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逃亡、不可

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」

俺はキョロキョロと後ろを振り向きながら、足早に暗い廊下を進んだ。早く…、早くここを出ないと、捕まる。

「ふっ、」

カタカタと震える手を何とか押し留め、俺は自分のカードキーを鞄からだした。

「…っ、あ、」

カタン。
不味い。手が震えるから、カードキーを落としてしまった。足も震える。足元がおぼつかない。俺はガクガクと震えギクシャクした動きでかがみ、カードキーに手を伸ばした。

「!いっ…。」
「…よぉ。」

しかしその伸ばした手を踏まれ、遂にがくりと膝をついてしまう。俯く。顔を上げる事が出来ない。

「なぁにしてんだ。こんなところでよぉ。久世〜。」
「…。」

上から聞こえる不機嫌な声に、ダラダラと冷や汗が流れる。何と答えたら良いのか…。見つかったなら言い訳だ。なにか、言い訳をしなければ。しかし良い言葉も思いつかない。

「おいっ!」
「ぐっ!」

痺れを切らした声の主、鬼頭が俺の髪を掴み、強引に俺を引き上げる。

「いっ、だ…、す、すみません…。」

俺は焦ったように謝罪の言葉を述べた。もうそれしかない。

「すみません!…あっ、痛っ、か、勝手に…すみませんでした…。」
「……へー。それで?」
「…え?」

それで?これ以上、何をどうしろと…?しかし俺の反応が気に食わなかったらしい。鬼頭は鋭く目を細め、俺を睨む。

「…あぁ゛?久世〜、お前が、逃げようとした事なんて分かってんだよ。逃げたのは、まだ自分の立場を理解してないからだろ?」
「え、やっ、ちょっ、まっ…っ!」

急にパッと離される手。俺は受け身も取れず、どちゃりとその場に崩れ落ちた。

「そ、それはっ「で、それで?」」

俺はぐっと黙る。そして土下座の体制を作り、頭を床に擦りつけて言った。

「鬼頭様の奴隷にも関わらず、勝手に帰ろうとして申し訳ありませんでした。」
「……。」

こんな馬鹿な事、休日とはいえ会社でやっている事に、全身がカッと赤くなる。しかし、チラリと覗き見た鬼頭は、まだ納得していない様子だった。何も言わない。でも、これ以上言ったら…。

「…。」
「久世ぇ〜。」
「っ!」

鬼頭の目が赤く光る。それをみて俺は慌てて言葉を続けた。

「…っ、よ、宜しければ、今夜も、どう、か…、俺に相手をして下さい!」
「…。」

決死の思いで、と言うよりも、もはや死人の気持ちで俺は言い切った。鬼塚は相変わらず何も言わない。

「…ふっ、俺に、奉仕させて下さいっ。」

怖くて怖くて、更に縋る。何で、したくもない事を、地面に頭を擦り付けて乞わなければならないのか。ムカつくが、逆らえない…。

「………は、ははっ。」

鬼頭が笑う。聞きほどよりも幾分機嫌が良い。しかし折角鬼頭の機嫌が治っても、俺の気持ちは暗く沈む。
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