【完結】取引先の上司がストーカーです
「よー、おかえ…り…?」
「…」
「なんかあったか?」
碧の顔がよほど曇っていたのか、流石の矢野も戻ってきた碧を見て真剣な顔になった。
「…何もない…。」
「…そうか。」
「…」
「いや、嘘じゃん。」
「…。」
何も言わずにアルコールを煽る碧を見て、矢野が溜息をついた。
「はぁー…。よし!もう何も聞かん!お前の介抱はしてやるから。」
「…ありがとう。」
またアルコールを飲み、小さく礼を述べる碧を見て矢野が困った顔で笑った。
そうだった。矢野は薄情な癖して、忘れた頃に優しい。だから腐れ縁が切れないんだ。
「うぇっ…っ、ゲホッっ」
「あぁ、待て待て。ネクタイ垂れんぞ。」
ホテルのトイレの個室、便器に向かって嘔吐する碧の背中を矢野が摩っていた。
「矢野ー、滝川どう?大丈夫そ?」
「やー、もうちょっと吐かせないと無理かなぁ。」
「そっか…。二次会どうしよっか?」
「先行ってて。滝川にある程度吐かせてから追いかける。」
「分かった。これ、ミネラルウォーター。滝川に。」
「ありがとう。」
矢野が他の友達との会話を終え、ペットボトルを渡してきた。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「うん…。本当、すまん…。ゲホッ…。」
「ま、いいよ。海南物産の契約は俺が取っちゃったしな。」
「…矢野。」
碧が気兼ねするのを案じて、矢野が茶化して言った言葉に反応してしまった。矢野もその反応に含むものを感じたらしい。摩る手を止めて、碧の言葉を待った。
「俺…殿村の事…、好きみたいなんだ…。」
碧は矢野を見上げて白状した。
誰かに言わないと、苦しくて耐えられなかった。
「…え、本当?」
矢野はそうなるとは思っていなかったのか、目を丸くして聞き返してきた。
碧はこくりと頷く。
「良かったじゃん!それ、めでたいぞ!両思いってやつじゃん!」
「…でも…もう無理なんだ…。」
言ってしまうとじわりと切なさが噴き出してきて、涙が出てきた。
「え?何で?殿村さん、お前の事あんなに…」
「殿村にはもう、別の人…っ、なのに、俺は今更…すっ好きで…っ」
「…。」
矢野が碧の言わんとする事を察して、口を閉じた。
嘘みたいな量の涙が出て、言葉が詰まる。
「あいつは、変態で、いつもハァハァ言ってるし、…ぅ、裏表激しい変質者なんだ。けど、俺のつまらない話しも真剣にちゃんと聞いてくれて…」
ぼたぼたと大粒の涙が流れる。言葉が堰を切って溢れ出た水の様に、どんどん溢れ出し止められない。
「困った時には、どんな時でも、駆けつけてくれて、助けてくれて…ふっ、…」
「…」
「先の事も考えてくれてて…っ、やろうとしてる事は、ただのストーカーだけど…でも、これって、馬鹿なんだけど…頭っ、おかしいんだけど…嬉しかった…。」
矢野は黙って頷いた。
「か、髪も、優しく…っ、乾かしてくれる…馬鹿みたいに、毎度…大切にされているみたいで、それが凄く…ふっ…ううっ」
「…そうか…。」
「俺は、好きなんだ…。今更、どうしようも無いのに…殿村が、好きなんだ…。」
「そうたな…。」
すると矢野は急に泣く碧の手を掴み、ペットボトルの水を強引に飲ませた。
「とりあえず、口濯いどけ。」
「…え?あ、ありがとう…」
何故急に…。
碧は混乱しつつも、涙を拭きながら口を濯ぐ。
矢野はそんな碧をふっと笑い、トイレの出口に目線を向けた。
「ですって。殿村さん。」
「!」
矢野の言葉に、碧はペットボトルを床に落とした。
「…あ」
今まで蹲っていた個室から飛び出し、出口を見た。そこには真っ直ぐにこちらを見据える殿村が居た。
少し驚いたような顔で立ち尽くしている。
「…楓…っ」
しかし碧が声をかけると、殿村ははっとして小さく頷いた。
「今まで、ごめんっ。今も、ごめん。今更ごめん!けど、俺、楓が好きだっ」
碧は堪え切れず、殿村に抱きついた。
「碧くん…。」
あぁ、言ってしまった。
折角、殿村は新しい人生を歩んでいたのに。邪魔してしまった。
怖くて、罪悪感が重くのしかかり顔が上げられない。
「ありがとう。嬉しい。」
「!」
想定外の返答に驚き見上げた殿村は、至極幸せそうに笑っていた。
「…楓…え?でも、さ、さっきの新しい彼女は…」
「さっき?…あぁ、親に言われて会っていた人だけど…断る。」
殿村は手を伸ばし碧の体を引き寄せた。
「だって俺は、最初からずっと碧くんだけが好きだから。」
見上げた殿村は喜色満面に溢れていた。
「もう何かを碧くんに強要したりは絶対にしない。ただ碧んが自分の意思で、また一緒に居てくれるなら、俺はそうして欲しい。」
そして優しくキスを落としてくる。
「先輩、スマホ煩いからバイブ切って下さい。」
「ごめん。忘れてた。」
会社にて、七緒が碧のスマホを睨んで呟いた。
再び、碧のスマホが殿村からの怒涛のメッセージで震える日々だから、七緒もストレスが溜まるらしい。
「滝川。」
ぶつくさ言う七緒に謝っていると、部長に呼ばれた。
「はい。なんでしょう。」
「海南物産から新しいシステム導入の依頼がきているから、この後、七緒と内容伺いに向かってくれるかな?」
「はい。」
「今度は部下に押し付けるなよ。」
部長は心持ち厳しい声色に変えて碧に杭を刺す。
「はい。今度はしっかりと自分で進めます。」
碧の意思ある言葉に、部長がにこりと頷いた。
「…」
「なんかあったか?」
碧の顔がよほど曇っていたのか、流石の矢野も戻ってきた碧を見て真剣な顔になった。
「…何もない…。」
「…そうか。」
「…」
「いや、嘘じゃん。」
「…。」
何も言わずにアルコールを煽る碧を見て、矢野が溜息をついた。
「はぁー…。よし!もう何も聞かん!お前の介抱はしてやるから。」
「…ありがとう。」
またアルコールを飲み、小さく礼を述べる碧を見て矢野が困った顔で笑った。
そうだった。矢野は薄情な癖して、忘れた頃に優しい。だから腐れ縁が切れないんだ。
「うぇっ…っ、ゲホッっ」
「あぁ、待て待て。ネクタイ垂れんぞ。」
ホテルのトイレの個室、便器に向かって嘔吐する碧の背中を矢野が摩っていた。
「矢野ー、滝川どう?大丈夫そ?」
「やー、もうちょっと吐かせないと無理かなぁ。」
「そっか…。二次会どうしよっか?」
「先行ってて。滝川にある程度吐かせてから追いかける。」
「分かった。これ、ミネラルウォーター。滝川に。」
「ありがとう。」
矢野が他の友達との会話を終え、ペットボトルを渡してきた。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「うん…。本当、すまん…。ゲホッ…。」
「ま、いいよ。海南物産の契約は俺が取っちゃったしな。」
「…矢野。」
碧が気兼ねするのを案じて、矢野が茶化して言った言葉に反応してしまった。矢野もその反応に含むものを感じたらしい。摩る手を止めて、碧の言葉を待った。
「俺…殿村の事…、好きみたいなんだ…。」
碧は矢野を見上げて白状した。
誰かに言わないと、苦しくて耐えられなかった。
「…え、本当?」
矢野はそうなるとは思っていなかったのか、目を丸くして聞き返してきた。
碧はこくりと頷く。
「良かったじゃん!それ、めでたいぞ!両思いってやつじゃん!」
「…でも…もう無理なんだ…。」
言ってしまうとじわりと切なさが噴き出してきて、涙が出てきた。
「え?何で?殿村さん、お前の事あんなに…」
「殿村にはもう、別の人…っ、なのに、俺は今更…すっ好きで…っ」
「…。」
矢野が碧の言わんとする事を察して、口を閉じた。
嘘みたいな量の涙が出て、言葉が詰まる。
「あいつは、変態で、いつもハァハァ言ってるし、…ぅ、裏表激しい変質者なんだ。けど、俺のつまらない話しも真剣にちゃんと聞いてくれて…」
ぼたぼたと大粒の涙が流れる。言葉が堰を切って溢れ出た水の様に、どんどん溢れ出し止められない。
「困った時には、どんな時でも、駆けつけてくれて、助けてくれて…ふっ、…」
「…」
「先の事も考えてくれてて…っ、やろうとしてる事は、ただのストーカーだけど…でも、これって、馬鹿なんだけど…頭っ、おかしいんだけど…嬉しかった…。」
矢野は黙って頷いた。
「か、髪も、優しく…っ、乾かしてくれる…馬鹿みたいに、毎度…大切にされているみたいで、それが凄く…ふっ…ううっ」
「…そうか…。」
「俺は、好きなんだ…。今更、どうしようも無いのに…殿村が、好きなんだ…。」
「そうたな…。」
すると矢野は急に泣く碧の手を掴み、ペットボトルの水を強引に飲ませた。
「とりあえず、口濯いどけ。」
「…え?あ、ありがとう…」
何故急に…。
碧は混乱しつつも、涙を拭きながら口を濯ぐ。
矢野はそんな碧をふっと笑い、トイレの出口に目線を向けた。
「ですって。殿村さん。」
「!」
矢野の言葉に、碧はペットボトルを床に落とした。
「…あ」
今まで蹲っていた個室から飛び出し、出口を見た。そこには真っ直ぐにこちらを見据える殿村が居た。
少し驚いたような顔で立ち尽くしている。
「…楓…っ」
しかし碧が声をかけると、殿村ははっとして小さく頷いた。
「今まで、ごめんっ。今も、ごめん。今更ごめん!けど、俺、楓が好きだっ」
碧は堪え切れず、殿村に抱きついた。
「碧くん…。」
あぁ、言ってしまった。
折角、殿村は新しい人生を歩んでいたのに。邪魔してしまった。
怖くて、罪悪感が重くのしかかり顔が上げられない。
「ありがとう。嬉しい。」
「!」
想定外の返答に驚き見上げた殿村は、至極幸せそうに笑っていた。
「…楓…え?でも、さ、さっきの新しい彼女は…」
「さっき?…あぁ、親に言われて会っていた人だけど…断る。」
殿村は手を伸ばし碧の体を引き寄せた。
「だって俺は、最初からずっと碧くんだけが好きだから。」
見上げた殿村は喜色満面に溢れていた。
「もう何かを碧くんに強要したりは絶対にしない。ただ碧んが自分の意思で、また一緒に居てくれるなら、俺はそうして欲しい。」
そして優しくキスを落としてくる。
「先輩、スマホ煩いからバイブ切って下さい。」
「ごめん。忘れてた。」
会社にて、七緒が碧のスマホを睨んで呟いた。
再び、碧のスマホが殿村からの怒涛のメッセージで震える日々だから、七緒もストレスが溜まるらしい。
「滝川。」
ぶつくさ言う七緒に謝っていると、部長に呼ばれた。
「はい。なんでしょう。」
「海南物産から新しいシステム導入の依頼がきているから、この後、七緒と内容伺いに向かってくれるかな?」
「はい。」
「今度は部下に押し付けるなよ。」
部長は心持ち厳しい声色に変えて碧に杭を刺す。
「はい。今度はしっかりと自分で進めます。」
碧の意思ある言葉に、部長がにこりと頷いた。
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