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天使と悪魔

ある休日の昼下がり。
買い物帰りにティッシュ配りさんに遭遇し、俺以外に通行人はなく断るのも悪い気がして受け取ろうとした瞬間。突風が吹いて受け取り損ねたティッシュが地面にポトリ。
平身低頭して謝るティッシュ配りさんに俺が拾いますからと言いながらティッシュを拾う。
そうして頭を上げるとティッシュ配りさんはまるでメデューサに睨まれたが如く固まっていて。
まさか、と思ったらやっぱり左耳から囁きが聞こえた。


「誰も見てねーから盗んじまえよ」


いや、今回はティッシュ配りさんが見ているのでは?
と疑問を抱いていれば右耳からも。


「いけません。警察に届けるのです」


と囁きが聞こえてこれはやっぱりマニュアルだ、と確信を持った。
応用が利かないというか、律儀にマニュアルを守るメトさんはやっぱりなんだか憎めない。

だけど今日は前回前々回とは様子が違う。
今回の天使さんはゆるふわ腹黒のラキアさんとは別人の、眼鏡をかけたお堅そうな人だ。
それでもやっぱり金髪白スーツに変わりはなかった。もしかしてこれは制服なのだろうか。
では他の悪魔もメトさんと同じような格好をしているのだろうか。

考えている間にも喧嘩は進む。


「バカか。こんなの警察に届けてどうすんだ」

「では落とし主に返すのです」

「ポンコツかよ。その落とし主サマがこいつにそれを渡そうとしたんだぜ?」


確かにその通りだ。
しかしこの二人が出てきたということは、俺が貰い損ねたこのティッシュの所有権はまだティッシュ配りさんにあるんだろう。だからこれは落とし物という扱いになってるのか。
でもだからと言ってわざわざこれを返して受け取るのをやり直すのはおかしい。

悪魔が天使に勝ってしまう構図になるけど、なんだかんだ言って今回はメトさんに軍配があがった。


「何をしているのです人の子。それの持ち主はあちらの方なのですよ」

「いや、もともと貰おうとしてた物ですし」

「だってよ」

「そうだとしてもまだ正式には……ん? なぜ人の子が我々と会話を……?!」

「こいつが見える人間だからだよ」


勝利の余韻に浸っているのかメトさんは上機嫌に俺の肩に腕を回した。


「なっ、容易に人の子に触れてはいけないと規律に……いえ、そもそもなぜ人の子に触れられるのですか?!」

「あん? ラキアの野郎、上に報告してねーのか」

「ラキア様に限って報告漏れなど、そんなこと……」

「早く確認した方がいいんじゃねーの?」

「くっ、今日のところはこれで失礼いたしますっ」


天使さんは慌てて光を放ち姿を消した。
メトさんは相変わらず上機嫌に俺の肩に腕を回したまま手をひらひらと振って天使さんを見送った。


「あの、メトさん」

「あ? んだよ」

「俺に触れてもいいんですか? さっきの天使さんが禁止されてるみたいなことを言ってませんでした?」

「ああ、そのことか。見てろよ」


百聞は一見に如かずってな、と言いながら俺から離れたメトさんがティッシュ配りさんに向かって手を振りかぶる。
止める暇なく振り下ろされたそれはティッシュ配りさんの体を通り抜けた。


「そもそも俺たちは人間界のものには触れられねーんだよ。ただ唆す人間に今と同じことをすれば影響を与えちまう。それが囁きより影響力が強いからって上が接触自体を禁止してんだ」

「なるほど」

「ま、お前にはそんなこと関係ないみてーだけどな」


バシバシと叩かれた肩はちょっと痛かったけど上機嫌なメトさんを見ていると何だか俺も嬉しくなった。

よほど勝てたのが嬉しいのか、メトさんは空に消えることなく再び俺の肩に腕を回す。


「そんなことより、見たかあのクソ天使の慌てっぷり。新人らしくて可愛げがあるじゃねーか。しかしあの程度で優秀だなんて天界はお優しくて羨ましいナァ」


最後は完全な皮肉だった。

まあ、状況が状況だけにメトさんが有利だったことは否めないけど、どうやらメトさんは悪魔側では優秀みたいだし、新人さんには少し荷が重すぎたのではないか。
もし天使側の担当がラキアさんだったら結果はどうなっていたんだろう。


「……やっぱりメトさんにはラキアさんがお似合いですね」


ラキアさんは強い。でもそれと対等……かどうかはわからないけど渡り合えてるメトさんも強い。だからこのティッシュの攻防戦も見てみたかったな。
なんて考えていると口をついて出た言葉にメトさんの笑い声が止まる。

あ、地雷だったかも。

不安になって隣を見ると何を勘違いしたのか顔を真っ赤にしているメトさんがいて。


「ば、バカ野郎、あんなやつ好きでもなんでもねーから!」


想定外の反応に物珍しさでまじまじ見ていると、メトさんは逃げるようにしていつもより倍の速度で空へ消えていった。

え、なにあの反応。なにあの悪魔、可愛くない?

なんだか微笑ましい気分になり、普段はそんなこと言わないのに謝罪の続きを口にし始めたティッシュ配りさんに「頑張ってください」と残し、拾い上げたティッシュはその名の通りポケットに突っ込んで家路についた。

今回は悪魔に与したが故に神のご加護は得られなかったけどティッシュは何かと役に立った。
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