
その距離が、安心で。
その距離が、切なくて。
――もし、少しでも近づいたら。
この鼓動は、もっと暴れてしまうから。
私は、何も言わずに歩き続けた。
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夜の風が、街路樹の葉を揺らした。
その音に紛れて、私の心臓だけが、やけに大きく鳴っている。
歩いていると、不意に枝が揺れた。
次の瞬間、影が落ちる。
「――危ない!」
低い声と同時に、腕を掴まれた。
強く引き寄せられ、胸元に触れるほどの距離になる。バオッキーが枝から飛び降り、石畳に軽く着地する。驚きの声が通りに散っていった。
それでも、私の世界は止まったままだった。
掴まれた手。
引き寄せられた身体。
ジャケット越しに伝わる体温。
(……近い)
一瞬だけ、息ができなくなった。
彼の鼓動ではなく、私の鼓動がうるさくて。
耳の奥で、胸の奥で、名前を呼んでいるみたいに。
「失礼しました。驚かせてしまいましたね」
すぐに手が離れる。
いつもの距離に戻る。
「もう大丈夫です」
淡々とした声。
理性で整えられた距離。
さっきの近さが、まるで幻みたいに消えていく。
それなのに、腕の感触だけが、まだそこに残っていた。
「……寒くありませんか」
夜気を気遣うように、静かに問いかけられる。
「……少しだけ」
本当は寒くなんてない。
ただ、心臓がうるさくて。
この音を悟られたくなくて、俯いた。
「無理はしないでください」
優しい声。
私の知らない速度で歩調が落とされる。
(やさしすぎる人だから)
(気づかないでほしい)
(気づいてほしい、なんて――)
そんな矛盾を、言葉にできるわけがない。
夜の光が、石畳に落ちる。
二人分の影が並んで、少しだけ触れ合う。
掴まれた腕の感触が、まだ消えない。
引き寄せられた距離が、まだ胸に残っている。
抑えられない。
伝わらないでほしい。
でも、心臓だけは正直で。
私の代わりに、彼の名前を呼び続ける。
(……好きだなんて、まだ言えないのに)
だから私は、何も言わずに歩き続ける。
隣にいるという奇跡を、壊さないために。
心臓の音だけが、
貴方の名前を、何度も、何度も、繰り返していた。
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