年の功

26Re:



- 長幼の序 -

彼は誰に炎が揺らめいた。小指の先ほどの僅かな灯りがバイザー越しの双眸を照らす。二度、三度と瞬きを繰り返していた瞳に生気が戻ったのは、咥えようとした吸い口が硬質な帳に阻まれたからだった。

——疲れているのかなあ。

 執務室で過ごした夜を脳内で指折り数えるのはもう辞めた。三徹目以降はもはや意図的に考えないようにしている。不健康のスタンプを増やした所で褒美にゆっくり眠る権利が与えられる訳では無いのだから。
 こうして己の些細な失敗を笑える内は大丈夫なのだとドクターは一人笑う。ひび割れた唇から漏れた声は酷く乾き、掠れきっていることに気が付けぬまま。

 邪魔な障壁を取り払えば、秋冷の風を直に浴びることになる。暁の冷えは貧弱な骨身に沁みるがドクターの喫煙を赦してくれるのは、深夜から早朝にかけての甲板しかいないので致し方ない。燻された火口から棚引く紫煙が、風に攫われ黎明に溶けてゆく。
コートの残り香程度のことで拳闘士崩れ三人分のラッシュのごとく詰められることに比べれば、多少の暑さ寒さには目を瞑らざるをえないだろう。数少ない趣味ーー新鮮な酸素を取り込んでは二酸化炭素と共に有害物質を吐き出す作業に勤しむドクターは、背後に迫る影に気付かない。

「ドクター、今日は随分と早いな」

フィディアに見つめられたアヌーラ、あるいは曲がり角でマウンテンと遭遇したカシャ——端的に言えば身が竦んで動けないドクターとは対照的に、声の主——チョンユエは人懐こい笑みを浮かべたまま長い尾を揺らめかせた。普段は通行の邪魔にならぬように気をつかっているのか、どちらかといえば地を這うように、窮屈そうにも見える尾がだだっ広い甲板で気ままに泳ぐ。

「今回の賭けはニェンの勝ちだと伝えてやらねばならないな。ああいや、こちらの話だ」
「ニェンと酔っぱらったリィンが食堂で騒いでた話なら、まだどっちが勝つかわからないよ。残念ながら私は朝練に参加しに来た訳じゃないからね」

 長くなった灰をチープな作りの携帯灰皿へ落としながらドクターは肩を竦めてみせた。半分ほどの長さになった煙草と時計との間で瞳を反復横跳びさせてから、もう一度唇で咥え込む。手元を凝視されている気まずさに「いる?」と尋ねたドクターは予想外の返答に目を丸くしていた。

「では、いただこう」
「うぇ? こ、この後は仮眠しに戻るから朝練には参加しないよ?」



完成させる元気が無い
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