片手剣


「イレブン、わるいけど、装備を短剣にするわ」
カミュの言葉に、イレブンはショックを隠しきれない表情になる。鍛治の手が止まる。
即座にマイナスなことが頭に浮かんだ。打った剣は、馴染まなかったのだろうか、とか、気に入らなかったのだろう、だとか。さまざまな憶測が、彼の頭に彗星のように流れる。
青ざめていく彼の顔を見たカミュは慌てる。イレブンのマイナス思考を否定するように、大振りに手を振った。
「違う違う！おまえのつくってくれた剣が悪いとかじゃなくて」
そう、言葉をきったカミュはいいにくそうに、視線をそらした。
「情けない話、おまえのほうが、ちからの値高いだろ？いい武器はイレブンが装備したほうがいいとおもってよ」
おもってもみなかった言葉に、イレブンはまばたきをくりかえした。そして、ふふ、とわらった。
「なんだよ、事実だろ」
照れたように、カミュは髪をかきあげる。そんな姿は、めずらしかった。普段は頼りがいがあって、かっこいい。とうてい、及ばぬ存在だ。けれど、いまは、子どものようにみえる。自分よりも年上に、いとしさを感じて、ますます、笑みを深める。




両手剣

キャンプにしよう、と勇者さまはいう。仲間のみんなも、賛同した。俺ももちろん、否定しなかった。旅を中断して、キャンプ地に向かった。
日が傾きはじめたころ、キャンプ地に着いた。一日中歩きっぱなしで、各々、腰をおろしていた。
夜になる前に、水浴びをすることになった。明日の朝でも、とおもったが、女子たちがどうしてもといった。なかば脅迫にちかかったが、迫力におされて、イレブンが頷いた。
順番に水浴びに行き、最後に、俺とイレブンが残った。
鍛治の準備をしていたイレブンに声をかける。すぐに顔をあげる。すこし、頬に汚れがついている。今日中に水浴びをするべきだな、とおもった。
「もう、俺たちだけだから、行こうぜ」
イレブンは頷き、立ち上がる。
ふたりで林のなかへはいる。すぐそばに川があるようで、せせらぐ音がきこえる。音のほうへと歩いていくと、川があった。
「念のため、ひとりずつにするか。イレブン、先にはいれよ」
すこし考えたのち、イレブンは頷いた。すぐに了承しないのが、勇者さまだった。彼なりに、きをつかっているらしかった。
イレブンは装備をはずしていく。はじめて会ったときは、装備品をはずすのに手間取っていた。いまでは、慣れた手つきになっている。
あっという間に、下着姿になっていた。裸を見るのははばかり、背を向けた。逸らした視線の先に、イレブンの装備していた両手剣があった。見るからに、重そうだった。それを、軽々とはいわないが、細い体で扱っている。どうみても、剣に負けそうな腕なのに。川のなかで水を浴びるイレブンを見る。筋肉こそあるが、俺には及ばない。けれど、俺に扱えない剣をふるう。不思議だった。
カミュ、と名前を呼ばれる。振り返ると同時に、川の水をかけられた。冷たかった。
カミュの番だよ、と微笑みながら、いわれた。なぜだか、イレブンといると、心があたたかくなる。まったく、不思議だった。




短剣


切っ先が短い。だから、敵との距離は近くなってしまう。同時に、自分の身も危なくなる。しかし、危うさを感じさせない、華麗な短剣さばきをみせる、カミュがいる。
見つめることしか、できない、とイレブンはおもう。
出会ったばかりのころ、護身用の短剣くらい、もったら、といわれたことがあった。そのときにカミュからもらった短剣を、今も懐に隠し持っている。それを扱ったことは一度もない。もしものとき、とっさに扱えるだろうか。カミュのように、迷いなく。自分には、できそうにない。そう、おもった。
夜、町で久しぶりに宿をとった。やわらかいベッドを喜んでいる仲間をよそに、部屋を抜け出す。最低限の装備で、町の外へ出る。
歩き回り、魔物を待つ。夜のおかげか、すぐに寄ってきた。一匹ならば、大丈夫だろう。そう、判断して、なじまない短剣を手にとる。魔物が攻撃する前に、こちらから攻撃をしかける。
カミュの姿を思い浮かべる。ずっと見てきたから、扱い方はわかる。おもいっきり、振りおろす。しかし、距離感がつかめず、不発に終わる。あっさりかわされてしまったのだった。あ、とおもったが、切り替えて、魔物の動きをみる。
攻撃される、とおもい、かわす。寸前で、敵の剣から逃れた。もう一度チャンスはめぐる。先ほどより、足を踏み込んでみる。ぐっと魔物との距離は縮まった。ひるまず、短剣をかざす。今度は魔物の肩に当たった。にぶい金属音がしたかとおもうと、短剣は魔物の硬い体に弾かれ、遠くへ飛ばされた。
イレブンは目を見開き、短剣に気をやってしまう。その隙を逃さなかった魔物は、イレブンへ斬りかかる。簡単な装備しかしていなかったイレブンに、大きなダメージがはいってしまう。痛みに耐えて、後ろへさがる。傷を見る。布ごと皮膚が切れてしまっている。開いた傷口から、血が溢れている。回復魔法を、とおもったが、さきに倒すのがいいと判断して、魔法をすばやく唱えた。魔物は魔法一発で倒れた。
なんとか勝てはしたが、肝心の短剣では倒せなかった。傷の痛みを感じながら、自分の不甲斐なさにやりきれなかった。血を止めるため、回復魔法を唱える。魔力の都合で、応急処置しかできなかった。血は止まったが、痛みは残ったままだった。
重い足取りで、飛ばされた短剣を探す。大事なものだった。カミュがくれた、おさがりの短剣。なんとしてでも、見つけないといけない。月明かりと、町から発する光をたよりに、草むらをかきわけて探す。なかなか見つからなかった。飛ばされた方向はあっているはずだ。うつむいて、目をこらす。一向に、見つからなかった。それでも、諦めずに探し続けた。
動きまわったせいで、塞いだ傷が開きはじめる。血が滲み始めた。痛みがおおきくなり、イレブンはうずくまってしまう。痛みに目を細めると、その視線の先に反射する光が見えた。確証はなかった、けれど、もらった短剣だと、おもった。痛みに耐えて、光を求める。同時に、カミュのことを頭に浮かべていた。散々悪魔だといわれた自分を勇者だと、信じてくれた彼は、光だった。闇にのまれそうになったとき、手を差し伸べてくれた。
落ちている短剣に手を伸ばす。
その瞬間、後ろから気配がした。草がこすれる音がして、イレブンはすばやく短剣をとり、振り返る。
見知った顔が、そこにあった。紛れもなく、カミュだった。
目と目があって、互いに大きく見開く。
「なにしてんだ！」
イレブンの顔を見るやいなや、カミュは怒鳴った。
「急にお前がいなくなって、みんなで探したんだぞ！街中探し回って、だれかに連れ去られたかと心配したんだぞ！黙っていなくなるんじゃねえよ、この馬鹿勇者！」
カミュが感情にまかせて、イレブンの両肩をつかんだ。大きく揺さぶる。その弾みで、傷口が開いた。イレブンはちいさくうめく。興奮状態であったが、カミュはイレブンの声をききつけて、体を揺さぶるのをやめた。
「怪我してんのか」
悟られてしまい、イレブンは気まずい表情になる。
「......してんだな」
その表情を読み取って、カミュはあからさまに、ため息をついた。
ごめんなさい、とぽつり、いった。
怒られた子どものように縮こまった勇者をみて、カミュはほほえんだ。
「反省したなら、いいよ。俺も怒鳴って悪かったな」
イレブンの頭をかるくなでる。そうしてから、イレブンを抱き上げた。そのまま、町へ戻る。
「なんで勝手に外へ出たんだ？」
イレブンは黙ったまま、そっと手に持っていた短剣を見せる。
「それ、俺があげたやつだな。短剣がどうした？」
「カミュみたいに」
「ん？俺？」
「短剣を扱いたくて」
その言葉に、カミュは驚く。そうして、破顔する。
「いってくれれば、俺が教えたのに。おまえはひとりで抱え込みすぎなんだよ。迷惑じゃないから、もっと俺を頼れよな」
苦笑するカミュを見た、イレブンは目を細める。
ありがとう、といった。すぐに、当たり前だ、とかえってきた。




ブーメラン


高い木を見上げる。枝のさきに、真っ赤な果実があった。ひとつだけ、実っていた。それは、故郷では、見たことのないものだった。
食べられるのだろうか、と疑問におもう。
「ほしいのか、あれ」
気を緩めていたイレブンは、急に声をかけられて、肩をびくりとさせる。いつのまにか、となりに立っていたカミュの顔をみる。
「興味しんしんに、見てただろ？」
イレブンはうなずく。
「待ってろ」そういって、カミュはブーメランを投げた。
イレブンは、綺麗に弧をえがくブーメランを追った。ちょうど赤い果実にあたり、落下した。ブーメランはカミュの手に戻っていた。
落ちた果実を拾い上げると、イレブンに投げてよこした。
「ほら、かじってみろよ。甘くて美味しいから」
いわれたとおり、イレブンは赤い果実をひとくち食べる。甘さが口に広がる。味わったことのないものだった。気に入って、もうひとくち食べる。
「美味しいだろ」
イレブンは満足げに頷いて、食べかけの果実をカミュに差し出した。
「俺はいいよ、何度か食べたことあるし」
果実はそれひとつしかなかった。それでも、イレブンは横に首をふり、カミュの口に果実を押しつける。
「わかった、わかった、食べるよ」
観念したカミュは、果実を取り上げた。イレブンは食べてくれるとおもった。そのおもいと裏腹に、カミュはイレブンへくちづけをした。かるく唇がふれあう。カミュの舌はイレブンの唇をなぞった。そして、そっと、はなれる。
「ごちそーさん」
イレブンは、赤い果実のように、顔を真っ赤に染めあげた。