このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

無自覚アブノーマル

普通がいい。
この拘りが形成され始めたのは、小学生の時。
本田の家はボロいアパートだった。
家に着くと、慣れた調子でポケットから出した鍵でアパートに入る。
「ただいまー」
10月の夕暮れ、自分の声が響く室内。声に返事はなかった。
見渡すとテーブルにはコンビニのおにぎりが置かれていた。
とぼとぼとテーブルに近づき、椅子によじ登ると、置かれたおにぎりに手を伸ばしてかぶりついた。
「…」
音がない。
ふとそんな事を考え、テーブルの上にあるリモコンのボタンを押す。
ドラマのワンシーン、テレビに暖かい家庭の一家団欒映し出される。
暖かそうな家族の集いを、隙間風もある寒い室内でじっと見入ってしまう。
「…ふんっ」
本田は鼻を鳴らしてチャンネルを変えた。
これが子供時代の思い出。
《普通》
それを嫌がる奴もいるが、本田には欲しくて欲しくて堪らないものだった。
大人になったら、それなりの会社へ勤めて《普通》に稼いで、《普通》に結婚して、《普通》に子供を作って、《普通》に暖かい家で一家団欒する。
なんの心配もせずに、ただただぬくぬくとした心地よさを甘受する。
それが欲しい。そう強く思った。

「…というコンセプトです。」
「…。」
話終わると、こちらに集まっていた視線がプレゼント相手の上司、黒崎に向く。しかし黒崎は自分のノートパソコンに目を落としたまま、何も言わなかった。
会議室に気まずい沈黙が流れる。
「は、はい!では次、深谷のピッチ!続けて!」
何だよ。コメントなしかよ。
平静を装うが、内心イラつきながら席に座る。
こっそりと黒崎を睨んだ。
仕事は出来て顔も整っているから、社内では人気だ。しかしいつも目は冷たく据わっており無表情。
憧れを抱く奴もいるが本田は嫌いだった。
「あっれー、本田また残業?」
「ああ。もう少しこのスキームはブラッシュアップして精度を上げたいから。」
昼の怒りを糧に定時後も仕事をしていると、営業部ライバルの深谷に話しかけられる。
「はは、ご苦労様だな。そんなだから、彼女にもすぐ振られんたんじゃね?」
「煩いな。無駄に絡むなよ!とっとと帰れよ!」
シッシッと深谷を追い返す。
深谷もきっと本田同様、こちらの事を敵視してよく思ってないのだろう。それなのにこうしてよく絡んでくる。訳の分からない男だ。
本田に追い出されると、深谷は笑いながら帰って行った。
「…はぁ…」
こんなのに構ってはいられない。
《普通》は簡単そうに見えて、中々手に入らないのだ。
だから、その為にはどんな苦労でもすべきなのだ。
「もうこんな時間か。」
暫くしてふと時計を見ると、もう深夜の11時近くだ。オフィスの照明はほぼ消えて、自分の席の上しか光は灯っておらず薄暗い。
そろそろ帰るか…。
その前に…
ひと伸びして席から立ち上り、黒崎の席へ向かう。
カチャリ…
そしてその椅子に足を置き、スラックスから自身を取り出した。
「…うっ…っ」
椅子に片足を乗せ、自慰を始める。
「はぁっ」
こんな事やめないと…。倫理的にも、《普通》という観点からもよろしくない。
そう思うのに。
自分でも謎だが、性癖なんて得手してそんなものだろ。
あと、普通に黒崎がムカつく。こうやって汚すと気休めになる。
「くっそ…はぁっ、発表してやってんだからっ、…っ、なんか、コメントしろやっ!」
抜きながら、積もり積もった黒崎への不満を述べる。
「っ!…っう」
程なくして本田は極め、黒崎の椅子に吐精した。
「…はぁっ、はぁっ、ふー…あーくそっ、手汚れたし…」
手を拭こうと振り返った格好で本田は固まった。
目線の先には、いつもの如く鋭い視線をこちらへ向けた黒崎がいた。暗がりの中、据わった目がこちらを見据える。
2/26ページ
スキ