カロスの棚
お客様のお名前。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
甘→シリアス
話長い。
ーーーーーーーー
昼下がりのミアレシティは、陽光に満ちていた。
石畳はやわらかく熱を帯び、風はほんのりと花の匂いを運んでくる。通りの先、白い噴水の水音が遠くに揺れていた。
人混みの中で、ふと足を止める。
見知った人が目の前にいた。
「……リリィさん。」
「Fさん?」
偶然にしては出来すぎた出会いだった。
お互いに頬が緩み、どちらともなく距離を縮めた。
こんなラッキーな日があって良いんだろうか?
「せっかくです。少し静かな場所へ行きませんか。」
挨拶を少し交わしたところで、Fさんから提案されるお誘いの言葉。その声音は穏やかで、けれどどこか特別な響きを帯びていた。
「はい、喜んで。」
迷いなんてない。だってFさんだもの。
たとえ予定があったとしても、きっと私は笑って変更してしまう。
「では、参りましょう。」
選ばれた時間なのだと、自然に受け取るように。
私達は並んで歩き出す。
石畳を踏む靴音が重なり、風が私の髪をやわらかく揺らした。歩幅を合わせて歩くのは何度目だろう。
(あなたの隣を歩くのが好き。)
素直にそう言えないけれど、嬉しさで熱くなる耳に気付いてくれたらーーと。私は密かに思いながら歩みを進めた。
それから少し歩いて案内された場所は、街の喧騒から切り離された小さな庭園だった。
色とりどりの花々の間を、小さなフラベベたちがゆっくりと浮遊している。私達はその間の道を抜けて、木陰のベンチに並んで腰を下ろした。
木製の座面は、陽を吸ってほのかに温かい。
肩が触れそうで、触れない距離。
風が花の甘い匂いを運んで、それが凄く心地よくて。
気紛れに近寄ってきたフラベベに、私は指を差し出しそっと撫でる。
その静けさの中で、Fさんが口を開いた。
「リリィさんは、私に薔薇の花束を贈るのなら、何本の薔薇を贈りますか?」
唐突な問いだった。
私はフラベベを撫でる手を止め、Fさんを見る。
「薔薇、ですか?しかも花束の?」
「ええ、そうです。薔薇の花束です。」
Fさんの横顔は穏やかだった。
でも、どことなくその瞳はどこか探るように見える。
「それって……本数の意味が含まれますか?」
何となく、記憶の片隅に置いていた。
昔聞いた話しを思い出して口にしてみる。
「おや、ご存知で?」
意外。と言わんばかりにFさんがこちらを見た。
確かに。
花束の本数による意味なんて、あまり知られてはいない話だから仕方がない。だから私は素直に話す。
「はい。前に、AZさんから教わりまして。」
何気無く言った一言。
でも、その名が出た瞬間。Fさんの眉間にぐっと皺が寄せられて、私の目線の下で彼が膝の上で重ねていた指がほんの少しだけ強く握られたのが分かった。
「……あの男に、ですか。」
声のトーンがやや落ちる。
AZさんのこと、あんまり良く思ってないのは知っている。だけど、私はわざと知らん顔して言葉を続けた。
「そうです、ホテルのお花を飾る時に。」
「………そうですか。」
それだけ言って、顔を少し背けた。
しばしの沈黙が流れる。
あ、これは……と、私の中で、くすぐったい気持ちが徐々に出てきた。
「……Fさん?」
「……はい。」
「もしかして……やきもち、ですか?」
私は確信めいた気持ちを胸に、少し身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「……いえ。」
目は合わない。
でも、その否定の声とは裏腹に、分かることはある。
「嘘ですね、それ。」
嬉しさで口元が緩む。
彼も嫉妬するんだ。と、人間らしい所が見れて凄く嬉しい。
「何故、そう思うので?」
振り向いてくれないけど、ようやく視線が重なった。
「だってFさん、嘘をつく時に目線を逸らしますから」
そう言って、私は自分の目元に指をやる。
「……よく見てらっしゃる」
ふっと、小さく息を吐くように笑うFさん。
「そりゃあ、…まぁ…恋人、ですし?」
照れながら、最後の方は歯切れが悪くなってしまった。こういう時、もっと自信を持って言えれば良いけど。私の中の恥ずかしが邪魔をする。
でもFさんは、そんな私を分かっているのか、優しく微笑んだ。
「…それで、花束の本数は?」
急に話を戻されて、私は瞬きをする。
「へ?…えっと、ん〜…」
さっきまでのやきもちの余韻をまだ胸に残しつつ、私は思考を巡らせる。
(薔薇の本数の意味……)
記憶の断片から思い出される。
AZさんが言った、薔薇の一本一本に込められた言葉。
それをFさんに贈るのなら――
「……21本、でしょうか。」
少しだけ考えてから、私は答える。
“あなただけに尽くします”。
意味を思い出して、胸の奥がくすぐったくなった。
「Fさんは?」
そう聞き返すと、彼は迷いなく答えた。
「私でしたら…貴方には28本の薔薇を贈ります。」
「28!?」
思わず声が上擦る。
“あなたを愛し続けます。”
(…でしたよね?)
ずるい。
「ぇ…、んっと、……じゃ、じゃあ、私は40本を贈ります。」
咄嗟に口にしてから、意味を思い出す。
“死ぬまで変わらぬ愛。”
わ、私、今凄いことを言ってる気がする。
意識しだすと、途端に頬が熱くなる。
「そうですか、ならば、私は77本の薔薇を貴方に。」
「えぇっ!?」
待って。 早い。 しかも77本って。
そんな真面目な顔して…なんですらっと言える訳?
心に焦りが生まれてくる。
“わたしを覚えていてください。”
勝負じゃないのに。
なのに、負けたくないと思ってしまう。
「っなら……99本、にします。」
“ずっと一緒にいて下さい。”
言葉の意味にもう照れてなんかいられなくて、少しムキになって言うと、Fさんは楽しそうに目を細めた。
「では、101本を。」
「ひゃっ…!」
数字がどんどん跳ね上がっていく。
心臓が追いつかない。
(101本って……)
“これ以上ないほど愛しています。”
(ずるい。 本当にずるい。そんな目をして、さらっと言うなんて。……だったら。)
胸の奥から、熱が込み上げる。
恥ずかしいとか、こうなったらもう言っていられない。
「……な、ならっ!」
声が少し震えていた。
でも、目線は真っ直ぐ貴方を捉えて。
「私は!Fさんに……999本の薔薇を、贈りますっ!」
言い切った瞬間。
胸の奥がきゅっと締まって苦しくなった。
999本。
“何度生まれ変わっても、あなたを愛します。”
言ってしまった。
もう、冗談では済まされない。
息が辛くなるほど胸が高鳴る。
目を逸らしたい。
でも、逸らしたくない。
その意味に、
嘘も偽りもないのだから。
「999本ですか。大きく出ましたね。」
ほう、と考えるように口元へ指を当てるFさん。
「…っはい!」
顔は熱いまま。
声が少し上擦ったけど、気にしない。
「そうですか……999本、とは。」
口元に指を当てたまま、Fさんはゆっくりと視線を地面へと落とす。その沈黙が、やけに長い。
「っ、ぁ…あの、な、何か……?」
不安が胸の奥をざわつかせた。
(もしかして、重い女って思われた…?)
何だか急に鼻の奥がつんとする。
Fさんの視線は、まだ地面に落ちたままだった。
(お願いだから、顔を上げて。)
そう思った瞬間、
ゆっくりと彼の目が私へと戻った。
「あ、いえ、…私は、随分と貴方に愛されているなと思いまして。」
その優しい声に、私の心が安堵する。
「っ、も、勿論です。当たり前じゃないですか!」
さっきの不安を振り解く様に少しだけ視線を落としながら言うと、 そっと頭に何かが触れる。それがFさんの手だと分かる頃には、指先が髪を撫でながら頬へと降りてきていた。
「貴方に愛されることが、こんなに幸せとは。」
その言葉に、胸がきゅっと鳴る。
それを言いたいのは、私の方だから。
「私もです。貴方とまた……再会できて良かった。」
頬にある手へ、自分の手を重ねて目を閉じる。
温かな体温に引き寄せられて、少しだけ彼の手に顔を預けた。
「……」
「……Fさん?」
「はい。」
また何も言わなくなった彼に、私はゆっくりと目を開ける。その目線の先に、Fさんが真っ直ぐ私を捉えているのが見えた。
「どうしました? 私の顔に何かついてます?」
小さく微笑み問い掛ける。
「……いえ、ただ。」
開かれた唇。
少しだけ遠い光を宿した右目が、私を見ている。
「ただ?」
その言葉の続きを待つ。
でも先に動いたのは、Fさんの目だった。
一瞬だけ、視線が下に落ちそれから、私を見つめ直す。
今度は、逸らさない目で。
「ただ、貴方をこの目に、焼き付けたくなった。」
その真っ直ぐ過ぎる眼差しに、思わず私は息を呑んだ。
「っ、な、なんですか、急に!」
思わぬ言葉にカッと顔が熱くなり顔を背ける。
それと同時に私の頬に触れていた手を引き離した。
「急に、ではありません。いつも、そう思っています。」
真剣で、静かな声。
「い、いつもって……っも、もう!だからって、は…恥ずかしいから、あまり見続けないで下さいっ!」
顔を逸らしていても分かる程の眼差しが痛い。
私はいたたまれない気持ちで一杯になり、壁を作るように両手で顔を隠した。
「何故?」
壁の向こう側から聞こえるその声が、やけに近く感じられる。
「何故って……恥ずかしいからです!」
「良いではありませんか。」
少し笑いを含んだ声がする。
ああ、きっと今、面白がってる。
「良くないです。」
不貞腐れ気味に抵抗を続ける私に、ほんの一瞬の沈黙の後。Fさんからわずかに指先が動く気配がした。
「…貴方を愛する私でも?」
そう言って、するりと大きな指が私の作った手の壁に絡み付く。そうしてそっと私の手を、抗う間もなく下へと下ろした。
「…………その言い方は、ずるいです。」
抵抗なんて出来なかった。
私はその言葉に弱いから。
だけど、顔だけは最後の抵抗にと背けたままにした。
「ええ、私はずるい大人です。」
包まれた手の甲を、Fさんの親指が優しく撫でる。
愛おしそうに、ゆっくりと撫で。最後に私の左手の薬指の付け根に、痛くない程度に力が入る。
その意味を知らせるみたいに。
「リリィ。」
片手が離れ、 逸らした頬へ添えられる。
彼の指先の熱が、抗う力を奪っていく。
「愛しています。」
引き寄せられるままに顔をFさんへと向け、甘い囁きが耳元に落ちた。
そして、額に柔らかな感触が一つ。
目を閉じて、私はそれを受け入れた。
――そして、彼は。
私の知らない所で口付けをしたまま。
ほんの一瞬だけ、目を開く。
私の知らない遠い光が宿る瞳で。
すべてを、その目に閉じ込めるように。
そして最後に、薄く目を閉じると。
唇を離して互いの額を、静かに合わせた。
そのとき、彼は何かを囁いた気がした。
けれど、私は聞き取れなかった。
きっと、大切な言葉だったのだと思う。
(そして貴方の最後に、私は、1001本の薔薇の花束を手向けるのです。)
貴方はその言葉を、未来に託して。
私達は、幸せに目を閉じた。
【薔薇の花束の意味】
21本
【あなただけに尽くします】
40本
【死ぬまで変わらぬ愛】
99本
【ずっと一緒にいて下さい】
999本
【何度生まれ変わってもあなたを愛します】
28本
【あなたを愛し続けます】
77本
【わたしを覚えていてください】
101本
【これ以上ないほど愛しています】
1001本
【永遠にあなたを愛します】
話長い。
ーーーーーーーー
昼下がりのミアレシティは、陽光に満ちていた。
石畳はやわらかく熱を帯び、風はほんのりと花の匂いを運んでくる。通りの先、白い噴水の水音が遠くに揺れていた。
人混みの中で、ふと足を止める。
見知った人が目の前にいた。
「……リリィさん。」
「Fさん?」
偶然にしては出来すぎた出会いだった。
お互いに頬が緩み、どちらともなく距離を縮めた。
こんなラッキーな日があって良いんだろうか?
「せっかくです。少し静かな場所へ行きませんか。」
挨拶を少し交わしたところで、Fさんから提案されるお誘いの言葉。その声音は穏やかで、けれどどこか特別な響きを帯びていた。
「はい、喜んで。」
迷いなんてない。だってFさんだもの。
たとえ予定があったとしても、きっと私は笑って変更してしまう。
「では、参りましょう。」
選ばれた時間なのだと、自然に受け取るように。
私達は並んで歩き出す。
石畳を踏む靴音が重なり、風が私の髪をやわらかく揺らした。歩幅を合わせて歩くのは何度目だろう。
(あなたの隣を歩くのが好き。)
素直にそう言えないけれど、嬉しさで熱くなる耳に気付いてくれたらーーと。私は密かに思いながら歩みを進めた。
それから少し歩いて案内された場所は、街の喧騒から切り離された小さな庭園だった。
色とりどりの花々の間を、小さなフラベベたちがゆっくりと浮遊している。私達はその間の道を抜けて、木陰のベンチに並んで腰を下ろした。
木製の座面は、陽を吸ってほのかに温かい。
肩が触れそうで、触れない距離。
風が花の甘い匂いを運んで、それが凄く心地よくて。
気紛れに近寄ってきたフラベベに、私は指を差し出しそっと撫でる。
その静けさの中で、Fさんが口を開いた。
「リリィさんは、私に薔薇の花束を贈るのなら、何本の薔薇を贈りますか?」
唐突な問いだった。
私はフラベベを撫でる手を止め、Fさんを見る。
「薔薇、ですか?しかも花束の?」
「ええ、そうです。薔薇の花束です。」
Fさんの横顔は穏やかだった。
でも、どことなくその瞳はどこか探るように見える。
「それって……本数の意味が含まれますか?」
何となく、記憶の片隅に置いていた。
昔聞いた話しを思い出して口にしてみる。
「おや、ご存知で?」
意外。と言わんばかりにFさんがこちらを見た。
確かに。
花束の本数による意味なんて、あまり知られてはいない話だから仕方がない。だから私は素直に話す。
「はい。前に、AZさんから教わりまして。」
何気無く言った一言。
でも、その名が出た瞬間。Fさんの眉間にぐっと皺が寄せられて、私の目線の下で彼が膝の上で重ねていた指がほんの少しだけ強く握られたのが分かった。
「……あの男に、ですか。」
声のトーンがやや落ちる。
AZさんのこと、あんまり良く思ってないのは知っている。だけど、私はわざと知らん顔して言葉を続けた。
「そうです、ホテルのお花を飾る時に。」
「………そうですか。」
それだけ言って、顔を少し背けた。
しばしの沈黙が流れる。
あ、これは……と、私の中で、くすぐったい気持ちが徐々に出てきた。
「……Fさん?」
「……はい。」
「もしかして……やきもち、ですか?」
私は確信めいた気持ちを胸に、少し身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「……いえ。」
目は合わない。
でも、その否定の声とは裏腹に、分かることはある。
「嘘ですね、それ。」
嬉しさで口元が緩む。
彼も嫉妬するんだ。と、人間らしい所が見れて凄く嬉しい。
「何故、そう思うので?」
振り向いてくれないけど、ようやく視線が重なった。
「だってFさん、嘘をつく時に目線を逸らしますから」
そう言って、私は自分の目元に指をやる。
「……よく見てらっしゃる」
ふっと、小さく息を吐くように笑うFさん。
「そりゃあ、…まぁ…恋人、ですし?」
照れながら、最後の方は歯切れが悪くなってしまった。こういう時、もっと自信を持って言えれば良いけど。私の中の恥ずかしが邪魔をする。
でもFさんは、そんな私を分かっているのか、優しく微笑んだ。
「…それで、花束の本数は?」
急に話を戻されて、私は瞬きをする。
「へ?…えっと、ん〜…」
さっきまでのやきもちの余韻をまだ胸に残しつつ、私は思考を巡らせる。
(薔薇の本数の意味……)
記憶の断片から思い出される。
AZさんが言った、薔薇の一本一本に込められた言葉。
それをFさんに贈るのなら――
「……21本、でしょうか。」
少しだけ考えてから、私は答える。
“あなただけに尽くします”。
意味を思い出して、胸の奥がくすぐったくなった。
「Fさんは?」
そう聞き返すと、彼は迷いなく答えた。
「私でしたら…貴方には28本の薔薇を贈ります。」
「28!?」
思わず声が上擦る。
“あなたを愛し続けます。”
(…でしたよね?)
ずるい。
「ぇ…、んっと、……じゃ、じゃあ、私は40本を贈ります。」
咄嗟に口にしてから、意味を思い出す。
“死ぬまで変わらぬ愛。”
わ、私、今凄いことを言ってる気がする。
意識しだすと、途端に頬が熱くなる。
「そうですか、ならば、私は77本の薔薇を貴方に。」
「えぇっ!?」
待って。 早い。 しかも77本って。
そんな真面目な顔して…なんですらっと言える訳?
心に焦りが生まれてくる。
“わたしを覚えていてください。”
勝負じゃないのに。
なのに、負けたくないと思ってしまう。
「っなら……99本、にします。」
“ずっと一緒にいて下さい。”
言葉の意味にもう照れてなんかいられなくて、少しムキになって言うと、Fさんは楽しそうに目を細めた。
「では、101本を。」
「ひゃっ…!」
数字がどんどん跳ね上がっていく。
心臓が追いつかない。
(101本って……)
“これ以上ないほど愛しています。”
(ずるい。 本当にずるい。そんな目をして、さらっと言うなんて。……だったら。)
胸の奥から、熱が込み上げる。
恥ずかしいとか、こうなったらもう言っていられない。
「……な、ならっ!」
声が少し震えていた。
でも、目線は真っ直ぐ貴方を捉えて。
「私は!Fさんに……999本の薔薇を、贈りますっ!」
言い切った瞬間。
胸の奥がきゅっと締まって苦しくなった。
999本。
“何度生まれ変わっても、あなたを愛します。”
言ってしまった。
もう、冗談では済まされない。
息が辛くなるほど胸が高鳴る。
目を逸らしたい。
でも、逸らしたくない。
その意味に、
嘘も偽りもないのだから。
「999本ですか。大きく出ましたね。」
ほう、と考えるように口元へ指を当てるFさん。
「…っはい!」
顔は熱いまま。
声が少し上擦ったけど、気にしない。
「そうですか……999本、とは。」
口元に指を当てたまま、Fさんはゆっくりと視線を地面へと落とす。その沈黙が、やけに長い。
「っ、ぁ…あの、な、何か……?」
不安が胸の奥をざわつかせた。
(もしかして、重い女って思われた…?)
何だか急に鼻の奥がつんとする。
Fさんの視線は、まだ地面に落ちたままだった。
(お願いだから、顔を上げて。)
そう思った瞬間、
ゆっくりと彼の目が私へと戻った。
「あ、いえ、…私は、随分と貴方に愛されているなと思いまして。」
その優しい声に、私の心が安堵する。
「っ、も、勿論です。当たり前じゃないですか!」
さっきの不安を振り解く様に少しだけ視線を落としながら言うと、 そっと頭に何かが触れる。それがFさんの手だと分かる頃には、指先が髪を撫でながら頬へと降りてきていた。
「貴方に愛されることが、こんなに幸せとは。」
その言葉に、胸がきゅっと鳴る。
それを言いたいのは、私の方だから。
「私もです。貴方とまた……再会できて良かった。」
頬にある手へ、自分の手を重ねて目を閉じる。
温かな体温に引き寄せられて、少しだけ彼の手に顔を預けた。
「……」
「……Fさん?」
「はい。」
また何も言わなくなった彼に、私はゆっくりと目を開ける。その目線の先に、Fさんが真っ直ぐ私を捉えているのが見えた。
「どうしました? 私の顔に何かついてます?」
小さく微笑み問い掛ける。
「……いえ、ただ。」
開かれた唇。
少しだけ遠い光を宿した右目が、私を見ている。
「ただ?」
その言葉の続きを待つ。
でも先に動いたのは、Fさんの目だった。
一瞬だけ、視線が下に落ちそれから、私を見つめ直す。
今度は、逸らさない目で。
「ただ、貴方をこの目に、焼き付けたくなった。」
その真っ直ぐ過ぎる眼差しに、思わず私は息を呑んだ。
「っ、な、なんですか、急に!」
思わぬ言葉にカッと顔が熱くなり顔を背ける。
それと同時に私の頬に触れていた手を引き離した。
「急に、ではありません。いつも、そう思っています。」
真剣で、静かな声。
「い、いつもって……っも、もう!だからって、は…恥ずかしいから、あまり見続けないで下さいっ!」
顔を逸らしていても分かる程の眼差しが痛い。
私はいたたまれない気持ちで一杯になり、壁を作るように両手で顔を隠した。
「何故?」
壁の向こう側から聞こえるその声が、やけに近く感じられる。
「何故って……恥ずかしいからです!」
「良いではありませんか。」
少し笑いを含んだ声がする。
ああ、きっと今、面白がってる。
「良くないです。」
不貞腐れ気味に抵抗を続ける私に、ほんの一瞬の沈黙の後。Fさんからわずかに指先が動く気配がした。
「…貴方を愛する私でも?」
そう言って、するりと大きな指が私の作った手の壁に絡み付く。そうしてそっと私の手を、抗う間もなく下へと下ろした。
「…………その言い方は、ずるいです。」
抵抗なんて出来なかった。
私はその言葉に弱いから。
だけど、顔だけは最後の抵抗にと背けたままにした。
「ええ、私はずるい大人です。」
包まれた手の甲を、Fさんの親指が優しく撫でる。
愛おしそうに、ゆっくりと撫で。最後に私の左手の薬指の付け根に、痛くない程度に力が入る。
その意味を知らせるみたいに。
「リリィ。」
片手が離れ、 逸らした頬へ添えられる。
彼の指先の熱が、抗う力を奪っていく。
「愛しています。」
引き寄せられるままに顔をFさんへと向け、甘い囁きが耳元に落ちた。
そして、額に柔らかな感触が一つ。
目を閉じて、私はそれを受け入れた。
――そして、彼は。
私の知らない所で口付けをしたまま。
ほんの一瞬だけ、目を開く。
私の知らない遠い光が宿る瞳で。
すべてを、その目に閉じ込めるように。
そして最後に、薄く目を閉じると。
唇を離して互いの額を、静かに合わせた。
そのとき、彼は何かを囁いた気がした。
けれど、私は聞き取れなかった。
きっと、大切な言葉だったのだと思う。
(そして貴方の最後に、私は、1001本の薔薇の花束を手向けるのです。)
貴方はその言葉を、未来に託して。
私達は、幸せに目を閉じた。
【薔薇の花束の意味】
21本
【あなただけに尽くします】
40本
【死ぬまで変わらぬ愛】
99本
【ずっと一緒にいて下さい】
999本
【何度生まれ変わってもあなたを愛します】
28本
【あなたを愛し続けます】
77本
【わたしを覚えていてください】
101本
【これ以上ないほど愛しています】
1001本
【永遠にあなたを愛します】
5/16ページ