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逃亡、不可

…は、反射で走り出たけどどうするか…。
エレベーターホールに出てエレベーターのボタンを押す。
エレベーターが来て乗り込み、顔を上げた時だった。

「…!」

丁度向かいのエレベーターの扉が開いた。
見ると腕を組んだ鬼頭が乗っていた。仁王立ちで不機嫌に口を結んだ顔とがっしりとした体。
そのまんま仁王像だ。
目が合うと、こちらを睨む様に目がすっと細められた。
ちょっとちびった。怖すぎ。
そして恐怖のあまりパニックになり、うっかり屋上行きのボタンを押してしまった。

…死んだ。
土日ずっと何処かに隠れたい…。いや、隠れないとまずいだろ、これ。

屋上に着くと、久世はふらふらと外に出てベンチに座った。
頭を抱えて蹲る。
ちょっと寒い。でも風邪をひくと言う事は、生きてるって事だ。それだけで…

「…。」

あれ、これ…自分が上に行った事、鬼頭は分かるのか?
他人が乗ったエレベーターの表示をあまり気にした事がない。分からない。

「…。」

いや、大人しく下に逃げて何処かに身を潜めてー

「おい。」
「‼︎は…うぁ‼︎…う゛⁈」

また音もなく直ぐ目の前に鬼頭が立っていた。
驚いて声をあげると、眉間にシワを寄せた鬼頭に襟首を掴まれた。

「き、鬼頭さんっ!す、すすすみませでした‼︎あのっ、ちょ、な、何?何ですか⁈何⁈え?」

そのままズリズリと屋上の柵へ引きずられる。
これは、本気でやられる。終わる。
パニックだ!
流石に抵抗してみるも、鬼頭の手は緩まない。悪魔だからなのかなんなのか、力が異様に強い。
足が絡まるが、無理矢理引かれる。
そうこうしている間に、もう柵はすぐそこだ。

「あっ、やめっ…っ!ご、こわ…あっ!すみまっ、…っ‼︎」

バタバタともがく久世に舌打ちしながら、鬼頭は久世を持ち上げた。
まさか…遂に…。

「…あ、す、すみませんでした!すみませんっ!ごめんなさいっ‼︎ごめんなさいって‼︎鬼頭さん……っ!?」

殺されるっ!

「あ゛、すみっ、すみませ……ぁ゛ああああああ‼︎」

鬼頭は久世の言葉を無視して、その体を軽々と屋上から放り出した。

「うわぁぁぁああっ‼︎」

放り出され、びゅうびゅうと真夜中の冷たい風か頬に突き刺さる。
35階建てのビルの屋上から放り出され、支えをなくした身体が風の抵抗で不安定に煽られる。
走馬灯の様に今迄の思い出が頭を回り、悲鳴が叫び声が訳の分からない言葉が口から止め処なく洩れた。

あ、じ、じめん、も、し…!

「‼︎」

もう地面にぶつかる。と言うところで、また奇妙な浮遊感が襲った。
恐る恐る目を開けると、鬼頭が久世を抱えていた。


「…え?き、鬼頭さん…それ…」

鬼頭の背中には真っ黒なコウモリの様な翼が生えていた。
あぁ、悪魔と言えばそうですよね。
自分の中のもう一人の自分が冷静になって頷いた。

「こっちの方が早いからな。」
「は?…ぇっ、…っ‼︎」

それで説明終わり?
移動が早いから、35階から放り投げたの?
イラっとするがそれも一瞬で、鬼頭がバッサバッサと猛スピードで飛ぶので久世は必死でしがみついた。

「うゎっ、あっ、き、鬼頭さん、絶対離さないでくださいよ!離さないでっ‼︎」

ぶるぶると必死で鬼頭にしがみつく。すると何故か、くつくつと笑う音が聞こえてきて再びムッとする。
しかし誰か気づきそうなものだが、不思議と誰も気づかない。
これも悪魔所以のものなのか?

—————
ワイシャツ一枚。
いつか女の子にして欲しい思っていたが、まさか自分がする事になるとは。

「…すみませんでした…。」

ワイシャツ一枚で正座をして、今日何度目かの謝罪をする。
久世の前には仁王立ちで腕を組み、眉間にシワを避けた鬼頭がいた。
ちなみにワイシャツ一枚なのは萌えとかそう言うのではなく、漏らして濡れたからだ。高所恐怖症だから仕方ない。

「針と焼ごてどちらにするか?」
「……………え?」

意味が分かりそうで分からない。不穏な空気は読める。
顔に縦線を浮かべて聞き返す久世を鬼頭が鼻で笑った。
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