dream
悪い夢を見る。
毎日、毎日、怖い夢を見る。
私が死ぬ夢。誰かを殺める夢。溺れてしまう夢。
全て苦しくて、毎回真夜中に目が覚める。
暑くもないのに寝汗がひどい。額に髪の毛が張り付いて、気持ちが悪かった。それ以上に、先ほど見ていた夢が気持ち悪かった。
今日は刀剣男士に殺められる夢だった。
近侍にしていた日本号という刀剣男士に、槍で一突きされる夢。私の体に槍が貫通していた。痛みは無かったが、やけに現実味があって気分が悪くなる。吐き気がこみ上げてくる。
口元を押さえて、お手洗いに向かう。
悪心が強くなって、唾液が口から出る。息絶え絶えになる。引きずって歩いたせいで長く感じた。ようやく辿り着いて、お手洗いのドアを開ける。電気も点けずに、その場に膝をつく。白い便器はやけに浮かんで見えた。もう我慢も出来ずにそのなかへ異物を吐き出した。嘔吐物の悪臭と自分の嗚咽声にまた、吐き気がくる。二度も吐いた。
刀剣男士に作ってもらった夕食たちは跡形もない。申し訳なくて、すこし涙が出た。
少ない体力で、台所へ向かう。口をゆすぎたかった。
夜の本丸は静かだった。昼間とは大違いだった。
私は既存の本丸から引き継いだ審神者だ。後任した審神者は長続きしない、と他の審神者から聞いた。そうだと思う。着任してからまだ数週間だが、この空気感に慣れない。刀剣男士たちも、前任の審神者を忘れられていない。暗い嫌な雰囲気だけがここにある。夜になると、余計に、濃くなる。
ため息を深く吐くと、丁度台所に着いた。
中へ入る。
コップを探し当てる。台所には、あまり入らせてもらえない。食事を作る刀剣男士が神経質らしい。何振も居るお陰で、まだ、一人一人覚えきれていない。
気持ち悪い口を洗うために、水でゆすぐ。
息を一つ吐く。
夜は皆、死んだように眠る。寝息すら聞こえない。
私一人分だけの呼吸があるように思える。全て張りぼてなのではないかと思えてくる。
冷えた水を飲む。水は火照った体に存在感を現した。喉から食道に至るまで、冷えた水が通るのをはっきり感じられた。
息をもう一つ吐く。
ガタ、と台所の扉が開く音がした。
私はすぐに身構えた。電気が点く気配はない。しかし、何かの存在があるのはわかる。
台所にある包丁をそっと取る。息を潜めて、何かが襲って来るのを待ち構えた。
何かの足音が近づく。心臓が大きな音を立てる。包丁を持つ手が震える。
段々と近づいて来る。それにつれて、心臓の動きは速くなっていく。
何かがぬっと現れる。夜に慣れたと言えど、はっきりとは見えなかった。目の前まで黒い塊が近づいたとき、私は包丁を前へ突き出した。
「いやっ」
包丁の先が何かを掠めていった。同時に、低い声で「いてえ」と聞こえた。
人だと思った。
悪夢の影響で、自分を殺しに来たのではないかと錯覚する。もう一度、包丁を振り下ろそうとするが、腕を掴まれて阻まれてしまう。
「待て待て」
「触らないで、いやっ」
手首を強く掴まれて、包丁を落としてしまう。それを確認した後、すぐに手首を掴む力は弱まった。
「俺だ、主」
そう言われてはじめて、それが刀剣男士だと気づく。黒い塊はまだはっきりとしないが、よく目を凝らして見ると日本号だった。途端に安堵して、力が抜ける。腰が抜けたようで、その場に崩れ落ちてしまう。日本号が慌てて一緒にしゃがんだ。
「大丈夫か」
「すみません」
日本号だとわかっても、まだ心臓の動きは収まらない。鼓動が速く、大きな音を立て続けている。
「眠れないのか」
暗闇に浮かぶ紫色の瞳はやけにはっきりと見えた。私はそれを見つめる。日本号もまた、私を見る。
不思議な気持ちになって、でも、どうすべきかわからず、ただ頷いた。
「そうか」
近侍に指名していたけれど、日本号とはあまり話をしたことがなかった。
「アンタ、意外とわんぱくなんだな」
日本号はそう言って、落ちた包丁を拾い上げる。あ、と思う。
「すみません。痛かったですよね。手入れしますね」
立ち上がろうとするが、腰がまだ抜けているようだった。力が入らず、また尻もちをついた。
「アンタの方が重傷だ」
ふふっ、と日本号は笑った。
「すみません」
顔を上げたとき、日本号の顔がすぐそこにあった。想像以上に近くて驚く。
「あ、」
日本号の頬から血が流れていた。とんでもないことをしてしまったんだ、とすぐさま思う。罪悪感がみるみる蓄積する。
「ほんとうに、すみません」
日本号の頬に手を伸ばす。しかし、その手は止められた。日本号の手は冷たかった。
「素手で触るな」
「ごめんなさい」
「悪い子だなァ?」
思いついたように日本号はにやっと笑う。
「すみません」
「じゃあ、仕置きが必要だな」
日本号の瞳が、紫から赤に変わる。あのときと同じだと思った。
先程見た悪夢の中の日本号も、瞳の色が変わったのだ。その赤の色で私を突き刺したのだった。
死ぬと思った。
「い、」
いやだと、訴えようとしたが、唇を塞がれてしまう。何故こうなったのかわからず、目を大きく開いて、日本号を見る。赤い瞳がこちらを見ていた。
「ふ、接吻する時は目を閉じるんだぜ、お嬢ちゃん?」
「どうして」
日本号もおもいっきり目を開いてた、なんて反論も出来ず、再び、唇を重ねる。
今度は深い。共に水底へ沈むような感覚に陥る。自然と瞳を閉じてしまう。
「ふ、ぁ、んっ、んん」
唇を割られて、うまく息が出来ない。
それを楽しんでいるのか、口を重ねながら、日本号は笑う。
何故くちづけられているのか、
何一つ理解ができず、涙が出てくる。