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【完結】取引先の上司がストーカーです

暗いホテルの宴会場に、新郎新婦のムービーが流れる。
碧はそれをワインを飲みながら見ていた。
「しっかし、遂にあいつらゴールインだなぁ。後、残ってるのは俺らだけだな!」
はははと馴れ馴れしく碧の肩を抱き笑う矢野を、ジロリと睨む。肩を上げ手をどけろと訴える。
今日は大学時代の友達の結婚披露宴だ。腐れ縁で、同じ界隈で過ごしていた矢野も招待されている。
「なんだよー。そういや、お前、殿村さんとはどうなんだよ?」
「…。」
碧は再び矢野を睨んだ。
「矢野、お前、殿村に俺の情報色々渡してたらしいな。」
肉を乱暴に切って頬張った。マナーも何もあったもんじゃない。
「ははっ、コンペ負けた負け惜しみかよ。」
この期に及んでコンペの話を持ち出す矢野に余計に腹が立つ。
「コンペだって、その情報賄賂で勝ったようなもんだろ。」
「いや、冷静になれ。お前の情報にどんだけの価値あんだよ。そもそも俺、最初の壮行会で話したくらいしか殿村さんに教えてないし。」
「はぁ?本当かよ。」
最初の壮行会って…やはり、殿村と矢野がゴニョゴニョ話していたのは、その事だったのか。
「本当、本当。殿村さん、滝川のことは自分で知りたいですからって、断られたし。あー、ただ、サプライズデートしたいから、好きそうな場所だけ一回聞かれたかな?でも、本当、そんだけ。滝川本当に使えんかった。」
「…な、なんだよ…それ…。」
言葉に詰まる。
じゃあやっぱり、自分が好きになった殿村はまやかしでも何でもない。本物だったんだ。
コンペの結果に変な含みも無い。
どうしよう。やっぱり全部、自分が一人で勘違いして暴走しているだけだった。自分が、間違っていた。
「…。」
「?滝川?」
急に黙り込んだ碧に、流石の矢野も揶揄いの笑顔を引っ込めて首を傾げた。
「ちょ、ちょっと…トイレ。」
「あ、おぉ?」
いても立ってもいられない。碧はソワソワする自分を抑え切れずにその場をたった。
だって、今この瞬間に自覚したのだ。
自分は殿村が好きだ。あの、髪を丁寧に乾かしてくれる手が酷く恋しい。
一言でも電話をしたい。ちゃんと謝りたい。
いやそんな事は単なる言い訳で、本音は自分勝手なものだ。単純に声を聞きたい。
はやる気持ちを抱えて会場を出て、電話をできる場所へ行こうとした時だった。
「…あ。」
碧は目の前の光景に目を丸くした。
「か、楓…。」
思わず掠れた声が出た。
目線の先、同じ階の隅にあるレストラン前に、殿村がいた。
「…あ」
しかし碧は一歩踏み出したその格好のまま、固まってしまった。足が地面に張り付き、ずんっと重くなる。
殿村は休日にも関わらず正装していた。そしていつもの様に美しい所作で、女性をエスコートしていた。
ちゃんとした相手が見つけたんだ…。
殿村は女性と談笑しながら、奥のレストランへと消えていった。
お似合いの二人だった。自分が今更文句を言える立場でもない。
相手が好意を持ってくれていたのに、その時は男同士だと言う事に尻込みして、ずっと否定し続けていたのだから。
ずっと手の中にあったのに。その大切さに気づいた時にはもう手の中にはない。
まるで寓話にでもありそうな話だと、自嘲気味に笑ってしまった。
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