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【完結】取引先の上司がストーカーです

「碧くん、罰ってこう言う事だからね。気をつけようね。」
やっと解放されて、くたりと糸が切れた人形の様に転がる碧を、隣に座った殿村は愛おしげに撫でた。
「あと、次の土曜日空いてる?」
「…空いてない。」
「本当?また嘘ついてないよね?」
「……空いてる。」
「あはは、何で嘘つくの?朝からどっか行こっか。でも金曜日が壮行会だから、お昼前からが良いかな?」
「…何でも良い。」
「そう?じゃぁ、折角だし、金曜日の夜からにしよっか。」
「土曜日の昼前からでお願いします。」
「ふふ、分かった。」
あんな事をした後ににこにこと笑っているのがまた怖い。思わずビビって本当の事を言ってしまった。
そしてここで寝るのは不味いと思いつつも、思わずうとうとと、碧はそのまま寝てしまった。

————
「滝川、小竹向さんへの挨拶もだが、殿村さんへも挨拶しておけよ。」
「え。」
「あはは、あの人、本当に綺麗な人ですけど、怖いですよね。海南物産でも影では人気だけど、怖すぎて表立っては誰も近づけないらしいですよ。」
海南物産の壮行会へ無事参加している、部長と七緒と碧。小竹向さんへの挨拶を終えて一度席へ戻ると、部長は碧に、殿村へも挨拶をしろと耳打ちした。及び腰な俺を七緒が笑う。
(…違うんだ、七緒…。俺は、俺は殿村に…。考えると股間がスースーする。)
視線を奥へ向けると、人に囲まれ、涼しい顔で、かつ美しい所作で食事をする殿村がいた。その顔は冷たく事務的だが絵になる。この前の変態ぶりとは凄い違いだ。
「はぁ…。」
「お久しぶりです!部長さんと七緒と…ついでの滝川。」
「…矢野、久しぶり…。」
「…。」
碧のため息を消すように、煩い声が響く。NT社の矢野だ。正にスポーツマンという爽やかな見た目だが、碧とは昔からの知り合いでライバルだった。碧は、矢野が実は腹黒いという点を熟知していた。
碧は内心、矢野の挨拶を無視したいと感じていたが、人目を気にしてポツリと社交辞令を述べる。七緒も最近は仕事で矢野と関わる機会が増えている。だから矢野の本性に気づいているのか、矢野の挨拶を無視してビールを飲んだ。
「あぁ、矢野くん、久しぶりだね。」
「お久しぶりです!部長さん!」
矢野の本性を知らない部長は、笑顔で挨拶をした。
「七緒、来るなら教えてくれればいいのに!」
「…。」
矢野がニコニコと七緒に話しかけるが、七緒はまるでそこに矢野が存在していないかの様な態度だ。無視してもぐもぐと食事をしている。
「あ、七緒、」
「先輩、殿村さんがこちらを見ています。挨拶に行きましょう。」
流石にこんな明らかな無視も宜しくない。碧が矢野と七緒の仲を取り持とうとした時、七緒が碧を遮って提案した。
確かに、気づけば殿村はこちらをじっと見ていた。
碧は重い腰を上げ、殿村が座る奥の席へと向かった。
「殿村さん、お疲れ様です。私たちまでお呼び頂いて、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
部長に促され、碧は小声で呟く。
「…いえ、こちらこそ、うちの小竹向の送別会にお越し頂きありがとうございます。」
どうやら仕事モードらしい。事務的で感情があまり乗っていない笑顔で、殿村は部長に挨拶した。
思ったより大丈夫そう。
「では、これで、」
「ちょっと良いでしょうか?」
「はい?」
はい?
部長が殿村にお酌をし、もう戻ろうかという所で殿村が碧達を呼び止めた。
「滝川さんに少し確認したい事がありまして…。」
「!」
「確認したいこと…?」
部長が首を傾げる。先日の事がある。碧は恐怖で身構えた。七緒も探るような目を殿村に向ける。
「はい。システムの事で少々。」
「あぁ‼︎それならどうぞどうぞ!滝川、しっかり説明して差し上げろよ。」
「…え。」
結局、碧は殿村の隣に取り残されることとなった。七緒がそんな碧と殿村をチラチラと見ながらも、席へ帰っていった。
「と、殿村さん、まだ、説明で足りないところがありました?」
「はい。あの、データ分析機能なんですが…」
「あ、はい。」
なんだ。警戒したが、割と真面目な質問だ。
碧は内心胸を撫でおろした。
「当該機能が活かせる主なシーンですが、主に2つ程、実例がありまして…」
「ふっ、碧くんのお仕事の話している姿好き。」
「は?」
碧は何事かと殿村を見る。殿村は何処かうっとりとした顔で碧を見つめていた。
急にキャラ変えるの本当やめて。
呆気に取られる碧を笑い、殿村は小声で続けた。
「いつかこっそり会議室とかでもしたいよね!碧くんがプレゼンして俺がその碧くんに挿れるとか。いや、寧ろ、挿れられた感想を碧くんがプレゼンして…」
「シっ、システムの話はもう良いですか⁈」
何この人!真面目な顔してどんな変態プレイ想像しているの⁈
碧は聞きたくもない話を遮り、大きめな声で抗議した。周囲の目が一瞬、殿村と碧へ向く。
「まだまだ足りませんよ、滝川さん。」
「…本当かよ。」
「それにほら、あんまり騒ぐと変な目で見られますよ。」
「…。」
確かに…。
碧は浮かせていた腰を、渋々と殿村の隣へ下ろす。
「…いつもそんな事考えているんですか。」
「はは、やきもちとか可愛すぎるでしょ。大丈夫だよ。碧くんでしかそんな事考えてないから。」
嬉しくないんだが…。
「さっきは、向こうに座る碧くんを見ながら、壮行会前にやって、少しだけ碧くんの中に俺が出したの残しといて、俺の匂いを漂わせながらも溢さない様にと碧くんを頑張らせるプレイとか考えていてさ、」
「…ね、本当!やめてくれる⁉そんな事…。…え。ま、まさか本当にはしないよね…?」
「ふふ…。」
やるって…やはり殿村の中でそこは決定事項らしい。健全な友だちなはずなのに。
顔を引きつらせて恐る恐る聞く俺に、殿村はにこりと笑った。
にこりって…。
先程、俺をじっと俺を見ていた殿村を思い出し身震いする。いや、じっと見られたのは覚えているだけでも数回ある。まさか、その度に変な事考えていたのか?
「殿村さん、お疲れ様です!NT社の矢野です。」
「あぁ、矢野さん。どうも、今日は来てくれてありがとう。」
助かった。
矢野の登場に、殿村は変態の顔をスッと引っ込めた。
「殿村さん、どうですか、うちのシステム。良いでしょう?滝川さんのところのシステムよりも。」
意地悪く笑った矢野がチラリと碧をみて、殿村に言う。
出た出た。矢野の嫌なところ。
「そうだね。まだ選定中だが、両社とも、中々良いシステムですね。」
しかし殿村の回答は至って冷静だ。矢野は殿村の回答に不満気な顔をした。
「そうですか…殿村さん、宜しければ、私、それの事でもお力添え出来ます。」
「…。」
矢野がくいっと顎で俺を指す。すると殿村と矢野、2人そろって碧をじっと見つめた。
な、何?なんで俺を見る?
2人の視線に嫌な含みを感じ、碧は何故か隅に追い詰められた小動物の如くビクつく。
「…君が一体どう協力出来るのかな?」
「昔からの腐れ縁なんです。大方、何でも知っていますよ。」
「ふーん?」
依然として淡白な反応の殿村に、ニコニコと爽やかな笑顔の矢野。2人はチラチラと蒼を見ながら、再びなにやらヒソヒソと続ける。
「そうですね、例えば、酒には案外弱くなく、飲ませても寝ることはありません。日常的な長残業により、恒常的に寝不足です。たらふく食べさせれば、23時以降は何処でも寝始めます。ただ、酒に酔うと異常に口が軽くなるので、話を聞き出す時はお勧めかと。」
「…それで?」
「流されやすく単純なので、誘導するのは容易いです。またご所望であれば、スマホのロック番号は、大方、1234か2525です。他にも習性や好み、色々承知していますよ。」
「なるほど。因みに、もしかして君がよからぬ事を考えている訳ではないのかな?」
「ははは、まさか。私は…。」
矢野がチラリと七緒をみた。それをみて殿村が頷く。
「なるほどね。確かに、君は優秀なようだね。また話を伺いたい。もっと詳しく。」
「はい。こちらこそ、是非。我が社のシステ共々、どうぞよろしくお願いしますね。」
よく聞こえなかったが、何かが成立したらしい。矢野が笑顔で差し出した手を、殿村がとり握手をしている。
不味い。ここまできて、矢野に持っていかれるなんて。
「と、殿村さん、その…うちのシステムの事も、追加説明はいつでも致しますので、御用の際は是非オフィスへご連絡下さいね。」
「……オフィスへ…ね。」
うっ。
冷血美人と言われるだけあって、仕事モードの殿村にじとりと見られると、瞳の鋭さにたじろいでしまう。
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