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秘密と首輪

「桜助?あれ、今日会うって言ってたか?」
「うん、会うしかなくなったっていうか…」
「?」
俺の言葉に友野は首を傾げた
実際には会う約束はしていなかったから、まぁこうなるよな…。
「何でもいいけど、来たならなんか買ってけよ。」
冷たい言い方のわりに、友野はニコニコと悪戯っ子みたいに笑っていた。
「てか友野、また傷増えてない?大丈夫なの?」
「はは、大丈夫ー!お前もやってみたらハマるよ。Ωとやりたいやつなんて腐るほどいるからな!」
「…大概にしとけよ…。手のあざやばいな。」
友野は激しい行為が好きらしい。会うたびにキズを作っている。
今日はまた特にひどい。手首にくっきり、縛られた様な痕が付いている。
きっと服の下はもっと酷いのだろう。
しかし当の本人はいつもヘラヘラと笑っている。常に飄々としてニコニコ笑って…。
Ωに不満を漏らす割に、友野はある意味Ωである事を一番楽しんでいるように見える。ちょっと羨ましい。
「まぁ、噛みつき防止のやつは取るなよ。」
「そういや、今日はもう予約もないし、直してくか?」
「人の話はちゃんと聞けよ。」
分かってんのかなんなのか…。友野は俺の話を聞き流しなが、カチャカチャとPCをいじって予約を確認して呟いた。
「どうする?来週は水曜で予定してたけど、水曜がすまんが無理になってさ。木曜日以降なら空いてるけど、保つか微妙だろ。」
「あー、そうか。俺、木曜日からヒート入るわ。ヒート中は首に触られるのがキツいから、今日お願いしたい。」
どうやらちょうど良かったみたいだ。
実は、俺の首の咬み傷はただのシールだ。
週に一度、友野に貼り付けて調整してもらっている。
「じゃ、こっちきて。」
友野はニコニコとおれを手招いた。
「…」
その顔があの人とかぶり懐かしくなる。
『椿(つばき)』
優しく俺の名前を呼ぶ、兄。
これが俺の秘密。
実は、俺は桜助じゃない。
俺の本当の名前は椿。
項を噛まれたのは俺ではなく、俺を庇った1つ上の兄だった。
兄はその後心を病み、首を吊って自殺してしまった。
兄の死後は母親の言いつけで、何故か俺は兄の桜助と入れ替わることになった。
あの時は理解できなかったが、今ならなんとなく分かる。
兄は大樹の元に、俺は別のαの元に出される事になっていたらしい。
俺が元々出される約束がされていたαは、α至上主義の家だったそうだ。
そんなとこらに行ったΩがどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

桜助となって生きて、桜助を死に追いやったαに復讐する。
まだ兄を噛んだαは見つけられないが、必ず見つけだす。

俺の秘密。

「桜助?どうした?」
「…ぁ、悪い。ぼーっとしていた。」
気付けば、友野が心配そうな顔で俺を見ていた。
友野は昔映画の特殊メイクを担当していたとかで、腕は確かだ。多少近づいて見てもバレない出来栄えだ。寧ろ、こんな小さな店にいる事自体不思議なくらい。
俺が桜助になるには、友野が必須だ。
「しかし本当、なんでこんなもん項に作るんだ?」
「……っ、まぁ…冗談というか…」
「ははは、悪趣味だな。」
友野は首筋を触られ、耳を赤くして耐える俺をまた困ったような顔で笑った。
「変にα煽って、痛い目見ないようにな…。」
そして、心配そうな声色になる。
「うん。」
その顔が兄を彷彿とさせる。
同じΩで歳も兄と同じだ。
「友野…」
俺は友野を振り返る。
「どうかしたか?桜助。」
友野は手を止め、心持ち真剣な顔で俺を見返す。
「いや、何でもない。」
しかし、まだ人にこの秘密は言えない。
俺は開きかかった口をぎゅっと閉じ、首を振った。
「……そうか。…桜助、俺には何でも言って良いんだからな?」
「…うん。」
色々、ちゃんと話せる日が来ると良いな。
俺は心配そうな友野の顔を見ながらそう思った。

———-
「…うっ、……っ‼︎」
俺は大樹の上で息を詰めた。
大樹も同時だった様だ。
もういいだろ。
そう判断し、入っていたものを勝手に抜きドサリとベットの上に倒れ込む。
…疲れた。
それもこれも、最近生活に歪みが目立つせいだ。
手に負えない問題が山積みだ。
はぁ…坂本、どうするかな。
写真撮られる位もう目を瞑るしかないのか?
しかしこれがずっと脅されるのか?
変な写真は残したくないし、もう切るか?
坂本が次に何を要求するかによるな…。
いや、それは自分でどうにか対処出来るか。それより友野だ。
また危ない事してないか。何かあった時に助けてやる様な力が俺には未だない。その時は大樹を上手く使って…
「…なに?」
仰向けで考えを巡らせていると、視界にひょっこりと大樹の顔が入り込んでくる。
「何考えてる。」
「え?あ…あぁ、まぁ、色々…ちょ、え?なに?」
俺の返答が不満だったのか、大樹はムッとした顔で俺の腰を抱え直す。
話聞けよ。自分から話振ってきた癖に。
「お前最近、忘れかけているだろ」
「っぅわっ…っ!」
大樹は珍しく無理やりねじ込んできた。
「…っ、ぁ、だっ、大樹⁈」
大樹は再び俺を見据える。
「お前は、俺のものだろ。」
「…っ」
そう言われると、胸がぎゅっと締め付けられ口籠ってしまう。
それはずっと内在している枷。
言葉で明確に突きつけられると、自分の立ち位置を改めて痛感して胸が苦しくなる。
「それは、だけど…」
「ならそろそろ、俺の子を産めよ。」
「え……っ、なにそれ…」
どんどん大樹の目が鋭くなる。
そろそろ止めないと。だけど焦りが酷くて、止められない。
「はは……こ……怖い事…言うなよ…っ」
「…」
あーまずい。
口から言葉が出て、まずいと思った時はもう遅い。
大樹の視線が一段と鋭くなる。
流石に、失言だった。
しかし俺が一番恐れていることだ。そうなったら…俺はいつこの呪縛から解放される?
「はは、怖い事?」
「んっ…っ」
大樹が犬歯を見せて笑った。
「だから、忘れてるって言ってんだよ。」
「っっ‼︎」
「なに逃げてんだ。」
「うぅっーっ‼︎」
無意識に体が上へ逃げるも、大樹に引き戻される。
大樹は今迄俺が嫌がりそうな事は強要しなかった。
だからこんな事はかなり珍しい。
そろそろ、歪みが手に負えなくなってきた。
やり切るか、諦めるか。
快感に押されて、気持ちが揺らぐ。
まだ蓄えも人脈も心許ない。
ならば…逃げる?
そうだ。
崖から飛び降りるんだ。
俺はそんな事を考えた。
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