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無自覚アブノーマル

「くそっ!」
その日の夜、本田は一人部屋で枕を殴り悪態をついていた。
「なんなんだ、黒崎っ!」
頭をガリガリとかきむしる。
「昨日の今日で…っ!態度はコロコロ…てか普通、今日は無理矢理でも俺に迫るだろだよ!」
…いやいやいや!何を言っているんだ。口から言葉が出た直ぐ後、本田は自分に自分で驚く。これでは寧ろそうして欲しいみたいだ。
して欲しくはない!絶対ない!
「くっそ!あ゛ー、溜まってんのかなぁ…。遅いけど今からマッサージ行こかな…。ぐぁー、でも、明日、朝から取引先行かないとか…。」
ぼすりと乱暴にベッドへ寝転ぶ。
「はぁー、もう玩具買っちゃおうかな。…いや、でも流石にそれは…アウトだよな…。一線を超えるよな。俺は…普通なんだから…。」
家に専門の玩具は置いていない。置いてしまうとズルズルと普通から逸れる気がするからだ。
自分のアブノーマル好きは自覚しているが、それをやすやすと容認する事は出来ない。
「もー!お前のせいで俺の人生プランが壊れるんだよ!黒崎ぃっ!」
本田は一人布団の上でごろごろと悶える。
まずはあの動画を消させるんだ。そしてまた、《普通》にやり直せば良い。
「…」
しかし、策なんてそうそう簡単に出てこない。
ため息をつき、ゴロンと寝返りを打つ。
…弱み…。
「………そうだ!」
本田はベッドの上にガバリと起き上がり、ニヤリと笑った。
黒崎を陥れて、自分が被害者と立証できる証拠を得るのだ。
それをネタに、逆に強請ってやる。
「ふふふ、黒崎…お前を俺の体で陥れてやる…」

———
「おはようございます!」
「…おはよう。」
会社の地下駐車場。本田は後から来た黒崎に笑顔で挨拶をする。
今日は朝から黒崎と取引先への挨拶回り。計画実行には好都合だ。
本田の満面の笑みに、黒崎は一瞬不審そうに眉を潜める。
しかしそんな事もどこ吹く風、挨拶回りも順調に進み会社に戻る頃、本田は本格的に動いた。
徐に路地裏に車を停める。こっそりとポケットに手を伸ばし、スマホの音声録音ボタンを押した。
ここで黒崎が、本田へ行為を強要する証拠音声をとる計策だ。
「黒崎さん。」
準備を終えると、隣でパソコンを弄っていた黒崎の手に自分の手を重ねた。
「…。」
上目遣いで媚びるような視線を黒崎にむける。
最初は不審気だった黒崎だったが、直ぐに本田の意図するものに気づいたようだ。パソコンを閉じると、こちらに向き合ってきた。
「なんだ?」
そして不敵に笑う。
その微笑みの黒さに、思わず顔が引きつる。
「…く、黒崎さん…。」
「だから、何?」
出来れば音声データを聞いた時に、自分が誘っている雰囲気を残したくない。
しかし黒崎は、中々決定的な言葉を言わない。
…仕方ない。
「…は、はぁ…ちょっと、暑いですね。」
「…。」
本田はわざとらしく手で煽ぎ、ネクタイを緩めると胸元のボタンを外した。
シャツを持ちパタパタと煽る。
黒崎の視線を感じる。
「黒崎さんは、暑くないですか?」
意識して熱い視点を黒崎に投げ、黒崎の肩に控えめにすり寄った。
「煽っているのか?」
「…え?別に…煽ってなんか、していません。…えぇ⁈何ですか?それとも黒崎さん、もしかして俺の事、そんな性的な目で見ているんですか⁈」
「……ふーん。」
少々小芝居じみてしまった…。
不味いかなと思ったが、黒崎は何やら考える素振りをみせた。
そんな姿に少し焦ったが、特に気にしていないようだ。
不意に黒崎の目線が本田の唇に落ちた。
く、くるか…!
息を呑み目をギュッと瞑り、キスを待ち受けた。
「……?」
あれ。…何もない。
数十秒も経つと、流石に事のおかしさに気づいた。
本田は薄ら目を開けた。
「…あっ」
目を開けた先には、近距離、本田と唇が触れる寸のところで口の端を上げた黒崎がいた。
「『あ』?」
おもわず間抜けな声を漏らした本田を、黒崎が笑う。
「…⁈なっ、なんっ…⁈」
黒崎には全部お見通しだったようだ。
そう認識すると、途端に羞恥心がこみ上げ、どうすることも出来ずにただただ口をパクパクさせてしまった。
「11月12日、16時半、今日の気温は15度だ。」
「…は?」
一人おたおたしていると、黒崎が冷静な声で急に今日の気温を述べる。
「秋口にしては暖かいな。しかしそんな中、本田は自ら第3ボタンまで開けて煽でいるが、そんなに暑いのか?」
「え?…あ、暑いです…?」
「そうか。もしかして熱があるのか?大丈夫か?」
そう言うと、黒崎は本田の体に手を滑らせ首元を触った。
「…っあ、」
冷たい黒崎の手に、身体がビクつく。
最初は栗立っていた肌に、次第にもやもやとしたものが湧き上がる。
「ん?なんだ?変な声をだして。本当に大丈夫か。」
「だ、だだ大丈夫ですっ…」
「ふーん」
首から肩、そして胸。
「…んっ!…あっ、なん…」
急に黒崎の手が引かれ、思わず切ない声を出してしまった。
「本田、お前なんで勃起してんだ。」
「…っ!」
黒崎は口の端を上げ、意地悪く笑っていた。
「仕事中に何をしてる。もしやこれは、上司へのセクハラではないか?」
「は⁈ちが…っ違いますっ!」
あーも!
内心頭を掻き毟る。
何で毎度寸止めなんだよ‼︎早く襲えよっ!
いや、なんか本来の目的から逸脱してきている気もするけど。
もはや自分が自分でどうしたいのかがよくわからない。
「…本田、」
「な、何ですか?」
「俺、付き合ってる奴いるから。」
「…え?」
それだけ言うと、黒崎はあっさりと本田から身を離した。
「あとこれ気付いてる。」
そして放心している本田のポケットからスマホを取り出すと、録音のスイッチを切った。
…え。
……えーーー‼︎
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