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ある日出会ってしまった。
完全に一目惚れだった。
風みたいな速さで自転車を走らせる彼に、柄にもなく一目惚れしてしまったのだ。
彼の事が知りたかった、あの速さで何処へ行くのか、なにをしている人なのか。
道で何度かすれ違う事はあれど、向こうがこちらを認識している様子は皆無な様で
こっそり後をつけて自転車を漕いだときは、何の巻き添えなのかはたまた付けているのがバレたのか、手榴弾でぶっ飛ばされた事もある。
この世界観でなければ即死だったと思う。
小耳に挟んだ話だと、彼はバイトに遅刻するからと毎回あそこまで飛ばしているらしい。
よくよく見れば彼の着ているトゲトゲの衣装の中身はゆうマートの制服で、胸元には戦の字が覗いている事にも気がついた。
さりげなくアプローチをかけたかったが、どうにもあそこのコンビニは敷居が高い気がして未だに入ったこともない。
実際スタッフらしき人物が外掃除をしている時に、落ち葉と共に店ごと吹き飛んでいるのも見たことがある。
結局チキンの私ではどうにもならないので、せめていつもの横顔だけでも見ようと普段の時間に交差点に赴いた。
「…はあ、片想いって思ってたより難儀だ…」
激しいペダルの音が聞こえてくる。こんなことあまり言うべきではないが、この時間にここを通る時点で遅刻寸前なら、もっと早くに家を出ているべきだ。
なんて。声をかけられないのを彼のせいにする辺りがもう完全に弱虫のそれである。
「そこのお前ェェェ!」
「え。」
「邪ァ魔だアアアア!!」
「あ…、痛っ!」
ふらふらと歩道から外れて歩いてしまっていた。
向こうも避けようとしてくれたみたいだが、こちらの反応が遅すぎて棘のついたハンドルに引っ掛かり私一人が派手にずっこけた。
「…うう、すいませ」
「大丈夫かァ!?申し訳ないが急いでいる!」
「あっ、それは存じてると言い」
「だから向こうで改めて謝る!行くぞ来い!!」
食い気味に捲し立てられたと思ったら、軽々と背負われてそのまま自転車を走らせ始めた。
凄まじい風圧を感じつつ、落ちないようにその背中にしがみ付いた。
「っていうか…これ自転車壊れるんじゃ…」
「ああ!?そんなにヤワじゃないぞ!」
「いっ…す、すいません」
「謝るなァ!」
「ひい!?」
急すぎる展開に軽く混乱もしているが、これは願っていたチャンスでもある。
会話ができたのが嬉しい、素直にそう思う。
しかし現状の難点をひとつ挙げるならば、襟元のファーに隠れているらしい腕辺りの棘が刺さってきて痛い。
ふっと風圧が止むと、目の前にはあのゆうマート。
「到着だ!」
「は…速い…」
「俺の自転車は一番速いぞ!」
「…でしょうね、毎日すごい速さですもん」
「!知ってるのかお前、中々やるな」
「あはは…まあ」
恋い焦がれて軽くストーカーじみていただけである。
「じゃあ!タイムカード切ってくるから待ってろ!絶対に待ってろよォ!」
「は、はい…喜んで」
バイトの社員も大変そうである。
店員用の駐輪場で待機していると、店員らしき青年に声をかけられた。
彼の制服の胸元にはゆと文字が書いてある。
「…どちら様ですか?」
「えあっ、あの…怪しいものでは…」
「あぁ、もしかしてさっき戦士が言ってたラブコメと遭遇ってのは君の事かな」
「…ラブコメと、遭遇?」
「ふふ…ちょっと面白かったから特別に教えてあげます。」
聞くところに寄ると。何でもバックヤードに突っ込んでくるなり『俺にラブコメが舞い降りた、少女漫画が俺に追い付いた!でも怪我させてるから行かせてくれ!』と捲し立て、何のこっちゃと他の店員に止められ結果今雑務をこなしているらしい。
「ちなみにどれくらい待てば件の彼は来てくれますか?」
「うーん、待ってなくて良いんじゃないかな…怪我なら僕が回復魔法かけてあげますよ」
「いっ、いやその、あの…彼がいいので、大丈夫です」
「!…なんだ、本当にラブコメだったんだ…そういう事なら呼んで来るよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!ゆ…ゆ、」
「…勇者ああああです」
「ゆっ、あ、ああさん、ありがとうございます!」
「どういたしまして、ラブコメのお嬢さん」
「もっ申し遅れましたがお嬢って言います」
「お嬢さん、じゃあもう少し待っててください。すぐ終わらせてきますから」
…何度も思うがバイトの社員も大変そうである。
しかしとても気さくな方だった。ああいう人の働く店ならそんなにチキらなくても買い物できたなと思う。
ポイントカードも作って通ってしまいそうだ。
「すまない!待たせたかァ!」
「ふぁっ!?あっ、いえ大丈夫です!」
不意打ちのように現れられ普通に吃驚してしまった。
マスクとバイザーで目元しか見えないその顔に、焦りの色と歓喜に似たものが伺える。
「…驚かせてしまったか、すまん」
「あいえ…そんな謝らないでくださいな」
「いや、謝りに呼んだんだった!先刻は轢いてしまって悪かった…怪我はどの程度だ?」
「大したことないですよ、ちょっと擦りむいたくら…いっ!?」
改めて自分の体を確認すると、ハンドルの棘に引っ掛かった腕は浅く切れてしまっていて少々出血もしていた。
転んだときに地に付いた掌は軽く擦れた跡がある程度だが、その後しがみ付いたときに彼の腕の棘に刺さっていた脇辺りには点々と痣ができていた。
「…見た目よりは痛くないから大丈夫なんですよ、本当に」
「いや…こんな、女を傷付けてしまうなんて…俺は戦士失格だ!」
「ええ!?そんな大袈裟な、元はと言えば私が車道に出てたから…」
「いいや!こうなったら責任を取らせて欲しい!」
「責任…ですか?」
まさかお嫁にしてくれるとか?などと考えて有り得なさに苦笑いが漏れそうになる。
「責任もって、治療する!…だが俺は回復魔法の類いが使えないから普通に消毒するぞ。丁度包帯もストックがある」
「腕のそれやっぱ包帯なんですね…そういえば、さっきああさんが使おうとしてくれたのも回復魔法でした」
「む、勇者なら余裕で使えるからな…しかし何故使わせなかったんだ?」
「あっ…それは…その、貴方が、よかったから…です」
「…俺が?どういう意味だ?」
「だから…貴方に、治してほしくて…」
「さっきも言ったが俺は魔法は…」
「…っ単刀直入に言わせていただきますが!貴方に逢いたいから、貴方が好ましいから、ああさんに断ったんです!」
「……えっ」
「まあドン引きですよねすいません!あの、本当に大丈夫なんでそろそろ帰ります!」
跳ねられといて好ましいとか多分訳が分からなかったと思う。
ちょっと焦りすぎた、ここはお友達になってもらうのが先だったと後悔した。
服についていた土ぼこりを払って彼に背を向けた。
心の中は半泣きだ。
「待ってくれ!」
「と、止めないでください…」
「いいや止める!まだ名前も聞いていないぞ、それに告白の返事もさせて欲しい!」
「こここ告白とかそんなつもりじゃ…」
「しかし俺を好ましいと言ったな、言ったよな」
「言いましたけどちょっと口が勝手にと言いますか…」
「それが嘘偽りでは無いんだろ?」
「…ハイ」
「やっっぱり!お前俺のヒロインなんだな!?」
「……は?」
「交差点でぶつかるかんてあんな運命めいた出逢い方した位だ…間違いなかった、運命だ」
どうやら引かれた訳ではないらしい。
嬉しそうに目を輝かせた彼に、思わず心臓が跳ねる。
まともに顔を見てしまうと今まで燻っていた好きが溢れそうになる。
さて、と呼び止められた時に捕まれていた腕を丁寧に拭かれ、目立つ傷には消毒液をかけられた。
包帯を巻かれ、小さい傷には絆創膏を貼られ、難なく治療は済んだ。
「とりあえず応急措置程度だから…後でやり直せよ」
「ありがとうございます…えっと、あ…そういえば名前…」
「そうだ名乗って無かったな!俺は戦士いいいいだ、適当に呼んでくれ」
「戦、い…いいさん、私はお嬢と申します」
「お嬢!…さっきの返事だが」
「それはまだはっきりしなくて良いんですよ…一応初対面ですし」
「?俺はお嬢の事をまだよくは知らないが、好ましいと思っているぞ」
「どこにそんな要素が…」
「第一に俺の自転車を気にかけてくれた事。第二にその謙虚な態度。何より俺を好いてくれて、待っていてくれた事。こんなの好きになってしまうだろ…」
「そんな風に思ってくれるなんて…恥ずかしいですよ」
「…あと、可愛いしな」
「かわっ!?」
真顔で言われて素で焦る。可愛いなんて少女の頃以来いつ言われただろうか…
かあっと顔に熱が集まってるのが分かる。
照れ隠しに否定しようと口を開く前に、先程の勇者が裏口から顔を出した。
「戦士、治療ひとつに何分かけてるんだ…」
「勇者ああああ!」
「お嬢さんも、早く帰せと催促していいんですよ?」
「あっはい…長居しててすいません…」
「こらァァァ!俺のお嬢に謝らせるなァァ!!」
「戦士の、…って…そこまで進んでるならもう今日は早退けしたらいいのに」
「それはどういう意味だァ!?」
「彼女を連れて帰れって意味だ。女性をこんな場所で立たせとくなんておかしいだろ」
「お…お気になさらず…私は大丈夫で」
「分かった!連れて帰るぞ!」
「ちょっ」
「じゃあ書類だけ出すから、書いて明日持ってくるように」
「応!心得た!」
私の話も聞けよと言う前にさっさと仕度する勇者と戦士。
帰るってどこに。まさか彼の家にお邪魔する等とそんな、まさか。
っていうかバックヤードじゃ駄目だったのか、とか考えてみるが。噂によるとお姫様も居るらしいしこの店やっぱり敷居高い。
(だが通う…いいいいさん働いてるし…)
「お嬢!お嬢!早退許可を得てきたから帰るぞォ!」
「わ、分かりましたよ…」
「今度は荷台用意したから乗りやすいぞ!」
「あ…本当、えっこれママチャリなんです?」
「ママチャリのようなロードバイクのような改造チャリンコだ」
「なるほど…」
パッと見ロードバイクの様だが、これは遠くから此所へ通うために改造したママチャリらしい。
ブレーキも付いてるので安心である。
「よし大丈夫だ、来い!」
「えっ…あ…」
「どうした?」
「すいません…なんか、急に恥ずかしくなって…ニケツって結構、密着しますから」
「!…そ、そうだな…さっきは急いでたから気に掛けていなかった」
「私が自意識過剰なだけなんで気にしないでください…」
「しかし…まあ、俺達は恋仲なんだからくっついてても問題ないな!」
「こっ…!恋仲…ですか、響きが甘過ぎてクラっと、倒れそうです…」
「何ッ!?さっき転んだときに打ち所でも悪かったのか!?」
「そういう倒れるじゃないですよ…」
「じゃあ大丈夫なのか?よかった」
「…それより帰るんでしたね、乗りますんでお手を拝借」
「ああ、これでいいか?」
荷台といえどやや高い。手を借りて後輪を跨ぐように座り、車輪を蹴らないようスタンドに足を掛ける。
先刻抱えられた時は棘に刺さってしまったので、今回は気を付けて腰の辺りにに腕を回した。
バランスを崩さないよう腕にぎゅっと力を入れる。
「…乗れました、行けます」
「……。」
「どうしました?」
「ハッ…す、すまない大丈夫だ!行くぞ!」
心なしか彼の身体が強張っている。なんやかんや言っても気恥ずかしさは感じるらしい。
徐々に重くなる風圧を感じながら、少し汗ばんでいるその背中の広さを堪能した。
「……やっぱり、好きだなぁ」
「何か言ったか?聞こえなかったぞ!」
「なんでもないです!」
うっかり漏らした本音を誤魔化すために、体制を改めて背中に擦り寄った。
ついでに鼓動が煩い胸を隠すように押し付ける。
「…ッ!!」
「…いいいいさん?」
「うオオォォ!滅!邪念!滅!!邪念ン!!」
「わああどうしたんですか!」
「煩悩は置いていく!!」
「なんっ、なんの事ですかぁ!?」
全速力くらいの勢いで息が詰まりかける。
風の音に紛れて、柔らかァァァァ!!と叫びが聞こえた気がした。
end
完全に一目惚れだった。
風みたいな速さで自転車を走らせる彼に、柄にもなく一目惚れしてしまったのだ。
彼の事が知りたかった、あの速さで何処へ行くのか、なにをしている人なのか。
道で何度かすれ違う事はあれど、向こうがこちらを認識している様子は皆無な様で
こっそり後をつけて自転車を漕いだときは、何の巻き添えなのかはたまた付けているのがバレたのか、手榴弾でぶっ飛ばされた事もある。
この世界観でなければ即死だったと思う。
小耳に挟んだ話だと、彼はバイトに遅刻するからと毎回あそこまで飛ばしているらしい。
よくよく見れば彼の着ているトゲトゲの衣装の中身はゆうマートの制服で、胸元には戦の字が覗いている事にも気がついた。
さりげなくアプローチをかけたかったが、どうにもあそこのコンビニは敷居が高い気がして未だに入ったこともない。
実際スタッフらしき人物が外掃除をしている時に、落ち葉と共に店ごと吹き飛んでいるのも見たことがある。
結局チキンの私ではどうにもならないので、せめていつもの横顔だけでも見ようと普段の時間に交差点に赴いた。
「…はあ、片想いって思ってたより難儀だ…」
激しいペダルの音が聞こえてくる。こんなことあまり言うべきではないが、この時間にここを通る時点で遅刻寸前なら、もっと早くに家を出ているべきだ。
なんて。声をかけられないのを彼のせいにする辺りがもう完全に弱虫のそれである。
「そこのお前ェェェ!」
「え。」
「邪ァ魔だアアアア!!」
「あ…、痛っ!」
ふらふらと歩道から外れて歩いてしまっていた。
向こうも避けようとしてくれたみたいだが、こちらの反応が遅すぎて棘のついたハンドルに引っ掛かり私一人が派手にずっこけた。
「…うう、すいませ」
「大丈夫かァ!?申し訳ないが急いでいる!」
「あっ、それは存じてると言い」
「だから向こうで改めて謝る!行くぞ来い!!」
食い気味に捲し立てられたと思ったら、軽々と背負われてそのまま自転車を走らせ始めた。
凄まじい風圧を感じつつ、落ちないようにその背中にしがみ付いた。
「っていうか…これ自転車壊れるんじゃ…」
「ああ!?そんなにヤワじゃないぞ!」
「いっ…す、すいません」
「謝るなァ!」
「ひい!?」
急すぎる展開に軽く混乱もしているが、これは願っていたチャンスでもある。
会話ができたのが嬉しい、素直にそう思う。
しかし現状の難点をひとつ挙げるならば、襟元のファーに隠れているらしい腕辺りの棘が刺さってきて痛い。
ふっと風圧が止むと、目の前にはあのゆうマート。
「到着だ!」
「は…速い…」
「俺の自転車は一番速いぞ!」
「…でしょうね、毎日すごい速さですもん」
「!知ってるのかお前、中々やるな」
「あはは…まあ」
恋い焦がれて軽くストーカーじみていただけである。
「じゃあ!タイムカード切ってくるから待ってろ!絶対に待ってろよォ!」
「は、はい…喜んで」
バイトの社員も大変そうである。
店員用の駐輪場で待機していると、店員らしき青年に声をかけられた。
彼の制服の胸元にはゆと文字が書いてある。
「…どちら様ですか?」
「えあっ、あの…怪しいものでは…」
「あぁ、もしかしてさっき戦士が言ってたラブコメと遭遇ってのは君の事かな」
「…ラブコメと、遭遇?」
「ふふ…ちょっと面白かったから特別に教えてあげます。」
聞くところに寄ると。何でもバックヤードに突っ込んでくるなり『俺にラブコメが舞い降りた、少女漫画が俺に追い付いた!でも怪我させてるから行かせてくれ!』と捲し立て、何のこっちゃと他の店員に止められ結果今雑務をこなしているらしい。
「ちなみにどれくらい待てば件の彼は来てくれますか?」
「うーん、待ってなくて良いんじゃないかな…怪我なら僕が回復魔法かけてあげますよ」
「いっ、いやその、あの…彼がいいので、大丈夫です」
「!…なんだ、本当にラブコメだったんだ…そういう事なら呼んで来るよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!ゆ…ゆ、」
「…勇者ああああです」
「ゆっ、あ、ああさん、ありがとうございます!」
「どういたしまして、ラブコメのお嬢さん」
「もっ申し遅れましたがお嬢って言います」
「お嬢さん、じゃあもう少し待っててください。すぐ終わらせてきますから」
…何度も思うがバイトの社員も大変そうである。
しかしとても気さくな方だった。ああいう人の働く店ならそんなにチキらなくても買い物できたなと思う。
ポイントカードも作って通ってしまいそうだ。
「すまない!待たせたかァ!」
「ふぁっ!?あっ、いえ大丈夫です!」
不意打ちのように現れられ普通に吃驚してしまった。
マスクとバイザーで目元しか見えないその顔に、焦りの色と歓喜に似たものが伺える。
「…驚かせてしまったか、すまん」
「あいえ…そんな謝らないでくださいな」
「いや、謝りに呼んだんだった!先刻は轢いてしまって悪かった…怪我はどの程度だ?」
「大したことないですよ、ちょっと擦りむいたくら…いっ!?」
改めて自分の体を確認すると、ハンドルの棘に引っ掛かった腕は浅く切れてしまっていて少々出血もしていた。
転んだときに地に付いた掌は軽く擦れた跡がある程度だが、その後しがみ付いたときに彼の腕の棘に刺さっていた脇辺りには点々と痣ができていた。
「…見た目よりは痛くないから大丈夫なんですよ、本当に」
「いや…こんな、女を傷付けてしまうなんて…俺は戦士失格だ!」
「ええ!?そんな大袈裟な、元はと言えば私が車道に出てたから…」
「いいや!こうなったら責任を取らせて欲しい!」
「責任…ですか?」
まさかお嫁にしてくれるとか?などと考えて有り得なさに苦笑いが漏れそうになる。
「責任もって、治療する!…だが俺は回復魔法の類いが使えないから普通に消毒するぞ。丁度包帯もストックがある」
「腕のそれやっぱ包帯なんですね…そういえば、さっきああさんが使おうとしてくれたのも回復魔法でした」
「む、勇者なら余裕で使えるからな…しかし何故使わせなかったんだ?」
「あっ…それは…その、貴方が、よかったから…です」
「…俺が?どういう意味だ?」
「だから…貴方に、治してほしくて…」
「さっきも言ったが俺は魔法は…」
「…っ単刀直入に言わせていただきますが!貴方に逢いたいから、貴方が好ましいから、ああさんに断ったんです!」
「……えっ」
「まあドン引きですよねすいません!あの、本当に大丈夫なんでそろそろ帰ります!」
跳ねられといて好ましいとか多分訳が分からなかったと思う。
ちょっと焦りすぎた、ここはお友達になってもらうのが先だったと後悔した。
服についていた土ぼこりを払って彼に背を向けた。
心の中は半泣きだ。
「待ってくれ!」
「と、止めないでください…」
「いいや止める!まだ名前も聞いていないぞ、それに告白の返事もさせて欲しい!」
「こここ告白とかそんなつもりじゃ…」
「しかし俺を好ましいと言ったな、言ったよな」
「言いましたけどちょっと口が勝手にと言いますか…」
「それが嘘偽りでは無いんだろ?」
「…ハイ」
「やっっぱり!お前俺のヒロインなんだな!?」
「……は?」
「交差点でぶつかるかんてあんな運命めいた出逢い方した位だ…間違いなかった、運命だ」
どうやら引かれた訳ではないらしい。
嬉しそうに目を輝かせた彼に、思わず心臓が跳ねる。
まともに顔を見てしまうと今まで燻っていた好きが溢れそうになる。
さて、と呼び止められた時に捕まれていた腕を丁寧に拭かれ、目立つ傷には消毒液をかけられた。
包帯を巻かれ、小さい傷には絆創膏を貼られ、難なく治療は済んだ。
「とりあえず応急措置程度だから…後でやり直せよ」
「ありがとうございます…えっと、あ…そういえば名前…」
「そうだ名乗って無かったな!俺は戦士いいいいだ、適当に呼んでくれ」
「戦、い…いいさん、私はお嬢と申します」
「お嬢!…さっきの返事だが」
「それはまだはっきりしなくて良いんですよ…一応初対面ですし」
「?俺はお嬢の事をまだよくは知らないが、好ましいと思っているぞ」
「どこにそんな要素が…」
「第一に俺の自転車を気にかけてくれた事。第二にその謙虚な態度。何より俺を好いてくれて、待っていてくれた事。こんなの好きになってしまうだろ…」
「そんな風に思ってくれるなんて…恥ずかしいですよ」
「…あと、可愛いしな」
「かわっ!?」
真顔で言われて素で焦る。可愛いなんて少女の頃以来いつ言われただろうか…
かあっと顔に熱が集まってるのが分かる。
照れ隠しに否定しようと口を開く前に、先程の勇者が裏口から顔を出した。
「戦士、治療ひとつに何分かけてるんだ…」
「勇者ああああ!」
「お嬢さんも、早く帰せと催促していいんですよ?」
「あっはい…長居しててすいません…」
「こらァァァ!俺のお嬢に謝らせるなァァ!!」
「戦士の、…って…そこまで進んでるならもう今日は早退けしたらいいのに」
「それはどういう意味だァ!?」
「彼女を連れて帰れって意味だ。女性をこんな場所で立たせとくなんておかしいだろ」
「お…お気になさらず…私は大丈夫で」
「分かった!連れて帰るぞ!」
「ちょっ」
「じゃあ書類だけ出すから、書いて明日持ってくるように」
「応!心得た!」
私の話も聞けよと言う前にさっさと仕度する勇者と戦士。
帰るってどこに。まさか彼の家にお邪魔する等とそんな、まさか。
っていうかバックヤードじゃ駄目だったのか、とか考えてみるが。噂によるとお姫様も居るらしいしこの店やっぱり敷居高い。
(だが通う…いいいいさん働いてるし…)
「お嬢!お嬢!早退許可を得てきたから帰るぞォ!」
「わ、分かりましたよ…」
「今度は荷台用意したから乗りやすいぞ!」
「あ…本当、えっこれママチャリなんです?」
「ママチャリのようなロードバイクのような改造チャリンコだ」
「なるほど…」
パッと見ロードバイクの様だが、これは遠くから此所へ通うために改造したママチャリらしい。
ブレーキも付いてるので安心である。
「よし大丈夫だ、来い!」
「えっ…あ…」
「どうした?」
「すいません…なんか、急に恥ずかしくなって…ニケツって結構、密着しますから」
「!…そ、そうだな…さっきは急いでたから気に掛けていなかった」
「私が自意識過剰なだけなんで気にしないでください…」
「しかし…まあ、俺達は恋仲なんだからくっついてても問題ないな!」
「こっ…!恋仲…ですか、響きが甘過ぎてクラっと、倒れそうです…」
「何ッ!?さっき転んだときに打ち所でも悪かったのか!?」
「そういう倒れるじゃないですよ…」
「じゃあ大丈夫なのか?よかった」
「…それより帰るんでしたね、乗りますんでお手を拝借」
「ああ、これでいいか?」
荷台といえどやや高い。手を借りて後輪を跨ぐように座り、車輪を蹴らないようスタンドに足を掛ける。
先刻抱えられた時は棘に刺さってしまったので、今回は気を付けて腰の辺りにに腕を回した。
バランスを崩さないよう腕にぎゅっと力を入れる。
「…乗れました、行けます」
「……。」
「どうしました?」
「ハッ…す、すまない大丈夫だ!行くぞ!」
心なしか彼の身体が強張っている。なんやかんや言っても気恥ずかしさは感じるらしい。
徐々に重くなる風圧を感じながら、少し汗ばんでいるその背中の広さを堪能した。
「……やっぱり、好きだなぁ」
「何か言ったか?聞こえなかったぞ!」
「なんでもないです!」
うっかり漏らした本音を誤魔化すために、体制を改めて背中に擦り寄った。
ついでに鼓動が煩い胸を隠すように押し付ける。
「…ッ!!」
「…いいいいさん?」
「うオオォォ!滅!邪念!滅!!邪念ン!!」
「わああどうしたんですか!」
「煩悩は置いていく!!」
「なんっ、なんの事ですかぁ!?」
全速力くらいの勢いで息が詰まりかける。
風の音に紛れて、柔らかァァァァ!!と叫びが聞こえた気がした。
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