天使と悪魔
日課としている早朝のジョギングで立ち寄った公園内の並木道。
爽やかな朝の空気を体内に取り込みながらのんびり歩いていると、植え込みに突き刺さる空き缶が目に入った。
あんなことをする人の気が知れないな。そう思いながらも触りたくないのでそのまま通り過ぎようとしたところ、右耳から囁きが聞こえてきた。
「樫宮、見て見ぬふりはいけません」
えぇ、落とし物を拾わなくても出てくるのか。
しかもラキアさんだよ、怖いなぁ。なんて思っていると左耳からも例の如く。
「わかるよ。誰が飲んだかわかんない空き缶なんか触りたくないもんね」
初めて聞く若々しい声に左を向けば、悪魔よりも小悪魔という言葉が似合う美少年が翼を翻し楽しそうに空中で一回転した。
ずっと気になっていた服装はゴシック系だった。悪魔側は服装自由なのだろうか。
でも黒を基調にしているところを見ると、色の縛りはあるのかもしれない。
なんて考えていると細い指先が俺の頬をつつき始めた。
「この人間がメト先輩の言ってた変わりモンか」
「どうも、樫宮です」
「すごーい。こんなの初めて」
きゃっきゃっしながら俺の感触を確かめるように何度も触れてくる小悪魔くん。呆れるように溜息を吐くラキアさん。俺はなす術もなく小悪魔くんのなすが儘だった。
待ってくれ、俺に無邪気な子供は駄目だ。扱い方がわからない上に何故か心が惹かれてしまう存在なんだ。
そうして弄ばれ続けていた俺を見かねたラキアさんが小悪魔くんの首根っこをひっつかんで俺から引きはがした。
「樫宮、見つけてしまったものはしょうがないでしょう。通り道にゴミ箱があるのですからついでに持っていきましょう。それを素敵な一日の始まりとするのです」
「ダメだよ。綺麗な手が汚れちゃう」
首根っこを捕まれ子猫みたいに丸くなる姿は、根底から覆されてしまうけどこう言わせてほしい、天使のように可愛らしい、と。
白状しよう。俺の心はすでに悪魔に傾いている。
しかしラキアさんがそう易々と見逃してくれるわけがなかった。
「樫宮、あなたはそれでよいのですか? 確かにあなたの手は汚れるかもしれません。しかし洗えば済みます。ですが公園は誰かが綺麗にしないと汚れる一方なのですよ」
「いや、ここの公園、結構管理が行き届いていて週に一回は清掃が入」
「樫宮」
ラキアさんが笑顔を浮かべながら左手を背後に回す。
まずい。あれは縄を出すフォームだ。いや待て、影響力が大きいからという理由で接触禁止令を出す組織が危害を加える行為を禁止にしないわけがない。
しかし俺自体が例外なので踏み切ることはできず、諦めて空き缶に手を伸ばす。
こんなの俺が見える人間なのをいいことに恐喝してるだけじゃん。ほんとラキアさん怖い。これじゃどっちが悪魔かわからないよ。
その悪魔の手から解放された天使は力なく地べたに座り込んでしまった。
心なしか泣きそうにも見える。
いい選択をしたはずなのに罪悪感に苛まれるのは何故だろう。
「そんな、営業成績一位の僕が負けるなんて……」
「たかが営業成績一位が私にかなうわけなどないでしょう」
「あんたは営業成績一位じゃないの?」
「ええ。私が競争相手だと他の天使が可哀想ということで私は殿堂入りしています」
「そんなの苦労して一位になった僕が勝てるわけないじゃん。引退しろよ老害!」
小悪魔くんは捨て台詞に暴言をはくと靄になって空へ消えた。
「……あの程度の悪魔に後れを取るなど情けない」
小悪魔くんが消えた先を睨みつけ、ぽつりと零すラキアさん。そのお小言は誰に向けたものなのかは言わずもがな。
その横顔がなんだか寂しそうに見えて、つい用もなく呼びかけるとラキアさんはいつもの笑顔を俺に向けた。
それはいつもの倍の恐怖を感じるもので。
「樫宮、私のいないところでメトに会いましたか?」
「……は、はい」
「ここ最近、いつもより張り合いがないのです。何かご存じではありませんか?」
「……い、いえ」
いや、まさかな。と思いつつ、確証があるわけではないので何も言えず。
顎に手を添えて心当たりを探すラキアさんはいつになく真剣だった。
もしかするとラキアさんは孤独を感じているのかもしれない。あまりに強すぎる力は周りから疎まれ敬遠されてしまうから。
まるでライトオタクのグループに突撃して自滅したヘビーオタクの俺を見ているよう。
しかしラキアさんにはメトさんという存在がいる。めげずに突っかかってくるメトさんはラキアさんにとって特別な存在なのかもしれない。
勝手な考察だけど、こんなの主人公とライバルの王道カプじゃん。
この場合、どっちが主人公だろうか。
やはり努力して強敵に挑むメトさんか。いや、強い力を持つが故に孤独を感じていたところへ退屈しのぎの相手が現れ軽くあしらいながらもその時を楽しんでいるラキアさんも捨てがたい。
でもどっちにしても。
「……ラキアさんがベタ惚れしてんだよなぁ」
ぽつり呟いてはっとする。まずい、今度こそ地雷を踏んだ。だってラキアさんの顔が怖い。いつもの倍のさらに倍怖い。
でも相変わらず笑顔がブレないところは感心すら抱く。
「樫宮」
「は、はい!」
「……いつ気付いたのです?」
「はい?」
「その、……私がメトに惚れていることに、です」
「え、いや、ごめんなさい。さっきのはただの妄想による独り言です」
「……」
早とちりに気付いて恥ずかしそうに目を伏せ手で口元を覆うラキアさん。その頬は本性に似合わず可愛らしく紅潮している。
何この展開。超熱い。
メトさんも満更じゃない様子だったしもしかするともしかするのか。
しかし天使と悪魔がそういう関係を築いても大丈夫なんだろうか。
心配そうな顔を浮かべると、ラキアさんは眉尻を下げて力なく微笑んだ。
「樫宮は本当に優しき心を持っているのですね」
ラキアさんはそう言ってまばゆい光を放つと俺が瞬きをしている間にいなくなっていた。
その夜、コンビニアプリのあみだくじで見事あたりを引き当てたけど、二人の心情を想うと素直に喜べなかった。
爽やかな朝の空気を体内に取り込みながらのんびり歩いていると、植え込みに突き刺さる空き缶が目に入った。
あんなことをする人の気が知れないな。そう思いながらも触りたくないのでそのまま通り過ぎようとしたところ、右耳から囁きが聞こえてきた。
「樫宮、見て見ぬふりはいけません」
えぇ、落とし物を拾わなくても出てくるのか。
しかもラキアさんだよ、怖いなぁ。なんて思っていると左耳からも例の如く。
「わかるよ。誰が飲んだかわかんない空き缶なんか触りたくないもんね」
初めて聞く若々しい声に左を向けば、悪魔よりも小悪魔という言葉が似合う美少年が翼を翻し楽しそうに空中で一回転した。
ずっと気になっていた服装はゴシック系だった。悪魔側は服装自由なのだろうか。
でも黒を基調にしているところを見ると、色の縛りはあるのかもしれない。
なんて考えていると細い指先が俺の頬をつつき始めた。
「この人間がメト先輩の言ってた変わりモンか」
「どうも、樫宮です」
「すごーい。こんなの初めて」
きゃっきゃっしながら俺の感触を確かめるように何度も触れてくる小悪魔くん。呆れるように溜息を吐くラキアさん。俺はなす術もなく小悪魔くんのなすが儘だった。
待ってくれ、俺に無邪気な子供は駄目だ。扱い方がわからない上に何故か心が惹かれてしまう存在なんだ。
そうして弄ばれ続けていた俺を見かねたラキアさんが小悪魔くんの首根っこをひっつかんで俺から引きはがした。
「樫宮、見つけてしまったものはしょうがないでしょう。通り道にゴミ箱があるのですからついでに持っていきましょう。それを素敵な一日の始まりとするのです」
「ダメだよ。綺麗な手が汚れちゃう」
首根っこを捕まれ子猫みたいに丸くなる姿は、根底から覆されてしまうけどこう言わせてほしい、天使のように可愛らしい、と。
白状しよう。俺の心はすでに悪魔に傾いている。
しかしラキアさんがそう易々と見逃してくれるわけがなかった。
「樫宮、あなたはそれでよいのですか? 確かにあなたの手は汚れるかもしれません。しかし洗えば済みます。ですが公園は誰かが綺麗にしないと汚れる一方なのですよ」
「いや、ここの公園、結構管理が行き届いていて週に一回は清掃が入」
「樫宮」
ラキアさんが笑顔を浮かべながら左手を背後に回す。
まずい。あれは縄を出すフォームだ。いや待て、影響力が大きいからという理由で接触禁止令を出す組織が危害を加える行為を禁止にしないわけがない。
しかし俺自体が例外なので踏み切ることはできず、諦めて空き缶に手を伸ばす。
こんなの俺が見える人間なのをいいことに恐喝してるだけじゃん。ほんとラキアさん怖い。これじゃどっちが悪魔かわからないよ。
その悪魔の手から解放された天使は力なく地べたに座り込んでしまった。
心なしか泣きそうにも見える。
いい選択をしたはずなのに罪悪感に苛まれるのは何故だろう。
「そんな、営業成績一位の僕が負けるなんて……」
「たかが営業成績一位が私にかなうわけなどないでしょう」
「あんたは営業成績一位じゃないの?」
「ええ。私が競争相手だと他の天使が可哀想ということで私は殿堂入りしています」
「そんなの苦労して一位になった僕が勝てるわけないじゃん。引退しろよ老害!」
小悪魔くんは捨て台詞に暴言をはくと靄になって空へ消えた。
「……あの程度の悪魔に後れを取るなど情けない」
小悪魔くんが消えた先を睨みつけ、ぽつりと零すラキアさん。そのお小言は誰に向けたものなのかは言わずもがな。
その横顔がなんだか寂しそうに見えて、つい用もなく呼びかけるとラキアさんはいつもの笑顔を俺に向けた。
それはいつもの倍の恐怖を感じるもので。
「樫宮、私のいないところでメトに会いましたか?」
「……は、はい」
「ここ最近、いつもより張り合いがないのです。何かご存じではありませんか?」
「……い、いえ」
いや、まさかな。と思いつつ、確証があるわけではないので何も言えず。
顎に手を添えて心当たりを探すラキアさんはいつになく真剣だった。
もしかするとラキアさんは孤独を感じているのかもしれない。あまりに強すぎる力は周りから疎まれ敬遠されてしまうから。
まるでライトオタクのグループに突撃して自滅したヘビーオタクの俺を見ているよう。
しかしラキアさんにはメトさんという存在がいる。めげずに突っかかってくるメトさんはラキアさんにとって特別な存在なのかもしれない。
勝手な考察だけど、こんなの主人公とライバルの王道カプじゃん。
この場合、どっちが主人公だろうか。
やはり努力して強敵に挑むメトさんか。いや、強い力を持つが故に孤独を感じていたところへ退屈しのぎの相手が現れ軽くあしらいながらもその時を楽しんでいるラキアさんも捨てがたい。
でもどっちにしても。
「……ラキアさんがベタ惚れしてんだよなぁ」
ぽつり呟いてはっとする。まずい、今度こそ地雷を踏んだ。だってラキアさんの顔が怖い。いつもの倍のさらに倍怖い。
でも相変わらず笑顔がブレないところは感心すら抱く。
「樫宮」
「は、はい!」
「……いつ気付いたのです?」
「はい?」
「その、……私がメトに惚れていることに、です」
「え、いや、ごめんなさい。さっきのはただの妄想による独り言です」
「……」
早とちりに気付いて恥ずかしそうに目を伏せ手で口元を覆うラキアさん。その頬は本性に似合わず可愛らしく紅潮している。
何この展開。超熱い。
メトさんも満更じゃない様子だったしもしかするともしかするのか。
しかし天使と悪魔がそういう関係を築いても大丈夫なんだろうか。
心配そうな顔を浮かべると、ラキアさんは眉尻を下げて力なく微笑んだ。
「樫宮は本当に優しき心を持っているのですね」
ラキアさんはそう言ってまばゆい光を放つと俺が瞬きをしている間にいなくなっていた。
その夜、コンビニアプリのあみだくじで見事あたりを引き当てたけど、二人の心情を想うと素直に喜べなかった。
4/4ページ