天使と悪魔
あの妙な出来事を人に話してみたけど皆が皆口を揃えて「酔っていたんだろう」「夢を見たんだろう」と全く信じてくれなかった。
そう言われるうちに本当にそうだったかもしれないと自分でも思い始めた矢先に今度は道端でスマホを拾い、左耳から囁きが。
「誰も見てねーから盗んじまえよ」
そして右耳からも。
「いけません。警察に届けるのです」
現れるときのマニュアルでもあるのか、先日と同じように二人は現れた。
「またお前か。今度こそポッケナイナイしちまえよ」
「人の子よ、あなたは優しき心を持つ者です。今回も交番に届けるのでしょう?」
「……まあ、届けますね」
「ケッ、いい子ちゃんかよ」
ふと周りを見てみると歩いていた人たちがあり得ない体勢で動きを止めていた。ランニングをしていた人に至ってはランニングフォームのまま宙に浮いている。
空には雀が翼を広げたまま空中に浮かんでいるから、時間が止まっているのだと判断できた。
今は仕事中だから酔ってるわけはない。営業先に向かっていたところだから夢を見ているわけでもない。
改めてこれは現実なんだと実感する。
「いい加減に学習してはいかがです? 私には一生かなわないのだと」
「はっ、営業成績一位をなめんなよ。次は絶対負かしてやっからな!」
「"元"営業成績一位でしょう。私に何度も阻止されて後輩に成績を抜かれた現二位さん?」
「くっ、テメーの方はどうなんだよ。えらく優秀な新人が入ったみてーじゃねーか」
「ご心配なく。あなたのおかげで私の成績は安定していますので」
「俺は安牌じゃねーぞコラ」
二人の喧嘩も相変わらずで、先日の妙な出来事も現実だったのだと改めて実感した。
そして相変わらず天使さんが強い。
人は弱いほうを応援したくなる傾向にあるらしいけど、そうすると自分が犯罪者になってしまうから悪魔さんを応援するわけにはいかない。
かといって天使さんに加勢するのはもっと怖い。
だってこの天使さん、悪魔さんには見えないよう背中に縄を隠し持ってるんだもん。何かあれば速攻で縛る気満々だもん。
そんな天使さんが俺ににっこりと笑顔を向ける。
だから怖いって。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はラキア、そしてこちらはメト。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にありがとうございます。私は樫宮と申します」
つい営業癖を発揮して、取り出した名刺を天使さん改めラキアさんに渡す。
一応メトさんにも渡したけどくしゃくしゃに握りつぶされてしまった。
「おいクソ天使、人間に気安く名前を教えてんじゃねーよ。テメーもテメーでなに名刺渡してんだコラ」
「悲しきかな営業の性というもので」
「よいではないですか。どうせ略名なのですから」
「チッ、人好きのクソ天使と変わりモンが。今に痛い目見るぜ。おい人間、次こそ俺の言うとおりにしろよな」
それを捨て台詞に、メトさんは前と同じく靄となって空に消えた。
「申し訳ありません樫宮。彼はいささか口が悪くて」
「いえ、なんだかそれ以上に可哀想なので口が悪いくらいどうってことないです」
気分は吠え散らかすチワワを愛でるよう。
「あなたは本当に優しき心の持ち主なのですね、樫宮。彼にも見習ってほしいものです」
「ははは」
悪魔が優しいのはさすがにどうかと思う。
そうしてラキアさんもまた同じく「それでは、またお会いしましょう」と言い残し光を放って姿を消した。
途端に周りの人や鳥が動き出す。
手には拾ったスマホがしっかり握られていて、俺もまた交番に届けるべく足を踏み出した。
その夜は、ずっと探していた推しのキーホルダーが何度も探した場所からあっさり出てきたのでまた神様にお礼を言っておいた。
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