関係性:冷淡

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- 関係性:冷淡 -


「何故ロドスの指揮官ともあろう方が、売女の真似事を?」

 声色に感情が乗らぬように努めていたようだが、ムリナールの表情には侮蔑の色が見て取れた。書類の束を揃える指先に力がこもっているのか、紙の表面が僅かに波打っている。執務室を満たす静寂が質量を増していく。
 その重さに耐えかねたのか、ようやくドクターが口を開いた。しかしそれは言葉を発するためのものでは無く、喉の奥から空気を押し出すだけの行為だった。そうして生まれた掠れた音は沈黙の中へ溶ける。長い溜息の余韻が消える頃になってようやくドクターの声帯が意味持つ言葉を紡ぎ出す。

「流石、ニアール家の騎士様は潔癖でいらっしゃる。高貴な精神の騎士様が多いカジミエーシュはさぞ清廉潔白に違いない」

 それは明らかな挑発だったが、ムリナールは眉一つ動かさなかった。平素と変わらぬ何かを諦めたような眼差しのまま、静かにドクターを見据えている。ただ一つ、先程と違う部分を上げるとするならば僅かに波打っていた紙面は与えられる圧に耐え切れず、くしゃりと歪んでいた。

 二人の視線が真正面から交錯する。他人の感情に機敏なオペレーターならば彼らの間に火花が散っているように見えたかもしれない。言葉を交わすことなく二人は互いの腹の内を探るように目を合わせるだけだった。やがて耐え切れなくなったように目を逸らしたのはドクターの方だった。まいったと言わんばかりに両手を挙げ降参の意を示す。
 無言の勝利を勝ち得たムリナールの目に表立った感情は無い。ただ事務的に資料を差し出してくる彼の態度を見る限り、今回の件は無かったことにしようと暗に伝えてきている。元はといえば業務に追われたドクターが「私を抱いてみないかい?」と唐突に言い出したのが原因だとしても上司に向かって「売女」と暴言を吐いたのは如何なものかと思うところがあったのだろう。若干へたり、と伏せ気味になったムリナールの耳を見ればそれは一目瞭然であった。

「いや、なに。これは私が悪い。すまないね。話を振る相手を間違った」
「……私以外になら、振っても良い話題だと?」

 これは悪手だ。砲兵の居る戦場で一番最後に術師を配置するのと同じくらいよろしくない。心の中の小さなドクターは頭を抱える。ビーッビーッと耳障りな幻聴が聞こえてはいるものの、よく回る口は止まってくれる気配が無かった。

「ほら、君のお友達のトーランドとか。彼、猥談とか好きだし。実際問題”そういうの”にも慣れてそうだし、後腐れなさそうで悪くなさそうだろう?」

 ――理性回復剤の過剰摂取による悪影響について。クリップで留められたコピー用紙の束が机の端から滑り落ちる。ことあるごとに「目は通しましたか?」と詰め寄ってくる医師見習いに根負けして流し見たが、もっと真面目に読み込んでおくべきだったのだ。おそらく悪影響の欄に「多動性の増幅」という一文があるに違いない。ドクターはバイザーの下で目を閉じてみるものの、一番止まって欲しい部位が止まってくれる気配は微塵も無かった。

「身体の相性も重要だけど何よりも大事なのは割り切った関係でいられるかで――」
「気分が優れないので失礼させていただきます。業務の引継ぎにつきましてはアーミヤ女史に判断を委ねさせていただこうと思います」

心のシャッターを思い切り閉めたら、きっとあんな音がするのだろう。重たい電子式の扉が仰々しい音を立てて閉まるのを眺めながら等身大のドクターも頭を抱えた。
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