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【完結】取引先の上司がストーカーです

後ろ手に鍵を閉めながらニコニコと笑顔で話す殿村がいた。
また暗がりで…。毎度こいつはホラーか。
「なんでいるんだよ!」
「そりゃ、金曜日だから?それより、碧くんもうご飯食べた?」
「はぁ⁈そんな事より、お前、勝手に入るなよ!」
「…ふーん。」
「な、なんだよ!まだ居座るなら…」
「碧くん」
弱い犬ほどよく吠える。それを体現するが如く喚く碧を、殿村が静かな声で制した。
「今日はとっても元気だね?」
「べ、別に…。」
「碧くん、俺に嘘ついたでしょ。」
「はぁ?嘘ってなに?意味が分からん。」
殿村は答えない。
それよりも、自分を陥れたのはそっちだろう!
碧が反撃をしようした時には、殿村は次の言葉を放っていた。
「彼女居たんだ?」
「…は?え、何?」
だから何だ。それより、どうやってそんな事知ったんだ?
あぁ、また矢野か。
そう思うと、カッと頭に血が上った。
「だから何だよ!もう、お前には関係ないだろ!」
「へぇ?関係ないの?」
殿村が片眉を上げる。馬鹿にした様に笑っていて、それが酷く勘に触った。
「関係ないだろ!…っ」
不意に殿村が屈み、碧と目線を合わせた。
「コンペ終わったら、俺には用無しだもんね?」
瞳は笑っていない。冷たい笑顔が、月明かりの中で眼前に浮かぶ。
その迫力に、碧は言葉を飲み込んだ。
「それはそうと、嘘ついてたらどうなるんだっけ?」
「…っ」
殿村は綺麗に微笑んで小首を傾げた。
『監禁して、犯す。ずっと、永遠に、エンドレスで犯すから。』
前に殿村が言っていた言葉が頭の中で響く。
碧は顔を青くしてごくりと生唾をのんだ。いやいや、でも仕事あるし?そもそもそんなの犯罪だし?そんな事…無理だし?
色々と自分の中で言い訳をするが、こちらを見据える殿村の目が座っている。笑顔なのに冷えきっている。
『出来るかどうやじゃなくて、やるんだよ。』
「っ‼︎」
咄嗟に体が逃げを打とうした。しかしそんな碧の髪を掴み、殿村が強引に引き戻した。
倒れた碧の前髪を再び掴み、乱暴に顔を寄せてくる。
殿村はいつの間にか無表情で、射抜くようにこちらを睨んでいた。これまでの笑顔とのギャップが凄まじい。
「ふざけんじゃねーぞ。毎度逃げて、その場しのぎの嘘ばっかじゃねーか。」
こ、怖い。
酷く険のある物言いだった。仕事で見せるよりも、いつ何時よりも、もっと冷たい目がこちらを鋭く睨む。
「今までの罰はぬるかった?」
「…。」
背筋に冷たい汗が伝う。
「碧、口開けろ。」
「え、なん、ふっ」
開けろと言う割には強引な手つきで頭を押さえ込みキスをされた。そしてそのまま床に押し倒される。
そしてキスが終わると、昔された口枷をまた付けられる。荒い手つきが痛い。
「もう碧くんは話すのやめようか。」
「ふっ、」
怒りを隠さない声色でそう告げられ、殿村の手が体をすべる。碧はその感覚にびくりと身を竦めた。
「どうせ、碧くんの言葉に本物はないんだよね。」
見上げた殿村は、何処か寂しそうだった。

———
「…。」
目を覚ますと、右手が重い。手枷がつけられていた。そしてその枷に繋がる鎖はベッドに繋がれていた。
本当監禁された。
金曜日から文字通り三日三晩されて。
月曜日、殿村は碧をベッドに繋いだまま出社したようだ。
泣きはらした目が重い。
普通はここで逃げる策を考えるべきなんだろうが、連日連夜酷使された体が軋み少し動くだけでも辛い。
幸い口枷は外されている。
ガクガクと震える手を伸ばし、サイドボードに置かれたペッドボトルの水を飲んだ。
「…つっ……。」
動くと後ろに刺すような痛みが走る。
今までも酷かった気はしたが、今回のはその比ではなく酷かった。
「はぁ…」
力なく、またベットに倒れ込む。
思えば、金曜日からろくに寝れてない。
数分もたたずに、碧は再び意識を手放した。

———-
ガチャン
そして次は、ドアが開く音で目を覚ました。
もう殿村が帰って来たのか?時計を見ると、14時過ぎ。殿村が帰るには早過ぎる。
「…楓くん?」
「先輩!」
来たのは七緒だった。碧の有様を見ると、顔面蒼白で碧に駆け寄ってくる。
「先輩が欠勤なんて、タイミング的にも絶対おかしいって思って…って言うか、何ですかこれ⁈殿村ですよね?そうですよね⁈本当、あいつ、やり過ぎ…。ちょっと、なんとか鎖切れそうなもの探してきます。」
七緒は繋がれた碧を見てその異常さに一瞬狼狽たが、直ぐに何処からか持ってきた工具で鎖を切ってくれた。
「先輩、一旦ここはでましょう。」
「あ、待って、荷物…。」
碧は七緒に引かれて、必要最低限の荷物を簡単に纏めると直ぐに家を出た。
「…はぁ…」
「先輩、今日はうちに泊まります?」
「いや、そこまで迷惑はかけられない。本当にありがとう。あんなとこ見せて、すまん。」
「いえ、そんな…。」
「…。」
「…。」
二人の間に気まずい沈黙が影を落とす。
七緒は碧の様子を慎重に盗み見ていたが、意を決した様に話しかけてきた。
「何となく、事の成り行きは分かります。先輩がコンペが終わったからと離れた事に、殿村が怒ったんですよね。」
「…あぁ。でもそれより、今迄俺が逃げていたから…、殿村ときちんと向かい合ってなかったし、ちゃんと話さず誤魔化し続けいた。それが原因で生まれ続けた小さな歪みが、積もり積もった結果なのかも。」
「そうですね。」
七緒は当たり前、という顔で頷いた。余りにもその頷きが強いので、碧は「え」という顔で七緒を見てしまった。
「先輩って、なんてか…のらりくらり癖ありますよね。」
「…。」
「その癖、ちょっと相手が強引に出ると、すぐびびって流されるちょろQなところありますし。」
「ちょ、ちょろQ…。」
随分ハッキリと…。
七緒の物言いに対して驚は隠せないが、今思い返せば、その性格で七緒にも幾度か迷惑をかけている。
「…でも…こんな…あんな事言っていたオレが言うのも何ですけど…」
七緒は自信満々なトーンから、急に言いにくそうな顔で肩を竦めた。
「殿村の事は…もう少し…ちゃんと考えるべき……かもですね。」
「え?」
正直、我が耳を疑った。
どう言う事だ?七緒が殿村をフォローするような事、今まで一度も言った事はなかった。
「…こんな事言うのも大変不本意ですけど…、俺、あの変人の事…不本意ですけど…多少は、ごく極めて少しだけ、認めてますから。」
「そ…え?どうした急に?」
七緒は話す内容の割に、苦々しげだった。
不本意って、二回も言っているし。
「…マニュアル作った時なんですけど、アイツ、先輩が品質管理部に相談しに席を外した時、やたら怠そうで欠伸ばっかりだったんです。あまりに怠そうな態度に腹が立って、なら帰れって、俺、怒っちゃたんです。」
「そんな事が…」
「はい…。すみません。でも、それでぼやかれて知ったんですけど、あいつ、あの日は大阪への日帰り出張で、朝5時起きで働いていたらしいです。」
「え?そうだったか?でも、全然そんな風には見えなかった。…そっか…。」
碧は思わず歩を止め、その場で立ち尽くした。
自分に気を遣わせないように、平気なふりをしていたのか。
あの日の殿村は凄く疲れていたはずなのに、連絡が取れない自分を案じて遅くまで起きていて、あまつ深夜に仕事の手伝いまでしてくれたのか。
なんだよ。
「だから、殿村の先輩への想いには俺も負けたかなぁって、あの日に思ったんです。…でもやっぱり悔しくて、連絡をブロックしろとか意地悪言ってすみません…。きっと、先輩がこんな目に合ったのは、俺のせいでもあります。本当に、すみませんでした。」
「いや、助けに来てくれたし、全然…。寧ろありがとう。」
七緒は気まずげに下を向いた。
七緒がそんな風に殿村を見ていた事にも驚くが、殿村がそこまで自分の事を思っていてくれていたなんて。
でも矢野と結託していたのではないか?
一体、何処までが本当の殿村なんだ?
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