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ヤンデレ後輩に頼るしかない話

(また犬かよ!)
気がつくと、功の足元に寝かされていた。
静流が運んだのだろう。
(静流の野郎…)
「功、朝ごはん出来たよ。」
「ん?あ、にこちゃん⁈…あ、居た。」
「ははは、逃がさないって豪語していた割に心配性だね。」
功と静流は談笑し、朝から不満顔の二子川は功に抱っこされて一階のリビングに向かった。
「!わん!」
「えー、なんで静流がにこちゃんのご飯を用意してるの?」
「功が朝からにこちゃんを虐めて盛るからだよ。にこちゃんがストレスで死んだら目も当てられないからね。」
(飯だ!人間の!)
静流が用意したご飯は、白米にしゃけ。また食事ネタで二子川を好きにするつもりだった功は不満顔だが、二子川はご飯に飛びついた。
(美味い美味い‼︎)
そんな二子川を見て、静流はニヤリと笑った。

———-
「さて先輩、仕事してもらいますよ。」
「…」
「こら。無視すんな犬が。」
「…っ!わ、わふ。」
「よしよし。」
功が出かけた隙に、静流に外へ連れ出された。
嫌々なのでせめてもの抵抗で静流を無視すると、笑顔のままぐっと手綱を引かれた。
(始終笑顔で…なんて奴だ。)
「しかし丁度良かったですよ。先輩みたいな貧相な犬にぴったりの仕事です。」
「…」
「返事」
「…わん。」
静流には功の次に死んで欲しい。
そんなこんなで、車で連れてこられたのはショッピングモール。
(何をさせられるかと思ったが…まさか…)
連れてこられたのは、ペットトリマーの店だった。
店に入ると静流は何かを見つけたらしい。急に早足になり、ぐいぐいと引かれる。
「久しぶりだね。柚木くん。」
「おまっ…!」
静流が王子様の様に微笑んで挨拶したのは、店員の男だった。
男は驚きで目を見開き後ずさった。
(あれ?こいつ…)
男には見覚えがある。
このカワウソの様な、うさぎの様な、小動物を彷彿とさせる小柄な奴。
高校の時、よく静流といた奴だ。
中学から虐められていたのを静流が助け、仲良くなったとか?
二子川は余り他人に興味がないので噂話には疎いが、何かと注目を浴びていたような…?
「なんで!ここまで…」 
「ふーん。そんな言い方するんだ。」
「…っ、し、しずくん。…えっと、ひ、さしぶり…」
静流が笑顔のまま首を傾げると、何故か柚木は顔を引きつらせ言い直した。
仲がいい友達というには、妙な雰囲気だ。
「ちょっと相談したい事があって…」
「え?えっと…い、いや、ごめんけど…」
「あるんだけど。」
「…………なんでしょうか。」
(ん?静流、避けられてる?仲良くないのか?)
二子川は首を傾げて二人をしげしげと見つめた。
柚木は早々に目が泳いでいる。困っているようだ。
「この犬の事で」
「犬?あぁ、この子?しずくん、犬飼っていたの?」
「違うよ。同居人が急に拾ってきて。ほら、貧相な犬でしょ?同居人に虐待されてないか心配で。」
「えぇ!…確かに…、ちょっとあれな子だね…。」
(「あれな子」じゃねーよ。つられて言いたい放題いってんじゃねーぞ柚木!)
柚木は至極真剣な顔で静流の話に頷く。
「もっと相談したいんだけど、此処だと人目もあるから…。」
「…うん。」
静流の誘いに柚木は一瞬迷ったが、二子川と目が合うと意を決した様に頷いた。柚木がいい奴である事は間違いないのだろう。
静流は柚木を連れてカフェに移動した。
「ふふ、柚木くん今度はどこに引っ越したの?」
「…ま、まぁ…都内…」
「ふっ。職場がこんなに埼玉の端なのにんなわけねーだろ。嘘つくな。」
「…っ、この近く…。」
「どこ?」
「…この近くのー」
(変な会話。)
静流は柚木の家の住所までを聞き出してメモを取った。
その後も、今の仕事がどうだとか、いつが休みだとか、尋問の様に聞きだしていく。
二子川はそんな二人のやり取りをぼけっと聞いていた。
向かいの小型犬が喧嘩腰に唸ってくるのが面倒い。
「しずくん、それで、にこちゃんは大丈夫なの?」
「ん?あぁ、そうだった。」
肝心な二子川の話に触れない静流に痺れを切らして、柚木が話を切り出した。
「虐待されて怪我してないか心配だから、にこちゃんの身体、ちょっと診てくれる?」
「うん。ほら、にこちゃん、怖くないよ〜おいで〜。」
柚木が多分意図的にだろう。二子川を安心させようと笑顔でこちらに手を伸ばす。
(てか、柚木トリマーだろ?なんで柚木に見せるんだ。)
疑問に思ったが、大人しく柚木にされるがままになった。
「ふふ、垂れ耳可愛いね〜。痛くしないから、ちょっと前足見せてね。うんうん。良い子良い子。」
(柚木…めっちゃいい奴だな!)
柚木はきっと本当に動物が好きなのだろう。嬉しそうに笑いながら、二子川の身体を優しい手つきで調べる。
(それに比べ……ん?)
静流は、と静流の方を見て更に違和感は強くなった。
静流は二子川を診る柚木を、優しい笑顔で見ていた。まるで世界に柚木しか居ない様に、じっと。笑顔自体も、いつも見せるどの笑顔よりも心が籠っており暖かい。
「うん。分かった。」
「どうだった?」
診終わったらしい。
柚木が自分の膝の上に二子川を乗せたまま話し出した。
「今のところ健康そうだよ。ちょっと、痩せ気味かな。あと、ここの毛が結構擦れてるけど…。」
「あぁ。それは大丈夫。」
(大丈夫じゃねーよ!)
柚木が擦れていると指摘したのは、二子川の腰の下の方だった。功が毎度擦りつけるからだ…。
折角の柚木の指摘を静流はあっさりと受け流した。
「あの…それで、虐待って…。しずくんは何故そんな風に思ったの?」
「う〜ん。何となくなんだ…。騒ぐ音とにこちゃんがきゃんきゃん鳴く音が、よく同居人の部屋から聞こえてね。」
「え!」
(それ、俺が襲われてる音だろ!聞こえてたなら、助けろよ!)
二子川は恨めしそうに静流を睨んだ。静流は如何にも胡散臭い、困った顔で話した。
「でも、にこちゃんはあくまで同居人の犬だから…。俺も余り踏み込めなくて。虐待しているかなんて、本人に聞いてもだし…。」
「そうだね。それでにこちゃんに何かあったらだしね。」
小芝居を打つ静流に、柚木は真剣な顔で頷く。丸っと騙されている。
「それで、せめてにこちゃんに怪我がないかだけ、こっそり知りたかったんだ。」
「なるほど。」
(どの口が…。)
真剣な雰囲気が流れる中、当の二子川は冷めた目で静流を見つめた。
「それで、柚木、定期的ににこちゃんを診てくれないか?」
「え?て、定期的に…?でも、それは……」
「にこちゃんの為に、頼むよ。」
「………しずくん、その…もうしずくんが、前みたいな事はしないでくれるなら…」
「なに?前みたいな事って?」
(?)
柚木の様子が明らかにおかしい。
柚木は言いにくそうに話すが、対する静流は含み笑いで聞き返した。
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