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【完結】取引先の上司がストーカーです

戸惑う碧に野中は笑顔で続けた。
「因みに、勤務地が九州になるから。」
「そうなんですね。」
「そうそう。俺、今週は取引先に会いに東京来てるだけだから。元々は福岡市で働いてる。滝川の実家も福岡市だろ?前から、いつかは福岡に帰りたいって言っていたもんな?」
「…はい。」
確かに、いつかは地元である福岡市に戻りたかった。丁度良いと言えば丁度良い。良すぎる。
ただ、これ…殿村はどうなんだろう。
「…。」
そこでハッとした。
何を考えていたんだ?妙な感情だが、さっき湧いたのは、殿村から『解放される』っていうよりも…会えなくなるかな的な?
「…勿論、すぐに判断は出来ないと思っている。また後日考えを教えてくれるか?」
「…はい。」
碧は虚に野中へ返事を返した。
今はそれよりも、自分の殿村への気持ちに戸惑っていた。
自分が無意識に考えていた内容を自覚したとたんに、給与とか待遇とか、そんなものが一気に頭から吹き飛んでしまったのだった。

「どうだった?」
帰宅後の風呂上がり、殿村が碧の髪を乾かしながら探りを入れてくる。
飲み会が終わると殿村から大量の着信があり、結局、説明の為家に連れ込まれた。
「リクルートされた。」
「え、引き抜き⁈凄いね!流石、碧くん!」
「…。」
殿村は褒めるように頭を撫でてくる。
しかし碧は何も言わず、ただただじっと殿村を見つめた。その様子に殿村は首を傾げた。
「どうかした?」
「…勤務地は福岡市になるらしい。」
「あぁ、なるほど!いいね!」
え?
思わず殿村を振り返った。しかし殿村は依然としてにこにこと笑っていた。
いいの?
「美味しいものも多いし、暮らしやすい所だよね!」
「そう、だよね…。」
その後はぼんやりと、福岡のいい所を述べる殿村を見ていた。
…いいんだ。
なんだか、もう、良く分からない。やっぱり、殿村も自分とは短絡的な短い付き合いだと割り切っているのだろうか。そうだよな。自分も何を考えていたんだ。
「はい。乾いたよ。碧くん、明日は朝から会議なんでしょ?もうベッド行こうか。」
「当然のように、俺のスケジュール把握しているの怖いんだけど。」
殿村は笑って碧を抱き寄せた。
抱きしめたりはまだするんだな。何故か拗ねたような事を考える自分が不思議だ。
その後は並んでベッドに入った。
福岡か…。もう、野中の誘いを受けようか。いやいや、なんでこんな…自暴自棄みたいになっているんだ?
ちらりと隣を見れば、殿村は熱心にスマホを弄っていた。
なんだよ。いつもベッドインってだけで、熱烈興奮しいてる癖に。
そういえば、ベッドで放置されるのも久しぶりだ。別にいいけど。
「ねぇ碧くん、こことかどう?」
「え、何?」
その時、殿村が急にこちらを振り返りスマホを見せてくる。
「…は?どゆこと…。」
殿村が見せたスマホには、福岡市の賃貸物件が載っていた。
「何って、福岡に二人で住むマンションだよ!コンパクトシティとは言え、俺はやっぱり中心地から離れたくないし、駅から徒歩十分内はマストだよね。…あ、ごめんね。俺、結構我儘だよね。その代わりと言ってはなんだけど、賃料は全額俺がだしても…」
「いやいや!何?楓くんがなんで?福岡に住むの?」
「え?当たり前でしょう?」
殿村は碧の返答が意外だったという風に目を丸くした。
「福岡に一人で行かせるわけないでしょう。」
「…。」
「碧くんが福岡に行くなら勿論、俺も行くよ。」
殿村の発言に思わず口がぽかんと開く。
「海外でも何処でも、海南物産の支社はほぼほぼあるしね!無いとこでも、会社辞めてもそこそこのとこに再就職する自信もあるし!」
猫にするように、殿村は碧の顎下をこちょこちょと撫でながら笑った。
「何処までも付いてくよ。」
そして抱き寄せ、キスをしてくる。
「…楓くん、それもはや、高レベルなストーカーだから。」
ここまで来ると流石に笑ってしまった。
殿村もそんな碧につられて笑う。
「そう言えば、碧くんお願い聞いてくれるんだよね?」
「…え。あ…はい。」
やばい。それはうっかり忘れていた。
殿村が余りにも期待のこもった目を向けてくるので、思わず身を引いてしまう。
「じゃあさ!ブレンドコーヒー入れて!」
「え?コーヒー?そんな事でいいの?本当?それだけ?」
「はは、蒼くん、何を警戒しているの?」
困惑で幾度も聞き返す碧に、殿村は含み笑いで返す。
だってその…正直、もう少し卑猥な事を要求されるのかと思っていた。
「でも何で?」
「ふふ、何ででも。」
殿村は俺の髪を弄り、また額にキスをしてきた。
「ふーん?」
まぁ、そんな事でいいなら、願ったり叶ったりだ。
そして結局、次の日の朝、碧は野中に断りの連絡を入れた。
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