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秘密と首輪

※友野視点

「ここ、ペイント出来る?シールでも良いんだけど。」
「…はぁ…首輪しているとペイントしてもすぐ消えるから…シールを本物に似せてリアルにとか、出来ますけど…」
桜助が俺の店に来たのは、晴れた春の日だった。
垂れ目気味で、外気との温度差でほほが赤くなっていた。
愛嬌あるぽやんとしたΩ。
Ωにしては少し地味で普通。
桜助は変わった奴だった。
桜助がペイントしたいと言って差したのは項。
しかも噛み跡を描きたいとか。
「なんでそんなもの描くんですか?」
「…まー、面白いかなって?」
そう言って、桜助は笑った。
悪戯っぽい笑い無邪気な笑顔だ。
その瞬間強く思った。

俺は、こいつが嫌いだ。

桜助。知ってるか。
俺がいつも、どんな気持ちでお前の首筋に偽物の噛み跡を作っているか。
毎度毎度、その真っ新な首筋と自由がどれだけ羨ましくて妬ましいか。

俺の秘密はーー

ガチャリ
「…」
自宅の玄関を開ける時、緊張でいつも震える。
誰もいない事を確認すると、おれは急いで風呂に向った。
着ているものを全て脱ぎ、急いでシャワーを浴びる。
そして風呂から上がって全裸のまま、キッチンに急ぐ。
チラリと見た時計は、七時四十分。
朝から準備していた料理の仕上げをして、テーブルに並べる。
それが終わり急いで玄関に向かうと、玄関に膝をつく。
座礼。
って言うかほぼ土下座。
玄関に向い、床に頭をつけてドアが開くのを待った。
どく、どく、どく…
何処からか、甘ったるい、胸焼けする匂いが漂ってきて奴の帰宅を知らせる。

コツ…コツ…コツ…
ガチャリ…
「っお帰りなさい。大我。」
「…んっ」
俺が挨拶した相手は、俺を見て口の端をあげる。
憎くて嫌悪する俺の番。
大我(たいが)だ。

これが俺の秘密。

俺の首輪は、噛みつき防止用じゃない。所有を示す、唯の首輪だ。
その下の項にはくっきりと、桜助がわざわざ俺に描かせる歯形がついている。
ただ、俺のは本物だ。
本当は激しい行為だって好きじゃない。
大我が酷いサディストなだけだ。
俺には好きな人がいたし、両思いだった。
しかし大我に無理矢理番にさせられた上、毎日毎日こんな馬鹿な事をさせられている。
全て大我の趣味だ。

大我が家に入ると、俺はせかせかと大我の後をついていく。
俺の生活は大我の機嫌を損なわないことが最優先になっている。
大我は無言のままテーブルに座ると、用意されていた食事を食べ始めた。
俺も向かいに座って食事を始める。
何もかも完璧にしないと。
大我は仕置きが大好きだ。
「ゆー、スマホ」
俺はその言葉に素早く反応し、差し出された大我の掌の上に自分のスマホを置いた。
大我は慣れた様子で俺のスマホのロックを解除して、食べながら中身を隈なく確認する。
スマホは毎日。鞄や持ち物は時々。
大我に確認される。
私的なものを隅々まで覗かれ、何か大我のお気に召さないものがあるとお仕置きだ。
「んっ」
満足したらしい。
大我は一言そう言うと、勝手に俺のスマホの電源を切りテーブルの隅に置いた。
毎日こんなだから変な履歴も残せない。結果、誰にも俺の番号は教えていないので問題ない。
しかし何でも我が物顔な大我には嫌悪感が募る。
「今日は?何してた?」
「大我が出た後は直ぐに出勤してその後はずっとお店。午前のお客は女が一人で、…」
次は尋問。
一日何をしていたかを俺に報告させる。
「桜助ってΩ…やけによく来るな。」
「かっ、噛み跡を項に作りたいって定期的に店に来るんだ。ただ、それだけ…。」
大我の機嫌が悪くなるのが怖い。
今も酷いが、怒るともっと酷いことをされる。
俺は慌ててフォローした。
「ふーん、変なやつ…。なんでそんな事してんの?」
「知らない。聞いても誤魔化される。大した意味は無さそうだけど。」
「…あっそ…」
大我は考える素振りを見せたが、結局考えるのをやめて箸をおいた。
「…じゃ、立って回って、見せろ」
「…っ」
あ、不味いな。
俺は大我の前に立ち、ゆっくりと一周回る。
俺の体に他の奴が触っていないか、大我はいつもこうやって確認する。
しかし今日は、まずい。
「…ふっ、」
案の定、大我に笑われて顔が真っ赤になる。
「なに勃たせてんだ。」
「…」
仕方ないだろ。
そろそろヒートなんだ。
こんなに近くに番がいて、嫌でも体が反応する。
俺のヒートはストレスからか中々安定しないので、期間が読めない。
「そろそろ、ヒートなんだ…」
「はっ、済ました顔で冷静装っても、顔は耳まで真っ赤だな?」
徐に大我が立ち上がりこちらに近づく。反射的に逃げを打つ体を、俺は意志の力でグッと押し留め大我の手を受け入れた。
「…っ」
大我は俺の体を抱き寄せる。
「ヒート中に抑制剤は飲むなよ。沢山、泣くほど、可愛がってやるから。」
嫌な笑顔だ。下衆い。
外では穏やかで大人びた雰囲気と売っている人気俳優だが、本性は全然違う。
「ぅ…っ」
こいつの事は全然好きじゃないし、むしろ殺したいくらい憎い。
しかしするりと体を撫でられて、後ろから透明なものが流れ落ちる。
身体が番に媚びる。
俺はお預けをくらった犬の様に、荒い息で大我求めるものを必死に考える。
どっちだ?
勝手に動いて怒られる事もあるし、何もしないで怒られる事もある。
ヒート前に大我の機嫌を損ねるのが恐しい。
「はは、すげー匂い。」
「…っ」
乳首につけられたピアスをいじられ、首筋に鼻を当てすんっと鼻を鳴らされる。
疼きがより一層増して、自分が放つフェロモンが濃くなる。
「最高。」
甘い刺激が体に走り、鼻から抜ける音が漏れた。
ピアスを弄られる痛みに反して、どんどん体が熱を持つ。
大我は酷く機嫌が良く、発する匂いの濃さから大我自身も興奮し始めているのが伺えた。
俺は緊張しながらも、おずおずと大我にキスをした。
大我が笑ったのが気配でわかりホッとする。
そして大我は俺を抱え上げた。
「仕方ないな。ちょっと相手してやるよ。」
「…ありがとう…ございます。」
俺は大我に抱えられベットへ連れられながら、あの真っ新な首筋を思い出していた。
桜助、お前もいつか同じ地獄に落としてやる。
あんな奴、望まない番契約に縛られ飼い殺しにされれば良い。

———
「……そうか。…桜助、俺には何でも言って良いんだからな?」
「…うん。」
桜助は俺の言葉にこくりと頷く。
桜助は中々自分の話をしない。だから割と親密になったつもりだが、実際はよく知らない事が多い。
俺はまた桜助の項に偽物を作る作業に戻った。
「そういや、この前言ってたしつこいα、大丈夫そうなのか?」
「んー…まぁ…。」
「どうした?」
俺は努めて冷静に桜助の言葉の続きを待った。
桜助がチラリとこちらの様子をうかがう。
いつも何も話さない桜助にしては珍しい反応だ。
もう一押しか…。
「どうしたんだよ?俺だと頼りない?」
俺はわざと困った様に笑って見せた。
桜助が俺のこの笑顔に弱いのは知っている。
「…いや…契約更新したいならまた変な服着て写真撮らせろってよー」
「何だそれ。下心丸見えだな。」
桜助はΩである事を仕事に利用している。枕営業まがいな事もしているようだ。
いつかは破綻すると思って楽しみにしているのに、中々上手くやっている。
しかしこの坂本とか言う桜助のストーカーは、かなり稀なパターンだ。
珍しく話してくれた事を考えると、大分困っているな。
俺は桜助に隠れてほくそ笑む。
「なー、本当くそだよ。まー、上手く乗り切るよ。」
「…心配だな…。そいつにはいつ会うんだ?」
「んー…来週の、木曜」
「ふーん…」
桜助のヒートは…来週の水曜日から、か。
俺は心配そうな顔のまま、考えを巡らせた。
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