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風邪を引いたお話。
おまけページあり。
ーーーーーーーー
「Fさん……?」
ブティックが並ぶ華やかな通りを歩き始めてすぐ、私は隣を歩くFさんの足取りが急に遅くなったことに気づき、足を止めて振り返った。
見れば彼は片手をぐっと胸元に当て、静かに目を閉じている。その肩は小さく上下し、呼吸は驚くほど早くて浅い。誰が見ても明らかに体調が悪そうな、危うい雰囲気が漂っていた。
「あの、もしかして具合でも悪いんですか?」
不安に駆られて駆け寄ると、彼は私の声に弾かれたように、スッと平然な顔を作って見せた。
「……いえ。悪くはありませんよ、リリィ」
微かに浮かべた微笑み。
けれど、それは明らかに無理をして取り繕ったものだった。
(……そんな訳ないじゃない)
「本当ですか……?」
嘘だ、と確信した私は、彼の額に手を伸ばそうとした。
けれど。
「いけません、触れては……」
遮るような言葉と共に、私の手首が彼の大きな掌に掴まれた。
「っ……!」
掴まれた瞬間、その場所から飛び上がるような熱が伝わってくる。熱い。衣服越しではない、肌と肌が触れ合う場所から伝わるその温度は、もはや「高い」を通り越して「燃えている」ようだった。
「ちょっ……Fさん、手が熱すぎじゃないですか!」
私は驚いて掴まれたのとは反対の手で、彼の手首を握りしめた。驚くほど素直に、私の手首を掴んでいた彼の指の力が解ける。
その拍子に触れた彼の手袋は、じっとりと汗ばんでいた。
「少し、体温を高く感じてはいますが……問題はありません」
「良いから、ちょっと熱を測らせて下さいっ!」
食い下がる彼を無視して、私はサッとその額に掌を滑らせた。
ひやりとした私の手が彼の肌に触れた瞬間、ジュッと音がしそうなほどの熱気が掌全体に広がる。
「やっぱり……っ」
改めて見る彼の顔は、いつの間にか青白く沈んでいた。
(どうして気付かなかったんだろう……)
隣に居て、彼がこんなに苦しそうにしていたのに。
見抜けなかった自分への悔しさが胸を刺す。
「Fさん、どこかで休みましょう。……もう少しだけ、歩けますか?」
「いえ……大丈夫です。まだ、貴方を送り届けるくらいは……」
朦朧としながらも、私を優先しようとするその一言。
それが今の私には、自分の意見を蔑ろにされているようで、カチンと頭にきた。
「ダメです!! いけませんっ!!」
自分でも驚くような大声が出て、道ゆく人が何事かとこちらを振り返る。けれど今の私にはそんなのどうでもいい。私は彼の太い腕を両手で掴むと、そのまま無理やり反対方向へと引っ張った。
「今は、私の意見を聞いてください! 送り届けるなんていいですから、今すぐ休みますよ! 近くのホテルに行きますから、いいですね!?」
「っ、リリィ……。ですが……」
「言い訳なんか聞きたくないです! ほら、倒れる前に歩いてください!」
後ろでごねるような声を出す彼を、私はほとんど引きずるようにしてホテルへと向かった。
あんなに大きくていつもは頼り甲斐のある背中が、今は驚くほど脆く、私の力に引かれるまま付いてくる。
そのことが、余計に私の焦りを募らせた。
ホテルへ到着し、震える手で早々にチェックインを済ませて鍵を受け取ると、私はFさんを押し込めるようにしてエレベーターに乗り、そのまま指定された階の廊下を進んだ先にある部屋へと入る。
部屋に入った瞬間に、少しだけ……ふっと張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
「さあ、Fさん。上着を脱いで……早く横になりましょう」
フラフラと立つ彼の背後に回り、重厚なコートを脱がせるのを手伝おうと肩に手をかける。
ぎこちなく、彼が上着を脱ごうとした。
その時。
「おっと……」
不意に脚の力が抜けたのか、彼の大きな身体が後ろにのめり込むように倒れ込んできた。
「えっ、や、ちょっ……Fさ……ッ!!」
咄嗟のことで支えきれるはずもなく、ドンッ、という鈍い音と共に、私の背中と後頭部が壁に強く打ちつけられた。
「いったぁ〜っ……」
チカチカする衝撃と痛みに頭を押さえるけれど、身動きが取れない。
背中は冷たい壁、そして目の前は、熱を放つ彼の広い背中。
(……嘘、Fさんの背中……すごく熱い……っ!)
上着越しにでも感じるその熱に、心臓が跳ね上がる。
「……すまない、リリィ。……わたしの所為で」
「私は大丈夫ですから! ほら、それよりも早くベッドへ行きますよ……!」
なんとか体勢を戻した彼を必死に支え直し、上着を脱がせてから、もつれる足取りの彼をベッドへ寝かせた。
横たわった瞬間、彼の顔色がみるみるうちに赤く染まっていく。額にはじっとりと汗が浮き、苦しげな呼吸が部屋に響いた。
(……もぅ、本当にバカなんだから……)
私は彼の靴を脱がせた後、ベッドの端に腰を下ろし、乱れた前髪を梳くように撫でた。
「無理しすぎです。……どうして、体調が悪いって言ってくれなかったんですか?」
強く咎めはしないけれど、やるせない気持ちで問いかける。
「……申し訳、ない……。ですが……せっかくの貴方との時間を、壊したくなかった……」
弱々しく、けれど真っ直ぐなその言葉に、胸の奥がギュッと締め付けられる。
自分自身の体調よりも、私との数時間を天秤にかけて、迷わずこちらを選んでしまう人。そんな不器用な愛情を向けられては、もうこれ以上怒るなんてできなかった。
「……本当に、困った人ですね」
私は困り果てた笑みを浮かべて、上体を屈めた。
邪魔な髪を耳にかけながら、彼の熱い頬にそっと唇を触れさせる。
「それなら、もっと素直になってください。私だって……貴方との時間が、何よりも大切なんですから」
耳元でそう囁き、
「だから……おやすみなさい。早く良くなってくださいね」
と言って名残惜しさを振り払い、汗を拭くタオルの準備をしようとベッドを離れかけた。
ーーその瞬間。
「……リリィ」
背後から聞こえた掠れた声に振り返ると、そこには何かを求めるように伸ばされた彼の掌があった。
それは紛れもなく。
繋いでほしい、という無言の訴え。
あの冷静沈着で常に紳士的なFさんが見せる、あまりにもらしくない仕草に、思わず胸がキュンと高鳴り、口元が勝手に緩んでしまう。
私は吸い寄せられるようにその手に自分の手を重ね、もう一度ベッドに腰を下ろした。
「どうしました、Fさん?」
まるで子供に問いかけるように聞くと、彼は重ねられた私の手を、熱い指先できゅっと握りしめた。
「……いえ。少し、弱っているせいでしょうか。……貴方に、甘えたくなってしまったようだ」
そう言いながら、彼は握った私の手を自分の頬へと引き寄せた。
熱い肌に、私の掌が押し当てられる。ライトグレーの瞳でじっと見つめ返されて、心臓が跳ね上がった。
(……反則ですよ、そんな顔……!)
「もぅ……甘えたいとか言って、どうして欲しいんですか?」
ドキドキする気持ちを必死に抑えて問いかける。
「簡単なことです。私のそばに居てくれれば……それでいい」
「それじゃ、看病ができなくなっちゃいますよ?」
「構いません……。それより今は、そばにいて欲しい。私よりも体温の低い貴方が密着してくれれば、それだけでいいんです」
彼は頬に引き寄せたままの私の手を、今度はゆっくりと自分の口元へと運んだ。そして、掌にチュッと音を立てて熱の込もった目でこちらを見る。
(あぁ〜もう! 心臓が保たないってばそれ……!)
心の中で叫びたい気持ちを必死に堪える。
熱のせいだと分かっていても、私の心臓はさっきとは違う激しい鼓動を刻み始めて、酷くうるさい。
「………少しだけですからね」
根負けした私は、熱が残る手をスッと引き離し、パンプスを脱いで布団の中へと潜り込んだ。
横になる拍子に、彼の大きな腕が私の頭の下に差し入れられる。弱っていても忘れないその優しさに、胸がムズムズするような嬉しさが込み上げる。
そっと腕に頭を乗せると、彼は身体の向きを変え、私に甘えるようにぎゅっと抱きしめてきた。
全身を包み込む、逃げ場のない彼の熱。密着した胸元から伝わる、トクトクと速い彼の鼓動。
(まるで、大きな子供みたい……)
私はクスクスと笑いながらも、愛おしくて堪らなくなり、彼の背中に手を回した。
「寝るまで、ずっとそばに居ますから。……おやすみなさい」
安心して目を閉じるFさんを見守りながら、広い背中を優しくポンポンと叩く。
意外な一面を独り占めできている幸福感と、彼から伝わる温かな体温が心地良くて気持ちいい。
(あ……眠っちゃ、駄目なのに……)
そうして彼の寝息を聞きながら、私もつられてウトウトと睡魔に誘われていく。頑張って起きていようとするけれど、目蓋が重くて限界が近い。
(少しだけ、……少しだけなら…)
抗えない眠気に、私はそう言い訳をして目を閉じる。
だけどそれは、
深い夢の中へと落ちる。
第一歩だった。
ーーーーーーーー
おまけのページ
窓の外から聞こえてくる、ポッポたちの賑やかなさえずり。その軽快なリズムに誘われるように、私はゆっくりと意識を引き戻された。
(……ん、…あさ……?)
微睡みの中で状況を確認しようとして、ハッとする。
腕の中に感じる、心地よい重みと確かな熱。
隣には、シーツの海に横たわるFさんの姿。
「……あちゃぁ〜……」
思わず、手で目元を覆い小さな声が漏れた。
看病するって言ったのに!
寝るまでそばに居るって言ったのにぃ〜!
ちょっとだけなら…。が、こんなにも予想を反して朝までぐっすり、しかも泥のように眠ってしまうなんて。
(私、何やってるのよ……看病失格じゃない……っ!)
あまりの情けなさに、枕に顔を埋めて悶絶したくなった。
ーーその時。
「……おはようございます、リリィ。よく眠れたようですね」
耳元に届いたのは、低くて、でも昨夜よりずっと澄んだ心地よい声。驚いて顔を上げると、すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。
ライトグレーの右眼が、穏やかにこちらを見つめている。昨夜の潤んだ熱はどこへやら、いつもの冷静な、けれど深い慈しみを宿した光を湛えて。
「おはようございます……っ。あの、Fさん、お体は!? 私、看病もせずに寝ちゃって……本当にごめんなさい!」
今の見られていた?と言う気持ちよりも、先に心配の方が勝ち、私はFさんに謝罪も込めて声を掛けると、彼は答えの代わりに、私を抱き寄せて自分の額を私の額にこつん、と重ねた。
「……見ての通りですよ。貴方が一晩中、冷やしてくれたおかげです」
密着した額から伝わるのは、刺すような熱ではなくて、心地よい平熱。
良かった。と心の底から安心しつつ、吐息がかかるほどのあまりの至近距離に、私の顔は昨夜の彼に負けないくらい、一気に熱を持ち赤くなっていく。
「っ、な、なら良かったです……!ぁ、あの… じゃあ、もう離れても大丈夫ですね?」
恥ずかしさに彼から逃れようとすると、腰にある腕に力が入った。
「いえ……。もうしばらく、こうしていてもよろしいでしょうか」
そうして彼は私の掌を掬い上げると、昨夜の記憶をなぞるように、愛おしげにチュッと音を立ててキスをする。
「……昨夜のことは、あまり記憶が判然としないのですが。どうにも、貴方に酷く我儘を言ったような気がするのです。ですから……」
昨晩とは違う、熱を帯びた瞳が私を捉える。
その目線に、あぁ…嘘だ。絶対覚えててわざとやってる。なんて思ったけど……そんな事なんか言えなくて、代わりに。
「その罪滅ぼしをさせてください、リリィ。今日は一日、貴方の望み通りに」
そう言って甘い声と共に、キスの雨を降らせる彼に、
私の看病の後悔なんて、
簡単に、
溶けていってしまったのは言うまでもない。
おまけページあり。
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「Fさん……?」
ブティックが並ぶ華やかな通りを歩き始めてすぐ、私は隣を歩くFさんの足取りが急に遅くなったことに気づき、足を止めて振り返った。
見れば彼は片手をぐっと胸元に当て、静かに目を閉じている。その肩は小さく上下し、呼吸は驚くほど早くて浅い。誰が見ても明らかに体調が悪そうな、危うい雰囲気が漂っていた。
「あの、もしかして具合でも悪いんですか?」
不安に駆られて駆け寄ると、彼は私の声に弾かれたように、スッと平然な顔を作って見せた。
「……いえ。悪くはありませんよ、リリィ」
微かに浮かべた微笑み。
けれど、それは明らかに無理をして取り繕ったものだった。
(……そんな訳ないじゃない)
「本当ですか……?」
嘘だ、と確信した私は、彼の額に手を伸ばそうとした。
けれど。
「いけません、触れては……」
遮るような言葉と共に、私の手首が彼の大きな掌に掴まれた。
「っ……!」
掴まれた瞬間、その場所から飛び上がるような熱が伝わってくる。熱い。衣服越しではない、肌と肌が触れ合う場所から伝わるその温度は、もはや「高い」を通り越して「燃えている」ようだった。
「ちょっ……Fさん、手が熱すぎじゃないですか!」
私は驚いて掴まれたのとは反対の手で、彼の手首を握りしめた。驚くほど素直に、私の手首を掴んでいた彼の指の力が解ける。
その拍子に触れた彼の手袋は、じっとりと汗ばんでいた。
「少し、体温を高く感じてはいますが……問題はありません」
「良いから、ちょっと熱を測らせて下さいっ!」
食い下がる彼を無視して、私はサッとその額に掌を滑らせた。
ひやりとした私の手が彼の肌に触れた瞬間、ジュッと音がしそうなほどの熱気が掌全体に広がる。
「やっぱり……っ」
改めて見る彼の顔は、いつの間にか青白く沈んでいた。
(どうして気付かなかったんだろう……)
隣に居て、彼がこんなに苦しそうにしていたのに。
見抜けなかった自分への悔しさが胸を刺す。
「Fさん、どこかで休みましょう。……もう少しだけ、歩けますか?」
「いえ……大丈夫です。まだ、貴方を送り届けるくらいは……」
朦朧としながらも、私を優先しようとするその一言。
それが今の私には、自分の意見を蔑ろにされているようで、カチンと頭にきた。
「ダメです!! いけませんっ!!」
自分でも驚くような大声が出て、道ゆく人が何事かとこちらを振り返る。けれど今の私にはそんなのどうでもいい。私は彼の太い腕を両手で掴むと、そのまま無理やり反対方向へと引っ張った。
「今は、私の意見を聞いてください! 送り届けるなんていいですから、今すぐ休みますよ! 近くのホテルに行きますから、いいですね!?」
「っ、リリィ……。ですが……」
「言い訳なんか聞きたくないです! ほら、倒れる前に歩いてください!」
後ろでごねるような声を出す彼を、私はほとんど引きずるようにしてホテルへと向かった。
あんなに大きくていつもは頼り甲斐のある背中が、今は驚くほど脆く、私の力に引かれるまま付いてくる。
そのことが、余計に私の焦りを募らせた。
ホテルへ到着し、震える手で早々にチェックインを済ませて鍵を受け取ると、私はFさんを押し込めるようにしてエレベーターに乗り、そのまま指定された階の廊下を進んだ先にある部屋へと入る。
部屋に入った瞬間に、少しだけ……ふっと張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
「さあ、Fさん。上着を脱いで……早く横になりましょう」
フラフラと立つ彼の背後に回り、重厚なコートを脱がせるのを手伝おうと肩に手をかける。
ぎこちなく、彼が上着を脱ごうとした。
その時。
「おっと……」
不意に脚の力が抜けたのか、彼の大きな身体が後ろにのめり込むように倒れ込んできた。
「えっ、や、ちょっ……Fさ……ッ!!」
咄嗟のことで支えきれるはずもなく、ドンッ、という鈍い音と共に、私の背中と後頭部が壁に強く打ちつけられた。
「いったぁ〜っ……」
チカチカする衝撃と痛みに頭を押さえるけれど、身動きが取れない。
背中は冷たい壁、そして目の前は、熱を放つ彼の広い背中。
(……嘘、Fさんの背中……すごく熱い……っ!)
上着越しにでも感じるその熱に、心臓が跳ね上がる。
「……すまない、リリィ。……わたしの所為で」
「私は大丈夫ですから! ほら、それよりも早くベッドへ行きますよ……!」
なんとか体勢を戻した彼を必死に支え直し、上着を脱がせてから、もつれる足取りの彼をベッドへ寝かせた。
横たわった瞬間、彼の顔色がみるみるうちに赤く染まっていく。額にはじっとりと汗が浮き、苦しげな呼吸が部屋に響いた。
(……もぅ、本当にバカなんだから……)
私は彼の靴を脱がせた後、ベッドの端に腰を下ろし、乱れた前髪を梳くように撫でた。
「無理しすぎです。……どうして、体調が悪いって言ってくれなかったんですか?」
強く咎めはしないけれど、やるせない気持ちで問いかける。
「……申し訳、ない……。ですが……せっかくの貴方との時間を、壊したくなかった……」
弱々しく、けれど真っ直ぐなその言葉に、胸の奥がギュッと締め付けられる。
自分自身の体調よりも、私との数時間を天秤にかけて、迷わずこちらを選んでしまう人。そんな不器用な愛情を向けられては、もうこれ以上怒るなんてできなかった。
「……本当に、困った人ですね」
私は困り果てた笑みを浮かべて、上体を屈めた。
邪魔な髪を耳にかけながら、彼の熱い頬にそっと唇を触れさせる。
「それなら、もっと素直になってください。私だって……貴方との時間が、何よりも大切なんですから」
耳元でそう囁き、
「だから……おやすみなさい。早く良くなってくださいね」
と言って名残惜しさを振り払い、汗を拭くタオルの準備をしようとベッドを離れかけた。
ーーその瞬間。
「……リリィ」
背後から聞こえた掠れた声に振り返ると、そこには何かを求めるように伸ばされた彼の掌があった。
それは紛れもなく。
繋いでほしい、という無言の訴え。
あの冷静沈着で常に紳士的なFさんが見せる、あまりにもらしくない仕草に、思わず胸がキュンと高鳴り、口元が勝手に緩んでしまう。
私は吸い寄せられるようにその手に自分の手を重ね、もう一度ベッドに腰を下ろした。
「どうしました、Fさん?」
まるで子供に問いかけるように聞くと、彼は重ねられた私の手を、熱い指先できゅっと握りしめた。
「……いえ。少し、弱っているせいでしょうか。……貴方に、甘えたくなってしまったようだ」
そう言いながら、彼は握った私の手を自分の頬へと引き寄せた。
熱い肌に、私の掌が押し当てられる。ライトグレーの瞳でじっと見つめ返されて、心臓が跳ね上がった。
(……反則ですよ、そんな顔……!)
「もぅ……甘えたいとか言って、どうして欲しいんですか?」
ドキドキする気持ちを必死に抑えて問いかける。
「簡単なことです。私のそばに居てくれれば……それでいい」
「それじゃ、看病ができなくなっちゃいますよ?」
「構いません……。それより今は、そばにいて欲しい。私よりも体温の低い貴方が密着してくれれば、それだけでいいんです」
彼は頬に引き寄せたままの私の手を、今度はゆっくりと自分の口元へと運んだ。そして、掌にチュッと音を立てて熱の込もった目でこちらを見る。
(あぁ〜もう! 心臓が保たないってばそれ……!)
心の中で叫びたい気持ちを必死に堪える。
熱のせいだと分かっていても、私の心臓はさっきとは違う激しい鼓動を刻み始めて、酷くうるさい。
「………少しだけですからね」
根負けした私は、熱が残る手をスッと引き離し、パンプスを脱いで布団の中へと潜り込んだ。
横になる拍子に、彼の大きな腕が私の頭の下に差し入れられる。弱っていても忘れないその優しさに、胸がムズムズするような嬉しさが込み上げる。
そっと腕に頭を乗せると、彼は身体の向きを変え、私に甘えるようにぎゅっと抱きしめてきた。
全身を包み込む、逃げ場のない彼の熱。密着した胸元から伝わる、トクトクと速い彼の鼓動。
(まるで、大きな子供みたい……)
私はクスクスと笑いながらも、愛おしくて堪らなくなり、彼の背中に手を回した。
「寝るまで、ずっとそばに居ますから。……おやすみなさい」
安心して目を閉じるFさんを見守りながら、広い背中を優しくポンポンと叩く。
意外な一面を独り占めできている幸福感と、彼から伝わる温かな体温が心地良くて気持ちいい。
(あ……眠っちゃ、駄目なのに……)
そうして彼の寝息を聞きながら、私もつられてウトウトと睡魔に誘われていく。頑張って起きていようとするけれど、目蓋が重くて限界が近い。
(少しだけ、……少しだけなら…)
抗えない眠気に、私はそう言い訳をして目を閉じる。
だけどそれは、
深い夢の中へと落ちる。
第一歩だった。
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窓の外から聞こえてくる、ポッポたちの賑やかなさえずり。その軽快なリズムに誘われるように、私はゆっくりと意識を引き戻された。
(……ん、…あさ……?)
微睡みの中で状況を確認しようとして、ハッとする。
腕の中に感じる、心地よい重みと確かな熱。
隣には、シーツの海に横たわるFさんの姿。
「……あちゃぁ〜……」
思わず、手で目元を覆い小さな声が漏れた。
看病するって言ったのに!
寝るまでそばに居るって言ったのにぃ〜!
ちょっとだけなら…。が、こんなにも予想を反して朝までぐっすり、しかも泥のように眠ってしまうなんて。
(私、何やってるのよ……看病失格じゃない……っ!)
あまりの情けなさに、枕に顔を埋めて悶絶したくなった。
ーーその時。
「……おはようございます、リリィ。よく眠れたようですね」
耳元に届いたのは、低くて、でも昨夜よりずっと澄んだ心地よい声。驚いて顔を上げると、すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。
ライトグレーの右眼が、穏やかにこちらを見つめている。昨夜の潤んだ熱はどこへやら、いつもの冷静な、けれど深い慈しみを宿した光を湛えて。
「おはようございます……っ。あの、Fさん、お体は!? 私、看病もせずに寝ちゃって……本当にごめんなさい!」
今の見られていた?と言う気持ちよりも、先に心配の方が勝ち、私はFさんに謝罪も込めて声を掛けると、彼は答えの代わりに、私を抱き寄せて自分の額を私の額にこつん、と重ねた。
「……見ての通りですよ。貴方が一晩中、冷やしてくれたおかげです」
密着した額から伝わるのは、刺すような熱ではなくて、心地よい平熱。
良かった。と心の底から安心しつつ、吐息がかかるほどのあまりの至近距離に、私の顔は昨夜の彼に負けないくらい、一気に熱を持ち赤くなっていく。
「っ、な、なら良かったです……!ぁ、あの… じゃあ、もう離れても大丈夫ですね?」
恥ずかしさに彼から逃れようとすると、腰にある腕に力が入った。
「いえ……。もうしばらく、こうしていてもよろしいでしょうか」
そうして彼は私の掌を掬い上げると、昨夜の記憶をなぞるように、愛おしげにチュッと音を立ててキスをする。
「……昨夜のことは、あまり記憶が判然としないのですが。どうにも、貴方に酷く我儘を言ったような気がするのです。ですから……」
昨晩とは違う、熱を帯びた瞳が私を捉える。
その目線に、あぁ…嘘だ。絶対覚えててわざとやってる。なんて思ったけど……そんな事なんか言えなくて、代わりに。
「その罪滅ぼしをさせてください、リリィ。今日は一日、貴方の望み通りに」
そう言って甘い声と共に、キスの雨を降らせる彼に、
私の看病の後悔なんて、
簡単に、
溶けていってしまったのは言うまでもない。
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