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逃亡、不可

ざっくり相関図
夏目 →(怖い、苦手、関わりたくない)→鬼頭
ごんごん→(実は尊敬、世話になった)→鬼頭
鬼頭→(可愛い弟子)→ごん
鬼頭→(ごんごんのペット、面白い)→夏目

—————
「夏目。」
「はい?」

呼ばれて振り返ると、鬼頭チーフがそこにいた。その後ろには、疲れた顔の久世もいる。

「あ、鬼頭さん、久世先輩!お疲れ様です!お久しぶりですね!」
「ああ。」

俺の後ろにいたごんが、鬼頭チーフにちろちろと駆け寄る。あぁ、鬼頭チーフとか、こんな危ない人と付き合わないで欲しいが、ごんにとってはある種恩人だからこういう反応は仕方ないのだろう。けど俺としては微妙な気持ちになる。

「今度、久世と旅行に行くんだ。お前らも来いよ。旅行代出してやるぞ。」
「「え?」」
「えー!良いんですか!」

「やった、やった!」とニコニコ騒ぐごんを他所に、久世と俺は固まる。

「で、でも…。」

チラリとみた久世は顔面蒼白だ。そりゃそうか。俺は久世を心配して固まったが、久世は自分と鬼頭チーフの事を俺たちに知られる恐怖から固まったのだろう。…いや、まぁ…実は、色々あって俺達は鬼頭チーフの趣向を知っている。きっと久世が無理矢理鬼頭チーフに付き合わされているだろう事も。だから驚きはない。寧ろ、心配している。

「き、鬼頭チーフ!あの、いや…っ、お、俺は、鬼頭チーフと2人で行きたいです!2人きりで、俺、つ、次はちゃんともっと頑張ります。お願いしますっ!つぎ…あの、次こそはっっ!き、鬼頭様っ!」

ほら…。久世はごんと俺が居るにも関わらず、必死で鬼頭チーフに縋る。声、丸聞こえだぞ…。最後は様付けだし…。まさか、そこまでされてるのか…久世。やはり、鬼頭チーフが俺たちを誘った理由は、久世への嫌がらせを兼ねてのようだ。本当に、鬼頭チーフは悪趣味で、絵に描いたような悪魔だ。


「な、夏目も、気まずいよなっ?なぁっ⁈」
「え?あ…うん。邪魔しても悪いですし、鬼頭チーフ、俺たちに気を遣わないで大丈夫ですよ。お2人で楽しんで来てください。」

涙目で久世に縋られ、俺も思わず味方をしてしまった。やんわりと鬼頭チーフの申し出を断る。俺が隠れて肘打ちすると、ごんもはっとした表情をした。

「そうですね。鬼頭チーフと久世先輩の邪魔をしてもですし…。」

「ちぇっ」と言う声が聞こえてきそうだが、ごんもすごすごと断る。

「……ははは、久世ぇ〜。」
「!」

乾いた笑いを漏らしたかと思うと、鬼頭チーフは久世を睨みつける。久世はその目をみて、体を僅かに跳ねさせ更に焦った表情を浮かべオロオロと視線を彷徨わず。

「う、うぅ…嘘…。」
「「え?」」

そして俯き久世が何かをポツリと呟く。ごんと俺は思わず聞き返していた。

「夏目!ごんごん!どうか…どうか、俺たちと旅行してくれっ!ほらっ、鬼頭チーフ凄い稼いでるから、ただで良いホテル泊まれるぞ!ガバガバ金を毟り取ってくれ!」
「…。」

もう久世がどんな気持ちなのかよく分からない。最後の方は鬼頭チーフへの若干の恨み節の様にも聞こえる。だ、大丈夫か?ただ、有り余る恐怖心だけは伝わってくる。

「なつ先輩、これ、行ってあげないと、久世先輩がヤバくないですか?」

ごんがひそりと俺に話す。

「え、でも…。」

久世の事は何度も助けようとしたが、全然上手くいかない。ならば、知らないふりをしてやりたい。あと、友達の凌辱プレイとか絶対見たくないぞ…。

「久世、5分後に次の会議だぞ。あと2分で話をつけろ。」
「!」

鬼頭チーフが手の上でノートパソコンを開き、予定表を見ながら久世に行った。久世はその言葉に更にガクガクと震える。

「あ、夏目ぇ〜、お願いっ!お願い!来て‼︎ごんごんも!来たいよなぁ⁈」
「え!俺は…行きたいです!」

涙目の久世に、ごんはニコニコと答える。…ごんも、やっぱりなんというか、精神構造が鬼頭チーフよりなんだよな。

「夏目!」
「う、うわっ!」

久世ががばりと俺に掴みかかる。ばさりと久世持っていた荷物が落ちるが、久世はそんな事に構ってはいられないようだ。俺はその勢いに、思わず一歩引いてしまう。

「おい。あと1分だぞ。」
「っ‼︎‼︎行こう!なっ!夏目!助けて…!助けて、夏目ぇ〜‼︎」

なんか、話が変わっている!俺を掴む久世の手が、恐怖でか緊張でか、冷え切ってて震えてて、怖い。

「なつ先輩…。」

ごんも心配そうに久世を見て、俺に声をかける。

「わ、分かった…行こう。鬼頭チーフ、お供させて頂きます。」

ついに俺も頷いてしまった。久世がほっとしたように手を離す。…久世が一体鬼頭チーフに何処まで酷い目に合わされているのか、垣間見えたのが恐怖だ。

「おい、久世、荷物さっさと拾え。そんな事して会議資料無くしたら、罰だぞ。あと、宿の予約しとけよ。」
「…はい。」

そして、とぼとぼと鬼頭チーフに連れられて久世は去っていく。

「うーん。あそこまで飼い馴らすのって凄いなぁ…。」
「…目をキラキラさせるなよ。」

ごんが鬼頭チーフに羨望の眼差しを、向けるのがまた嫌だ。

————
結局俺たちは那須に行く事になった。集合場所は、ホテルの送迎バスが出るバス停だ。そこへ向かうと、鬼頭チーフと久世がいた。

「鬼頭さん、鬼頭さん!このキャップ良くないですか?なつ先輩に買って貰いました!」
「あぁ、いいな。那須とはいえ、暑いからなぁ。ただ権野、どちらが上かはハッキリさせろよ。」
「ふふ、そこは勿論、夜になれば…「き、鬼頭チーフ!今日はありがとうございます!」」

ごんが恐ろしい事をペラペラ喋り出しそうなので、俺は入りたくもない会話に割って入った。

「はは、今日は無礼講でいいぞ。」
「はい。…あ、あの…。」

鬼頭チーフの後ろに目をやると、俯いた久世がいた。肩に力が入り、立っているのもきつそうに見える。

「久世は…大丈夫ですか?乗り物酔いですか?」
「ああ。大丈夫だろ。ほら、久世!何か喋れ。…ふっ、お前が喋らないなら、俺がお前の事2人に説明しておこうか?」
「あっ、す、すみませんっ!…ふっ、夏目、ごんごん、おはよう…。」
「お、おはよう?」

…だ、大丈夫か?久世は幾分息を荒げて、頬が赤い。苦しそうだ。いや、何か、確実に何かされているだろう。

「鬼頭さん、何入れてるんですか?」
「はは、貞操帯にエネマバイブ。」
「わー、痺れますねぇ〜。」

お前ら!だから、丸聞こえだって!痺れないし!大丈夫かと久世を見るが、それどころではないようだ。話が頭に入って来ていないようで、汗が凄い。

「お、おい、久世、ちょっと、あの、トイレとか行くか?」
「あ、う「久世。」」

さりげなくトイレに誘おうとするが、鬼頭チーフに後ろから声をかけられて、久世はびくりと動きを止める。

「バス、もう乗るよな?」
「ふっ、…ぐ。…乗ります…。」

鬼頭チーフに高圧的に言われ、久世はなすすべなく頷く。想像以上に鬼頭チーフはえげつない。バスに乗る際、俺はごんをひっぱり意図的に久世達から離れた。

「どうかしました?」
「久世も、知られたくないだろ。」
「あぁ。でも、なつ先輩が無駄な事すればする程、久世先輩が虐められますよ?」
「まぁ、とは言えだろ…。」
「ま、良いですけど…。それより、俺、昨日の会議めちゃくちゃ頑張ってー」

後ろから見ていると、鬼頭チーフが久世の肩や腰を押し、その度に久世の体が跳ねる。ぐったりとしても尚、鬼頭チーフはしつこく久世に顔を寄せ、体に触れたり…凄いな…。バスの中で、人は幸いまばらで気づかれてなさそうだけど、あんなん地獄だな…。

「ねー、なつ先輩、俺の話し聞いてます?」
「んー、分かったって、」

ごんがなにやらぶーぶー言っているが、俺は適当に受け流していた。

「!」

鬼頭チーフが久世の背もたれにも手を回し、何か言った瞬間、久世が急に丸まった。体が僅かにしか見えないけど、ブルブルと震えているように見える。

「あの…大丈夫ですか?」

見かねたように、通路を挟んで隣に座る女性が久世達に話しかけた。え、流石に、不味いだろ。

「き、鬼頭チーフ!久世!外!外に、凄い、牛いる!」
「あぁ?」

俺は何とかしたい一心で、助けになるは分からないが鬼頭チーフと久世に向かって声をかける。2人は振り向き、外に目線を向けた。…良かった。鬼頭チーフの意識が久世からそれたせいか、久世はもう震えていない。ぐったりと座席に沈み込み、外を見ていた。声をかけた女の人も、外へ目線を向けた。

「…はぁ、良かった…。」
「…なつ先輩…。」
「ん?…!」

呼ばれて振り向くと、急にごんにキスをされる。

「はっ、馬鹿!外で、なにする!」
「…。」

最後尾に座ってるとは言え、俺はごんを叩いた。しかしごんはそんな俺を不満気に目を細めて見つめ、キスした口元をぺろりとなめた。

「久世先輩に気を回すのも良いですけど、なつ先輩、俺を蔑ろにしないでくださいよね?」
「あっ、」

そしてまたガブリとキスされた。ごんにキスされ迫り上がる劣情に、俺は息を乱した。

「ホテルでもこんな調子だと、俺も暴走しちゃうかも知れませんよ。そんなの、なつ先輩が困りますよね?」

ごんがニコリと笑った。そうだった。えぐい奴は、隣にも居たんだった…。俺だって、ごんとの事を久世に知られたくない。俺はやはり、この旅行へ来るじゃなかった…。1人後悔の念を募らせた。
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