【完結】取引先の上司がストーカーです
※殿村視点
「楓、茶室で品なく笑うな。」
「楓、脚を崩さない。」
茶道の家元である親は厳い。
楓くんは笑わない。
楓は人形みたい。
だってそうしないと怒られる。
言われる通りにやっていくうちに、どれが
キリキリと張った糸がもう切れそうだ。
切れたら、どうなるんだ?
自分がバラバラに砕けてしまいそうで怖かった。
それが怖くて、社会人になってからは両親とはほぼ絶縁状態になった。
しかし綻びは直ぐに生まれた。
就職にあたり考えてみるも、自分の将来が全く思い描けない。考える度に父の顔が浮かび息ができなくなる。
「コーヒーどうですか?」
そんな中で行き詰まる就職活動の帰り、傘に当たる雨音が止んだ気がしてふと空を見上げ時だった。手にコーヒーを手渡された。
「…。」
コーヒーなんて気分じゃない。
しかし受け取った手前、捨てられない。
楓仕方なくはそのコーヒーを飲んだ。
「…冷えてる。」
「え、すみません!…で、でも、店内でご注文頂ければ、勿論、熱々をお出ししますよ!」
楓がポツリと漏らした言葉に、店員があわててフォローをする。
「…。」
「…ぅ、…す、すみません…。」
そんな彼を何の気なしに見つめると、彼は慌てて謝った。
「また、次回は…あの…店内で、是非入れたてを飲んでみてください。」
きっと早く話を切り上げたかったんだろう。彼はそう言うと、控えめに笑ってそそくさとその場から逃げていった。
そんなやり取りも忘れた数日後、楓はたまたま再びそのコーヒー店に立ち寄っていた。近くであった面接の帰りだった。
「ブレンドお待ちしました。」
「…。」
「違いました?」
「いえ、先日、外でコーヒーを配っていた方だなと。」
「え!もしかして、そのコーヒーが美味しくて来てくれたんですか?」
「…あ、まぁ…。」
楓の答えに、彼が笑った。
やたらキラキラとした笑顔だ。
精気がありありと溢れて、純粋に綺麗だと思った。
自分とは真逆にあるその笑顔に釘付けになる。
彼の笑顔は今の自分が抱える辛さや問題を吹き飛ばす様な、不思議な力があった。
「本当は店長にマニュアル通り作れって言われたんですけど、あれ、シナモン入れてて…」
自分のコーヒーを褒められたと思って高揚しているようだ。彼は悪戯に笑って話す。
「今日のブレンドも豆の配合が…あ、はーい、すぐ伺います。」
そして最後は、他の客に呼ばれて去って行ってしまった。
「確かに…。」
美味い。
彼の入れたコーヒーを飲んで一言、思わず呟いてしまった。
さっきの彼を見ると、次はカウンターの奥でコーヒーを入れていた。
一生懸命な横顔に再び見入る。
(コロコロ変わる表情も、可愛い。)
彼のネームプレートには、《滝川 碧》と書かれていた。
彼の隣にずっといたい。
その笑顔や真剣な横顔をずっと見ていたい。
きっとそれは一目惚れだったのだと思う。しかしその時はその感情の意味が分からなかった。
だから楓は、ただただ彼の顔をこっそりと見つめた。
「楓、茶室で品なく笑うな。」
「楓、脚を崩さない。」
茶道の家元である親は厳い。
楓くんは笑わない。
楓は人形みたい。
だってそうしないと怒られる。
言われる通りにやっていくうちに、どれが
キリキリと張った糸がもう切れそうだ。
切れたら、どうなるんだ?
自分がバラバラに砕けてしまいそうで怖かった。
それが怖くて、社会人になってからは両親とはほぼ絶縁状態になった。
しかし綻びは直ぐに生まれた。
就職にあたり考えてみるも、自分の将来が全く思い描けない。考える度に父の顔が浮かび息ができなくなる。
「コーヒーどうですか?」
そんな中で行き詰まる就職活動の帰り、傘に当たる雨音が止んだ気がしてふと空を見上げ時だった。手にコーヒーを手渡された。
「…。」
コーヒーなんて気分じゃない。
しかし受け取った手前、捨てられない。
楓仕方なくはそのコーヒーを飲んだ。
「…冷えてる。」
「え、すみません!…で、でも、店内でご注文頂ければ、勿論、熱々をお出ししますよ!」
楓がポツリと漏らした言葉に、店員があわててフォローをする。
「…。」
「…ぅ、…す、すみません…。」
そんな彼を何の気なしに見つめると、彼は慌てて謝った。
「また、次回は…あの…店内で、是非入れたてを飲んでみてください。」
きっと早く話を切り上げたかったんだろう。彼はそう言うと、控えめに笑ってそそくさとその場から逃げていった。
そんなやり取りも忘れた数日後、楓はたまたま再びそのコーヒー店に立ち寄っていた。近くであった面接の帰りだった。
「ブレンドお待ちしました。」
「…。」
「違いました?」
「いえ、先日、外でコーヒーを配っていた方だなと。」
「え!もしかして、そのコーヒーが美味しくて来てくれたんですか?」
「…あ、まぁ…。」
楓の答えに、彼が笑った。
やたらキラキラとした笑顔だ。
精気がありありと溢れて、純粋に綺麗だと思った。
自分とは真逆にあるその笑顔に釘付けになる。
彼の笑顔は今の自分が抱える辛さや問題を吹き飛ばす様な、不思議な力があった。
「本当は店長にマニュアル通り作れって言われたんですけど、あれ、シナモン入れてて…」
自分のコーヒーを褒められたと思って高揚しているようだ。彼は悪戯に笑って話す。
「今日のブレンドも豆の配合が…あ、はーい、すぐ伺います。」
そして最後は、他の客に呼ばれて去って行ってしまった。
「確かに…。」
美味い。
彼の入れたコーヒーを飲んで一言、思わず呟いてしまった。
さっきの彼を見ると、次はカウンターの奥でコーヒーを入れていた。
一生懸命な横顔に再び見入る。
(コロコロ変わる表情も、可愛い。)
彼のネームプレートには、《滝川 碧》と書かれていた。
彼の隣にずっといたい。
その笑顔や真剣な横顔をずっと見ていたい。
きっとそれは一目惚れだったのだと思う。しかしその時はその感情の意味が分からなかった。
だから楓は、ただただ彼の顔をこっそりと見つめた。