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わかんな訳ない話

「うわぁっっ⁈」
「どうした?」

お前がどうした⁈
日曜日の朝、俺は篤樹のベッドの上で飛び起きた。
篤樹は目を丸くして俺を見ているけど…俺が飛び起きたのは、篤樹に急に首筋を噛まれたからだ。

「な、なに⁈篤樹…カ、カニバリズム⁈」
「何を言ってるんだ夕陽。」

ふざけんなよ!
急に人の首に噛みついて、甘い笑顔とか漏らすな。
何が「ふふっ」だよ。余計怖い。
何故か金曜日の夜は見逃され(しかし一晩中抱きつかれて怖かった)、土曜日はまた猿みたいに盛られ、日曜日の朝泥のように寝ていた所、急に項を噛まれ起こされた。
そりゃ誰だって驚く。

「何で噛むんだの?え、意味不明なんだけど。」
「練習。」
「練習?」

その笑顔、嫌な予感しかしない。
俺を食べる練習とか笑えないぞ。
俺の不安に反して、篤樹はにっこりと笑う。

「番になる時、ここを噛むだろ。知らなかった?」
「えっ…いや、俺、99%、βだから。」
「まだバース検査の結果は出ていないでだろ。」
「…」

食べられるよりも恐ろしい発言だ。
やっぱりだめだ。
こんな所いたら、本当にΩにされる…。
俺は適当な理由を付け、何とか篤樹の家を抜け出た。

「はぁ…俺は一体…この先どうなるんだ。」

篤樹は、きっとはっきり言わないと分からないんだろうな。
このままだと本当に人生狂わされる。
俺が悶々と考えていた時だった。

「夕陽さんですか?」
「いえ、違います。」

黒塗りベンツからサングラスをかけた人が顔をかけて聞いてくる。
怖くて反射的に嘘をついてしまった…。

「こいつが夕陽で間違いありません。」
「友村⁈」

しかし後ろの席からひょっこり顔を出した友村によって、俺は車に引き摺り込まれた。

「な、何してんだお前⁈」
「まぁまぁ、大丈夫だから。」
「何が⁈大丈夫な感じ全然しないんだけど⁈」

俺はテンパるが、友村は涼しい顔で俺を受け流す。

「着いたよ。」
「え?」

友村に連れられて来たのは、有名な外資系ホテルの一室。

「な、なに?友村、俺をどうするの?誘拐?お前も怖い奴なの?」
「あはは、そんなわけないでしょ。」
「そんな事言って…」
「だって夕陽のバッグには篤樹さんがいるだろ。夕陽に何かあったら俺の方こそ困るよ。」
「…」

何故か何よりも説得力のある言葉だった。
それよりも、今、友村、篤樹の事を「篤樹さん」って言った?いつもは「広瀬」って呼んでるよな?

「こちらへどうぞ。」

そして友村を残して俺だけ奥の部屋に通される。

「?」

通された部屋は小さなテーブルが置かれていた。
こちらを向かって、スーツを着た男の人が座っていた。
…。
このスッと通った鼻筋、見覚えがある。

「こんにちは夕陽くん。」
「あなたは…」

スーツの人は、柔かに俺に話しかける。
なんかこの顔…朝、同じようなの見たぞ。

「私は、広瀬 学」
「やっぱり!あの広瀬学ですか⁈凄い!本物だ!」

広瀬学、国民的俳優だ。
朝もテレビで観た。
でも何故、こんな有名人が俺のところに?

「息子がお世話になっているようで。」
「息子?」
「そう。今日は、息子の篤樹の事でお呼び出しさせてもらったよ。」

篤樹…?
篤樹⁈あぁ、そう言えば、ちょっと似ている?鼻筋の感じとか。
広瀬学、温厚なキャラクターで売り出しており、対面してみても空気が柔らかい。
中々話も通じそうだけど、これが篤樹の父親?
チャンスじゃない?

「あの、すみません!俺、篤樹とただならぬ仲です!」
「…」
「やっぱり、あれですよね。息子がこんな…俺みたいなのと付き合っていて、深い関係って、困りますよね。」

勢いよくカミングアウトした後、俺はわざとらしく項垂れた。
だってそうだろ。
こんな無理矢理連れてきて、息子と別れろ!的な話だろ。

「分かりました。お父さん様がそういうのであれば、俺は潔く身を引きます。」
「…」
「篤樹くんには、お父さんからお話ください。」
「…」

聞いてんのか?
チラリと広瀬学を見ると、依然として柔らかい笑顔のままこちらを観ている。
ちゃんと聞いてた?

「安心したよ。」
「!そうですか!」

少しの間の後、広瀬学は話だした。
どこかホッとした表情。
これは、期待、大。

「篤樹はね、」

なになに?
大事な息子だって?

「兄とは母親が違って、中々面倒も見てやれなくてね。」
「…はい。」
「私は仕事人間だったから、家庭はおざなりだった。兄がいるとは言え、年は10歳離れているから、篤樹はずっと独りだった。」
「…」
「そして留守がちな私に見切りをつけ、篤樹の母親は私がいないうちに消えてしまった。篤樹を置いたまま。」
「え」

広瀬学はいつの間にか神妙なお面持ちになっていた。
俺もつられて、つい複雑な気持ちになる。
篤樹の過去は、結構ハードだ。

「篤樹は次第に私に反抗するようになって、問題ばかり起こすようになったんだ。」
「それは…」
「分からない。しかし親の気を引きたかったのか…。何にしろ、篤樹の苛立ちは私のせいだ。きっと1人で寂しかったんだろう。」
「…」

篤樹。容姿も良くて、運動もできて、勉強は…知らんが、兎に角、全てに恵まれてそうなのに。
本当は何も持っていなかったのか?
ずっと、独りだったんだ。

「君と付き合い始めてからは学校も真面目に行って、あまつ笑う事もあるって聞いているよ。」 
「…」

そんな事言われても…困るな。
俺は篤樹と離れようとしているのに。
俺は何処か後ろめたくて、目を伏せた。

「だから良かった!」
「…………ん?」

え?どういう事?
と思って顔を上げると、広瀬学は今度は再び満面の笑顔だった。
あー、テレビで見るような、とろけそうな笑顔だ。

「君も篤樹が好きなら全て上手くいく!」
「ぇ」

えー!

「遠慮せず、どんどん仲良くなってくれ!ズブズブに仲良くしてくれていいからね!」
「あ、あの…いえ、それは…」
「ほら、これ見てよ!」
「あ、…え?」

広瀬学がぴらりと何かをテーブルの上に置き、笑顔で指差す。
…。
篤樹の写真だ。
めっちゃ笑顔で俺に抱きついている。

「こんな笑顔!いっっっつも不機嫌な顔だったのに!君は篤樹を救ってくれたんだ!笑顔を取り戻してくれた!本当にありがとう‼︎」

そして俺の手を掴むと、ガクガクと揺さぶる。
っえ〜〜!

俺は揺られながら、顔を引き攣らせた。
だってこの写真、篤樹も俺も上裸でベッドの上だ。
何してたかなんて分かるだろ。
まさか、気づいてないの?

「あ、あの…っ、でも、これは困りますよね?」
「何かね?」

何となく篤樹を押し付けられそうなのは分かった。
まぁ、さっきの話を聞いた後だ。
せめてお友達レベルならこっちも許容しよう。
だけど、あくまでお友達だ。

「あの、お、おれ……篤樹くんと、せっ…っ」
「せ?」
「…っセックスしてます!」
「!」

俺は何故か勢いよく言い放った。
流石にこれには、広瀬学も目を丸くして固まる。

「あの、俺、まだバース検査受けてませんけど、息子さんがデキ婚とか困りますよね⁈だから、せめて…」
「…ふっ、ふふふ、安心したよ。」
「安心⁈」

俺がアワアワ説明するのに、広瀬学はクスクスと笑った。
今、笑うとこ違うだろ!
しかも安心できる事なんて皆無だろ?
もしかしてのもしもの話、俺がΩなら、こんな頻度でやってたら懐妊する!直ぐしてしまう!

「君も篤樹の事を大切に思ってくれているんだね。」
「は?な、ん…っ」
「でも大丈夫!」
「えー…」

なんかこの、人の話を聞きない感じ…広瀬学と篤樹は確実に親子だな。
広瀬学はまるで安心させるように俺の手を包み込んだ。

「大歓迎だよ!」
「え…」
「子供ができたら君はずっと篤樹といるしかなくなるだろうし、それが切っても切れない強い絆になる。」
「ん?」

あれ?この人、俺が篤樹から逃げたいって気づいてない?

「そもそも、最近は出来婚じゃなくて、おめでた婚っていうんだよ?」
「…」

「クスっ」じゃないぞ。
なんか…もう、何言ってもダメ感が凄い…。
俺はがくりと項垂れた。
何かに…負けた…。

「じゃあ、アシストは存分にさせて貰うから、存分に篤樹とは仲良くしてくれ。」
「…」

言うだけ言うと、広瀬学は深く頷いた。
いや、もう、お前は何もするなよ。
用は済んだとかりに、俺は再び部屋に入ってきた友村に出口へ手を引かれる。
本当に身勝手な親子だ。

「夕陽くん」
「?」

出口前で、不意に声をかけられた。

「篤樹から、無理に逃げようとか思わない方がいいよ。」

急にどうした。
振り返った広瀬学はもう笑っていなかった。
いつもニコニコな目が、冷たく座っていた。

「篤樹は、俺たちは、一度決めた相手を絶対に逃がさない。」
「…」
「その為なら、監禁くらいやるだろう。自分のものにならないなら、他の誰のものにもしない。捕まえて、囲って、自分だけを永遠にすり込む。君だって、ある程度の自由位は欲しいだろ?」
「!」

脅しかよ。
本性表しやがって!

「そういう事するなら、俺だって黙ってませんよ。徹底的に反発します。」

結局自分の思うままに全て進めるつもりか。
ただでさえ金曜日の夜から、お前の息子にはやりたい放題されてんだぞ!
俺はキツく相手を睨んだ。
広瀬学は意外そうに片眉を上げたが、次の瞬間には笑っていた。

「君は篤樹にはお似合いだね。」
「…」

俺の睨みなんてどこ吹く風だ。
俺は広瀬学を無視してズカズカと部屋を後にした。

「友村、篤樹とどういう仲なの?」
「んー、外で、篤樹のお守りを任されている。」
「何だよそれ。」

また車に詰め込まれて俺は不機嫌だった。
ぶっきらぼうに友村に尋ねるが、友村も広瀬学みたいに俺を涼しい顔で受け流す。
なんなんだよこいつら!

「それより、篤樹に親父さんと会ったことがバレた。こっちに来るって。怒ってる。」
「っえ?」

いや、俺⁈
一貫して被害者なのに!何でやねん!

「ちょっ、逃げてよ!車だし、逃げ切れるだろ!」

俺は友村の襟首を掴み、ブンブンと振り回した。

「ははは、夕陽まだ分かってないな。」

しかし友村は爽やかに笑う。

「篤樹さんからは逃げ切れないって。まだ分からない?」
「!」

友村がそういうや否や、車の外から凄い音がした。
恐る恐る外に目を向けると、怒った顔の篤樹がいた。
友村が素早く車のドアを開けて、俺を外にいる篤樹に押し付けた。

「広瀬、お父さんも応援してるって。」
「あいつの事なんてどうでもいい!何故勝手に夕陽を連れてった。」
「んんー、夕陽の気持ち確認的な。」
「はぁ?」

篤樹は俺を肩に担ぎ、友村に不満気な声で凄む。
おろして〜

「夕陽は広瀬の事大好きだって。」

え。

「大好きで大事だから、広瀬を思って身を引こうとした位。」
「…夕陽…」

えぇ⁈
何言ってんの⁈

友村がサラッと言った言葉に、篤樹はうっとりとした目を肩越しに向ける。

「あのっ、いやっ、それなんだけど…んむっ!」

ややこしくなりそうなので弁明しようとしたが、急に降ろされて口を塞がれる。

「…っぷはぁっ…、はぁっ、」
「夕陽。一生大事にする。」
「えぇ…」

大事にするなら、もうリースして欲しい…。
うんうんと頷く友村を睨み、俺はこれからどうするかを悩んだ。
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